引きこもりヒロインの奇跡
息抜きで書かせていただきました。
「出席をとるぞ。哀川」
「はい」
「飯島」
「あーい」
「飯塚」
「はい」
いつも通りに一時間目の授業が始まり、教卓の前で名簿順野に並べてあるであろう出席簿を見ながらペンを片手に、席替えをしクラスにバラバラに座っている生徒の出席確認を始める。
よくありそうな光景である。
教師が名前を呼びそれに生徒が返事を返して、返さなければいないということで欠席扱いになる。よくあることだ。
何人が呼ばれては返事をしたものや欠席で返事を返さなかったものいる。
「姫野……は今日も休みか」
全国的見れば珍しくないが、俺から見れば初めてなこともある。
姫野と呼ばれた女子は、現在は席替えをして俺の目の前の席にいるはずの女子生徒だ。
つまり、物語でありそうな引きこもり(仮)状態の女子だ。
クラスでも女子と喋ることなど、ほとんどない窓際警備員のような俺からしてみればその姫野と言う女子とも入学して半年が経つが喋ったことがない。
さらに言えば、席替えをした時が一週間前だったのだがその時点から彼女はいないので、正直顔がうろ覚えでどんな顔していたか記憶ない。
記憶がないと言うはクラスメイトとしてどうなんだと考えてしまうが、今まで仲良く、無関心だった異性の顔など覚えていなくて正直当然ではないだろうか。
俺はスマホをいじっているだけ存在を確立しつつあるいで、その姫野だって俺なんか覚えていないと思う。覚えていたとしても、モブキャラっぽい人と覚えられているだろう。
「宮」
「あ、はい」
名前を呼ばれ、クラスメイトと同じく返事を返す。
「スマンが、また授業の最後にプリントを預けるから届けてくれ」
「あ……あ、はい。分かりました」
躊躇いの声も、反抗した時の後の面倒さを思い浮かべてしまい、あっさりと承諾した。
本心から言えば、教師の頼みごとをはい分かりましたと言うのは嫌だった。
自分のクラスメイトがやや不登校気味だというに、自分で行くのは面倒で生徒任せ。クラスカーストの高い者に睨まるのを恐れ、消去方で手頃な俺を選んだというのは、なんとなく分かってしまった。
「俺じゃなくて、姫野の友達に頼めよ。定期券の範囲外だぞ」
思わず出た言葉に舌打ちをして人のこと、を言えない自分にため息をつく。
姫野はおそらく友人と呼べる人物が俺と同様にクラスにあまり居ないのだろう。下手をしたら一人もいないかもしれない。
姫野についてクラスの女子の会話を耳にするのは、自分が知る限りでは最近来ていないあの人というもので、完全な顔見知り他人といった扱いをされているようだった。
学校を終え、何もやることのない俺はいつも通りに姫野の自宅へ足を運ぶ。
姫野の家にプリントを届けるのはこれで三日目になる。今日で、一週間も自分の自宅の最寄駅から三つも離れた駅で降りて、片道で一〇分の道のりを経て、彼女の家に辿り着く。
実際、一週間前まで一度も降りたことのない駅で、一度も通ったことのない道で周りの家をキョロキョロと見渡していたが今ではどうと言うこともない。
姫野の自宅は大きな一軒家だ。
和風な造で大きな門や、大きな庭まであるので、親はそれなりの金持ちなのだろう。いつも通りに玄関前のポストを開いてプリントを入れる。
ポストを開くといつも中は空っぽになっているため、ちゃんと彼女の手元には授業のプリントと教師の連絡事項みたいな手紙は届いているようだ。
いつもなら、このまま帰ってしまうがなぜかポストの上に設けられたインターホンに目がいき、胸辺りまで腕が上がる。
「なにやってんだ俺」
らしくない。
姫野を呼び出してたところで、何も話すことはない。お互いに顔もうろ覚えであろうし、募る話も何もない。
その日はそのまま自宅へ帰宅し、翌日の放課後になる。
昨日と同様にプリントを教師から渡されたが、教師からの連絡事項の用紙は添えられていなかったため、おそらく見限られてしまったのだろう。
彼女は、人生を諦めた引きこもりとみなされたのだ。
教師曰く、姫野はやはり友達付き合いがとても苦手らしく学校で孤立してしまい、一人の自分のことについて何か悪いことを言われているのではないかと思うようになり、学校に行かなくなったらしい。
正直、被害妄想はヒド過ぎて、何も言えない。
再び、門を通り引き戸の隣のポストを開けてプリントを入れる俺は、やはりインターホンに目がいってしまう。
そのインターホンにはカメラが付いているため来客が押したときに、家に居る人に顔が見えるはずだが、やはり、押す気にはなれない。
「まぁプリントだけっていうのは、見た時寂しいよな」
そう感じた俺はバックから大きめの付箋とボールペンを取り出して、
『姫野さん同じクラスの宮です。先生に頼まれてプリントを届けに来ました。具合の方は大丈夫?』
ポストを机代わりにして、さっと書き記しプリントの一枚目に張り付けポストの中に入れる。我ながら、自分のやっている行動が偽善者っぽいと感じつつもその日を後にする。
土、日を挟み月曜日。
付箋に書いたことも忘れてしまい、いつも通りに教師から渡されたプリントを姫野の
自宅まで届けに行く。
そして、ポストを開けるといつもとは違い、付箋が貼られている。
『宮君ありがと。具合はまだよくならないけど、プリント助かります。姫野』
可愛らしい文字で書かれている姫野の文字に何故か安堵感がこみ上げてきた。自分は知らないクラスメイトだと言うのに、なんでこんなにも嬉しかったのか俺にはよく分からなかった。そして、気付いた時には先日のように、付箋とボールペンを取り出して、
『そうかなら良かった。無理せず自分のペースで具合よくなれよ』
と励ましの言葉を添えてプリントをポストに入れる。
そんな日々が二週間ほど続いた。
一文程のつたない会話が毎日つづけられた。
姫野のお母さんに見られるは恥ずかしいとのことで、プリントとプリントの間に挟んでほしいと指示されて、箇条書きでお互いに質問が繰り返された。
『うんまだ時間かかると思うけど自分のペースで頑張る。もしかして宮君って毎日来てくれてる?』
『ん、まぁ先生に言われて一応毎日。まぁ俺、部活やってないから運動になって丁度いいし』
『部活やってないんだ意外だね。宮君って体大きいからバスケ部の人かと思ってたよ』
『いやいや窓際警備員の俺だよ。そんな激しい運動したら直ぐに息切れする。てか、よく俺の顔なんか知ってるな結構影薄いと思うけど』
『流石にクラスの人の顔と名前くらいは覚えるし、宮君としゃべったことあるよ。まぁアタシも窓際警備員なのは同じだけど』
『話したことあったけ? 正直に言うと姫野の顔がうろ覚えです(ゴメンなさい)』
『ええ! そうだったの? そういえば宮君って、ああ、うん、しか言わないからいつも眠いのかなって思ってた』
『うそ! 俺の会話の能力引く過ぎかよww』
『うん、アタシも低いって思ったよ。宮君国語苦手でしょ?』
『図星過ぎて何も言えない』
小さな用紙にいっぱいに文字を書いて張り付けて、返信の文を見て人の家の前で吹いてしまうこともあり赤面することもあった。
そして、姫野の引きこもりが一ケ月になったあたりで姫野の方から、
『人と会うのはまだ辛いけど、付箋の会話続けるの原始的すぎるから、SNSでやらない?』
と提案された。
実際のところ、クラスグループチャットみたいなものが存在していたため、そこから姫野を友達登録して更に会話するようになった。
あまり友人がいない俺にとっては、姫野との会話があるおかげで以前に比べ日々が楽しく感じるようになっていった。
プリントは送ることは続けて、授業の黒板を写真で撮影し姫野に送り、勉強が不得意な俺ながらも、試行錯誤して文章で教える日々も日課になった。そのおかげなのかもしれないが、テストは今までより全体的に八〇点ほど上昇したが、姫野は元々勉強ができるようで、下手な俺の教えで、写真で送ったテスト問題を全部八〇点以上で解いて驚いた。
そんな優等生の姫野は意外にも、俺と同じでアニメが好きなようでイラストがものすごく得意だと知った。
軽く知っているアニメのイラストを描いてみてと、夜のうちにお題に出すとその翌日の昼休みにはスマホのホーム画面サイズと言う神対応で可愛いイラストや、カッコイイイラストを描いてくれた。
一緒にSNSで文字のやり取りをしながらアニメを鑑賞して『泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣泣』と打ちまくって感動したことを共有した。
そして、日々は刻一刻と姫野が引きこもりのまま過ぎていき、学校側から出席日数が危険だと言われてかなり焦っていた。俺から教師に相談して夏休みなど長期休業を使って姫野が一人で学校に機会を作れるようにしてもらった。
とうの姫野は、
『行きたくないでござる(´・ω・`)』
の一点張りだったが、卒業できなくてもいいのかと聞くと、素直に了承して誰にも会わない早朝に学校に行くようになった。
テストの点だけは良かったようでこの調子で、長期休暇だが学校に出ていれば卒業はできると、教師も呆れながら言っていた。まぁただ自分のキャリアに引きこもりを出したみたいなのは嫌なのだろう。クズ過ぎる。
そして、更に時間が過ぎて二年になった頃には、
「ひ、姫野?」
「う、うん……宮君」
姫野は通話するまでの仲になっていた。
意外と姫野の声は可愛らしい声で、聴いた瞬間思わずキュンとなってしまいそうなくらいだった。
それから、チャットはほとんど学校だけになり、自宅では通話がメインで姫野との話すようになった。
通話が可能になったことにより、姫野がゲームをチャットしながらやってみたいというお願いをしてきたので、某ゲソによるペイントシューティングゲームを通話しながら、遊ぶようになった。
最初は、圧倒的に俺が強かったのだが、流石一日中引き籠っているだけのことはあり、一回の試合で姫野は二〇キル、〇デスは当たり前で、S+カンスト勢の仲間入りをしていた。
花のセブンティーンの時間はあっという間に過ぎ去っていき、俺は受験シーズンを迎えた。
姫野は登校に日数は稼ぐのが精いっぱいのようで、頭は良かったにしろ大学への進学は厳しいものがあった。俺が東京の大学への進学を考えていること伝えると、姫野は、
『なら、東京の専門学校に行く』
と言って公務員の専門学校へ書類だけで合格してしまっていた。恐るべき、引きこもりだ。俺が塾に行くようになって姫野と会話は徐々に少なくなっていた。
よくて一週間に一回通話してあとはチャットの日々だ。とても胸が苦しくなるような日々だと俺は感じるようになっていた。
そして、気づいたのだ。俺が姫野のことをどう思っているか。
声しか聞いたことのないクラスメイトの女の子。
そんな子に恋をしていたのだ。
俺はある決意を胸に大学受験に成功して、卒業式を迎える。
卒業式は退屈だった。
市長の話が長すぎてパイプ椅子に乗せる自分のお尻が悲鳴を上げ始めかなりキツイ時間だった。卒業証明書を他人から受け取り教室に戻り、目の前に空席に目を向ける。
やはり、姫野は最後の最後まで学校で俺の目の前に現れることはなかった。
俺は学校を後にして、電車に乗り込む降りるのは自宅の最寄駅から三つも離れた駅。三年前まで一度も降りたことがなかったその駅は、俺にとって高校生活で自宅からの最寄駅と学校への最寄り駅の次に利用した駅だろう。
そこから、一〇分の道のりを歩くと、大きな和風の家に辿り着く。
和風な造で大きな門や、大きな庭まであるので、この家の持ち主はそれなりの金持ちなのだろう。
引き戸の玄関の横にあるインターホンの前に立ち、腕を胸の高さまで持ち上げて、一度、止まる。
「何してんだよ俺」
思わずにやけて呟きながら、インターホンを鳴らすと甲高い音色が響き渡るが、誰も出てこない。
すると、
「どちら様ですか?」
不意に後ろから女性に声をかけられて振り向く。
「あ、どうも。高校で同じクラス宮っていいます。姫野さんに会いに来たんですけどでかけてますかね?」
丁寧に挨拶を済まして目の前の女性に言うと、女性は歩み寄って一枚の小さな紙を俺に手渡す。
とても汚れている紙だ。大きな水滴が何粒も零れたようでシミなっており、書いてある文字がかすれている。しかし、読むことができる。
「姫野さん同じクラスの宮です。先生に頼まれてプリントを届けに来ました。具合の方は大丈夫? ってか一番初めに書いたやつだな」
「これ貰った時、ものすごーく嬉しくて泣いちゃって、今まで全然喋ったこともなかった人のこと好きになっちゃんだよ?」
目の前の女の子はニッコリと笑顔を見せて笑う。
「二年半ぶりだね。弘人君」
「俺は初めましてだけどな。千紗」
バカと言う言葉とをぶつけられながら、千紗は笑みを浮かべなべる。
俺にとって千紗とは余りにも変わった出会いだったけれど、それは一枚の付箋によるキセキの出会いであることは、俺にとって――俺たちにとって忘れられない最高の出会いだった。
5/10 誤字脱字の直しをしました。