第40話 8101213
みぞれは席に座ると、美沙に「よ、よろしく」と会釈した。美沙は妹とそっくりの笑顔で、「こちらこそ」と挨拶した。改めて見てみると、本当に美沙と美衣は瓜二つだ。
会場の選手たちの間にも、美沙と美衣が双子であることは既に知れ渡っているようだ。知らない者も、二人の顔と名前を見れば察しが付くだろう。二人の違いは髪型だけだ。向かって右側にサイドテールを垂らした美沙は、にこにこと笑っていた。
「これより、萌葱高校古井丸みぞれ選手と柳高校遠海美沙選手の試合を始めます。先攻は遠海選手です」
素数判定員がカードを配る。
二人の試合は、先鋒戦よりも注目されていた。みぞれは萌葱高校の一年生として、美沙はあの先鋒の双子として、注目度の高い選手だった。
シンキングタイム開始の合図とともに、みぞれはカードを取った。そして、あまりの札の良さに息を呑んだ。
5、5、8、9、T、J、J、J、Q、K、ジョーカー。
六枚が二桁カード、そしてジョーカーが一枚。こちらが先攻なら、目をつぶっていても勝てそうな手札だ。今回は美沙が先攻だが、それでも勝利は余裕であろう。
美沙は何枚出しをするだろうか。二枚の場合、まずQKで親を取る。次に85T9を出し、美沙が適当な四枚を出したら、ジョーカーをKとしてJKJJを出す。これでおそらく親が取れるので、最後に5を出せば勝ちだ。
そして三枚の場合は……。
「シンキングタイム終了です。これより遠海選手の持ち時間となります」
美沙は悩んでいるようだった。あまりいい手札ではないのかもしれない。指を動かして、何かを計算している。一分ほど経ってから、ようやく札を出した。
「ジョーカーを2として使って、A28=2^7」
合成数出しだ。これを計算していたのだろうか。しかし2の7乗程度なら、美沙も覚えているはずだ。判定員は形式的にタブレットを操作し、
「合っています。合成数出し、成功です」
と宣言した。
真相はともかく、これは三枚出しだ。三枚の場合、どうすればよいか。みぞれは手札を並べ替えた。
まず、859を出そう。これに美沙が適当な数を返して来たら、KJJを出す。美沙は悩んでいたから、これより大きい素数は持っていないに違いない。場が流れたらジョーカーを出す。一枚出しのジョーカーは無条件で場が流れるので、またみぞれの親になる。そしたら残りの5TQJを出せば、みぞれの勝ちだ。
しかし、美沙が何を計算してたのかが気になる。三枚出し五桁の素数でも探していたのだろうか。
後ろで見ていた伊緒菜も、眼鏡を押し上げて「怪しい」と呟いた。
「何がですか?」と津々実が聞く。
「あんなものを出すために、わざわざジョーカーを使った。残りの手札が余程強くないと、やらない出し方よ」
「KKJを持ってるってことですか? みぞれがJを三枚も持ってるのに?」
「確率は低いけど、あの出し方ならありうるわ」
みぞれは伊緒菜ほど相手の手札について考察できなかった。美沙が何を考えていたとしても、859からのKJJで勝てると確信していた。
「859」
三枚、場に出した。判定員が「素数です」と判定し、タイマーを切り替える。
「ふっふっふー」油断しきったみぞれを見て、美沙は笑った。「かかったね」
「えっ?」
美沙が手札を三枚取る。
「私が計算してたから、四桁か五桁の素数を探してると思ったんでしょ? でも違うんだなそれが。あれはただのパフォーマンス。古井丸ちゃんに、私が悩んでいると思わせるための、ね」
QKの試合でブラフをかますのか! とみぞれは目を丸くした。伊緒菜や慧なら絶対やらないことだ。だがこの双子は、そういう人物だった。みぞれはようやくそれを思い出した。
「そして私も、三枚六桁の素数くらいは覚えたんだ。KQK!」
「!」
これならまだ勝てるのでは、とみぞれは一瞬だけ思った。KJJを出せれば、まだ作戦は続行できる。だが、KJJはKQKより弱い。作戦の続行は不可能だ。
美沙は、自分に注がれる好奇の視線に酔っていた。思った通り、ブラフを使う選手は珍しいのだ。
みぞれは知る由もなかったが、美沙の初期手札も非常に良かった。
A、2、7、8、T、Q、Q、K、K、K、ジョーカー。二桁カードが六枚、ジョーカー一枚。みぞれとほぼ同じ強さのカードだった。そしてカードの強弱が同程度なら、腕の良いプレイヤーが勝つ。両者の腕も同程度なら、先攻が勝つ。QKとはそういうゲームだ。
手札を開いて、美沙はすぐにA28が目に入った。これは2の7乗だ。7はあるから、ジョーカーを使えばこの合成数出しができる。
最初は、そんなもったいないジョーカーの使い方はできない、と考えた。しかし札を見ているうちに、それが最善手であることに気付いた。
六枚の二桁カードを使えば、三枚六桁の素数QTKとKQKが作れる。つまり手札を、A28、QTK、KQKの三つで出し尽くせるのだ。
問題は、出す順番だ。
最初にKQKを出せば、いきなり親が取れる。なぜなら、KQKより強い三枚出し素数はKKJしかないが、こちらの手札にKが三枚あるので、みぞれはこれを出せないからだ。次にA28を出すと、残り手札は三枚。この状況なら、みぞれはなるべく強い素数を出してくるだろう。するとQTKより強いKTJなどを出してくる可能性が高い。そうなったら、美沙は勝てるとは限らない。A28の代わりにQTKを出しても同じことだ。
最初にQTKを出した場合は、みぞれが何を出しても、美沙はKQKを出せる。これより強い素数をみぞれが持っていないからだ。そして親になったら、A28を出して勝ちだ。もしQTKのあとみぞれがパスしても、出す順番は同じだ。
そして最初にA28を出した場合は、次にKQKを出すべきだろう。これも同じ理由で美沙に親が回り、QTKを出して勝ちだ。
以上から、初手はQTKかA28にするべきだ。しかしこの推論には、一点だけ穴がある。まさかその穴が突かれることはないだろうが、絶対ないとは言えない。そうなったときに備えて、二桁カードは残しておくべきだ。
だから、最初はA28だ。ジョーカーがもったいないが、ジョーカー一枚より二桁カード複数枚の方が重要だ。
そしてみぞれに弱いカードを出させるために、ダメ押しでブラフをかましておこう。強いカードを出されても負けることはないはずだが、念のためだ。
一点を除き、作戦は完璧だと美沙は自賛していた。悩んでいるみぞれを見て、にやにやと笑う。
美沙の残り手札は三枚。だが、みぞれはパスするしかないはずだ。どれだけ悩もうが……。
そこでハッと気が付いて、美沙は笑顔をひっこめた。
どうしてみぞれは悩んでいるのだ? KQKより強い素数は、KKJしかない。それが手札になければ、引くかパスするかのどちらかのはずだ。そのどちらもしないということは……。
最悪の事態だ。みぞれはここで何を出すかを悩んでいるのではない。ここで出した後、次に何を出すかを考えているのだ。
「こうするしかないかな」
とみぞれが呟き、手札を出した。
「ジョーカーをKとして使って、KKJです」
「そんな……!」
美沙の作戦の唯一の穴は、ジョーカーの存在だった。もしみぞれがジョーカーを持っていたら、こちらがKを三枚持っていても、みぞれはKKJを出せる。だが両プレイヤーの手札にジョーカーがある確率は、かなり低い。だからそんな偶然は起こらないだろうと思ったのだが……。
起こってしまったか、と美沙は歯噛みした。だがみぞれはこれで、ジョーカー、K、Jの三枚を使った。いずれも強いカードだ。依然、こちらの有利は変わらない。
美沙の残り手札は三枚で、みぞれは五枚。次のターンで、みぞれはおそらく四枚出しか五枚出しをしてくる。みぞれが五枚出しをしないことを祈りつつ、美沙は一枚ドローした。Aだった。
「パスします」
判定員が場を流し、みぞれの手番になる。みぞれは即座に、手札から四枚出した。
「5TQJ」
「うわ、やっぱりか」
四枚出しだ。美沙はうめいた。
「5101211は素数です」
判定が下され、美沙の手番になる。
美沙の手札は、A、T、Q、K。これはどう並べ替えても、5TQJより小さい。美沙は一枚引いた。
出たのは8だった。8を先頭にして、残り三枚を二桁カードにすれば、場より大きくできる。だが、どう並べれば素数になるのだろうか。
最初は8、最後は奇数でないといけないので、順番は二通り。8TQKか8QTKだ。
これは……計算するしかない。
美沙は指を動かした。800万の平方根はおよそ2800。それより小さい素数で割り切れなければ素数だ。さすがの美沙でも、残り時間ですべてを試すことはできない。100程度まで試して、あとは勘で出すしかない。
まずは8TQKから試した。3ではもちろん割れない。11でも割れない。7と13は……1001を引いていくと12なので、7でも13でも割れない。969チェック……通る。2001チェック……通る。
会場の誰もが、美沙の指先に注目していた。やがて皆、それが筆算の動きとは違うことに気付き始めた。
「そろばんだ」
誰かが呟いた。瞬く間に、その言葉が伝言ゲームのように広がった。
少し静かにしてくれ、と美沙は思った。自分に注がれる視線が、今は鬱陶しい。私はいま、相棒とともに戦っているんだ。
71……割れない。73……割れない。79…………割れた! 8TQKは素数ではない!
美沙はうなだれそうになった。試合中に計算をする欠点はここだ。100近くまで計算した結果、素数でないと判明したときの失望感が半端ないのだ。
だが今回は、二択のうち一択が潰れただけだ。こうなれば残りの8QTKを出すほかに選択肢はない。出した結果、これが素数でなかったら美沙の負けだが、これを出さなくても美沙の負けだ。みぞれの手札は残り一枚なのだから。
それでも美沙は、計算を始めた。「間違えて合成数を出す」なんて、美沙のプライドが許さなかった。もしこれが合成数なら、潔くパスした方がマシだ。
11、割れない。7と13……割れない。17、19……割れない。
千草高校の長江恵は、そろばんと聞いて、ようやく美沙たちの不思議なカードの出し方に合点がいった。長い計算のあと大きな素数を出したり、見たことのない合成数出しをしてきたりしたのは、全部暗算力があったからなのだ。あの双子は、やはり基本的な素数しか覚えていない。
美沙の手札を後ろから見ながら、恵はほくそ笑んでいた。美沙はいま8QTKを計算しているようだが、恵は計算するまでもなく、それが素数だとわかっていた。QTKは三枚出し素数だが、その前につけて素数になるカードは、8しかないのだ。
恵以外にも、それを知っている選手は多かった。彼女らは皆、同じ結論に至っていた。あの双子、能力は高いが、QKの練度は低い!
美沙は101まで計算した。8QTKは割れていない。これで合成数なら、美沙としても諦めがつく。自分はやれるだけやった。
「待たせたね」と美沙はみぞれに笑いかけた。「これは素数! 8QTK!」
判定員がタブレットを操作する。美沙は緊張しながら判定を待った。
「8121013は素数です」
会場がまた盛り上がった。美沙が自信満々に出したので、これを計算したのだと勘違いしたのだ。美沙もそう思わせるために、笑顔で出していた。個人戦で当たるかもしれない相手に、威嚇しておいて損はない。
みぞれの手札は残り一枚。ここはパスするしかないはずだ。
みぞれは目を閉じると、悲し気な声で言った。
「パスします」
判定員が場を流す。みぞれは負けを確信していた。会場の選手達も、半分以上は美沙が勝ったと思っていた。
美沙の残り手札は一枚。ここで彼女はそれを出し、勝利するはずだ。
美沙も、そういうシナリオにしたかった。だが、残った手札はAだ。1は素数ではない。だからこのカードは、一枚では出せない。
「ドローします」
と言って、美沙は山札に手を伸ばした。みぞれが顔をあげて、驚きと期待のこもった目で見てきた。
期待通りにはさせない、と美沙は思った。こっちにあるのはAだ。Aと組み合わせて素数になるカードは八種類もある。外れる確率の方が低い。
会場中の注目を浴びながら、美沙はカードを引いた。




