第49話 4
「まったく、大会のスタッフも、もう少し空気読んでくれてもいいのにな」
ステージで試合をしながら、大月瑠奈は文句を垂れた。すぐ隣に素数判定員が座っていることも、自分たちの様子が実況室で放送されていることも、気にしていないようだ。
「まあ、いいじゃないか」テーブルを挟んで向かい合いながら、太田陽向は彼女をなだめた。「勝てばいいんだ、勝てば」
陽向は明るい笑顔を見せた。仲の良い友人にしか見せない表情だ。
瑠奈が不平を漏らしているのは、トーナメント表のことだった。瑠奈と陽向は、烏羽高校の一位二位を争う強者同士だ。その二人が、準々決勝で当たってしまう。二人そろって全国へ行くためには、どちらかは五位決定戦を経ないといけない。
「準決勝以上で当たる配置なら、二人ともなんの問題もなく全国へ行けたのに」
「戦いにドラマは付き物さ。それに、どちらにせよ全国へ行けることに違いはないんだ」
二人の実力なら、絶対に五位以上にはなれる。陽向にも瑠奈にも、その自信があった。
「言われてますよ、小西さん」
実況部屋で、成田凜がにやっと笑いながら小西那由他に言った。成田は瑠奈と陽向を気に入っていた。
「言われましたね」小西はやや憮然としながら返事をした。「確かに、ここも調整してよかったかもしれません」
「トーナメントは、意図的に組んでるんじゃないんですか?」
成田が手元のトーナメント表をひらひらさせた。
「いえ、ほぼランダムです。選手の名前を書いた紙を混ぜて、裏返しで並べるんです。そのあと、同じ学校の選手や強い選手同士がなるべく離れるように、微調整します」
「結構適当なんですね」
「公平と言ってください」
そうこうしているうちに、試合が動き始めた。先攻の陽向が場にカードを出す。
『649A』
『6491は素数です』
「順当ですね」と成田。
「ええ、そうですね」と小西。「しかしこの試合、明らかに太田選手が不利ですね」
太田陽向の手札は、二桁カードが二枚しかなかった。ただしジョーカーもあるため、それをどう活かすかが問題だった。
「対する大月選手は、絵札だらけですね。Tが三枚、Jが二枚、Qが一枚。合計六枚もあります」
「でも10ばっかりだからなぁ」成田は頭の後ろで手を組んだ。「案外、作れる素数は多くないですよ」
瑠奈はしばらく考えたあと、カードを出した。
『T8T9』
『108109は素数です』
「おお、うまい!」
成田が拍手した。
「三枚中二枚を、一気に消費しましたよ!」
「しかも使った奇数は一枚だけ。うまい返しですね」
「さあ、太田選手はどう切り返すでしょうか!?」
成田のテンションは上がったが、陽向はこの程度のカウンターは予期していた。慌てた風もなく、場にカードを返す。
『ジョーカーをTとして使って、9KTJ』
『9131011は素数です』
「おおっと、ここで絵札とジョーカーを、全部使いましたよ!」
「勝負をかけましたね。ま、妥当でしょう」小西は冷静に答えた。「残りのカードは、57と3です。もしここで返って来なければ、太田選手の勝ちです」
「大月選手は返せるでしょうか!?」
二人でモニターに注目する。小西は瑠奈の手札を一瞥して、
「このままでは無理ですね」
と即答した。
「どうしてですか?」
「太田選手の出した9KTJは、四枚七桁で最強の素数です。これに返すには四枚八桁にする必要がありますが、大月選手の持っている絵札は、T、J、J、Qの四枚。これはどう並べ替えても、素数になりません」
瑠奈もそれはわかっていたので、手番が移るとすぐに一枚ドローした。
「うわっ」そのカードを見て、成田が声を上げた。「ジョーカー! なんて運が良いんだ!」
「これで、カウンターはできますね。問題はそのあとですが……」
『この場は、出さないわけにはいかないな。ジョーカーをKとして、KTQJ』
小西の心配をよそに、瑠奈はさっさとカードを出してしまった。
『13101211は素数です』
『くっ。パス!』
判定員が場を流した。瑠奈の手に残ったカードは、2、4、5、Jの四枚。
「これは、素数が作れるんですか?」
小西が尋ねると、成田はスマホをポケットから出した。
「四枚出しなら最後はJにしないといけないので、作れる数は六種類ですね。全部調べましょう。まず542Jは……23×2357です。524J……これは17×3083」
画面の中では、瑠奈もカードを並べ替え、計算していた。目線を上に投げたり、口を小さく動かしたりしている。
「23や17なら、2001チェックや969チェックで引っ掛かりますね」と成田。
「そうですね」小西は頷きながら、素数判定を続けた。「425Jなら7の倍数なので、これも1001チェックでわかります。452Jは29の倍数なので、2001チェックでわかる……」
「なかなか素数にならないですね?」
「もしかして詰み手札なんでしょうか……あっ!」
小西は思わず声を上げ、ホワイトボードに数字を書いた。
「254Jは素数です! でも245Jは127の倍数なので、この四枚で作れる素数は254Jただ一つですね」
「うっわ! 詰んデレだったか!」
成田は腹を抱えて笑った。
小西は五つの素因数分解をホワイトボードに書き、
「245J以外は、根気さえあればチェック可能です。問題は、245Jの素因数が127である点ですが……」
「127の倍数を判定する方法って、なんかありませんでしたっけ?」
成田が聞くと、小西はこめかみを押さえながら答えた。
「あるには、あります。127×7=889なので、1000を引いて111を足せば、127の倍数かどうかがわかりますが……私は使ったことありません」
『おそらくこれが素数だ』
ずっと計算していた瑠奈が、ようやく動いた。場に出されたカードを見て、実況部屋がざわめく。
「254Jだ!」
成田が興奮した声で叫んだ。判定員が宣言する。
『25411は……素数です! よってこの試合、大月選手の勝利です! またこれにより、大月選手の二本先取となるため、この勝負は大月選手の勝利となります!』
「決まったー! これで、大月選手が全国進出決定だ!」
画面の中では陽向が項垂れ、瑠奈が勝ち誇っていた。
『くそ……今日も勝てなかったか』
『これで私の十連勝だな』
瑠奈は席を立つと、前髪をかきあげて言った。
『先に、全国で待ってるぞ』
成田はモニターを見ながら、大げさに身震いした。
「さぁ、これで全国出場枠が三つ埋まりした。期待の彗星、吉井史選手。全国準優勝の実力者、宝崎伊緒菜選手。そして最大勢力の革命団長、大月瑠奈選手! 残り二つは、誰が取るでしょうか!?」
テンションを上げている成田の横で、小西はトーナメント表を確認した。
「現在、準々決勝を戦っている残りの一組は、萌葱高校の剣持選手と、納戸高校の若山選手ですね」
「宝崎選手の後輩が残っているんですね。納戸高校というのは?」
「ボドゲ部です。去年が初出場で、そのときは全員一回戦で敗退しています」
「それが準々決勝まで勝ち残ったんですか! この一年、特訓してきたんでしょうか?」
そのとき、小西のスマホが振動した。小西がさっと取り、届いたメッセージを確認する。
「速報です」小西が浮わついた声で報告した。「最後の一組ですが、納戸高校の若山美音選手が勝ちました!」
「ありがとうございました……」
「ありがとうございましたっ」
美音はぱあっと笑顔になると、後ろを振り返った。芋っぽい眼鏡少女に手を振る。相手の少女も、嬉しそうに振り返した。
慧はゆっくりと立ち上がると、部員たちの元へ戻った。
「負けました……」
慧がぽつりと報告する。
「惜しかったよ、慧」
と津々実が慧の肩を叩いた。
「ええ、惜しかったわ、慧」
伊緒菜も慰めたが、眼鏡を押し上げて顔をしかめた。
「ただ、こうなると……敗者復活戦が、ややこしいことになるわね」
「え?」
慧はどういうことか聞こうとして、みぞれが神妙な顔をしていることに気が付いた。
「まさか、みぞれちゃん、負けたの?」
みぞれはこくりと頷いた。みぞれが負けるなんて、と慧は動揺した。
そのとき、スタッフが慧とみぞれを呼びに来た。
「五位決定戦に出場する選手は、ステージに集まってください」
伊緒菜が二人の背中を押す。
「行っておいで。トーナメントを決めるから」
ステージの上に、四人の少女が集まった。準々決勝で敗北した、みぞれ、慧、陽向、梨乃だ。
四人の前に、小西が立った。手には、四枚のトランプカードを持っている。それぞれ、スペード、ハート、ダイヤ、クラブのAだ。
「では、五位決定戦のトーナメントを抽選します。この四枚のAを並べますので、準々決勝の試合が終了した順……古井丸選手、相馬選手、太田選手、そして剣持選手の順で、カードを選んでください」
小西は四枚のカードを、伏せてテーブルに並べた。
「同じ色のスートを選んだ選手同士が、一回戦の組になります。では、古井丸選手から、カードを選んでください」
言われた通り、みぞれは一枚のカードを選んだ。残りの三人も、次々とカードを手に取る。
「それでは、一斉にオープンしてください」
ステージの下で、他の選手が全員こちらを見ている。みぞれ達は彼女らに見えるように、カードを表にした。
みぞれのカードは、ハートだった。慧のカードはスペード。そして、陽向はダイヤ、梨乃はクラブだ。
スートを確認した小西が、カメラを意識しながら言う。
「一回戦は、古井丸選手対太田選手の試合と、剣持選手対相馬選手の試合となります。では、選手とスタッフの皆さん、準備をお願いします」
対戦テーブルが四つ、用意された。準決勝第一試合、伊緒菜と美音のテーブル。第二試合、瑠奈と史のテーブル。そして、五位決定戦の一回戦のテーブル二つだ。
伊緒菜は落ち着かない様子で、ステージに上がった。優雅に席に座った美音が、それを見て微笑みかける。
「なんだか、そわそわしているのね?」
「そりゃそうですよ」
伊緒菜はみぞれと慧を見ていたが、美音の言葉で、意識を対戦相手に向けた。大人びた黒髪少女は、見た目だけなら慧に似ていた。しかし彼女からは、慧にはない自信と熱意が溢れていた。絶対に勝つという意志と、自分にはそれが可能だという確信があるようだった。
「納戸高校って、去年は一回戦敗北でしたよね? たしか、ボドゲ部でしたっけ?」
「ええ。それも、部員がたった一人の。ですから、ここで勝って実績を作って……生徒会の人達に、部の存続を認めさせないといけないんです」
熱意はそこから来ているのか、と伊緒菜は理解した。だが、どこか妙だ。伊緒菜は首を傾げた。
「若山さんって、三年生ですよね? 存続しても、あなたが卒業したら、結局廃部になってしまうんじゃないですか?」
「いいえ。もし私が良い成績を残せたら、生徒会の副会長が入部することになってるの。あの子は二年生だから、少なくとも来年は安泰よ」
きな臭いなと伊緒菜は思った。黒いやり取りがあったのかもしれない。
「だから私は、全国行きが決まっても、手を抜くつもりはないわ。優勝するつもりで来ているもの」
伊緒菜はにやりと笑った。美音の高校で何があったかは知らないが、それは伊緒菜には関係のないことだ。伊緒菜の目的はただ一つ、強い相手と本気で戦うことだ。美音は伊緒菜より弱そうだが、本気で戦ってくれるだろう。
「私も手を抜くつもりはありません。優勝するのは、私です」
四つのテーブルで、試合が始まった。




