第70話 107=1
「第22回全国高校素数大富豪大会も、いよいよ大詰め! 間もなく準決勝が始まります!」
実況ルームで成田が声を張り上げる。個人戦が始まったときにはガラガラだったこの部屋も、だいぶ人が増えてきた。人口密度の増加に比例するように、成田のテンションは上がっていた。
「さて、次のモニタリング対象はどなたですか? 解説の小西さん」
指名を受け、スーツ姿の小西は咳払いした。
「次は萌葱高校二年の宝崎伊緒菜選手と、白練高校一年の加賀見稲荷選手です。宝崎選手は、去年の準優勝者ですね」
「もちろん覚えています! 会場にいる人も、覚えている人が多いでしょう。去年の決勝戦は、なんと師弟対決だったんですよね」
実況ルームに集まった選手たちを見ると、何人も頷いている。
「そのときの相手は、白練高校、当時二年の馬場肇選手! ……ん、白練?」
成田はわざとらしく疑問符をつけ、小西を見た。
「はい、そうです。この準決勝での宝崎選手の相手は、馬場選手の後輩です」
「なんて運命的なんでしょう! つまりこの試合は、馬場選手の姉妹弟子対決ということですね!」
「そうなりますね」
小西はクールに答えた。
「しかし本人たちに面識はあるんでしょうか」
モニタに現れた二人は、無言のまま席に座り、相手を睨んでいる。見えない火花が散っていた。面識はありそうだ。
「なんか仲悪そうですね?」
「どっちが一番弟子か、争っているんじゃないですか?」
「なるほど! 馬場選手、慕われているんですね」
小西は肇の人柄を思い起こした。二十代も後半の小西の目には、若くて元気でキラキラした娘だなぁ、という印象しかないが、自分の高校時代にあんな人が身近にいたら惚れ込んでいたかもしれない。
「カリスマ性がありますからね」
と小西は肇の特徴をまとめた。
「さて、素数判定員が席に着きました。いよいよ試合の始まりです」
『ではこれより、萌葱高校宝崎選手と白練高校加賀見選手の試合を開始します』
先攻は伊緒菜になった。判定員がカードをシャッフルし、二人に配る。
『これより、一分間のシンキングタイムを始めます』
タイマーが動くと同時に、二人はカードを取った。両者のカードがモニターにも映される。小西がホワイトボードに書き起こした。
「宝崎選手がA、2、3、3、4、5、6、8、Q、K、ジョーカー。こちらはバランスよく揃っていますね。一方の加賀見選手は、A、3、3、5、7、7、9、9、J、Q、K……随分三の倍数に偏ってますね」
小西は「加賀見選手の方が不利ですね」とコメントしたが、成田は「いやいや」と首を振った。
「これだけ奇数が揃っているんですから、断然有利ですよ!」
「そうでしょうか……」
正反対の二人のやり取りに、会場の選手たちがくすくすと笑う。
「お、一分経ちましたね。宝崎選手の手番が始まります」
会場にいる全員が伊緒菜に注目する。伊緒菜はじっと稲荷を睨んでいた。稲荷がカードを並べ替える様子を見て、鼻で笑った。
『な、なんですか?』
『いえ、あなたみたいなのがお姉ちゃんの今の弟子なのかと思うと、残念でならなくて』
『はぁ!?』稲荷は無表情のまま、声だけ荒げた。『いきなりなんなんですか!』
『カードの選び方に迷いがある。素数の記憶が曖昧な証拠よ』
「そうなんですか?」と成田が小西に聞いた。
「私に聞かれてもわかりませんが……」
小西は頭脳戦を好むタイプであり、相手のメンタルを読むのは好きでなかった。
『なんでそんなことわかるんですか!』
『顔色を見ればわかるわ』
『顔色って……私、ポーカーフェイスだってよく言われるんですが』
『そうかもね。でも、私はお姉ちゃんと一年近く真剣勝負をやり合ったのよ? その程度見抜けなきゃ、あの人には勝てないわ』
『へー、それはすごいですねー。でもそれって小学生の頃の話ですよね? 今の肇先輩は小学生時代の肇先輩より遥かに成長してますし、今の肇先輩の一番近くにいるのは私なんですけどねー』
『小学生時代のお姉ちゃんを知らないのに、なんで成長してるなんてわかるんですか?』
『成長してないとでも思ってるんですか?』
『うぐっ……』
「おおーっと、宝崎選手、押されている! 心理戦を得意としているのに、口論は苦手なのかー!?」
「なんで盛り上がってるんですか、成田さん」
成田は試合中よりもウキウキとした表情だった。
「これ、試合始まってるんですよね?」
「キャットファイトが始まってます! 馬場選手、モテるんですねぇ。いいなー、あたしも奪い合われる女子高生になりたかった」
小西は深いため息を吐きながら、早く試合が始まってくれと祈った。
口をつぐんだ伊緒菜が、山札から乱暴に一枚ドローする。7を引いた。伊緒菜は手早くカードを並べ替え、四枚を場に出す。
『346A』
『3461は素数です』
「346素数! 有名な四つ子素数ですね」
「四枚出しですか。なんだかんだ言って馬場選手の後輩ということで、警戒しているのかもしれません。四枚ずつ三手で素早く終わらせるつもりでいるのでしょう」
稲荷はじっと手札を見たまま動かない。伊緒菜に指摘されて、手を動かすのを止めたのかもしれない。
やがてぱぱぱと手札を取って、四枚出した。
『7JQK』
『7111213は素数です』
「おや! いきなり絵札を三枚も使いましたよ!」
「しかも、これで手札の絵札が全部なくなりましたね」
「どうするつもりなんでしょう?」
小西は稲荷の手札を眺めると、ホワイトボードに数字を書いた。
「おそらく、これで親を取るつもりでいるんでしょう。そうすれば、残りは57と99A33に分けられます。ここで宝崎選手がパスすれば、加賀見選手の勝ち確です」
「なるほど。さぁ宝崎選手、加賀見選手の意図を読んでカウンターするか、それとも読めずにパスするか!?」
伊緒菜は稲荷の顔を見つめていた。今度は、鼻で笑う様子はない。代わりに、言った。
『早急に親を取ろうとしてるわね』
『どうしてそんなこと言えるんですか?』
『顔に書いてある』
『え゛』
伊緒菜はにやりと笑った。
『冗談よ。単に、いきなり絵札が三枚も来たからよ』
『でも、親を取る気なら、絵札を四枚出すんじゃないですか?』
『手札に絵札が三枚しかないんでしょ?』確信を持って指摘した。『もしくは、Qしかないか』
『Q?』
『JQKと組み合わせて素数にならない絵札は、Qしかないのよ。つまりあなたは他に絵札がないか、Qしか持っていないかのどちらか』
伊緒菜は眼鏡を押し上げた。
『つまりあなたはこれに返せない。ジョーカーをTとして、8QTK』
『8121013は素数です』
「宝崎選手、堂々と返しました!」
「そして宝崎選手の読み通り、加賀見選手はこれに返せませんね」
稲荷がパスをする。場が流されると、伊緒菜は残った四枚をすぐ場に出した。
『2357』
『2357は素数です。よってこの勝負、宝崎選手の勝利です!』
「宝崎選手、まずは一本! さぁ、このままストレートで決めるのか!?」
判定員がカードを回収する。成田はその間に水を飲んだ。
「ところで小西さん、こっちで宝崎選手と加賀見選手が戦っているということは、もう一つのテーブルでは……」
「はい、宝崎選手の後輩の古井丸選手と、加賀見選手の先輩の馬場選手が戦っています」
ペットボトルを握る手に力が入る。
「面白い! この準決勝、互いの先輩と互いの後輩が戦っているわけですね! さあ、決勝戦に進むのは、いったい誰なのか!?」
背の高い人だなぁ、とみぞれは思った。整った顔は自信に満ちていて、思わず見とれてしまう。津々実とは別ベクトルでモテそうだ。パンツスーツでも着たらきっとすごくカッコいいだろう。
「また会ったね、古井丸さん」
肇は優雅に対面の席に座った。
「まさかここまで残るなんて。さすが伊緒菜の後輩だ」
「いえ、そんな……」
みぞれは恥ずかしそうに手を振った。肇の嫌味のない笑顔を見ると、なんだか照れてしまう。
「伊緒菜の後輩ってことは、あたしの後輩も同然だ。遠慮せず、全力で行かせてもらうよ」
くくく、と笑う。その無邪気な顔は、どこか伊緒菜に似ていた。
「……あの、ひとつ聞いても良いですか?」
「ん、なんだい? なんでも聞いて」
「伊緒菜先輩から、小学生のときの話を聞きました。その時からずっと疑問だったんです――どうして、伊緒菜先輩に声をかけたんですか?」
伊緒菜の話を聞いてからずっと、馬場肇がどのような人物なのか、気になっていた。
肇にとって、伊緒菜は自分に悪さをしてくる迷惑な人物だったはずだ。それを先生に言うでもなく、自分で咎めるでもなく、ゲームに誘導した。
ゲームで負かせば伊緒菜が大人しくなると考えたのかもしれない。たしかに、結果的にはそうなった。しかし、自分に悪戯してくる相手をゲームに誘う発想が、みぞれには理解できないでいた。
「伊緒菜を呼び出した理由ねぇ……」
肇は両手を組むと、短いため息を吐いた。
「ほら、あたしって、美人じゃん?」
「え? あ、はい」
人を褒めるのに躊躇いはないが、いきなり美人を自称したのでさすがに戸惑った。とはいえ肇は事実として美人なので、素直に肯定した。
「おまけに社交性があるから、転校先でもすぐグループの輪に入れちゃうんだ」
「そ、そうなんですか」
肇みたいな人が転校してきたら、むしろこっちからグループに入れたくなるだろうな、とみぞれは思った。彼女にはそれだけの魅力があった。
「だからさ。誰もあたしと、本気で勝負してくれないんだよ」
「……え?」
「あたしとゲームしても、誰も、あたしを本気で倒そうとしてくれない。みんなにとって、あたしとゲームをする目的は、あたしとコミュニケーションを取ることなんだ」
「コミュニケーション?」
「そう。あたしとお話したいわけ。だから、ゲームを始めた時点で、目的を達している。だから、勝負は二の次になっている。『勝っても負けても楽しい』なんて状態になってるわけ」
肇は歯痒さを示すように、テーブルを指で叩いた。
「でも、あたしはそれじゃ、楽しくない。あたしは真剣勝負がしたかった。あたしを本気で倒そうとする人――《《負けて悔しいと感じる人》》と勝負したかった」
肇がステージの上を見たので、みぞれも釣られて見た。伊緒菜と稲荷が、黙って睨み合っている。
「伊緒菜を初めて見たとき、ビビッと来たんだ。この子なら、あたしと真剣勝負してくれそうだなって。まだ伊緒菜が悪戯を仕掛けてくる前だよ? ただあたしを妬んでいるようにも見えたけど、仕掛けてきた悪戯を見て確信した」
含んだ笑い声がした。肇がまた、無邪気な笑顔を浮かべている。
「伊緒菜の悪戯は、手が込んでいた。上履きを隠したりとか、そういうその場の思い付きで出来るようなものじゃなかった。きちんと計画して準備しないとできないものばかりだった。あたしは感動で震えたよ。真剣勝負できる相手が、ついに見つかったってね」
伊緒菜によく似た笑顔を見て、みぞれは、ああそうか、と思った。この顔は、戦いたくてたまらない顔なんだ。
「だから、君の質問への回答はこうなる。あたしが伊緒菜に声をかけたのは、伊緒菜があたしと同じ、ゲームジャンキーだとわかったからだよ」
やはり二人の関係は、みぞれと津々実の関係に似ているようで、大きく違う。
みぞれは津々実に憧れて、津々実のようになりたいと願った。だから津々実に勝ちたいと思っているし、一位を目指している。
しかし伊緒菜と肇は、最初から互いを認め合っていた。互いに相手を、尊敬の対象ではなく、好敵手として倒そうとしている。
みぞれの想いは、片想いだ。両想いの二人とは違う。
質問したことを後悔した。この人には勝てないだろうと悟ってしまったからだ。
みぞれの目標は、津々実のようになることだ。QKで一位になるのは、そのための手段に過ぎない。
でも肇は違う。この人は、勝つこと自体が目的だ。意気込みが、志が、みぞれとはまるで違う。
足音を立てずに、素数判定員がやってきた。着座すると、事務的に告げる。
「ではこれより、萌葱高校古井丸選手対、白練高校馬場選手の試合を始めます。まずはカードドローをお願いします」
判定員が扇形にカードを広げる。ドローの結果、先攻は肇になった。
今までの試合と同じように、判定員がカードを十一枚ずつ配る。
「ではこれより、一分間のシンキングタイムを始めます」
タイマーが動き出す。
みぞれは震える手で十一枚のカードを取った。




