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カルペ・ディエム

「カルペ・ノクテム(夜を掴め)」

 濃いブラウンの跳ねっ毛長髪に、おっとりとした柔和な顔立ち。纏う衣類は漆黒で、聖職者のものであると一目で分かる。首に巻かれた白いストールには、異国の文字が延々と連なっていた。

 男は雅やかに挨拶をした後、円形テーブルに腰を下ろした。

「俺の長髪が気になるのかい?」

 突然声をかけられた貴方は、はっと息を呑む。細められた双眸からは人を射貫くような鋭いものが混ざっている。だが其れは一瞬の事で、男はすぐに其れを隠した。

 貴方はふるふると左右に首を振り、口を開く。

「どうして……“カルペ・ノクテム”と言うの?」

 当然の疑問だった。挨拶なのかも知れないが、その言葉の意味が分からない限り、返し方も分からない。

 異国から来た聖職者の青年は、その問いにこっくりこっくり首を上下に振ると、糸のように細められた目を開いた。鮮やかな栗色の虹彩が、貴方を捉えて離さない。

 男はすっと人差し指を立てると、解説を始める。

「ラテン語の“カルペ・ディエム”という言葉を聞いた事があるかい?」

 首を振る貴方。

「そうかい。意味はね“その日を摘め”から転じて“その瞬間を楽しめ”とも言われる。『生命は何時か途絶えるのだから』」

 其れから男は一呼吸置き、立ち上がる。黒の神父服をつまみ上げた後、身近にあった巨大な箱を開いた。中から現れたのは、その服とは相反するような、すらりとした“日本刀”。一振り一振りが地に向かって生える根のように、なだらかで美しい曲線を描いていた。

 其れを見て、貴方は息が詰まるのを感じる。

 ──自分は此処で、首を跳ねられるのではないか……と。

 しかし男はすぐさま蓋を閉じ、もう一度木材椅子に腰掛けた。

「俺はこんな身なりをしているけれど、“処刑人”なんだ。最もどうしようもなくなった者を殺す存在だけどね」

 そう言って、貴方に顔を近付ける。成功に作られた人形のような顔が身近に置かれ、まともに息をすることが出来なくなる。

「そして“どうしようもない”が故に、神父服なんだよ。『その人に罪が無いから、天国に行けますように』ってね。」

 訳が分からない。罪が無いのならば、殺す必要性は皆無ではないか。そう思う貴方に男は語り掛けるようにして、薄い唇を動かした。

「言うなれば俺は免疫細胞。癌に犯された細胞を殺す為に存在している。そんな所だよ。あぁ、話が逸れてしまった。挨拶がカルペ・ノクテムの理由だよね」


 俺は殺す側の人間だから、警告するのさ。次会った時には殺すかも知れないから、“今この一瞬を楽しめ”とね。まぁ最も、俺達の種族はその存在から最も遠い存在なのだけど。


           ─終─

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