5:突破
第五区画は迷路というより障害物が空中に浮かんでいるのに近かった。但し、障害物の密度はかなり高い。そして部分的に照明がある。例によって肉眼では見えない波長の赤外光だが、明かりはあるが暗がりもある、といった塩梅だ。
そして動くものがある。しかもこっちに向かってくる。
敵対行動をとる障害物がそのうち出てくるだろうとは予想されていた。
俺はとりあえず身を隠せるか試す。身を埋めた物陰は迷路の建材の大きな板で、そこから俺は広角センサだけを突き出して観察する。
動くやつはよく見ると球が二つくっついたような形状で、そのくっついた部分から四本の結節のある足が生えていた。生物だろうか。この真空中で生きている生物なのだろうか。人間よりもずっと大きい。全長は恐らく4メートル。
そいつはどうもこちらを見失ったようだ。向きを変えて去っていく。
生物かロボットか、今は考えなくてもいい。あいつはこちらを見失うと、こちらの場所を推測できなくなった。継続的な記憶ができないのか、推測ができないのか。
しばらくするともう一種出てきた。今度は球と三角錐が結合している。結合部から4本の足が生えているのは同じだ。こいつはさっきの球ふたつと出くわすと、道を譲った。
こりゃロボットかな。少なくとも生息空間を奪い合っているようには見えない。
さて、いつまでもじっとしている訳にもいくまい。だが動き出そうとしたその瞬間、別の動くものが見え、俺はそのまま物陰に身を潜めた。
やってきたのは、球を半分に分割して、その間に何かを挟んでいるような奴だ。何を挟んでいるかはよく見えない。脚は半球の縁から4本づつ、計8本生えていた。
そいつはふらつきながら、こちらへと近づいてきて、すぐそこ、飛び出したら捕まえられそうなほど近くへとやって来た。二つの半球に挟まれているのは黒い棒状のもので、六角柱か八角柱に見える。こうみるとこれは、2体の4足ロボットが黒い棒を挟んでいるのかも知れない。
そいつが視野から去ると俺は動き出した。そろそろ色んな道具を使ってみる頃合いかもしれない。
腹のベルクロを剥がしてサーマルブランケットをめくり、リールを取り出す。リールに巻いてあるのは有線通信ケーブルで、先端には窒素ガスジェットで自由に動く小型ドローンがついている。
リールからケーブルを繰り出して、勢いをつけてドローンを投げる。すぐにドローンに主観視野を切り替え、ガスジェットで飛び先を修正する。
とにかくこの先の状況が知りたい。ドローンは障害物を避けながらほぼまっすぐ進む。ドローンの搭載カメラの視覚情報から、この迷宮の構造が自動推測されていく。立方体が二つくっついた奴と出くわす。そいつは向かってきたが素早くかわす。
障害物の密度が増していく。壁が増える。とにかく進む。行き止まりだ。戻り、進む。ケーブルの残りが少なくなった頃、周囲の壁の密度が減り始めた。多分第五区画の中央に密度の高い迷宮構造があり、周囲に向かうにしたがって密度が減るのだろう。
そこで、球が3つ連なった奴に出くわした。脚は長いのが4本、その脚に通信ケーブルを絡めとられ、そしてドローンは潰された。通信断絶。
あいつは俺も潰そうとするのだろうか。
リールを捨てて、第五区画中央へと向かう。迷宮構造を確認しながらなので、遅々とした歩みでしかないが、お陰でロボットたちから逃れることができている。
球と三角錐の奴は、どうも一定経路を巡回しているようだ。立方体二つの奴は離れると追って来ない。球二つは視野から外れさえすれば逃げられるので楽だ。
球三つを避けるべく経路を探る。だがその結果判ったのは、奴と出くわすのは不可避だという事だ。迷宮の出口は一か所しかなく、そこに球三つが控えている。勿論意図的な配置だろう。対戦は不可避なのだ。
球三つに対して最も直線的な距離が取れる通廊へと躍り出る。奴はさっそくこちらを感知して向かってくる。好都合だ。
背後の壁を蹴り、球三つに向かっていく。更に壁を蹴る。勢いをつけていく。
俺の身体、アルファダイバーは格闘戦ができるように設計された。この格闘とは、戦闘機がやるようなドッグファイトの意味ではなく、マーシャルアーツのそれの意味だ。
従ってアーム強度や関節駆動トルクにはそれなりの配慮がされている。だが、単純に破壊力で言うとき、一番頼りになるのはパンチやキックではない。
いざというときに最も威力を発揮するのは、全備重量2200キログラムの質量かけるの速度、運動エネルギーだ。
俺と球三つは、俺の胸に当たる位置で激しくぶつかった。焼結チタン構造材は衝撃に耐えたが、肋材のCFRPフレームが撓み、激しく振動した。
やはりこっちの質量と速度が上だ。球三つは斜めに弾き飛ばされ、うまいこと壁材の端に激しく当たって、そして球がひとつもげた。もげた部分から何かゆらゆらと繊維状のものが飛び出している。
死んだのか。地球の連中のために、近づいて球三つの破損部を観察する。生物っぽくない。繊維状のものは次第に薄くなり消えていく。破損部断面は発泡金属のように見える。ただ、ここまで壊れ易いと材質は迷宮の壁材とは違うのかもしれない。
第五区画の外縁をぐるり南に向かったところに、出口の扉はあった。
扉の表面には7角形の穴があった。
すぐに俺はあいつを思い出した。半球に黒い棒を挟んでいた奴だ。ちくしょう、バトルではなく、追いかけっこが主題だったとは。
迷宮を最初の位置まで戻り、物陰に身を隠す。多分あいつは一定経路を巡回するタイプだ。
いらいらしながら獲物を待つ。ひどく待たされた。実際には30分ほどだったが、とにかく耐え難いほどいらいらしながら待った。ようやく現れた半球2つがすぐそこまで近づくのを待つ。
だが今回、奴はすぐそばまで来ながら、手前で引き返してしまった。くそっ。
飛び出して追う。奴も直ぐに逃げ始めた。俺の手を半球2つが躱す。壁を蹴って速度を上げ、壁の端をつかんで方向転換する。すばしこい奴は俺の脚の間を潜り、手を掻い潜って逃げる。だがフェイントへの反応が次第に読めてきた。迷宮の奥へ追い込もう。
半球2つは迷宮の構造を理解していて、袋小路は最初から避ける。だがそれが取れる行動そのものを制限していた。俺に行く手を遮られて、奴はまだ袋小路にいる訳でもないのに行動を止めてしまった。
じりじりと近づいて、半球をつかむ。両手で半球をそれぞれ引っ張り、引き裂く。じたばたと動く足が停止すると、俺は半球の間から黒い7角棒を掴み取った。
7角棒を差し込むと扉はすぐに開いた。
第六区画だ。
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次は大激闘大会でもおかしくない。そう身構えて恐る恐る暗闇に足を踏み入れた途端、明かりが灯ったのにはかなりびびったのだが、次に周囲を見渡して困惑する羽目になった。
広い空間に乱雑に大量の物体がある。動くものは何もない。ゴミと言いたいところだが、エイリアンの宝物かもしれないし、ここまで迷宮を作っておいて、最後にまさかごみ溜めを経由させる理由もない。何らかの理由のある物体が配置されていると考えるべきだろう。
例によって赤外光の照明だが、広い範囲を照らしている。物体と物体の間には、ちゃんと今の俺の身体が余裕で通れるだけの間隔があった。
一番近い物体に寄ってみる。周囲には手すりと思しき丸い輪っかが配置されており、それを掴んで姿勢を安定させることが出来た。
エイリアンの全身像だ。頭のてっぺんから足元までの立像で、かなり写実的な出来栄えだ。頭から何か被っているようにみえる。服だろうか。腕の表面には複数の筋が見えたが、筋肉らしき盛り上がりは見えない。
注目すべきは肩から生えた翼だ。シルエットは地球の鳥類に似ていて、羽ばたくのだと思われるが、細部の構造は膜構造らしく、ちょっと昆虫に似ている。翼の裏側を眺めると、人力飛行機のような規則正しい肋材が並んでいた。これで飛べるのだとしたら、彼らは低重力環境に住んでいるのだろう。ただエイリアンの身体は翼に対して大きすぎる気がしないでもない。
次に近い物体は、ごちゃごちゃの極みのような物体だ。エイリアンの先史時代の宇宙機の模型だろうか。
次もまた像で、今度のエイリアンには翼が無い。代わって明らかに剣と思しきものを掲げている。宇宙人は戦争なんてしないと信じている連中はこれを見たらがっかりするだろう。剣を握る指の詳細が観察できる。片手に指は6本、3本づつ対称に並んでいるようだ。
次の展示物には車輪らしきものが付いていた。薄い円盤が6枚、なめらかな塊の左右に並んでいた。エイリアンの自動車だろうか。
地球の連中のためにも、恐らく全てを詳細に観察すべきなのだろう。たぶんエイリアンもそれを望んでいるに違いない。だが俺自身はかなり飽き飽きしていた。
次は壺だった。表面に幾何模様があったが、地球の中東辺りの壺といっても通りそうな代物だ。収斂進化もいいところだ。
こう、段々と、未知との遭遇というか神秘との邂逅という感覚から遠ざかって、凡庸へと近づいていくのは、予測していたとは言えそれはやはり悲しい事に違いない。特に間違いなく人類史に残るビッグイベント、エイリアンの小惑星での出来事だというのが、もう、とにかく悲しすぎる。この凡庸さは悲劇と言ってもいい。
次は小さな板だった。厚み5センチほど、縦50センチ横30センチといったところか。光沢のある黒い板の一部に、ボタンのような薄い掘り込みが認められた。
これがちょうどいい。俺は手を伸ばすとそいつを掴み、引っ張った。板を固定していたのは何か透明だが弾力のある物体らしく、引っ張りに対して少し抵抗があったが、やがて板は外れて取ることが出来た。胴体のサーマルブランケットをめくり、サンプル収納用に用意されていたケースに収める。代わりに小さな板を一枚取り出す。大きさはさっきの板と大して変わらない。
板にはカリナン・ベイの名前と、ミノス計画への貢献を称える文句が掘られている。
やはり金を出してくれる奴が一番偉い。カリナンがいなければミノス計画は絶対に実現しなかった。株主たちによってシチズンコムのCEOの座を追われた後も、彼はミノス計画を支援してくれた。俺はカリナンに、彼の名前を彫ったプレートを小惑星の中に置いて来ることを約束していた。
さっきの板のあった場所に置く。すこし水平からずれた。直す。
カリナンがエキセントリック仮説を信じてくれたのは本当に幸運だった。カリナンは例外だったのだ。
"問題外"
"不快なジョークの一種"
"知性に対する侮辱"
それがエキセントリック仮説の一般的な評価だった。エキセントリック仮説にはその提案された最初から酷評がついてまわっていた。
そりゃまぁ、そうだろうとは思う。人類史上最大のイベント、ビッグチャンスを、残念なことになるよと忠告めかして説く奴なんて、どう考えてもろくでなしだ。
だが皆、あまりにもファーストコンタクトに夢を見過ぎている。凄いことが起こるに違いないと期待値だけが高くなっている。
ハイテク企業の創業者たちに資金援助を頼みに周ったとき、独自小惑星探査というところは皆評価してくれるものの、エキセントリック仮説のほうはほとんど一顧だにされなかった。
彼らは大抵理想主義者で、だから、遥かな恒星間の距離を越えてわざわざ困ったちゃんがやってくるという考え方は強い拒絶にあった。逆に、どんなに素晴らしいことが起こるのか、懇々と説教されたことが何度もあった。
ちなみに現実主義者を自称していた年寄りどもは、そもそも会ってくれすらしなかった。無条件の門前払いだ。
皆ファーストコンタクトというものがどういうものか、判っていない。突き詰めて考えていない。彼らの持っているファーストコンタクトのイメージは、SF映画のそれである。でもそれはファンタジー、おとぎ話に出てくる妖精や天使を宇宙人に置き換えたものに過ぎない。
現実にやってくるのは、単なる知的存在だ。エイリアンは天使じゃない。
ファーストコンタクトとは、突き詰めてしまえばただのコミュニケーションだ。そしてコミュニケーションの主体というものは、2種類に大別できる。リア充とコミュ障だ。
エイリアンにリア充があるかって?当然だ。もう一度繰り返す。ファーストコンタクトはコミュニケーションに過ぎない。通信だ。だから、エイリアンが群体生物だろうとガス生命だろうと機械知性だろうと、ファーストコンタクトは通信、0と1のやりとりに還元できる。
だが、0と1ではそれがどういう意味かわからない。だから互いに学び、読み方を教えあう、そういう手順が必要なのだ。そこが巧いのがリア充、下手なのがコミュ障だ。
リア充は相手を良く観察して、相手の望みを先回りして叶える事が出来る。何事もスムーズにこなし、それというのも既に多くの経験を積んでいて自信があるからだ。
コミュ障は逆に、自分の興味のあることしか発信しない。相手が無条件に、自分の興味を理解するものと考える。または考えすぎて、必要な事をしない。
大抵の人が考えるファーストコンタクトはリア充のものだ。ちゃんと地球人に興味を持ってくれて、人類に対して何かするものだと思っている。だが、もしエイリアンの行動が訳わからないなら、エイリアンがコミュ障である可能性をまず疑うべきなのだ。
次に疑うべきは、エイリアンの行動原理、理由だ。
恒星間を越えてくるのは物凄いエネルギーとテクノロジーが必要だが、しかし人類でも、もしやる気が有ったなら、とうの昔に近距離の恒星に探査機を送ることが出来た筈である。
テクノロジー的には人類にも可能なのだ。ありったけの核を使って推進する探査機を、多分人類は半世紀は前には作れた筈である。それを実際に作らなかったのは、それだけのことをやるのに必要なお金がべらぼうにかかるからだ。正確に言えば、どの国の科学予算でも実現できる代物ではなかったからだ。
いつか人類も恒星間探査機を打ち上げるだろう。それはテクノロジーの進歩が、国際協同の科学予算で探査機を開発製造できるほどにコストダウンを成し遂げたときになる筈だ。つまりまだかなり遠い将来の話になる。
だが、テクノロジーの上では今でも可能なのだ。それは、やる気になれば可能だと言い換えても良い。もし人類が一致団結して熱狂的に恒星間探査を支持したなら、半世紀前でも恒星間探査は実現できていただろう。だが、その熱狂の理由は科学的な好奇心ではあるまい。何らかの宗教的狂熱になる筈だ。
話を整理しよう。恒星間を渡る技術は早い段階で開発されるが、科学探査として実現するのはかなり後になる筈である。科学探査以前に実現する恒星間探査は、逆に言えば非科学的理由で行なわれる可能性が高い。
エイリアンの科学調査団が来る可能性より、8本脚のエイリアンミミズを信奉する新興宗教の勧誘が来る可能性のほうが遥かに高い。これは人類史を紐解いてみても同様であることに同意してもらえると思う。
恐らく、恒星間探査に熱心であればあるほど、エイリアンは訳のわからない存在である可能性が高くなる。思い出して欲しい。リア充は普通馬鹿なことはしない。するのはコミュ障だ。
但し、高いテクノロジーが無ければ恒星間探査は不可能なので、純粋に非科学的な存在は来ないだろう。だが、どんな凄いテクノロジーを持っていたとしても、バカは来ることが出来るのだ。
高度なテクノロジーを持った存在がバカな筈が無い?
自分の周囲を良く観察してみるといい。バカはテクノロジーとは関係なく存在する。
おおよそ第六区画の展示物を全て廻り記録すると、最後の第七区画、エイリアンとのご対面に備えて休憩しようと決めた。第五区画への扉の近くまで後退して、身体の姿勢を固定すると身体感覚を肉体に切り替えた。
食事の後は睡眠だ。とにかく疲れた。すぐそこにエイリアンご本尊が居るのによく眠れるなと言われそうだが、こういうメンタルだったからこそ俺は競争に勝ち残ってここに居るのだ。それに勿論俺としても、残念展示物を見せられた後だとしても依然ワクワクしているのは否めない。かなり興奮している。
だから眠るためにここは薬物の助けを借りる。
眠気はさっとやってきた。




