表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

7:エピローグ

 次に見た情景は、見たことの無い顔数人に覗き込まれている、というものだった。

 俺は軽量ストレッチャーに拘束されて、ダイダロスの主船室そっくりの部屋の壁に固定されていた。

 ダイダロスではない。見慣れたダイダロスとは違いまだ真っ白、新品ぴっかぴかだ。


「プロメテウスだよ。ちなみに今日は6月6日。君がイカルスの内部に侵入してから50日が経ったことになる。

 で、君はその間一体どこで何をしていた?」


 意識を回復して、最初の質問に返ってきた答えがこれだ。

 プロメテウスはダイダロスのほぼ同型艦、但しダイダロスとは違い純粋な戦闘艦として建造されていると聞いた。エンジンやバス系は同じ、ミッション系だけが探査装備からミサイルやら何やらに置き換わった代物になっている筈だったが、詳細は秘密と言うことだった。エイリアンのスパイでも警戒していたのだろうか。

 それより50日だ。


 説明できるのは最初の一日だけだ。既にレコーダーのメモリの内容はチェックされているらしく、俺が第七区画に到達して、エイリアンにご対面した挙句喧嘩になったという下りは把握されていた。

 だとしたら、俺が説明できるのはデータレコーダが停止してから、記憶がちゃんとある最後の場面までだ。俺はエイリアンをのしてやったことを説明した。

 だが残り49日の説明がつかない。

 

 俺は突然、プロメテウスのすぐそばに現れたと聞いた。プロメテウスはファーストコンタクトミッションの失敗を受けて、最悪の事態に備えて迎撃のため交差軌道に乗るべく軌道変更をする直前だったという。

 俺は記憶にある最後の姿のまま、簡易宇宙服に二酸化炭素除去系の筐体を細いホースで繋いだだけの状況で見つかった。そこからちょっと離れて探査機も見つかった。

 軌道変更は急遽中止され、俺と探査機は回収された。そのときの酸素残量や二酸化炭素カートリッジの消耗率、バッテリ残量がどうだったか、聞けばそれは自分の記憶とあまり変わらないように思った。

 ただ、エイリアンの黒い板は、微妙に厚みが違う気がした。測った訳ではないので誰にも言っていない。


 俺の装備で50日を生き延びられる筈がない。エイリアンが何らかの方法で俺の生命活動を停止するなどして保存し、そして人類のあらゆる観測機器に発見されること無く、戦闘艦プロメテウスのすぐそばにやってきて俺を置いていったのだ。

 恐らく人工重力と同系列の技術が使われたのだろう、というのが自分の聞いた中で一番説得力のある解釈だった。

 俺を簡易宇宙服ごと分子運動を減速したのだ。化学反応そのものは減速できないが、その頻度は減らせる。いわば身体の内部から均一に冷却する人工冬眠だ。水が相変化することすらできないほど減速されたのだというが、しかしそんなことが本当に可能なのだろうか。

 エイリアンはこの技術を自分自身に使って生命活動を停め、恒星間空間を渡ってきたのだろう。

 他の説としては、俺はエイリアンによって一から作り直されたのだという説がある。しかし念のために行なわれた同位元素比測定は、俺が地球産であることを証明した。


 そもそもエイリアンは、そんなことができるほど高度な技術を持っていないと思われていた。というのもエイリアンはどうも探査機を修理しようとして諦めた痕跡があるのだ。

 ひん曲がっていた筈のフレームは全て直され、破壊された肋材は灰色の材料で継いであった。ハーネス類も灰色の豆腐状の塊を使って繋ぎなおされていて、確かに信号はちゃんと通ってるが、一部繋ぎ間違いが見つかっていた。研究者たちは灰色の材料をエイリアンのダクトテープと呼んでいるそうだ。

 我々地球人類とエイリアンの技術格差はせいぜい1000年以内だと分析する論文も読んだ。1000年でも充分すぎるほどかけ離れているよ。15年前の日中戦争のテクノロジーギャップはわずか半年以内だったとどっかで読んだぞ。それで日本は負けたんだ。それを考えると1000年は無限の格差に等しい。


 そしてエイリアンは人類にメッセージを残していた。

 もしくは俺個人に。

 俺の軽量ヘルメットのバイザーの正面に、サンドブラストのような手法を使ったのか、表面を僅かに削って文字が書かれていた。日本語、カタカナの鏡文字、つまりヘルメットの内部からは正しく読めるかたちで、

 "マケナイ"

 そう書かれていたそうだ。


            ・


 俺は探査機と一緒に地上に下ろされ、そのまま北米のどこかに軟禁された。ちょっと肌寒い気候で遠くに雪を抱いた山脈の見える、荒地の真ん中だ。

 エイリアンの黒い板もここにあるそうだが、板は新しく建造される施設で調査されるのだという。地下深くの施設になる筈だ。昔のSF映画にあったような厳重な隔離施設で、もし何かあったら一緒に埋められた核で自爆するのだそうだ。


 そういう手間をかけるのは、板がエイリアンの情報機器だと推測されるためだ。もしその中にものすごいAIが内蔵されていたなら、ネットを介して一週間以内に地球の殆どのコンピュータを支配下に置いてしまう可能性もある。

 だから板の研究は万全を期すのだそうだ。

 しかし多分、指でその表面を触るだけでエイリアンのメッセージが出てくる筈だと俺は思っている。多分あいつはあらゆる情報を完全に自由にアクセス可能にしているだろう。面倒くさがりは大抵そういう方法が手っ取り早いと考えがちだ。


 小惑星イカルスとダイダロスの連中の消息は落ち着いてからようやく聞けた。

 恐らく俺がプロメテウスのそばに現れたのと同時刻、イカルスの北極の穴は消えたという。置いていた観測機器を飲み込んだままイカルスは完全な球体となり、アリアドネのケーブルはぷっつり切れた。

 もしアリアドネが結びついていたままだったら大惨事になっていたかもしれない。というのも同時にダイダロスに人工重力と同じ力、但し反対方向に働く斥力が働き始めたからだ。

 人工重力が働いていたのは数分程度だったらしい。だがダイダロスはゆっくりとイカルスの近くから押し出された。内部の熱もかなり奪われたそうだが全員無事だったそうだ。ただダイダロスの原子炉はシャットダウンしてしまい、再起動にえらく苦労したそうだ。

 また、10キロトンの小型核爆弾も動作不良になったという。やっぱり核を積んでいたのか。

 その後、イカルス近傍へと送り出されたドローンは皆、斥力を受けて小惑星に近づくことが出来なかった。

 ダイダロスはその後二か月にわたってイカルスの周囲で頑張ったようだ。俺が彼らの消息を聞いたとき、既にダイダロスは地球への帰途についていた。

 しばらくしてトゥダとアッシュハウスの二人が面会に来てくれたが、こいつら何時の間にかくっついたらしい。ちくしょうめ。


 狭いカプセルの中で半年間を過ごしたのに比べれば、軟禁環境は手足を伸ばせる点が違っていたが、ほぼ完全に情報を遮断されていたのは辛かった。

 本だけは幾らでも注文することが出来たから、この時に紙の本をずいぶんと読んだ。電子書籍を禁じられていたのは腹立たしかったが、まだ俺をエイリアンの作ったロボットの可能性があると思っている奴がいるのだろうか。


 軟禁からほぼ一年後、ミノス計画のメンバーたちが面会に来てくれた。

 一年半ぶりの顔だ。アクリルの向こうに皆元気でいて嬉しかったが、聞けばカリナンが撃たれたという。もう半年以上前の話だ。幸い命に別状はないという事だが、大事を取って隠れているという話だった。

 俺がイカルスでエイリアン相手にやらかした事の顛末が世間に知れると、ミノス計画は世論の攻撃対象になった。エイリアンと喧嘩をやらかしたというだけでも酷いのに、最初から喧嘩するつもりで探査機が送り込まれたというのだから、普通ならまぁ、非難されるのは当たり前である。

 我々がどのような事態を防いだのか、アホエイリアンがやらかすのを阻止したのかは問題とされなかった。被害が出なかったのだから、俺たちが一方的に悪者なのだ。

 理想主義者たちにとってみれば、俺たちは天使を殴りつけたに等しい。命を狙われるのは当然といってもよかった。

 だが、当のミノス計画のメンバーたちは思ったよりも元気だ。生き生きしていると言ってもいい。


「詳しくは言えないけど、マコがここに閉じ込められているのも、もうすぐ終わりだよ」


 アクリルで仕切られた向こうの部屋で彼らは手を振って、そして帰って行った。、


            ・


 彼らがお土産にと置いていった紙の資料が今、手元にある。

 新開発の専用パレットを2つ中央で接合して胴体が作られる。これは運搬の都合もあったが腰が回るのと、そして非常時には分離し独立して動作できるようだった。ロボットアームは肘から肩にかけてトラス構造が入って全くの新規開発となる。これは膝に当たる部分も同じだ。ガスジェットの窒素ガスを使ってガスピストンが足に仕込まれているのは、ちょっと面白い設計だ。

 腕には火器が内蔵されると書いてあるが詳細は不明だ。さらに剣を使うための詳細検討が入っている。剣だと。全長10メートルと12メートルの二種が比較検討されていた。本当に真面目な話なのか。

 スラスターは付いているから無重量環境に対応している筈だが、足の付き方と重心位置は明らかに重力環境を想定していた。

 相手はあいつでは無いのだろうか。

 どうやら低軌道に迷宮を模擬した施設を作ることになったらしい。地上でシミュレーションをするより効果が出ると判断されたようだ。パイロット候補10名に教官1名。なんか色々と名前らしき箇所が塗りつぶされているが、悪い予感しかしない。

 全体像のポンチ絵が出てきた。


 身長18メートル。二人乗りで一人は砲手とナビゲーターを担当する。


 バカだろ。

 宇宙にはバカしかいないのか。

 笑うしかない。俺は馬鹿みたいに笑いはじめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ