事故
事故でガードレールを潰してしまった軽自動車、運転していたのは高木さんでした。
高木さんが医院から出てくるころには、猫島の空はまた晴れ間を取り戻して夏の日差しを地面に注いでいます。
でも島の風景は少し変わってしまいました。地形すらも。
削られた道路、山肌、流された家も三軒あったそうです。
結果的に、アマネさんは嘘をつかなかったことになりました。
昨日、秋穂さんの高校の試合があったのが、午前中。
そのときは雨が降ることはありませんでしたが、夕方に突如、積乱雲が長いにわか雨を降らせて、島に大雨をもたらしたからです。
私はじっと、縁側に座っていました。
猫島でたった一つの小さな医院は、昨日の雨で怪我をした人が大勢押しかけて、高木さんの治療にはずいぶんと時間がかかっているようです。
マザーは長引く風邪で眠っていました。もう、風邪薬が切れそう。
私は秋穂さんの薬局に薬を取りに行こうと立ち上がりました。
ちょうどそのとき、玄関をカララと開ける音が聞こえました。
「……しかし、まいったな」
高木さんは頭を掻き毟りながら言いました。額に大きな絆創膏を貼って、ときどき押さえてみては顔を歪めています。どたどたと、玄関から座敷に入って、眠っているマザーを見てため息を吐きました。
「長引くねえ、今年は。雨も、風邪もな」
そうして、マザーの手首を握って脈を測っています。そのときに、マザーはそっと目を開きました。
「どうしたの、その怪我」、くすっと、マザーは高木さんの顔を見て笑いました。
「こいつを探しに出たら事故ったんだよ」
私は畳に正座をして肩を縮こまらせました。
高木さんが怪我をしたのは、あの雨の中、私が突然、研究所を出たから。
アマネさんの居場所を教えてと言ったマザーの手を振りほどいたから。
そう、とマザーは小さく息を吐きました。
その顔はどこか遠くを見ているようで。私は縁側から畳に射す光をそっと手で触れました。昨日、この光の粒もどこか遠くに出かけてしまっていて、猫島には大雨が降ってしまった。まだその面影を残した障子戸が濡れたままで、風でカタカタと鳴っていました。
「マザー、教えていただけないでしょうか。アマネさんと、マザーのことを」
私は思い切って訊ねてみました。
マザーの表情は曇る、というよりも何の感情もなくただ私の声に耳を澄ませているだけのようにも見えました。
いえ、あるいは本当に聞こえていないのかも。そう思わせる、まっさらな顔。
「そうね。高木さんには、話したかしら」、高木さんは小さく頷きます。
にこりと、微笑んでマザーは研究所の敷地を囲う石垣よりも高い、向日葵の花を楽しそうに眺めました。
「……あの子の声が耳から離れたことはなかった。いえ、もしかしたらあの声の主は、雨音ではなかったのかもしれない」
―――私は、人ではなかった―――
マザーは布団から両手を出して、両耳を押さえました。
そしてやがて面を上げて。向日葵は風に揺れている。マザーは深い咳を何度か繰り返して、呼吸を整え、話をしはじめました。