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QK -1213-  作者: 黄黒真直
第4章 合宿
29/67

第27話 26

 夕飯は伊緒菜の言った通りカレーだった。キッチンで器に盛って、サラダと一緒に伊緒菜の部屋に持って行った。慧と伊緒菜のカレーはしっかりと大盛りだ。

「いただきます」

 四人揃ってカレーを食べ始める。宝崎家のカレーは野菜が多めだった。ナスやらブロッコリーやらが入っている。カレーは家ごとに個性があるなぁ、とみぞれは思った。

「独特の味付けですね」数口食べた津々実が評する。「しかもルーを使わずに、スパイスで作ってますね?」

「よくわかるわね」

「明らかに家庭の味じゃないですよ。お母さんは料理人か何かですか?」

「いえ? ただの接客業よ」

「ぜひレシピが知りたい……」

「お菓子だけじゃなくて料理も好きなのね、あなた」

「そういえば津々実ちゃん、今日はお菓子持って来なかったんだね」

「あ、忘れてた。お土産も市販品だったし。何か作ってくればよかったな」

 カレーを食べ終わった頃、ドアがノックされた。伊緒菜の母が顔を出す。

「お風呂湧いたから、先に入っていいわよ」

「あ、ありがとうございます」

 母親が食器を持って部屋を出て行く。ドアが閉まると、伊緒菜が後輩たちを見た。

「あなた達から先に入って良いわよ。お客さんだし」

 三人が顔を見合わせると、慧が言った。

「私はあとで良いわ」

「そう? わかった」

 みぞれは立ち上がると、

「じゃ、つーちゃん、行こ」

「うん」

 津々実も一緒に立ち上がった。

「えっ!」

「えっ?」

 伊緒菜と慧が異口同音に声を上げると、みぞれと津々実が固まった。

「ど、どうしました?」

「あなた達、一緒に入るつもりなの?」

 みぞれと津々実は顔を見合わせた。それから、津々実はハッとした。なるほど、一般的には変だ。

「あー……まあ、あたし達は中学のときからよくお互いの家に泊まったりしてて、一緒にお風呂に入ることもよくあったんで……慣れてるんです」

「そ、そう」

「ほら、その方が時間短縮にもなるし。合理的じゃないですか」

「ま、まあ、そうね」

 みぞれ達はタオル類と着替えを持つと、伊緒菜の案内で風呂場へ向かった。


「わ、広い!」

 宝崎家は建物も大きかったが、風呂場も広かった。浴槽は大人が三人は入れそうであり、洗い場はさらに広い。小さな鉢植えで観葉植物が飾られ、手入れの行き届いた綺麗な風呂場だった。

「ホテルみたいだね」

 かけ湯して湯船に浸かる。津々実は両腕を上げて伸びをした。

「久々に頭使ったから疲れたー」

 他人の家の風呂だというのに、津々実は完全にリラックスしていた。みぞれは心持ち緊張して、津々実に寄り添うと手を握った。

「一緒にお風呂に入るの、高校生になってからは初めてだよね」

「んー、そうだね。泊まり込みで受験勉強してたときは、しょっちゅう入ってたけど」

「あのときはありがと」

 元々成績の良くなかったみぞれは、津々実と同じ高校へ行くために猛勉強した。津々実にとってはそこまで難しい高校ではなかったが、みぞれにとってはそうではなかった。津々実は一年間、みぞれの家庭教師をしていたのだ。

「つーちゃんのおかげで受かったし、QKにも出会えたし」

「みぞれがQKをやりたいって言いだしたときは、驚いたけどね。まあ、実際やってみると面白いし、一番云々は抜きにあたしも気に入ったよ、あのゲーム」

「ホント? よかった!」

 喜ぶみぞれを見ていると、いじめたい衝動に駆られる。津々実は空いている手でみぞれの頬を引っ張った。

「それはそうと、こんな広いお風呂で、なんでぴったりくっ付いて来てるのかな?」

「へ、ひゃ、ひゃって……」お湯の中でもじもじしながら答えた。「人の家のお風呂って、なんか落ち着かなくて……」

「あたしの家のお風呂は、平気で入ってるじゃない」

「つーちゃんの家は慣れてるから……」

「ふぅん。で、手を繋いでると落ち着くって?」

 みぞれは顔を赤くしながらうなずいた。

 津々実は衝動的に、みぞれの脇腹を連続で突っついた。

「ひゃうっ、くすぐったっ、やめっ」

 みぞれは逃げようとしたが、津々実に腕をホールドされてしまって、逃げることができない。

「ほらほらー、落ち着かないならもっとくっ付いていいんだよー」

 突っつく場所が、少しずつ上へ移動していく。みぞれは指がどこを目指しているか気付いて慌てたが、体術では津々実に太刀打ちできない。

「ちょっ、や、やめてって」

「よいではないか」

 みぞれは必死に訴えたが、ついに津々実の指が胸の膨らみに到達した。

「指先だけでもわかるこの重量感! この柔らかさ!」執拗に裾野をつつきながら、津々実が興奮気味に実況する。「羨ましいやつめ、ちょっと分けろ」

「む、無理だってば~、ひうっ」

 二人はしばしの間、裸でじゃれ合った。


 部屋に戻ると、二人の格好を見て伊緒菜が引いた。みぞれと津々実は、ペアルックのパジャマを着ていた。みぞれがベージュ色で、津々実がネイビー色だ。

「新婚夫婦かっ!」

「中学のときも言われました」

 このパジャマは、修学旅行の前に二人で買いに行ったものなのだ。どちらも女物ではあるが、二人並んでいるとカップルにしか見えなかった。

「ま、いいわ。それじゃ……」

 次は慧の番だ。しかし先に伊緒菜が立ち上がり、にやりと笑いながら慧を見下ろした。

「私たちも一緒に入る?」

「ばっ」

 慧はそっぽを向いて立ち上がった。

「バカなこと言わないでください、私は一人で入ります」

「あら、恥ずかしいの?」

 慧の顔を覗き込む。

「べ、別に恥ずかしくはないです」

「ならいいじゃない。時間の短縮にもなるし」

「~~~~っ」

 にやにやした表情で見つめられて、慧はしばし逡巡したが、やがて意を決したように言った。

「わかりました! 入りましょう!」

 この子、そのうち変な男に騙されないかな、と伊緒菜は心配になった。


「せ、先輩、雰囲気変わりますね」

「そう?」

 一緒に湯船に浸かると、硬い口調で慧が言った。

 伊緒菜は、普段ツーサイドアップにしている髪を下ろし、眼鏡も外していた。理知的で可愛らしい見た目から、腕白な男子のような印象に変わっていた。

 湯船の中で、二人は言葉少なに向かい合っていた。伊緒菜がたびたび話しかけて来るが、裸で向き合っているという事実が恥ずかしくて、慧の返事はしどろもどろだった。さすがに悪いことしたかな、と伊緒菜は少し反省した。

 慧はいつもより短い時間で湯船から出て、体を洗い始めた。

 伊緒菜は湯船の中でぼんやりしながら、髪を洗う慧を眺めていた。さらさらの黒い長髪が、いまはしっとりと濡れ、慧の体に張り付いている。

 慧は髪を洗い終え、長い髪をヘアバンドでまとめた。それから体を洗い始める。白い肌が石鹸の泡に包まれていく。

「……あなた、姿勢良いわね」

「な、なんですか突然」

 見られていたことに気付いたのか、両腕で胸を隠して体をひねる。

「前から思ってはいたけど、裸になるとよりわかるわね。背筋がまっすぐで惚れ惚れするわ」

「そ、そうですか」

 そんなことを褒められたのは初めてだ。どう反応していいのかわからなかった。

「武道でもやってたの?」

「いえ、別に。母がそういうことに厳しいだけです」

「そう。良いお母さんね」

 そうだろうか、と慧は思った。母は、ただ慧に女の子らしくさせようとしているだけだ。慧自身は、母親を「良いお母さん」とはあまり思っていなかった。だから母親のことを褒められても、慧は嬉しくなかった。

「肌も綺麗よね」

 畳みかけるように伊緒菜が褒め殺してくる。

「なんなんですか、さっきから」

「率直な感想を述べてるだけよ。スタイルも良いし、共学に行ってたら男子にモテモテだったかもね」

「別に、スタイルはそこまで良くないですよ」

 腕を解いて自分の体を見下ろす。なだらかな起伏があるだけだ。

「スタイルの良さなら、伊緒菜先輩の方が上なんじゃないですか? 立派なものをお持ちで」

 声に棘を混ぜて、仕返しのように伊緒菜の体をジロジロ見る。だが伊緒菜は恥ずかしがる様子もなく、胸を持ち上げてみせた。

「これ? そんなに立派じゃないでしょ」

「何カップなんですか?」

「C」

 負けた。いや負けてることは見た目でわかっていたのだが。

「そもそもおっぱいだけ大きい人のことは、巨乳と言うのよ。スタイルが良いと言うのは、全体のバランスが取れた人のことを指すの。みぞれのことをスタイルが良いとは言わないでしょ?」

「みぞれちゃんは……まあ、そうですね」

 部活仲間の体型を思い浮かべる。背が低く童顔なのに、胸だけ不釣り合いに大きい。バランスの整った体型とは言い難かった。

「どうしたらあんなになるんでしょうか」

「あなた、意外と体型とか気にするのね」

「先輩は気にならないんですか?」

「そうね。興味ないわ」

 太らないように気を付けたりはするが、平均以上の胸やら腰やらを求めたりはしていなかった。

「……先輩が羨ましいです」

「どうして?」

「自由で」

「自由?」

 伊緒菜は本気でキョトンとしていた。その反応に、慧は少しイラつきながら答えた。

「自由と言いますか……何にも縛られていない感じがします」

「そうかしら?」

「そうですよ。服装にも無頓着みたいですし、おしゃれらしいおしゃれ、ほとんどしてないじゃないですか」

「髪は結ってるわ」

 今は下ろしている髪の毛をつまんだ。

「その方が女子高生らしいかと思って。中学のときはおさげだったし」

「もっと女の子らしくしようとか、思わないんですか?」

「なに怒ってるの?」

 慧の言葉に棘が混じっているのに気付いて、指摘した。慧も、わざと混ぜていた棘が、次第に無意識についていることに気付いた。

「別に怒ってません」

 ガシガシと体を洗って、石鹸を流す。自分でもどうして怒っているのか、わからなかった。

 慧はふくれっ面のまま湯船に入った。伊緒菜の対面で膝を抱えるようにしてお湯に浸かる。その様子を見ながら、伊緒菜は優しい声で問いかけた。

「慧のお母さんって、どんな人なの?」

「またいきなり、なんですか?」

「しつけが厳しい人だったりする?」

「……」水面を見ながら答える。「そうですね。私の姿勢とか服装とか、いつも口出ししてきます」

 おそらく慧自身は、女の子らしくありたいとは思っていないのだろう。だから自由な私に腹を立てたのだろうな、と伊緒菜は推察した。完全にただの八つ当たりだが。

「あなたは色々と大変みたいね」

「さっきからいったい、なんなんですか」

「なんでもないわ、忘れて」

 睨みつける慧を無視して、伊緒菜は湯船から出て体を洗い始めた。


 伊緒菜の寝間着は中学のジャージだった。

「ホント自由ですね」

 慧は頭にタオルを巻き、ワンピース型のパジャマを着ていた。

「寝間着くらいで文句言われるとは思わなかったわ」

 半ば閉口しながら、洗面所を出る。

 自室のドアを開けると、スティック菓子を口にくわえた津々実が、みぞれに迫っているところだった。

「……人の部屋で何やってんの」

「や、な、なんでもないです!」

 二人はすごい勢いで離れた。

「そ、そういえばさっき、お母さんが布団を持ってきてくれましたよ!」

 みぞれが赤い顔で、ベッドの上に積まれた布団を指差した。

「あらそう、じゃあもう敷いちゃいましょうか。テーブルの上片付けてくれる?」

 座卓に載ったままのペットボトルやお菓子を、まとめて勉強机に移動させる。座卓と荷物は部屋の隅に追いやった。

 広い部屋だったが、三組も布団を敷くと足の踏み場が無くなった。

 伊緒菜がベッドに横になり、後輩たちもそれぞれ好きなところに寝っ転がる。あっという間に、修学旅行の夜のような雰囲気になった。

「今日はもう、練習はしないんですか?」

 まだ寝るような時間ではない。みぞれは上目遣いで伊緒菜を見た。

「してもいいけど、この状態じゃね」

 QKをやるには、カードを出すスペースが必要だ。やってやれないことはないが、窮屈だろう。

「それに、明日は嫌というほどやるから、焦る必要はないわ」

「そんなにやるんですか?」

「ええ、大会さながらに、朝から夕方まで8時間くらいやってもらうわ」

「ふぇっ!?」

 突然出てきた数字に、みぞれは変な声を上げた。

「大会って、そんな長いんですか?」

「そりゃそうよ。何試合やると思ってるの?」

 仮に選手が32人集まったとすると、優勝するまでに5回は戦わないといけない。

「やっぱりそうですよね」津々実が仰向けになりながら言う。「1試合が平均10分だとして、3本試合を5回やったら2時間半です。団体戦と個人戦を一日でやろうと思ったら、倍の5時間。試合の間の交代時間なんかを併せたら、大会そのものは8時間くらいになるはずですよね」

「そうね、実際に試合する時間はもうちょっと短いけど、開会から閉会まではちょうど8時間よ」

 伊緒菜はベッドから三人を見下ろし、にやりと笑う。

「5時間ぶっ続けでQKをやり続けるのは、かなり疲れるわよ。毎回暗記だけで勝負できるカードが配られるとも限らないからね。場合によっては、10分間ずっと集中して、暗算し続けないといけないこともあるわ。決勝戦が終わる頃にはフラフラよ」

 大会で優勝するためには、戦い続ける体力と精神力も必要になるのだ。

「そんなわけで、今後は体力作りも視野に入れて練習していくわよ。といっても、部活じゃ5時間も練習できないし、おまけに来週は部活が休みだけど」

「休み?」みぞれは首を傾げた。「どうしてですか?」

「どうしてって、テスト前だからよ」

 テスト、と聞いてみぞれは一気にテンションが下がった。

「そうでした……」

「テストは嫌い?」

「好きな人なんているんですか?」

「ま、いないわね」

「テストと言えばさ」

 津々実が寝返りを打って、慧の方を向いた。

「結局のところ、慧は数学得意なの?」

「え?」

「ほら、4月の実力テストでは、上位ランクに入ってなかったでしょ?」

 その言葉で、慧は顔を険しくした。

 数学は、得意だ。でも4月までの慧は、ずっとそれを隠していた。今だって、QK部の外では数学の話なんて一切しない。

 数学が得意なのは、“女の子らしく”ないからだ。

「け、慧?」

 雰囲気に気圧された津々実が、心配になって名前を呼ぶ。

「……得意よ。少なくとも、うちの高校レベルのテストなら、余裕でできるわ」

「じゃあ、実力テストでは、どうして?」

 慧は言うかどうか悩んだ末に、ぼかして説明することにした。

「あまり、目立ちたくなかったから」

 その説明で納得したかどうかわからないが、津々実はそれ以上何も聞かなかった。

 変な空気にしてしまっただろうか、と慧は不安になった。

「わ、私の話より、いまは伊緒菜先輩の話を聞くべきじゃない!?」

「私? なんで?」

「伊緒菜先輩だって、私たちに隠してることがありますよね。今日は話してもらいますよ!」

 まさに修学旅行のノリだった。修学旅行の夜に話すことといえば一つしかない。コイバナだ。数学よりもずっと女の子らしい話題だ。

「前に話してた『先輩のライバル』って、誰ですか? 男の人ですか?」

 柳高校での練習試合のあと、向こうの部長が暴露した。

 宝崎伊緒菜は、去年の全国大会の準優勝者である、と。そして去年の優勝者は、伊緒菜のライバルにあたる人物だと。

「なんだ、その話か」伊緒菜は仰向けになって、小さくため息を吐いた。「誰かと聞かれると、説明が難しいというか、話すと長くなるというか……」

 伊緒菜は部屋の時計を見た。寝るにはまだまだ早い。コイバナをするには十分すぎる時間だ。

「言っとくけど、期待するような話じゃないと思うわよ。そもそも女の人だし」

「それでもいいです」みぞれが布団の上で正座した。「わたしも聞きたいです、伊緒菜先輩のライバルさんのこと」

「そう。なら話すけど」伊緒菜もベッドの上で半身を起こした。「その前に、歯を磨きましょうか」

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