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QK -1213-  作者: 黄黒真直
第8章 二学期
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第81話 ×3.14

 白馬の騎士という言葉は、まさに今の津々実を形容する言葉かもしれなかった。

 九月下旬、萌葱高校では予定通り体育祭が開催されていた。今週は雨が続いていたが、金曜には晴れ間が見え、日曜の今日はからりと晴れていた。気温もほどよく下がり、絶好の体育祭日和だった。

 萌葱高校のだだっ広い校庭を数百人の全校生徒が囲み、中央で繰り広げられる競技に熱中している。

 それは、白馬に乗った騎士たちが闘う、午前中の目玉競技のひとつ――騎馬戦だった。

 純白のTシャツを着た三頭の馬が掲げているのは、赤い鉢巻を頭に巻いた津々実だった。今年の津々実は、ついに馬役を卒業し、騎士になっていたのだ。

 馬三人と津々実の息はぴったりだった。津々実が重心を傾けると、それを合図として三人は俊敏に移動する。津々実は口での指示をほとんど出していなかった。よほど練習したらしい。

 闘いは終盤だった。残っているのは津々実たちの他にあと一組。青い鉢巻を巻いた二年生のチームだった。

「行けー! 津々実ー!」

「頑張ってー! 倉藤さーん!!」

 あちこちから、怒声と黄色い声援が聞こえてくる。みぞれも両手を握りしめ、「つーちゃん、ふぁいとー」と心の中で応援した。

「本当に人気なんだね、津々実ちゃん」

 みぞれの隣に座っている慧が言った。

「うんっ」

 と、みぞれが嬉しそうに答える。

 慧とみぞれはクラスも色も違うので、本来隣にいるのはおかしい。が、クラスごとに座っていたのは最初だけで、いつの間にかごった煮状態になっていた。慧もしばらくはクラスの友人たちと一緒にいたが、津々実が出場したのを見て、みぞれのクラスにやってきたのだ。

 慧のポニーテール姿を見るのは初めてだった。聞けば、体育のときはこうしているらしい。普段のハーフアップ姿は深窓の令嬢といった雰囲気だが、いまは凛とした女剣士のように見えた。

「慧ちゃん、かっこいいね!」とみぞれが言うと、慧は曖昧にはにかんだ。女の子らしくなくなることに、まだ抵抗があるようだ。

 しかし他の女子を「かっこいい」と評することには抵抗ないようだ。騎士を務める津々実を見て、「ちょっとかっこいいね」とみぞれに告げた。

「津々実ちゃんってすごいよね。運動もできるし、料理もできるし、見た目もかっこいいし」

「でしょ?」

 みぞれはニコニコしていた。

 視線の先の津々実は、二年生チームとじりじり間合いを詰めていた。騎士は向かい合いながら、中途半端に腕を上げている。飛び掛かる用意をしているのだ。

 そのとき、津々実は「フッ」と笑った。その表情の変化に、黄色い声援が上がる。その声を合図とするように、津々実たちが一気に距離を縮めた!

 だがその動きは、あまりに直線的すぎた。「右!」と相手の騎士が叫び、連携の取れた動きで津々実たちの突進を交わす。

「もらったっ!」

 相手騎士が津々実の鉢巻きに手を伸ばした、その刹那。津々実の姿が消えた! ――いや、津々実の腰を落としたのを合図に、津々実の馬三人がしゃがんだのだ。

 騎馬戦としては、ほとんどありえない動き。津々実たちは、最終決戦に備えてこの技を隠していたのだ。宙をつかむ形になった相手騎士はバランスを崩し、慌てて目の前の馬の頭に手を付いた。

 次の瞬間、津々実たちが立ち上がる。背が、相手騎士より遥かに高くなる。バランスを崩し動けなくなっている相手の頭上に、津々実は手を伸ばした。

「取ったーーーー!!」

 津々実が手を挙げると同時に、歓声が沸き起こった。その手には、青い鉢巻。実況放送が声を張り上げる。

『赤組の勝利です!!』

 馬から降りた津々実を、赤組の生徒たちがもみくちゃにする。教員たちがそれを校庭の端へと追いやり、体育祭実行委員たちが次の競技の準備を始めた。

 やがて取り巻きを振り払った津々実が、みぞれの元へ戻ってきた。笑顔で手を挙げる。

「勝ったよ、みぞれ」

「つーちゃん、おめでとう! 最後すごかった!」

「あれ、練習したの?」

「何回かね。ほんとはジャンプしたかったんだけど」

「え、危なくない?」

「だからやめたんだ」

 津々実はあっけらかんと答えた。

『続いての競技は、障害物競争です』

 放送がかかり、三人は校庭を振り返った。いつの間にか、レーンに平均台やネットが配置されている。

「あ、伊緒菜先輩だ」

 と津々実が指差す。順番待ちをしている生徒たちに交じって、青い鉢巻を巻いた伊緒菜が座っている。意外にも、表情は真剣そのものだった。

「全国大会のときより真剣な顔してない?」

 津々実がからかう口調で言った。

「あのときは、真剣というより楽しんでたよね」

 と慧が同意する。みぞれも同感だった。クラスメイトの手前、真剣さを保とうとしてるのかもしれない。

 レースが始まると、校庭は再び歓声に包まれた。伊緒菜の出番もすぐだった。

「「負けんな宝崎ー! ぶちかませー!」」

 と合唱が聞こえてくる。伊緒菜は声の方を見ずに、親指だけ挙げた。

『位置について、よーい』

 パァン、とピストルが鳴ると同時に、伊緒菜たちが走りだす。

 伊緒菜は、かなり足が速かった。後輩三人が一様に驚くほどに。小さい頃から勝負事が好きだったようだし、鬼ごっこで負けないために鍛錬していたのかもしれない。

 だがその横を、伊緒菜より速い三年生が追い抜いていく。手足の長いその三年生が、最初の障害物の網にたどり着いた。彼女は網を持ち上げて、たどたどしく進んでいく――その横を、ほふく前進のように伊緒菜が素早く進んだ! 伊緒菜は網を持ち上げていない。持ち上げる役目を、自分のすぐ後ろにいた三年生に押し付けたのだ!

 網の終わりに差し掛かると、伊緒菜はクラウチングスタートの要領で走りだした。網には一度も触っていない。クラウチングの姿勢から体を起こし切ったタイミングで、次の障害物の跳び箱をパッと飛び越す。

「なにあの身軽さ……」津々実が、褒めるというより引きながら言った。「しかも隣の人、利用されたことに気付いてないし」

 三位以下との差は既に歴然としていた。ライバルは手足の長い三年生だけだ。平均台を進むうちに、二人の距離は少しずつ縮んでいった。それでも伊緒菜は落ち着いた様子で渡り切り、最後の「カラーコーン乱立地帯」へ走った。

 ここには大小のカラーコーンが無秩序に並べてある。飛び越えるもよし、避けるもよし。伊緒菜は左右に避けながら進んだが、さすがの伊緒菜も無秩序には勝てないのか、コーンをいくつか倒した。そのたびに、伊緒菜は失速する。それをチャンスと、後続の三年生が加速する――その途端、《《伊緒菜が倒したコーンにつまづいた》》!

 相手の減速を確認すると、伊緒菜は一気に加速した。コーンはひとつも倒さない。そのままトラップを通り抜けると、あとはゴールまでの直線五十メートルを残すのみ。二位との差も既に大きい。伊緒菜は、ぶっちぎりの一着でゴールを決めた!

「「よっしゃーー!」」

 と大歓声が聞こえる。伊緒菜はその声の方へ、笑顔で大きく手を振った。

「伊緒菜先輩、すごい!」

「すごいけど、なんか納得いかない……」

 興奮するみぞれに対し、津々実は釈然としない様子だった。


「行くぞ、一年三組台風チーム! えい、えい、おー!」

 慧のクラスメイトの遠野が、元気よくこぶしを突き上げた。同じくクラスメイトの氷川(ひかわ)結城(ゆうき)も、「おー!」と呼応する。慧と橘も照れながら「おー」と応える。

「そこの二人、声が小さい!」

「うるさいな」橘が遠野の脇腹をつつく。「私達は文化系なんだよ」

「まあまあ、喧嘩はやめろって。私らはチームなんだから、仲良くしようぜ」

 氷川が二人の間に割って入る。高校一年生にしては太い腕と脚を持つ氷川は、レスリング部の期待の星だ。

「そうよ、この競技は団結力が鍵なんだから。いがみ合ってる場合じゃないわ」

 おっとりした喋り方の結城は、遠野と同じく陸上部だ。普段は個人競技をやっている結城は、チームプレイするスポーツにわくわくしていた。

「二人の言う通りだな」遠野のほっぺたを引っ張っていた橘が、急にその手を離した。「よし、ポジションの確認だ」

 睨みつける遠野を無視して、橘は慧に目配せした。一週間前のホームルームでこの競技に決まったとき、最初にポジションを提案したのは慧だった。それ以来、なんとなく慧が統率する流れになっている。なんでうっかりあんなこと言っちゃったんだろう、と慧は思った。

 五人の出る競技は、「台風の目」。五人で長いポールを持ち、横一列になって走る競技である。そのコースは直線ではなく、途中でカラーコーンを二周半して、スタート地点へ戻ってこなくてはいけない。そして後続へポールを渡すリレー方式のレースである。

「ポールを持ってコーンを回るから、コーンに近い人ほど走る距離が短くて、遠い人ほど長くなる」

「えんしゅーの長さははんけーにひれーするからな!」

 遠野が一週間前の慧を真似して言う。本人が意味を理解しているかは怪しいところだ。

「だから足の速い人を外に、遅い人を内側にした方が、コーンを回るときに有利になるわ。よって、一番外側は遠野か結城さんの、速い方にすべき。どっちが速かった?」

「私ね」と結城が胸を反らしていった。「遠野との百メートル走は、37勝13敗で、私の圧勝だったわ」

「うちはハードル専門なんだよー!」

 遠野が悔しそうに地団太を踏む。「わかったから落ち着け」と橘が羽交い絞めにする。

「じゃあ一番外側は結城さん、二番目が遠野。三番目は橘で、四番目が私。一番内側が……」

「私だな」氷川が胸を叩いた。

「うん、お願い。一番内側は、回転で生じる遠心力に対抗しなきゃいけない。私達四人分の遠心力を引っ張って、なるべくコーンの近くを走れるようにするために、一番力のある人を一番真ん中にする必要があるの」

「任せな」

 氷川は頼りがいのある堂々とした態度で答えた。


「あ、慧ちゃんだ!」

「やっと出てきたか」

 みぞれ達が応援する中、慧たち五人がレーンに並んだ。五人はアンカーだった。だが既に、他の三チームより明らかに遅れている。

 慧たちのひとつ前の組が戻ってきた。急いでポールを受け取る。トップの赤組は、既にアンカーがコーンを回り始めている。

「行くぞー!」

 と、小柄な子が叫んで走りだした。

 慧は明らかに遅かった。ポールが斜めになっている。一番端を走る大柄な人にリードされるようにしながら、四人に着いていっている。

 ようやくコーンにたどり着いたとき、赤組がゴールを決めた。パァン、とピストルの音が鳴る。

『ただいま、赤組が一着でゴールしました。続いて二着は――青組です!』

 大柄な人が腰を落とし、ポールを引っ張っている。外側の二人はすごい速さで走っていた。慧はほとんど引きずられる形だ。足をもつれさせながらコーンの二周半を終える。

「あとは直線だー!」

 小柄な子が元気よく走る。だが既に、黄組が三着を決めている。慧たちの最下位は決定しているのだ。それでもベストを尽くすという気概が、小柄な子にはあった。そしてそれは、チーム全体に伝播していた。慧も必死の表情で走っていた。

 慧たちがゴールラインを通った。ピストルの音が二度鳴った。校庭が温かい拍手に包まれる。慧たちの賢明さが伝わったのだ。小柄な子が膝をついて、何かを嘆いている。慧たち四人がその子の頭をなでている。慧はとても楽しそうだった。

「仲良さそうだね」とみぞれ。

「そうだね。……あたし正直、慧はクラスに友達いるのかなって心配してたけど、平気みたいだね」

「すっごく良い子だもん! 私好きだよ、慧ちゃん」

「へぇ……そう」

 津々実はちょっと嫉妬したが、みぞれのこういう性格が慧に良い影響を与えたのかもしれないな、と思った。初めて会ったときのトゲトゲした雰囲気は、クラスメイト達とじゃれ合う慧からは全く感じなくなっていた。


「慧から見て、みぞれってどんなイメージ?」

 スタートラインに並ぶみぞれにスマホのカメラを向けながら、津々実は尋ねた。

「え? どんなって言われても……」

 ピストルが鳴り、スプーンにボールを乗せたみぞれがそろりそろりと動き出す。周りの生徒たちが余裕で歩き出したのを見て、みぞれもスピードを上げた。

「ま、丸い?」

「うーん……そっか」

 見た目を言っているのか、性格を言っているのか、あるいはその両方か。たぶん両方だろうな、とカメラを連写しながら津々実は思った。胸が大きいし、人当たりが良い。いつもニコニコしているところがポメラニアンっぽいかもしれない。

「ところで、あの、津々実ちゃん」

「ん?」

「なんでさっきから、連写してるの?」

「え? そりゃ、か……」可愛いから、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。「……き、記念に?」

「動画じゃダメなの?」

「動画撮りながら連写してるから大丈夫」

「え……」

 慧が軽く引いていたが、津々実は撮影を止めなかった。ボールを落とすみぞれも、真剣な表情でチームのために頑張るみぞれも、全部残したかった。

「みぞれ頑張れーー!!」

 声援を送ったとき一瞬こっちを見る仕草も、しっかり撮った。

 そう、記念に。

「みぞれー、ナイスファイトー!!」

 三位という微妙な順位でゴールしたみぞれがこっちを見る。津々実は大きく手を振った。みぞれは息を切らせながら、手を振り返した。

「仲良いよね、二人は。昔からの知り合いなんだっけ?」

「うん。中学のときからね」


 やっと慧に視線を向けた。見慣れないポニーテール姿が新鮮だ。なんとなく、いつもの髪型で体育祭も出るような気がしていた。数学とQK以外には興味がなさそうだから、「体育のときは髪を結んだ方が楽」なんてことも知らないんじゃないかと思っていた。さすがに低評価すぎたか。

 慧のことだけじゃない。みぞれのことも、津々実は正しく見れていなかった。

「……最近、ちょっと自信ないんだよね」

「え?」

「みぞれのこと。あたしが一番仲良いし、あたしが一番よく知ってると思ってたんだけど、そうでもないのかなって最近思い始めた」

「えっと……そうなんだ」

 慧は返答に困っていた。

「人気者になってちやほやされたいのかなとか、友達がたくさん欲しいのかなとか思ってたんだけど、なんか違うっぽいんだよねー」

 津々実みたいになりたいと言いつつ、《《なってどうしたいのか》》は教えてくれない。津々実も尋ねたことはなかった。

 一人で体育座りしているみぞれを、津々実はじっと見つめた。

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