無題1
0、序章
僕の彼女は高校三年生。僕より一つ年上だ。でも彼女は全然年上じみていないし、はっきり言ってしまえば子供だ。この物語はそんな彼女と僕との青春ラブコメ?であってるのかどうかはわからないがそんなお話だ。
まず彼女の素性を明らかにしておこう。名前は久遠薫。歳はこの間誕生会をしたから十八歳だ。身長百七十二センチ、体重は乙女の秘密とかなんとかで教えてはくれないが、かなりほっそりしている。血液型は典型的なB型で、熱しやすく冷めやすい。いつか僕のことも飽きてしまうのではないかと内心不安である。誕生日は九月二十二日のおとめ座だ。容姿は前述のとおり長身のモデル体型である。街を歩けば男女問わず彼女のことを振り向いてでも見る。要はめちゃくちゃかわいいのであるもちろん彼氏補正無しである。
ここまで話すと彼女の幼稚さがあまり表現できていないが実際のところそうなのである。彼女は見かけだけみるとクールビューティ。素敵なお姉さま。学校でもそう思われている。
しかし僕こと左藤志郎の前ではまるで子供のようになってしまうのである。このギャップがまたいいのだが・・・・まぁそのあたりは置いといて。続いて一応僕の紹介でもしておこう。
左藤志郎十七歳。身長百六十八センチ、体重五十一キロ。血液型はO型だが周りからはもっぱらA型だと思われている。理由は僕は知らないが血液型当てゲームをすると何故か型と言われてしまう。自分では典型的なO型だと思うのだが・・・。
顔も体型も大したことがないいたって普通の高校二年生である。なので彼女と街を歩いているとなんだか姉弟のように見られているような気さえする。
そんな僕と彼女だが同棲している。といきなりな展開だが実際にそうなのだから仕方ない。
事の次第は、僕の家庭は複雑で。父はフリーのカメラマンとして各国を飛び回っているので何年かに一回しか返っては来ない。母はその助手として父と行動を共にしている・・・・というか母は父にベタ惚れで父から離れたくないんだそうだ。そのため必然的に僕は一人になってしまうわけで・・・そうなると一人暮らしを強いらせられているわけだ。そこで彼女が登場だ。
彼女は僕が一人暮らしだということを知るとその夜トランク二個を持ってうちにやって来た。で、そのまま居ついているのだ。彼女の両親についてはあまりわからないのだが彼女の父親は久遠財閥の会長であるらしいというか久遠なんて珍しい苗字なので何となくその縁者なのだろうと思っていた。
そんなこんなで彼女が居ついてからもう一年になる。つまり僕と彼女はもう付き合って一年以上になる。と、いうことだ。
しかし彼女は年上だが年下みたいなものなので家事一般はすべて僕がやっている。負担かといえば、負担・・・・ん~実際僕は家事好きなのか負担には思ってはいない。それに高校生で同棲だなんてこんな小説みたいな話はない。まぁ僕は今の生活を楽しんでいるのだ。
一、彼女と僕の日常。
ピピピピピ・・・・・・耳障りな電子音がする。眠気眼をうっすら開いて時計を見ると現在の時刻は午前六時。なんの部活にも所属していない高校生が起きるにはまだ早い時間帯だ。だが、僕には家事、という仕事がある。ふらふらとソファーから起き上がり、カーディガンを羽織る。ここ北海道の十一月は結構冷える。大きな音を出さないように僕の部屋を出る。ベッドには彼女が眠っているからだ。この時間に彼女に起きられると少々面倒なのだ。
そのまま部屋を出てキッチンへと向かう。その途中居間のストーブを点け彼女が起きてくる準備をする。彼女は低血圧かつ冷え症なので、部屋が暖まっていないと僕の部屋から出てこようともしないのだ。
そして僕はキッチンで朝の準備を淡々とこなす。もう何年にも亘ってやっていることなのでもう慣れっこだ。居間の時計を見るともうそろそろ七時だった。この時間になると彼女は起きてくる。意外と早寝早起きなのだ。ん?意外か?まぁそんなことはどうでもいいさっさと朝食を居間に運ぼう。
「もきゅ~~~~~~」
彼女だ。この雄たけび・・・・というには情けない声は彼女のお目覚めの第一声なのである。
もそもそと布団を体に巻きつけながら部屋から出てくる彼女。
「おはよう薫」
「ん~・・・おはよ~しーくん」
ちなみに”しーくん”とは僕のことしろうのしの字からとってしーくんだ。
「あっ! またわたしのこと薫って呼んだ~!わたしのことはかおたんって呼ぶ約束だよ~」
そう言ってほっぺを膨らます薫。かおたん?・・・そんな恥ずかしいこと言えるか!
「はいはいかおたんおはよう。ホットミルクでも飲むかい?」
「飲む~~~お砂糖たっぷりでよろしく~~」
「あんまり甘いものばっかり摂っていると糖尿病っていうおじさんが罹る病気になっちゃうよ~薫・・・・かおたんはまだ十代でしょ~」
「しーくんふる~いぷっぷっぷ今はせいかつしゅーかんびょーって言うんだよーだ」
「あ~・・・そういやそうだったね。でも甘いものの過剰摂取はだめだよ」
「い~~だ。かおたんはだいじょうぶいなのだ!」
「はいはいそうだったね。でも僕は知らないよ。かおたんが糖尿病になって、甘いもの食べられなくなっても」
「あ~~しーくんがいじめる~~うわ~~ん」
「はいはい泣かない泣かない。甘いもの好きなかおたんの為に昨日こんなものを買ってきたのだ」
「え~~なになに~~」
「ぱぱぱぱっぱぱ~ん甘味料~」
「なにそれ?」
「なんか体に良いやつらしいのだけれどよくはわからないんだなこれが」
「なんだかわからないものをかおたんに食べさせるのか~~~!」
「まぁ体に良いってホームページに書いてあってさ」
「むぅ~かおたんそういうのわっかんないもん」
「ほら、甘味料入りホットミルク」
「しーくんが毒味係なのだ」
「毒味って・・・はいはい飲む飲む飲みますよ・・・・・ほら!なんともない」
「ほんとに~?」
「ほんとにほんと。ほら、かおたんも」
「う・・・・うん・・・ごっくん・・・・・あま~~い!」
「でしょ?砂糖と大して変わらないんだよこれ」
「うんうん甘い甘い」
「それじゃごはんたべよ」
「ん~~あまいっ!もういっぱい!」
「そのネタ古いよかおたん」
「が~ん・・・・ジェネレーションギャップ・・・・・」
「僕とかおたん一つしか歳変わらないでしょうが」
「その一年に膨大な情報の誤差があるんだ~~!」
「こういう時だけ難しい単語使うのね。まずごはん食べるよ」
「が~ん・・・しーくんが冷たい」
こうして毎朝無駄に時間だけが浪費されていくのが僕と薫の朝だ。そしてそうこうしているうちに登校時間が迫ってくるのだ・・・・やれやれ・・・。
しかしこんな幼児みたいな思考の持ち主である薫であるが、実はもう一つの顔があるのだ。
そう彼女は、僕達が通っている学校。私立洛明大学付属農業高校。通称らくのう高校・・・・なんだか北海道らしい通称だが本当にあるのだから仕方ない。話は逸れたが、そのらくのう高校の生徒会の役員。しかもその頂点。生徒会長をやっているのそう。久遠薫その人なのである。
そう、薫は学校では完全完璧な生徒会長として過ごしているのだ・・・・。ちなみに僕は副会長なんかをやっているわけだが・・・・。そんなわけで朝の風景はここまで。
「さぁ行こうかかおたん」
「うん」
「かおたん忘れ物とかない?」
「ない」
「かおたん、顔にご飯粒ついてるよ」
「大丈夫」
と、この通り薫は一歩家を出ると会長モードに移行するのだ。こうなると下校して家に帰るまでこのまんまだ。冒頭でも言ったがこれこそ彼女のギャップそのものなのである。こういうのを世間ではツンデレというのだろうか・・・それともデレツン?僕はそういうのに疎いのでわからないが大体合っているだろう。まぁこのギャップがまた魅力なのだけれど・・・・。
僕の家・・・というか僕たちの家から学校までは徒歩で十数分といったところだ。その最中薫は一言も喋らないので、僕の独り言になってしまうのだが・・・。これがまた薫の可愛いところなのだが。一言も喋らない代わりに薫は僕の手を握って離さない。周りから見るとなかなかシュールな感じだろう。無感情に見える薫が僕の手を握っているのだ。これをシュールと言わずしてなんと言うのか。
そんな登校風景を同じ高校の生徒が見るとどう思うか。それは完全に許容されているのである。僕と薫の関係は学校中の誰しもが知っていることだし・・・。まぁ同棲していることは内緒ではあるのだけれど。でも僕に対する男子の目は厳しい。相手が薫なんだから仕方ないのだけれど。女子からも敵視されるのはいただけない。薫は一部の・・・・というか農業高校なので女子の割合が少ないのでほとんどと言えるのだが・・・・。話が逸れたが薫は女子からお姉さまと呼ばれているのだ。そんな男子からも女子からも尊敬を集める薫の彼氏なのだ、そりゃ敵視もされる。まぁもう慣れたんだけれど。
そんなこんなでもう校門だ。今日も大変な一日が始まるわけだ。
校門をくぐると左右にはビニールハウス群が広がっている。まぁ農業高校なのだから当たり前なのだけれど・・・。そこを抜けると校舎がある。この高校は農地や畜産場の広さに対して校舎が小さい。まぁ授業の大半がそっち関連なので校舎を使う機会は案外少ないのでそれでいいのだろうけど。僕と薫は当然学年が違うので下駄箱の場所が違うわけで、そうなると必然的に一度別れなければいけないのだけれど。これからがちと大変なのだ。何故かというと・・・そう薫だ。生徒会長モードになってもどこかいつもと同じ感覚が残っているのか、僕の手を離そうとしないのだ。
「ねぇ薫?」
ちなみに会長モードの薫はかおたんと呼ばなくても怒らない。
「なに」
「いや・・・中入んないと・・・」
「そうだね」
「だから・・・・ね?」
「なにが?」
「いや~・・・・・ほら・・・・手」
「手がなに」
「いや、離してくれないと中入れない・・・・と思うんだけど・・・」
「そうだね」
「だから一旦離してくれないかな~」
「いや」
「いやって言われてもね~・・・・・・・・ほらっ!授業始まる始まる」
「まだ、時間ある」
「あ~・・・・うん・・・・」
こうだ。このやり取りが毎日繰り広げられている。お陰でいつも遅刻ギリギリに教室に入る有様だ・・・・。ていうか生徒会の役員が遅刻ギリギリでいいのかっ!って言われないのが不思議だ。何故か教師も生徒もなんにも言わないのである・・・・・。まぁ薫は優等生だし僕も自分で言うのもなんだけれど、僕もそこそこ優等生ってとこだ。
そして話は先ほどの会話に戻る。
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「そろそろ・・・よくないかな?」
「よくない」
「あっ!そうだ!下駄箱で靴替えたらまた会えるじゃない!そうだそうだ」
「ほんとうに?」
「ほんとにほんと!」
「・・・・わかった」
こうしてやっと薫は手を離してくれたのだった・・・・・はぁ。少し面倒だ。
やっと薫が手を離してくれたので速やかに下駄箱直行し速攻で靴を履き替え三年生の下駄箱に向かう。すると薫がぼーっと立っていた。
「ごめん。待った?」
「待った」
「待つ距離なのかな・・・・」
「うん。待った」
「はぁ・・・ごめんよ薫」
「それで良し。んじゃ」
「んじゃって・・・あぁ」
薫は一度手を離すとどうやら興味を無くすらしく、さっさと三年生の教室に行ってしまう。まぁ毎日のことなのでびっくりはしない。はぁ・・・と溜息を残しつつ僕も教室へと向かうのだった・・・・。ってさっきのやり取りはなんだったんだ!と思っていた頃もあったな~なんて考えてしまうのは何故なんだろう、なんて考えている僕が何なんだろうという堂々巡りに
なってしまうのだった。
キンコンカンコーン。
教室に入るか入らないかでチャイムが鳴った。HRの始まりの合図だ。当然教師も教壇に立っているわけで・・・。そんでもってクラス全員からの目もあるわけで・・・・。はぁ・・ちょっと不幸だ。
「ほら、左藤さっさと席つけ~」
「はい・・すいません」
「おっまた会長さんといちゃいちゃしてたのかい?」
そう話しかけてきたのは悪友、杉崎健一。ちなみに野球部の幽霊部員だ。中学時代はかなりのものだったらしいが高校に入ってからは何故か幽霊部員に落ち着いている。
「あぁ・・・・まぁねぇ」
「いちゃいちゃするのはいいが男子に殺されないようになっはっはっは」
「殺されるって・・・まぁそうかもね・・・・・はぁ」
「まぁいいじゃないか。あんな美人さんと付き合ってるんだからさ。俺なんてさぁ・・・モテてぇ~」
「杉崎さぁ・・お前だって野球頑張ればモテるだろうに・・・顔も良い方だと思うし」
「野球については言いっこなしだろ」
「すまん・・・」
杉崎が野球から離れたのにはなにやら原因があるのだろうけど・・・・まぁ触れられたくない事もあるだろうし・・・。中学時代に何かあったのだろうか?というのも僕は中三の時に親の都合・・・・まぁ前述したとおり僕の親は特殊なので僕は転校の連続だったので、杉崎とは中三の時に知り合ったので野球の事はよくわからないのだ。
「おい、杉崎。お前はよそ見ばっかりして・・・・はぁ・・左藤の爪の垢でも煎じて飲むことだな」
「はいは~い」
「あはは~だってよ杉崎」
「うるせぇ頭脳明晰の志郎君とは違うんだよ」
「おまえら二人とも話聞け」
『はーい』
こうして慌ただしい朝が終わった。まぁこういう朝が毎日のように繰り広げられるので僕も暇はしない。まぁ何を言いたいかというと、僕はこの慌ただしさを楽しんでいるのだ。
キンコーンカーンコーン
そんなこんなで朝のHRが終わった。担任が何を話していたのかは・・・・・・なんだっけ?
一時間目の授業は畜産だ。この高校は一年の時に高校で習う一般科目をまとめて習い。二年以降は農業や専門科目を扱う。そんなわけで朝一番から牛さんやら豚さんやら鶏さん達と仲良く触れ合うわけだ。
僕が農業高校を専攻したのには理由がある・・・・がまぁその話はまた今度だ。
さて、畜産の授業の前に作業着に着替えなければいけないのだが・・・・ここにもまた問題がある。そう、何を隠そう薫だ。
三年生は必須課目や専門課程を押さえているので大学のように専門課程を突き詰めていく博士課程のような授業体系になっている。そのため校舎の中をうろうろしている。そのため薫はわざわざ僕の教室を訪ねてくるのだ・・・・・・・。用もないのに。
「おい志郎、彼女様の到着だ」
「そう茶化すなよ・・・んじゃ行ってくるわ」
「おう!せいぜい男子に殺されないようイチャイチャしてこい・・・・ぷっぷぷ」
「はぁ・・・・せいぜい頑張りますよ」
薫は会長モードで他生徒に愛想を振りまいている。こういう時は登下校の時のように無表情ではないのだ・・・・。ちょっと嫉妬する。それに介入していくにはなかなか複雑な心境だ。
「薫せんぱぁ~い」
同学年の女子が黄色い声で薫に迫っている。正直間に入っていくには難しいと毎回思う。しかし声をかけないと薫は帰ってくれない・・・・やっかいだ・・・・・・はぁ・・・。
「会長、何か御用ですか?」
ちなみに人前。特に女子生徒や男子生徒有志で組まれている、薫会長親衛隊の前では薫のことを会長。もしくは先輩と呼ばないと、何をされるかわからない。
「特に用があるというわけでは無いのよ。ただ校内の風紀を見回ってるだけよ。ついでに副会長さんの学業ぶりを見に来たってわけ」
「さいですか・・・会長、このままだと生徒が集まりすぎてせっかくの風紀が乱れてしまうので早く自分の教室に戻ってください」
「いいじゃないこれくらい・・・・でもまぁ副会長の言うとおりかもしれないわね。では私はこれで失礼するわ」
「はい、ではお疲れ様です会長」
「えぇではまた」
薫はあからさまに渋々といった様子だった。一緒に住んでいるのだからそれぐらいはわかる。
「え~薫様帰ってしまうんですかぁ~」
『え~』
周りから非難の声。これだから薫はおこちゃまなんだ、もっと自分の学校での立場をわきまえてほしいものだ。いつも悪役になるのは僕じゃないか。
「では皆さん学業しっかりと頑張ってくださいね」
『は~い』
これが毎休み時間続くのだ・・・・・ホント僕の悪役ランクが日々上昇していくのが見なくてもわかる。
薫が戻った後。廊下を占領していた生徒達は蜘蛛の子を散らすように去っていった。まるで嵐の後のようだ。まぁ静かな事は良いことだ。これでこそ学業に集中できるというものだ。さて次の時間の準備をしよう。
―授業が終わって―
「はい、今回の実習は重要だからよーく覚えておくように。今日はここまで、帰りは寄り道せずに帰るんだぞ」
『はーい』
「なぁ志郎!帰り新しく出来たゲーセン行こうぜ!」
「あ~・・・悪い。今日は隣町のスーパーが特売なんだ」
「あらあら志郎君は立派な主婦になってしまったのねお母さん感動したわ~」
「はいはい、主婦でわるーございましたね。というわけでゲーセンはまた今度だ」
「ちぇっつまらねぇなぁ。しっかたねぇ今日はまっすぐかえっかな」
「おう、んじゃまた来週な」
「ん、それじゃ薫姫によろしくな~じゃあな~」
「・・・姫ねぇ・・・」
姫って感じじゃねぇだろ・・・・とは言わなかった。同棲の事がばれたら大変だ。
僕は杉崎が去って行った後とりあえずボーっとしてみた。というのも薫が来るのを待たないと後で怒られるだろうし、諸々めんどくさい。
しばらくすると白衣姿の薫がやって来た。
「副会長、生徒会の会議の時間なんだけれど」
「会長、僕は今日欠席でお願いします。用事があるもので」
「・・・・・むぅ」
家での薫が少し出た。これは少しまずい。このままだと帰してくれそうにない・・・。こういう時はこれだ。僕は薫の耳元に近寄ってこう言った。
「・・・かおたん・・・・・今日の晩御飯はハンバーグだよ・・・・」
ぴくっと薫の眉毛が動いた。これはクリティカルヒットだ。薫の好物は子供っぽい食べ物一般なのだ。胃袋を押さえてしまったら攻略するのは容易い。
「てなわけで今日は失礼します」
「・・・・・・わかった」
そう言うと薫は教室から去って行った。少しむくれていたが口元はニヤついていた。さぁ僕はスーパーに急ごう。特売品の醤油と挽き肉が売り切れてしまう。自分で言うのもなんだが主婦は忙しいのだ・・・・ていうか杉崎よ僕は主婦ではなく主夫だ。
僕は荷物をささっと纏めると早足で教室を出て下駄箱へ急いだ。ラッキーなことにうちの学校の前にはバス停があり隣町に行くにはそれに乗ればいい。なので買い物には非常に都合がいいのだ。
「おっと、時間ぴったりだな」
僕がバス停に着いた時、ちょうどバスがやってきた。僕はそれに乗り込むと奥の方の席に腰を下ろした。隣町までは時間にして十五分ってところだ。
―十五分後―
僕はバスを降り最寄りのスーパーに急いだ。時間は午後六時五分前。タイムセールまで後五分だ。間違いなくおばさまがたが集ってきているだろう・・・はぁ・・嫌になる、人込みは嫌いだ・・・。
僕の予想は的中し、スーパーにはおばさまがたの群れ・・・もしくは山が出来ていた。僕はその群れをかき分け精肉コーナーへと急いだ。薫に今日の晩御飯はハンバーグと言ってしまった以上ハンバーグを作らなくてはならないのだ。さもないと薫が暴れる。
―幾多の戦いを終え・・・―
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・買え・・・・た・・・倒れそうだ」
僕は醤油とハンバーグの材料、それに日用雑貨を買いスーパーを出た。スーパーを出た時には、もう外は真っ暗だった。もう薫も会議も終わり家路についていることだろう。
「さて、帰りますかな~・・・っとバスバス!」
僕はバス停まで走って向った。荷物が倍以上になったため来るときよりも足取りは遅い。腕時計を見るとバスが来るまで後一分・・・間に合うか・・・・間に合わなかったら絶対薫はむくれる、面倒なのでそれは避けたい。なので僕はさらに足を早めたのだった。
「ただいま~」
「おかえり・・・・」
「遅れてごめんね~バス乗り過ごしちゃって・・・」
「ふ~~~~んだ!かおたんおかんむりなんだからね!」
「だからごめんって~許してよ薫~」
「か・お・た・ん!」
「・・あっごめんねかおたん」
「とにかくもうかおたんはおかんむりなんです!」
「ほらほら!ハンバーグハンバーグ!」
「・・・・・ハンバーグ・・・・・・・」
「ハンバーグ作るから許して!お願い!」
「・・・・かおたんはかんだいなのでゆるしてあげます!」
「ははぁ~さすがかおたん様心がお広い」
「はっはっは。さぁしーくんよハンバーグをつくりたまえ」
「了承しました」
非常に単純なのだがこれが薫なのである。家での薫は子供そのもの、学校ではお姫様。このギャップを世間では”ギャップ萌”というらしいがあいにく僕にはそんな属性はないし、僕の薫への愛情は単なる萌では語れないものなのだ。僕は家での薫も学校での薫もひっくるめて薫が大好きなのだ。まぁ心の中で想う事は簡単なのだろう、それを言葉にするのは容易ではない。
実際。薫は毎日のように僕に愛の表現を示してくるのだが、シャイな僕はいつもなぁなぁな返しをするので薫はいつもご立腹だ。いい加減僕の性格を把握してもいい頃合いだとは思うのだけど・・・。
キッチンでひき肉やら玉ねぎとを格闘させながら薫の様子をチラっと覗き見る。薫はいつもの定位置でテレビに齧りついて格闘ゲームに勤しんでおられる。運動神経抜群な薫は、その素質をフルに使っていつもゲームに取り組んでいる。しかし、いつもラウンド1であっさり敗北してしまうのだ。僕が見るに薫は格闘ゲームに向いてない。性格がせっかちなのでコマンド入力も適当だし。敵キャラとの間合いをとらず、ガツガツ接近していくのでおもいっきり投げ技を食らったりしている。何度か僕が見本を見せてみたのだが、それでも理解していただけていないところを見ると、どうやら僕の見本はタンスの裏のホコリ程度にしか役に立たなかったらしい。そんな薫をチラ見しつつ、僕はハンバーグを手ごねして焼きに入る。ハンバーグは我が家では定番メニューとなりつつあるので作業は片手間でもできる。それよりも気になるのは薫の動向だ。薫はゲームに飽きると何かしら悪戯をし始める。そんな薫を黙って見過ごすほど僕は馬鹿ではない。
「かおた~んお手伝いしてくれるかな~」
それを聞いた薫は眼の色を変えてこちらを振り向く。
「やる~~~!」
正直、薫に料理の手伝いをさせるのは本意ではないが悪戯されたうえに片付けをさせられる僕の苦労を考えると、単純な盛り付けなんかをさせた方が総体的に考えると良いのだ。
「かおたんは盛り付けをしてね」
「え~かおたんもハンバーグやきたい~」
「駄目だよ。かおたんが火傷したら大変だからね」
「やけどなんかしないもん。かおたんだってできるもん!」
「ん~・・・・んじゃあ少しだけだよ?」
「やった~ハンバーグやきやき☆彡」
僕は薫にコンロの場所を明け渡し、注意深く薫の手元を見届ける。
「・・・・・・!あぁ!」
「あらあらあらやっぱりこうなる」
案の定薫はハンバーグを焦がした。恐らくこの焦げたハンバーグは僕の胃袋に収納されるようだ。やっぱり被害を被るのはいつも僕なのだ。
その日のハンバーグは僕の心を表したようにとても苦く、あまり美味しいものではなかった。
はぁ・・・・・。
夕食が終わると我が家ではお風呂タイムなのだが、これもまた問題がある。そう。予想通り薫だ。
薫は毎日、当然のように入浴するのだが。その度に混浴を僕に要求してくる。これも薫ならではの愛情表現なのだろうが当の本人からしたらただ恥ずかしいだけなのだ。僕だって健全な男子だ。女の子と混浴・・・まして薫のような美少女と混浴するとなれば嬉しいこと限りないのだが・・・・。しかし僕は理性をフル稼働させいつも適当な理由をつけて断り続けているのだ。また今日も例のごとく・・・・。
「し~くんっおっふろは~いろっ」
「あ~かおたん先に入りなよ、僕ご飯の後片付けしなきゃいけないから」
「え~しーくんいっっっっつもそうやってかおたんをないがしろにするんだ~」
「蔑ろになんてしてないよ、ただ用事があるだけだよ」
「ほ~ん~と~に~~しーくん嘘ついてないよねぇ」
「嘘じゃないよほんとだよ。さっ、お風呂早く入ってきな」
「ん~・・・・・わかった・・・」
あ~面倒くさい・・・・・・・とは思わない。僕は冷静に対応しつつも、心の中では理性と煩悩が戦っているのだ。面倒くさいなんて考えてる余裕はない。
薫の入浴は長い。一般的な女性の倍は入っているのではないだろうか。まぁ一般の女性の平均的な入浴時間なんて知ったことではないのだけれど。晩御飯の片付けも終わりTVを見ながら少しうたた寝でもするような時間に薫は戻ってくるのだ。
「ん~さっぱり~あんどねむ~い」
「ん・・・あ~・・お風呂上がったんだね。牛乳でも飲むかい?」
「のむ~あま~くしてね」
「はいはい」
甘ーい牛乳を飲んだ薫はさっさと寝室に行ってしまった。よほど眠かったのだろう、まぁいつもの事だが。正直、風呂の中で入眠してそのまま溺れてしまうのではないかと、いつも心配している程だ。
「さて・・・ささっと風呂にでも入って寝ますかね」
そんな独り言をつぶやきながら僕は浴室に向かった。服を脱ぎ、シャワーを浴びバスタブに入ると自然とため息混じりの何かわからない吐息が漏れる。そうして今日一日を振り返る。
「はぁ今日も一日いつもどおりだったな」
そんな僕と薫の日常なのだった。
二、僕と彼女の休日
僕の朝は早い。もうお嫁に行ってもいい頃合いだろう。
朝が早いのは平日に限ったことではない。そう、今日は日曜日。全国的に休日だ。そんな休日の早朝に行うことといえば掃除だと僕は勝手に決めつけている。薫が毎日のように散らかすので毎日掃除は行うのだが。毎日の掃除でも塵も積もればなんとやら、毎日の汚れが休日になると露わになるのだ。
ガー・・・掃除機を転がすこと数分、薫が起きてくる気配はない。早朝だということの他に休日の薫はまずこの時間に起きてはこない。
ガー・・・洗濯機を回しながらフローリングをコロコロ(本当の名前は分からないが例のやつだ)で文字通りコロコロさせること十数分。平日ならばそろそろ薫が起きてくる時間だ。しかし薫は起きてくる気配すらしない。
僕は薫より早く朝食を摂ることとした。何故なら、薫が起きてくるのは太陽がてっぺんに昇った頃なのだ。それまで待っていては、それこそお腹と背中がくっついてしまう。簡単な有り物を適当に用意して朝食をいただく。・・・・・ごちそうさま。寂しい食卓だ・・・まぁ薫が居ない食事も休日は当たり前なのでもう慣れた。その時。
ドッカーン。
尋常ではない騒音が寝室から聞こえてきた、これも毎週末のことだ。きっと薫がベッドから落ちたのだろう。しかし薫はそれでも起きない、これももはや常識なので気にならないが、薫の身体能力の高さにいつもびっくりしている。何故なら薫はベッドから落ちる寸前に布団を体に巻き付けそれを緩衝材にしているのだ。無意識というのは怖い。
そんなこんなで掃除洗濯を終わらせると僕は暇になる。薫をいじって遊ぶ・・・というか遊ばれている?・・・・・まぁいいや。そういうことでやることがない。やることといえばTVを見ることぐらいなものだ。あぁ暇だなぁ。
・・・・ふと瞼を開けるとお昼になっていた、どうやらうたた寝してしまっていたらしい。
さて薫は・・・・・起きてはいないようだなーなんてぼーっとした頭で考えていると寝室の扉がおもむろに、というか乱暴に開けられた。
「し~くんおっはよ~!」
「あぁ・・・おはようかおたん」
「むぅしーくんここは『かおたん・・・いつものように可愛いね』ってやるんだよ~」
薫が学校モードを織りまぜて僕に羞恥プレイもどきを要求してくる。シャイな僕には到底無理な話だ。
「はいはい、朝ごはんはどうする?パン?ご飯?」
「し~くん」
「・・・・はい。パンだね」
「え~なんだかし~くん冷たいんだ~むぅ~」
「それじゃあ僕を食べたら誰がかおたんの相手をするっていうんだい?」
「むぅ・・・・し~くん・・・・大事」
「でしょ?だからパンを食べましょう」
「は~い」
冗談ではない。こんな所で薫に食べられて人生を終わらせるのは嫌だ。まぁ薫に食われるのは悪い話ではないが・・・・そしてもう一つの意味での食べられるのは・・・・・・照れる。
チーン。パンが焼けたとトースター君が健気にも控えめな音量で教えてくれる。
「はいはいかおたんパン焼けたよ~」
「は~いジャムは~?」
「・・・そうだねぇ・・・・え~っとマーマレードと苺ジャムがあるね。どっちにする?」
「いちご~!だってマーマレード苦いもんかおたんマーマレードき~らい」
「ほ~い、はいホットミルクもね」
「わ~いあまあまだ~」
毎度思うが、低血圧なはずな薫がこんなテンションで起きてくるのは謎だ。どこで血圧を上げているのだろうか・・・謎だ。そんなどうでもいい事を考えていると薫はもう食べ終えていた。
「ごち~」
「かおたん。ちゃんと挨拶しなさい」
「え~めんどくさいよ~」
「かおたん」
「・・・・・ごちそうさまでした」
「はい。おそまつさまでした」
こうして僕と薫の休日がやっと始まる。まぁ時刻は午後になっているのだけれど・・・。
朝ごはん・・・(お昼ごはんなんだろうけどね)を食べ終えた薫はさっさと寝室に戻っていった。どうやら着替えに戻ったらしい。薫が着替えを始めたって事はどうやら今日はお出かけの気分のようだ。といういことは僕もお供しなければいけないわけで・・さぁ着替えますか。
さて女性と男性とではこの作業に雲泥の差が生まれる。男性代表(勝手だ)の僕はものの三十分もあれば準備が整う。ところが女性代表(こっちも勝手だ)の薫は一時間経っても返答がない。何度か言葉を発してみたが一向に返答は「ちょっとまってて~」だ。こと、女性のおでかけの準備は長いらしい。なにをしているのだか・・・。
かれこれ一時間半。時計の針が2を指そうとしようとする時、やっと薫が部屋から出てきた。
「おっまたせ~」
「うん。待った」
「あ~、し~くんおこってる~」
「怒ってはいないけど不思議には思っているよ」
「なになに~」
「いや。きっと男性諸君が思っているどうでもいい不思議だよ」
「むぅ~またし~くん難しい話してる~」
「まぁ気にしないでよ。さぁ行こうか」
「う~ん・・・なんかなっとくできないなぁ~」
「いいからいいから」
「むぅ~・・・・・わかった」
こうしてかれこれ二時間後やっと家から出ることになった。勿論、薫は家を出る直前から所謂、学校モード。完璧パーフェクトな、クールビューティお姫様になるのだった。ギャーギャー騒がれるよりは、僕としても少しは気が楽なのだが・・・・。
「薫・・・・手・・・血流止まってる」
「うん」
家を出て、最寄りのバス停まで歩いている最中。薫は、僕と腕を組んでいるのだが、その力が半端ではない。薫が休日のデートということではしゃいでいるのはわかるのだが。それにしても、腕の圧迫が酷い。酷過ぎる。このままだと確実に僕の左手は壊死する。
「薫・・・腕、腕」
「腕がどうしたの?」
「恐らく僕の左手が使い物にならなくなる」
「なんで?」
「薫が腕を圧迫しているから」
「そうなんだ」
「・・・いや、『そうなんだ』じゃなくて」
「じゃあなに?」
「ん~と腕は離さなくてもいいからせめて力を弱めて」
「しーくんとくっつきたい」
「それは家でも出来るでしょ」
やばい、手先の感覚が無くなってきた。
「でも、今がいい」
「あ~・・・でも手がそろそろ限界だよ」
「くっつくの嫌なの?」
「嫌っていうか腕がね、腕がもうやばいんだよ」
「そうなんだ。なら先に言ってよね」
「・・・・ごめんなさい」
何故僕があやまらんといかんのだ。僕はいわば被害者だ。
「うん、許す」
血流が戻ってくるあのザワザワ感を感じながら、僕は今日のデートプランについて考えていた。時間はもう三時に近くなっている。そろそろおやつの時間だ、薫がきっと騒ぎ出すであろう事を考えて、僕はバスをどこで降りるかを考えている。
停留所を五ヶ所程通りすぎたところで僕は『次止まります』ボタンを押した。薫は少々不思議な顔をしていたが、僕はそれを特に気にもせず座席から離れバスを降車した。勿論薫も随伴している。実はこのバス停の近くには小さなカフェがある。そこで楽しくティータイムってところだ。我ながら気が利いた演出だと思うね。
バス停から歩くこと約五分それは住宅街にひっそりとあった。周りの民家と比べると少しだけ洒落た雰囲気を醸し出している。その建物の入り口に掲げられた看板には『Cafeクロワッサン』とある。僕が先日タウン情報誌で見つけた隠れ家的なCafeなのだ。
薫はその建物を見て目を輝かせている。薫がこういった類の店が大好きなのはもうわかっているので特別な感情は湧いてはこないが、やっぱり嬉しがられるとこちらも嬉しいものだ。
「さぁ、入ろうか。薫、甘いもの食べたいでしょ?」
「うん、とっても」
簡単な言葉を交わした後僕と薫はお店の中に入ることとなった。
カランコロンと、扉の上部に取り付けられているベルが店内に響き渡った。
『いらっしゃいませ』と店主であろう、ダンディという言葉がまさに当てはまる男性と。ふくよかで笑顔が似合う女性が、迎えてくれた、おそらく夫婦であろう。女性の方が僕達を席へと誘導してくれた。
僕はコーヒーとチーズケーキのセットを。薫はミルクティーとフルーツタルトとショートケーキ、などなど店にある美味しそうなケーキを次々と頼んでいた。注文を取っていた女性は薫の注文ぶりに、大分驚いていて。最終的に注文を取り終わった頃には、にこやかな笑顔から引きつった苦笑いになっていた・・・・まぁ、当然だ。普通の女性が食べる量ではない、しかし、薫からすれば普通な事なのだ。こういう奇想天外な言動に慣れていないと薫の彼氏はやってられない。
店内はコーヒーを炒っている匂いや、ケーキ等の甘い匂いが混在した不思議な雰囲気だった。しかし、不快には思わなかった。期待通りの素敵なお店だ。各所に小洒落たインテリアが散りばめられた店内も、その雰囲気を底上げしているようだった。
数分後、注文した品が続々と運ばれてきた。その多くが主に薫の注文した物だったが。
更に数分経って、やっと注文した品が全て揃った。しかし薫は、到着した物を次から次に食べていっているので、品物が来るペースと、食べ終わるペースが、ほぼ同時だったのでウエイトレスとしても働いている女性は、皿を運ぶペースが二倍になっている。女性は額に汗を浮かべながらも頑張っている・・・・。ファイト!・・・っと、小さく応援しているのは、僕の心の奥に引っ込めておこう。
三十分間、薫は一言も発せずケーキを食べ続けた。僕は独り言のように薫に向かって話しかけているように見えただろう・・・。そんなことでくじける僕ではない。僕は、店主とその奥さんの冷ややかな視線に気づきながらも、薫に話し続けた。
更に十数分、やっと薫はケーキ2ホール分をたいらげた。
「うん、美味」
「・・・それは良かったね」
そして優雅にミルクティーを飲む薫。この表情だけ見れば先ほどのケーキバカ食いは嘘のように思える。
そう、ミルクティーを飲む薫はまるで、どこかの貴族のお嬢様のようだった。
Cafeクロワッサンを出たのはなんだかんだで、午後六時になっていた。一方的に話す僕と、ただ相槌をうつだけの薫。それが一時間以上も続いた、
店を出た頃には陽も落ちかけていて、街並みも薄暗くなっていた。街灯もぽつりぽつりと灯っていて、どこか哀愁を漂わせていた。
「ずいぶん食べたね」
「うん」
「美味しかった?」
「うん、とっても」
「下調べをしておいた甲斐があったよ」
「そうなんだ」
薫は表情には出さないが、とても嬉しそうだ。瞳が全てを語っていた。
店を出たのはいいが、高校生のデートにしては帰宅時間が早い。どうしたものか・・・・。
「しーくん。私行きたいお店があるんだけど」
意外だった。ていうか、びっくりした。基本的に薫は、家。学校。以外で僕に意見することはない。何故だかしれないが、薫はデート中に積極的な意見や、感情を露わにしない。以前は多重人格なのではないかと疑った程だ。
「何か用事があるの?」
僕の問いに薫は顔を赤くし、うつむき加減で、小さな声で呟いた。
「・・・・・・・勝負下着・・・・・」
ボンッ。と僕の顔面と心臓と脳味噌が、一気に沸騰したかのようになった。
「かっっかおたんっななななんてことを言い出すんだよ!そういうのは一人でとか、友達とかと見に行くものでしょうが!・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ」
僕は激しく動揺していた。心臓もまだドクドクと波打っている。っていうか薫は、勝負する気でもあるのだろうか・・・・。そう考えていると顔が炎上した。心臓は小動物並の脈拍になっているかのようになっているし、脳味噌は様々な妄想と、混乱が入り交じって、わけのわからない状態になっていた。一言で言おう。茹で蛸状態だ。
「・・・ダメ・・・・なの?」
「だだだだめではないけれどもなんというかこういうのはね!・・・・まぁいいのか?いいんだろうか・・・え~なんなんだよ!もう!」
僕が支離滅裂なことを喚いているのを薫は、真っ直ぐ見つめていた。
「・・・くっくく・・・・し~くんおもしろ~い、くっくっく」
「だからね!なんていう・・・・かお・・・たん?」
テンパリながら頭をあげ、目の前を見ると、そこにいたのは家での薫だった。
「あははははは。し~くんってばこういう話によわいよね~っくっくっく」
「僕を弄んだな~!」
「あっははは、おなかいたい。いたいいたい。くっくっくく。そういうのはひとりでみにいくよっくっくっくくく。でもし~くんとみにいくのもわるくないなぁ~・・・・な~んちゃって」
そう言うと、薫は憑き物が落ちたように静かになり、落ち着きを取り戻していた。
「かおたん、意地悪だな~。僕普通にびっくりしちゃったじゃないか」
「ちょっとやってみたかった」
薫は冷静を装いながらも、口元だけは笑っていた。薫がこんな悪戯をしでかすとは・・・本当に不思議だ。
そうこうしているうちに辺りは、街並みに立つ街灯の周り以外、真っ暗になっていた。北海道の秋は、本州よりも日が落ちるのが早い。当然寒くなるのも早いわけだ。僕と薫の息もうっすらと白くなっていた。季節はもうすぐ冬。北海道で生まれ育った僕と薫だが冬にはなかなか慣れるものではない。冬の期間が長い北海道は、冬嫌いな僕にとって厳しい数ヶ月だ。
「寒くなってきたね・・・」
「うん」
「家、帰る?」
「うん」
ということで僕と薫は、バス停へと足を向けたのだった。
バス停に向かう最中も、僕は薫に向かって語りかけていた。薫は『うん』『そうだね』なんてことを繰り返すだけで、僕は独り言のようになっていた・・・・。ん~なんだか腑に落ちない。
そんなやり取りを続けること数分、僕と薫はバス停へとたどり着いた。バスの時刻表を見ると、次のバスが来るのは十六分後。僕と薫に十数分の時間ができた。さて、どうしたものか。
「ねぇねぇしーくん」
「なんだいかおたん」
僕が薫の方へ顔を向けた時、目の前には薫の顔があった。それもかなりの至近距離だ。そして薫は僕にだんだんと近づいてきて、最終的にお互いの唇が重なった。
薫は、唇を話すと天使のような笑顔を僕に見せてくれた。僕はしばらくその笑顔を見つめるしかなかった。そう、目を奪われていたのだった。
「なんかしたくなったんだ」
「・・・そうなんだ、でもいきなりだね」
「でも、いい雰囲気だったでしょ?」
「・・・まぁそうだったけど・・・・」
バスが来るまで薫は笑顔を絶やさなかった。僕はそれを愛おしいと、心から思った。
バスに乗車した後も、僕はぼや~っとしていた。薫の笑顔が忘れれなかったからだ。窓越しを通過していく街並みも、なぜだか蜃気楼のように思えた。薫があんな顔をするのを見るのは初めてだった、学校とも家とも違う、あの笑顔。僕の脳裏にはっきりと刻まれてしまった。
薫と僕が出会った頃、薫は学園一のアイドル的存在で、僕みたいな平々凡々な人間は触れることさえ出来はしなかった。そんな薫が僕にあのような笑顔を向けてくれたんだと思うとなんだか度を超えて可笑しい話だと自分でも思う。そんな薫と僕は一つ屋根の下で同棲している、これはまさに奇跡とも言えるだろう・・・・。てなことを考えていたら、隣に座っていた薫が僕にしなだれかかってきた。薫の横顔を見ると目を閉じ、すうすうと寝息まで聞こえてきた。食べた後すぐ寝てしまう所が薫の子供らしさとも言えるし、愛しさも感じる。僕は薫を起こさないよう、気をつけながら薫の額にキスをした。あまりにも愛おしかったから。
それから家の近くにあるバス停までの間、僕は幸せを胸いっぱいに感じながら過ごした。時間にしたら十数分だったであろう時が、僕にとっては一瞬にも、永遠にも感じられた。
そんな幸せタイムを終わりにしようとする僕の理性と道徳感が、次のバス停が降りるべきバス停であることを、僕に教えてくれた。っていうか邪魔すんなボケ。僕は嫌々ながら『止まる』ボタンを押し、薫を揺り起こす事にした。
「かおたん、着いたよ」
「・・・・・・・」
「かおたん!着いたよ」
「・・・・・ん~、後五分・・・・・」
「はいはい、寝ぼけてないで降りるよ!」
「・・・・おはよう、しーくん」
そんな寝ぼけている薫を、半ば引きずる形で降車させることにした。薫は身長はあるが、軽いのでそこまで大変な作業ではなかったが、足やら手が色々なところに当たってちょっと難儀だった。
なんとか薫を下車させた後。僕は薫を背負う形で帰路に着いていた、何故なら、薫が一向に覚醒する兆しがなかったからだ。下車するときもそうだったが、薫は軽いが身長があるため、背負うのも一苦労。家までは数分とかからないが結構な重労働だ。
結局、普通に歩けば数分でたどり着くはずが、その倍はかかってしまった。家についた時、僕は汗だくだった。薫をとりあえずソファーに寝かせ、僕は風呂に向かった。汗だくではいたくないからね。
シャワーを軽く浴び、居間に戻った時。薫はそこには居なかった。辺りを見渡しても姿が見えないところを見るに、きっと寝室に自力で向かったのだろう。まぁそれはそれで手間が省けていいのだが・・・。
一応、寝室を確認すると薫はベッドに大の字になって寝ていたので、僕は一応夕食を摂ることにした。まぁカップラーメンだけれど。
三分間を待つ間、暇なのでTVを付けてみた。画面の向こうでは女性アナウンサーと、小難しい顔をした男性が、最近の日本経済について語り合っていた。僕自身ちょと興味があるので、ソファーに腰をかけ、ボケーッと見続けていた。結果、カップラーメンは見事にのびきっていた。そんな不味い夕食を摂りながら僕は今日一日を振り返っていた。・・・まぁ無難な一日だったなぁ~なんて。最後の方はちょっとドキっとしたこともあったが、それしきの事で動揺する僕ではない。・・・まぁ嘘だけど。
カップラーメンを半分以上残した僕はやることを無くし、ソファーに寝そべりながら、睡魔が襲ってくるのを待った。しかし、今日のあの薫の表情を思い出す度に心臓がドキドキする。恋人同士なのだからキスぐらいは当然のことだが、今回のキスはまるで魔法のように僕の心をとろかせていた。こんな状態では寝れはしない。どうしたものか・・・・・。こういう時は無心になって、軽く悟りをひらくのだ・・・・・。
その後、僕は小一時間、瞑想を続けたが、僕の中の煩悩は消えてはくれなかったので、もう寝室へ向かうことにした。煩悩を引きずりながら・・・・・・。
寝室に向かう前に僕は、薫の寝姿を見てから寝ることにした。決してやましい事を考えているわけではない。ベッドに大の字になって寝ていたはずの薫は、まるでダンゴ虫のように丸まっていた。薫の寝顔は、口から涎を垂らしながら寝ていた。僕はその横顔を見たせいなのか持ち前の母性が増大するのが自分でもわかった。僕は薫に布団をかけ直した後、薫の寝室を離れた。
僕と薫は、恋人同士で、更に同棲しているのにもかかわらず、寝室は別だ。理由は特に無い。しかしそれが我が家のルールなのだった。前に薫が、僕の寝室に入り込んできたことがあったが、何があったわけではないのだ。僕と薫は、まだそういう仲ではないということをわかっていただきたい・・・。って僕は誰に説明しているんだ、テンパリ過ぎておかしくなったんだろう、多分。
薫の寝室を出て、自分の寝室へと向かう頃には、僕の煩悩はどこかへ行ったのか、睡魔が勝っていた。眠り眼を擦りながら僕は、寝室へ入った途端ベッドに倒れこんだ。その後の意識はない。
僕は、早寝早起きを心がけていたからなのか入眠も早く、明日の準備をしてから寝るのが習慣になっていたのだが、今日は特別だったらしい。そんな夢を僕は見た。きっと今日の出来事も夢だったのだろうなぁなんて思いながら。
三、僕と彼女の冬休み
季節も流れて今はもう冬だ。明日はクリスマスイブ。恋人達はザワつきだし、独り者は悲しみに暮れる・・・そんな時期だ。僕は前者なので、ザワつくかと思いきや僕は冷静だ。なんせ僕は、薫と同棲しているし、まぁ早い話僕は勝ち組なのだ。黙っていたって楽しいクリスマスが待っている。まぁ少し苦労はするのだけど・・・。
授業中、男子も女子もザワザワしているのを肌で感じている。教室全体が、甘~い空気で満たされている。お昼休みにもなると何やら、男子と女子とが二人組で出ていくのを見かける。すると、前の席に移動してきた杉崎が僕をジト目で見つめている。
「・・・なんだ杉崎、僕の顔に何かついてでもいるのか」
「・・・・左藤・・・・・・お前にはわからん悩みだよ」
「・・・・・って事はお前は負け組なのか?」
「・・・・・・・・・聞くなよ・・・・・・・余計に傷つく」
「それは悪かったな、でも杉崎なら女子の一人や二人・・・」
「まぁな・・・そりゃ俺様にかかれば女子の一人や二人・・・・・がいねぇんだよ!」
「あら~それはご愁傷様」
「今年は競争率たけぇんだよ、なんだかしれねぇけどな!それに対してお前は良いよな~我が校のアイドル、薫様と付き合っているんだからな!羨ましすぎるぜ!」
杉崎の無駄にでかい声のお陰で、教室中の『負け組』連中の注目が一気に僕に向けられていた。
去年のクリスマスや、バレンタインもそうだったが。その時期になると周りの視線が痛いのだ。誰が悪い訳では無いのだろうが少し恐縮してしまう僕なのだった。
そうこうしているうちに昼休み終了を伝えるチャイムが鳴り、杉崎は自分の席へと戻って行った。その後の授業は、冬休みの最後の授業だったせいか教師も生徒もどこかボヤーっとしていた。僕は今夜の晩ご飯を何にしようかと思案しながら板書をしていた。
本年最後の授業も終わり、帰りのHRでは冬休みの注意を担任がし、特にこれといった事も無く、帰宅部の僕は今年最後の学校を後にすることとした。薫は今日は生徒会の会議があるということで薫を待たず、同じほぼ帰宅部の杉崎と一緒に帰宅することにした。
「杉崎、帰るぞ」
「おう」
僕と杉崎は教室を後にし、二階から一階へと至る階段を降り、下駄箱に向かい、靴を履き替え校門へと向かった。
「なぁ杉崎」
「あぁなんだ」
「お前は今年も独りなんだな」
「なんだと!人をバカにしているのか!俺だってな、会長以上の女をものにしてみせるぜ」
「気合だけではなんともならんぞ」
「チッチッチ・・・お前は会長に依存しているからわからんと思うが、こういうのは気合なんだよ」
「依存って・・・」
「依存以外に何があるんだ!お前と会長が何があって付き合ったのかは知らんが羨ましい限りだよ」
「・・・・・まぁあの時はねぇ」
「なんだ。余裕か!余裕なんだな!」
「いやいや」
「ちくしょ~」
そんなやり取りをしながら歩いていると、僕と杉崎の家を分ける交差点にたどり着いた。
「んじゃ良いお年を」
「あぁ、これで彼女がいればな~」
「まぁそこは気合なんだろ?頑張れよ」
「気合な気合・・・・・よし!気合だ!んじゃ来年な」
「おう、また来年」
すると杉崎は半ばスキップで向こうへと消えていった。僕がなにかのスイッチを押してしまったようだ。さて僕はスーパーにでも寄って帰りますかね。
スーパーは年末商戦のせいか時間帯のせいなのか、めちゃ混んでいた。そしてタイムセールが始まる・・・。僕の戦いの始まりだ。
数多の戦いを経て・・・・・。
僕は・・・・・・・・・・・。
勝利した!今日の特売品、その全てを手に入れることができたのだ!これ以上ない優越感に浸りながら、僕はスーパーを後にする。勝者の行軍だ。しかも今日は薫も帰ってくるのが遅い。
故に、急いで帰る必要もない。なんなら前から気になっていたショッピングモールに立ち寄ることだって可能だ・・・・。しかし僕という男はこういう時に女々しいのだ。男らしく寄り道でもなんでもすればいいものを、僕は、家に帰って家事をすることを優先順位の頭にもってきている。杉崎が隣に居たら『お前ってつくづく主婦だな』なんて言われてしまうのだろう。
僕はてくてくとバス停へと向かっている。勿論寄り道は無しだ、今日の晩御飯のメニューを考えながら。
今日の戦利品と自宅の冷蔵庫の中身を考えると・・・・・鍋、かな?今日は冷えるしね。薫も震えながら帰ってくるだろうし、暖かい鍋が都合がいいだろう。
今日のバスは、帰宅途中のサラリーマンや学生で混み合っていた。僕はその中でこみっと隅の方に立っている。寒いなーなんてことを考えるまでもなく、次のバス停が下車するバス停だ。
僕は『止まります』ボタンに手を伸ばすが、微妙に届かない。全力で手を伸ばしてもなお届かない。これはどうしたものか・・・・・・・。ジャンプしてみた、というか跳ねてみた。すると、僕の人差し指がボタンに突き刺さった。という表現が正しい位の勢いで、僕の人差し指がボタンを強打した。強打した僕の指と、硬いボタンとでは勝負は決まっている。結論から言うと、僕の指が変な方向に曲がった。曲ってはいけない方向にボキッといった。
「いづっつ!」
僕が発した短い悲鳴に反応した周囲の人々が僕を注視する。僕は舞を踊るかのように見事にジタバタした。それは舞というには幾分、無様だった。
僕がジタバタしていると、バスは、僕の降りるべきバス停にきっちり停車した。シーンとする車内。ジタバタ喚きちらしている僕。周りどころか、車内の全員が僕を見つめている、しかし僕はそれどころではないのだ。しかし痛みというのは限度を超えるとあんまり痛く感じなくなるものだ。僕は、痛みが薄れていくのを感じながら、羞恥心が生まれ始めていた。
羞恥に晒されながら、僕はジンジンと痛む右人差し指をかばいながら、バスを下車した。とっても恥ずかしかった・・・・・。
バスが去っていくのを見つめながら、片手にまとめて持った買い物袋の重量と、痛みが復活しだし、少し腫れだした右人差し指に苦悶の表情を浮かべていた。
黙って立っているのもあれだし、ていうかこの指、病院行かなきゃマズイだろ。ということで僕はさっさと家に戻り、買い物袋を玄関に置き、慣れない左手で薫への置き手紙を書き、病院に向かうことにした。
携帯で近隣を検索したところ、家の近所には、ありがたい事に整形外科があったのだった。僕は携帯片手にその整形外科に向かっている、その間にも僕の右人差し指はジンジンしている。
「こりゃ折れたかな~・・・」
なんて独り言を呟きながら歩くこと十五分、僕は整形外科にたどり着いたのだった。
病院の中に入ろうとすると、病院の待合室はがらんとしていて、受付に人も居なかった。
「すいませーん」
僕は小さいながらも、病院中に響き渡るように発声してみた。病院自体はそれほど大きいものではなかったのか、奥の方から看護師さんらしい人が現れた。
「すいません、もう終わっちゃいましたか?」
僕が指を差し出しながら尋ねると、看護師さんはまじまじと僕の右人差し指を注視すると。
「ちょっとかけて待っててください、先生に伝えてきますので」
と言い奥に入っていった。僕は言われたように待合室のソファーに座り待つこととした。
五分と待たずに先ほどの看護師さんが戻ってきて、診察室へと促された。
診察室に入るとそこには、若い女医さんが座っていた。
「はい、まずは座ってください」
女医さんの色気に少し惑わされそうになるのが自分でも分かった。それ程に女医さんは美しかった。
「は、はいっ」
僕は緊張半分ドキドキ半分で、おどおどしながら椅子に腰をかけた。
女医さんは僕の右手を取り、優しく人差し指に触れると。
「あぁこれは完全に折れているわね・・・・レントゲン撮らなくてもわかるわ・・ん、でもレントゲンは撮りましょう。ここを出て右側に撮影室があるからその前で待ってて頂戴」
「わかりました」
僕は診察室を出ると、指示されたとおりに、通路を右折した所にある扉の前で待った。
「はい、どうぞ」
先ほどの看護師さんが僕をレントゲン室へと促した。僕自身、これでも体は頑丈にできているつもりで生きてきたので、実はレントゲンを撮られるのは初めてなのだ。
中に入ると、何やら寝台のようなものがあり、その上には、おそらくレントゲン本体であろうものがあった。
「はい、では右手をここにおいて、こうしてください」
と、人差し指を人を指差すような格好をしてみせた。僕は痛みに苦悶の表情を浮かべながらそのとおりにした。
「ではそのままでおねがいしますねー」
と言い、上部の機械を僕の右腕の上に移動させ、奥へと去っていった。
カシャリと一度音がしたかと思うと、さっさと看護師さんが戻ってきた。
「はい、結構ですよ。待合室でお待ちください」
「・・・わかりました」
意外とあっさりしたものなんだなぁ、なんてのが僕のレントゲン初体験の感想だった。
その後もあっさりしたものだった。何故なら僕がソファーに座ると同時に診察室へと促されたのだった。診察室に入ると、女医さんが、おそらく僕の右腕らしい骨格の写っているフィルムをピラピラと眺めていた。
「・・・ん、はい、座って頂戴」
「はい」
「結果から言うと、折れてます。よっぽど強く突き指でもしたんでしょう、ここ見て。ここが折れている場所よ」
「はぁ」
「幸いなことにきれいに折れているからくっつくのも早いわ、まずは・・・・えいっ」
「ぎゃあ」
女医さんは僕の右腕を掴み、人差し指を鷲掴みにして、微妙に曲がっていた人差し指を定位置に戻した。
「はい、これで大丈夫。後はギブスを付けて二ヶ月もすれば治るでしょう」
「ひゃ・・・ひゃい」
「また二週間後にまた来て頂戴、経過をみたいから」
「は・・・はい」
「では、ギブスをつけるわね・・・・・・・はい出来た」
女医さんは鷲掴みにした人差し指にギブスを装着して、テーピングをして包帯を巻いてくれた。
「では、お大事に」
「ありがとうございました」
僕は診察室を後にした・・・・・涙目になりながら。
診察室を出ると、看護師さんが待っていて、受付へと促してくれた。後は会計を行い痛み止めの薬を受け取って病院を後にするのだった。
終わってしまえば僕のバカさ加減が引き起こした単なる自損事故だったのだが、治るまでに二ヶ月もかかるなんて死活問題だ。利き手をほぼ使えない生活が続くのだ、こりゃ地獄だ。薫にはなんて説明したものか・・・・。置き手紙には遅くなるとは書いておいたが・・・・。薫のことだから僕の醜態を見ると、大笑いするか、大心配するかの二極端だろう。前項ならまぁ一安心だが、後項なら大変だ。薫の心配は大が付く程度ではないのだから・・・。トホホ。
僕はそんなことを考えながら帰路に着いていた。行きはなかなか着くのに苦労はしたが、こういう時は何故か帰り足が早いものなのだ。
そうこうしていると僕は家の前に立っていた。嫌な予感がして背筋がぞーっとした。
「・・・・ただいま~」
僕はそ~っと玄関の扉を開けた。・・・・・反応がない。薫の靴は・・・・・・・・・ある。
「・・・帰ったよ~・・・・かおた~ん・・・・」
無反応だ。全くもって人の気配がしない・・・・。薫は・・・・どこだ?
すると、居間の方に人の気配がした。泥棒?・・・んなわけない、薫の靴もあるんだし、きっと薫に違いない。おそらくかくれんぼでもしようという魂胆なのだろう。
僕は臆せず居間へと向かった。居間のドアを開ける。周囲を観察する。・・・・・・居た。
薫はカーテンにぐるぐる巻になっていた。足元だけ見えているので、まるで簀巻きだ。
僕はその簀巻きに近寄って行き、カーテンの端をおもいっきりひっぱった。
簀巻き、こと薫はぐるぐると回転し、最終的に床にへたり込んだ。
「かくれんぼでもしたかったの?かおたん」
「・・・・・・し~くんがわるいんだ」
「遅くなったから?それなら置き手紙に・・・」
「でもでもかおたんをおいていくし~くんがわるいんだもん」
「緊急事態だったんだよ」
「どんなだよ~むぅ~」
「これ」
そう言うと僕は、右手を薫の前に差し出し、人差し指を強調してみせた。でも実は勢いで右手を見せてしまった事を後悔してもいた。この後の薫の反応がちょっと怖かった。しかし見せてしまったものは仕方がない。さぁどーんとこい。・・・・・・・・・薫は・・・・・泣いていた。
「ぐすん・・・ひぐっ・・・・し~く~ん」
薫は顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。果たしてそれが、僕の帰宅の遅さによるものなのか、この右腕の状態についてなのかはわからないが、薫は僕に抱きつき、僕の制服をハンカチがわりにしていた。
「かおたん・・・・ごめんね」
「・・・・ひぐっ・・し~くんどうしたのそれ」
「ちょっと怪我しちゃったんだ」
「・・ぐすん・・・・どうして?」
「・・んっつ」
僕は自らの愚行を思い返し、なんとも言えなかった。
「・・・・し~くん?」
「・・・い、いや~転んじゃってねぇ、アハハハ・・・・」
「そうなんだ・・・・・だいじょうぶなの?」
「全治二ヶ月だそうだよ」
「にかげつもっ!?」
「・・・う~んそうらしい」
「・・・・・だったら」
「だったら?」
「・・だったらかおたんがし~くんのおせわする~」
そう言い切った薫は、もはや泣いてなどいなかった。むしろ楽しそうだった。
「・・・かおたん・・・・面白がってない?」
「・・・・・えへ☆」
僕の予想は両方当たっていた。最初泣きじゃくって、最後には楽しむ。これが薫という人間だったのだ。両方当たるとは思わなかった僕は、肩をがっくりと落とすしかなかった。
その後が大変だった。薫が張り切って家事をやりだし、家をめちゃくちゃにしたり。風呂に一緒に入ると騒ぎ出したりした。まぁ人差し指が使えないというだけなので、薫がめちゃくちゃにした家を掃除しなおしたり、風呂にも当然一人で入った。駄々をこねる薫を静止させるのに苦労したのは言うまでもない。
風呂から上がり、着替えをすました僕が居間に向かうと、ふくれっ面の薫が仁王立ちしていた。
「し~くん!」
「なんだよっ」
「かおたんがやるんだよっ!」
「なにをっ!」
「し~くんのやることぜんぶっ!」
「人差し指だからやれないことなんて大してないよ」
「でもやるんだもんっ!」
薫はこうなったら止まらない。懐柔させるのは難しい・・・・。一計を案じなければ・・・。
そんな僕には秘策があった。こうなるであろうことを想定して、近所のコンビニに寄ってチョコレートを買っておいたのだ。
「はい、かおたん」
「なんだよ~かおたんはおかんむりなんだぞ~」
「チョコだよチョ・コ」
「チョコていどでかいじゅうさせられるかおたんではないのだ」
「ほんとに~・・・・これ限定ものだよ~・・・かおたんがいらないなら僕が食べちゃおうかな~」
「・・・・げんてい・・チョコ」
薫が生唾を飲み込んだのがわかった・・・。やはり薫は薫だ、内心は小さな女の子同然なのだ。ここぞとばかりに僕は攻め立てる。
「ほんと残念だな~かおたんのために買ってきたのになぁ」
「・・・かおたんのため?・・・」
「そうだよ~でも残念だなぁ・・・・んじゃいっただきま~す」
すると薫は僕に飛びつくと僕からチョコを奪い取っていった。
「こんかいはゆるす!」
「ありがとうかおたん」
まぁギリギリセーフだったかな、なんて思いながら、笑顔の薫を見る。こういうささやかな幸せが僕の生きる原動力になっているとも言える。薫の原動力は甘いものなのかもしれないが。
薫はニコニコ顔でチョコレートの封を開けている。値段の分だけの効果はあっただろう。
その後薫はチョコレートに夢中になって僕の事は忘れてしまったようだ。その隙にホットミルクを用意しておく、勿論薫のためだ。少しでも気持ちを僕から遠ざけるためだ。ホットミルクを作った後、テーブルに置いておき、僕はこっそりと寝室に向かう。今日はなんだか疲れた。
翌日、僕は右腕の鈍痛で目を覚ました。骨折程度が重症扱いされるなんて馬鹿らしいとTVを見ながら思っていた事を後悔した。
昨日病院でもらった痛み止めを飲むために寝室を後にする、適当なマグカップに水道水を満たし、錠剤二錠を飲み込む。その後眠気が薄らぐと共に増大する人差し指の痛みに耐えながら、薬が効いてくるのを待つ。
三十分程経過した頃、なんとか痛みも引いてきた。未だに人差し指はジンジンと心臓の鼓動と呼応するように痛むがそれほどのものでもない。
安心してソファーに座り、時刻を確認すると、午前五時を過ぎたところだった。いつもの起床時間と大して変わらない所を考えると、僕の体内時計はかなり正確なようだった。
さて、冬休みだろうと負傷していようと、僕の朝の習慣は変わらない。さぁ掃除でもしますか。
そんなことで掃除を始めようかと思っていた時、薫が寝室から飛び出してきた。
「し~くん!きのうはだまされたけどきょうはごまかされないぞ~!」
「おや、かおたん早いね」
「へっへっへかおたんねてないもんね~」
「おやおや、徹夜は体に悪いよ」
「そんなのかんけいないもんね~きょうこそはし~くんのおせわするんだから」
僕は内心がっくり肩を落としていた、なぜなら薫が頑固なのは知っていたがチョコレートさえ与えておけばしばらくは大丈夫だと思っていたのだったのだから。
「本当に大丈夫だから、ね!かおたん」
「だいじょばな~い!」
「また勝手な造語作って・・・」
「とにかくきょうからはかおたんがかじいっぱんをするのだ」
「却下」
「どうしてだよ~」
「どうせ僕がまた一からやり直さなければいけないからです」
「むぅ・・・」
「気持ちは嬉しいのだけれどね。・・・・・あっそうだ右腕使えないから冬休みの課題やってよ」
「むぅ~・・・しかたないなぁどうやらそれくらいしかおてつだいできそうにないのでやってあげます」
「ありがとう、んじゃ僕は掃除するからね。んじゃよろしく~」
「うむぅ・・・なんかなっとくいかないなぁ」
これにて一件落着・・・・、とはいかないのが薫だ。薫は当然のごとく頭がいいし学年も一つ上なので、高二の課題なんてものはすぐに片付けられてしまう。なので当分の間の餌にしては、量も、質も足りないのだ。僕が一通り作業を終わらせる頃には、もう余裕で終っているだろう。これは、もう何個か餌を用意しておいたほうがいいのだろう・・・・・掃除中に何か考えておこう。
僕はガーガーと騒音を撒き散らす掃除機を転がしながら、薫への対処を考えていた。しかし・・・。僕は未だ薫の対処についての明確な対処法を思いつけないでいた。それに比べて薫の処理スピードが尋常ではない。さすが某有名大学の推薦と奨学金を蹴ってニートになることを決めた人だ。僕とは頭の作りが違う。
薫の両親はどう思っているのだろうか。前に聞いた話だと薫は一人っ子なのだそうだ。久遠財閥の縁者なのだろうから、それなりの地位と名声があるのだろうし、自分の子供が有名大学を蹴ってニートになることを良しとする、薫の両親の気が知れない。まぁお金持ちと我々庶民では考え方が違うのだろう。
「うおっしゃあ~!」
どうやらつまらない事を考えているうちに薫は、課題という名の餌を食い尽くしてしまったのであろう雄叫びをあげている。どうやらこちらの思考より、あちらの頭脳の方がスピーディーかつハイスペックであったようだ。
僕は掃除を簡単に切り上げ、薫を迎える心構えをした。よしっかかってこい!・・・・・と言いたいところだったが、僕の頭は処理しきれずパンク状態だった。
「し~~くんっお~わったっよ」
「早かったねぇ、僕だったらだいぶかかりそうなもんだよ」
「おわったからし~くんのおせわする~」
薫の”おせわ”とはイコール遊ばれるということになる。一緒に遊ぶのは歓迎だが、遊ばれるのは御免被りたいところだ。
「さぁ~なにからするぅ~?」
「いやいや、今のところ介助してもらう程のことはないよ」
「そんなのつまんなぁ~い、なんかするんだもん」
「・・・・・するんだもんって言われてもなぁ」
さて、次はどんな餌を与えれば満足するのかねぇ・・・なんて頭の中では考えてはいるのだが、一向に良い考えは思いつかない。
「さぁ、し~くんなにをしようか」
「なんかかおたん・・・楽しそうだね」
「し~くんがけがしているのにたのしんでなんかいられないよ~」
「うそつけ」
「ばれたか」
「顔に楽しいって書いてあるんだよ・・・・まったく・・・・」
「へへへかおたんはうそがつけないんだなぁ」
「・・・それで・・・・嘘がつけないかおたんは何がしたいのかな?」
「あそびたい」
こりゃ・・・一番僕が疲れるパターンだな・・・・・・はぁ。
こうして、僕の冬休みはどんどん消化されていくのだった。
冬休みには一年の中でも重要度の高いイベントが待っている。クリスマスとお正月だ。誰もが浮かれるこの二大イベントは、僕にとっても楽しみなものなのだが、今年はなんか浮かばれない。なんせ右人差し指は折れているし、薫には遊ばれるで、災難続きだ。
まず、冬休みが始まってすぐ、クリスマスがやってくる。我が家では僕がケーキを作る、七面鳥なんかは焼いたりはしないが、フライドチキンくらいは買ってくる。何の変哲もない普通のクリスマスの過ごし方だ・・・・薫が無駄に騒ぐこと以外は。
そんなこんなで今日はクリスマスイブ。街並みは皆、クリスマスカラーに彩られている。聖夜というのに相応しい・・・。今宵はそんな夜だ。
僕はというと、日中焼いたケーキのデコレーションをおこなっているところだ。右手が一部使えないというだけで、昼間には出来上がる予定だった作業が滞っているのだ。薫は珍しく朝から出かけている。まぁ珍しいといっても薫にも交友関係があるので、出かけることも珍しくはないのだけれども。今日はいつもの定時連絡が無いのだ。これが珍しいのだ。
まぁ薫が邪魔をしてこないので、作業が効率良くできてそれはそれでいい。しかしその一方で心配してもいるのだけれど。
時刻は八時を過ぎている、そろそろ僕も本格的に心配になってきた。そろそろ電話かなにかした方がいいだろうか・・・・。ケーキなどの調理は終えてしまっているし・・・・。
てなことを考えていたら、薫が帰ってきたのような足音がバタバタと玄関の方から聞こえてきた。
「たっだいまぁ~」
「あ~おかえり、遅かったねぇ何してたの?」
「ふっふ~なんでしょ~う」
「なんだいその不敵な笑いは」
「おしえてあげない」
「え~なんだよ~・・・・てかその袋を見ればわかる・・・か」
「なんだってぇ~!」
「大げさだなぁプレゼントなら少しは隠そうよ」
そう、薫は右手に小さな紙袋をぶら下げていた。おそらくプレゼントであろうその袋は隣町の大手デパートの紙袋のようだった。そのいかにも高級そうな紙袋には、きっとお高い一品が梱包されているのだろう。
「なんだよ~サプライズにしようとおもっていたのにぃ~」
「サプライズも何も丸見えじゃん」
「むぅ~なんだかなぁ」
「ちなみに中身はアクセサリーとみた」
「ギクッ!」
「動揺を言葉に出すなよ・・・まったく」
ちなみに僕もプレゼントは用意している。お金を貯めに貯めて買ったスイス製のペアウォッチだ。高校生では手が届かない一品だが、家計を細かくやりくりしてどうにか手に入れたのだ。
「料理が冷めちゃうよ、さぁさぁご飯食べよ」
「うん!」
こうして僕と薫のささやかなディナーが始まった。薫は真っ先にケーキに手をかけようとしたが、僕がそれを静止し、先に料理に手をつけるように促した。薫は渋々といった表情で料理に手をつけ始めたが、料理を口にした瞬間表情が綻んだ。その後は他愛もない会話をしながら食事をし、最後にケーキを食べ食事を終了した。
「さすがし~くんだねっとっても美味しかったよ」
「お粗末さまでした、喜んでもらえたなら僕はそれで満足だよ」
「んじゃあプレゼントこうかんしよっ」
「そうだね、んじゃ僕から」
僕はプレゼントを取りに行くため、一度食卓を離れ自室へと向かった。部屋に入り、机の引き出しからプレゼントを手に取ると、薫が待つ居間へと戻った。
「おまたせ、はいプレゼント」
「わぁ~なにかな!なにかな!あけてもいい?」
「どうぞ」
薫は、包装を丁寧とは言えない手段で開け始め、包装と格闘すること数十秒後、ようやくプレゼント本体にたどり着き、重厚な化粧箱を開けた。
「わぁ~とけいだぁしかもペア!ペアだよ!し~くん。うれしいなぁ」
どうやら薫は時計本体というよりは、ペアだということに食いついたようだった。まぁ喜んでくれるのならそれに越したことはない。
「それじゃあかおたんのプレゼントをおみせしよう」
そういうと机に置いてあった紙袋を取り僕に手渡した。
「ありがとうかおたん」
「あけてもいいんだよし~くん」
「それじゃ遠慮なく」
僕は紙袋から包装された小さな箱を取り出し、丁寧に包装を解いていった。
いかにも高級そうなその箱には、某高級百貨店の中にあるジュエリーショップのロゴが刻まれている。中を見ようと箱を開けると、中には二つのシルバーリングが収まっていた。
「わぁおペアリングだ」
「ペアだよ!ペアリングなんだよ!うれしいでしょ?」
「嬉しいに決まってるよ、でも偶然にもお互いペアの物だね」
「ペアはいいよ~なぜなら、お・そ・ろ・いだもんね」
「だね、おそろいだもんね」
「ひだりゆびのくすりゆびにそうちゃくすべし」
「それは婚約という意味かな?」
「そうともいう」
「でも僕ら高校生だよ?しかも僕十七だし」
「んじゃあよやくっていうことで」
薫がまたおかしな事を言い出した。
「予約ねぇ・・・・まぁそれはそれでいいかもね」
薫の冗談に付き合っている僕もすこしおかしいのかもしれない。まぁ冗談にするつもりはないんだけどね。
「それじゃあ遠慮無くつけさせてもらうよ、薫も遠慮なくつけてね」
「はぁ~い」
薫はニコニコと笑顔で時計を見ている。それはもう穴が開くくらいの勢いで。僕はというと指輪をそれはそれは舐めるように見ている。お互い様だということだ。
「でも学校だと指輪ははめれないよね?・・・あっそうだネックレスみたいにすればいいんじゃない?」
「かおたんはもうそつぎょうなのでもんだいないのです」
「たしかにそうだね・・・僕はもう一年あるから学校のときにはネックレスにするよ」
「みんなにみせつけちゃうもんねぇ」
そんなことになったら僕は他生徒に殺されるかもしれない、と内心思った。
「かおたんもネックレスにすること」
「え~なんでさぁ」
「ど・う・し・て・も」
「・・・・むぅ、みんなにみせつけてやろうとおもったのにぃ」
「時計はOKなんだからそれで我慢しなさい」
「・・・・そうだよね・・・・・あぁ!そうだ!とけいもペアだもんね!」
「うんうん」
「ねぇねぇペアだっていいふらしてもいい?」
その瞬間ついさっき思ったことが蘇った。
「・・・う~ん・・・二人の秘密ってことのほうがロマンチックじゃないかな?」
「そうかなぁ」
「そうだよ!きっとそう!そうに違いない!」
「し~くんがそういうならそうするぅ~」
薫は不満気そうだがどうやら納得してくれたらしい。僕の首も繋がったっていうものだ。
「お互い大事にしようね」
「うん!」
プレゼント交換をしをえた僕らは、なんとなくいい雰囲気になった。クリスマスだというのもそうだが、その場の空気に酔ってしまっていたのかもしれない。どちらかというわけでもなく顔を近づけていった僕らは、そのまま熱いキスをした。数秒で終わったであろうそのキスは、僕の中では長く、とても長く感じられた。
「ねぇ、し~くん」
「なんだい」
「きょういっしょにねてもいい?」
「いいよ」
「えへへ・・・うれしいなぁ」
いつもなら挙動不審になる僕なのだが今日の僕はいつもと違って冷静だった。なので薫と一緒に寝る、という行為にも冷静に判断できた。なんせ今日はクリスマスだ、カップル同士がたまに一緒に寝るのも悪く無いだろう。ていうか僕が奥手すぎるのがそもそもの原因なのだろうけど。
食器などを片付けると時刻は午後十一時だった。一般的に寝る時間としては少し早いくらいなのだが、僕と薫にとってはそれが普通だ。よって僕達は就寝する。どちらの部屋で寝ることにするかでだいぶモメた、薫は僕の部屋で寝たいとごねるし、僕としては女子の部屋で寝てみたいという願望もある、よって薫の部屋で寝ることを提案した。結果、今夜は僕の部屋で寝ることになった、薫のゴリ押しに僕が根負けした結果だ。僕は心底残念だったが、まぁ薫と一緒ならどこでもいいんだなこれが。
パジャマに着替え、さぁ寝るぞっと気合を入れて僕と薫は布団に入った。
「し~くんの匂いがする・・・でへへ」
「さぁ寝ようか」
「・・・・・・・」
隣に横たわる薫を見る。布団に入って数十秒、薫は熟睡していた。僕はなんだかがっかりした、色んな意味で。
そんなこんなで今日が終わる、薫と一緒にクリスマスを過ごせたことを神に感謝しつつ僕は瞳を閉じる、そうして夢の中に落ちていったのだった。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。目覚まし時計の電子音が僕の部屋で反響する。朝を知らせる電子音だが、僕は正直あまり好きではない。朝になれば僕は勝手に起きる、それを無理やり知らせるこの忌々しい電子音がなかなか好きになれないのだ。ではなぜ使っているかって?それは保険のためだ。僕が起きないと薫も起きない、そうすると朝の準備もままならないし、学校にも遅刻する。しかし現在僕らは冬休み真っ只中、保険をかける必要もないのだが、いつもの癖で夜寝る前にセットしてしまう。惰性というのは恐ろしいものだ。
僕は目覚まし時計を止め、時刻を確認する。時刻は午前四時、いつも起床する時間よりも一時間ほど早いのは、今日が大晦日だからだ。やることが山のようにある。右手のハンデを懸念して前々からちょくちょくやっていたものの、掃除とその他諸々がまだ残っている。それを半日でやってしまおうと思うのだから、僕って人間は夏休みの宿題を最後の日に残しておいてしまうタイプなんだ・・・なんて自暴自棄になりたくもなる。結果、最後に後悔するのがオチだ。
薫はというと真面目に宿題を毎日計画的にやるタイプでも、僕みたいなタイプでもない。薫は渡されたその日に宿題をやり終え、その日のうちに提出するタイプなのだ。それは薫が並外れた頭脳を持っているためであるが、それよりも夏休みという休日をできるだけ長く楽しみたい、そういう考えが優先されるためである・・といった調子なので薫は家ではまず勉強ということをしない。薫曰く板書を見てれば予習復習なんてやる必要がないんだそうだ・・・まったく・・・これだから天才は・・・・。
むくりと起きた僕はパジャマがわりにしてあるスウェットを脱ぎ、部屋着に着替える。それも汚れてもいいような物を選ぶ。しかし本当にここ、北国の冬は寒い。冗談では済まないほど寒い。寒くて長いここの冬は、人間の生活環境としては最低だ。ストーブと暖房を併用しないと寒くて仕方がない。なので、僕は居間のストーブと暖房を稼働させる。待つこと数分、少しずつだが温かい空気が部屋を漂い始めた。
「はぁ~・・・・・寒ぅ」
と、思わず手と手を擦り合わせ、猫背になり、あたかもゲスい商人のような格好になってしまう僕。我ながら笑える、こんな格好は薫には見せられない。
寒い寒いと言っていてもしょうがないので、体を動かすことにする。まずは掃除からだ。
僕は掃除用具を取り出し早々に掃除を始めた。最初は水まわりから攻めることにする。トイレ、キッチン、お風呂、洗面所。一つ一つ右手に配慮しながらこなしていく。掃除は嫌いではないので自然に鼻歌も出てくる、気分も上がる。
水まわりの掃除が終わったのは、午前六時半ぐらいだった。右手にハンデがあるにしてはまぁまぁなタイムだ。さぁ次は居間だ。
居間の掃除はなかなか手間取った。右手の人差指が使えないだけでここまで苦労するとは思わなかった。家具を少し動かそうにも右手が邪魔になる。そんなこんなで居間の掃除には一部屋にも関わらず三時間もかかってしまった。
居間の掃除を終えた所で、朝食の用意と称しての一休み。午前中には掃除を終わらせてしまわないと、おせちの準備に支障をきたしてしまう。おせちは九割はできているのだが、薫用の揚げ物なんかを準備しなければいけない。なので朝食は早めに終えることにする、勿論薫の分も用意はしているのだが、おそらくは朝食ではなく昼食か三時のおやつになってしまうだろう。
ハムエッグとトーストという簡単な朝食を終えた僕は残りの部屋の掃除に取り掛かる。とはいえ、一軒家ではなくマンションの一室で、部屋数は2LDKなので二部屋プラスリビングキッチンだけなので、残りは二部屋だけ、つまり僕の部屋と薫が使っている部屋だ。
僕の部屋は、度々掃除しているのでまぁ軽く片付ければいいだろうけれど・・・・問題は薫の部屋だ。薫はまず自分の部屋を自分で掃除なんてしないし。僕が薫の部屋を掃除するのもあれかなぁなんて考えているので年に一度しか掃除をしない。つ・ま・り・だ、薫の部屋は三百六十四日掃除されていないのだ。これほどおぞましいことは無い。去年掃除した時はゴミで足の置き場が無いほどにゴミで埋め尽くされていて、部屋の四隅には蜘蛛の巣まではっていて、正直びっくりした。ていうかドン引きした。
その部屋に今から突撃しなければいけないのだ・・・・、マスクはした、手袋は勿論した、一応ゴーグルもつけた、僕はハウスダストに弱いのだ。薫を起こしてから装備しても良かったのだが、ゴミ屋敷と化している部屋に入るのには躊躇した。そして扉に手をかける。
もわっという煙状のものが舞い散った、おそらく降り積もった埃が、扉を開けた時の風圧で舞い散ったのだろう。しかしこれぐらいで参る僕ではない。去年この部屋に入った時もこうだったので、もう慣れたと言ってもいいだろう。
霧状に舞っていた埃が、ある程度床に落ちた後、次に目に入るのは床一面に散らかっているゴミ、雑誌、教科書、脱ぎ散らかした服、その他諸々。それが山のように積まれているのだ。普通さを保っているのはベッドと、薫が通る通路ぐらいなのだ。もう絶句するしかないだろう。これらを今から二~三時間でどうにかしないといけないのだ。もう嫌になる。
それに、去年よりもこの、ゴミ屋敷と化した薫の部屋・・・・通称薫のゴミ部屋・・・なんかジブリっぽいな・・・ぷっ、以外に笑える。・・・ゴホン、改めまして、薫のゴミ部屋は去年よりも進化を遂げている事に気づいた。そう、薫は今年の初めに友達から勧められた缶コーヒーの虜になってしまったのだ。その残骸が部屋の至る所に点在しているのだ、それもちょっとの量では無いのだ半端ではない量の空き缶が、今にも雪崩を起こしそうになっているのだ。もう、絶句を通り越して恐怖さえ感じてしまうこの惨状に、僕はもうどうにかなりそうだった。
しかし、この惨状をどうにかしなければ、新年を迎えることはできない!そう僕の主夫魂が叫んでいた。そうだ!この危機的状況をどうにかすることこそが主夫としての誇り!そして魂じゃないのか!そう、僕はこの状況を楽しんでいた。アドレナリンが体を巡るこの感覚、もう楽しむしかないだろう!はっはっははは・・・・・はぁ。
僕はとりあえず薫を起こすことにした、薫の了承なしで掃除するのも良くないし、これからガサゴソやってしまうと必然的に起こしてしまうであろうから今起こした方がいいだろうと思ったからだ。
「お~い、かおた~ん。起きてくれる~」
部屋に入る許可なんて当たり前だがとっていないので入り口から薫に向かって叫ぶ。
「・・・・・・・・・・」
「お~い、かおた~ん。掃除がしたいんだけど~聞こえてる~?」
「・・・・・・・・・・」
起きる様子がない、反応が無い、このままでは掃除ができない。結果、新年を迎えられない。
一大事だ。
「お~い!かおたん、起きてってば!」
「・・・・・・・・・・」
「もう、入っちやうからね!部屋入るからね!」
そう言うと、僕は薫のゴミ部屋に足を踏み入れた。まずは薫を起こさなければ、事は始まらない。
薫の通り道らしい通路を緊張感を持ちながら足を進める。そしてベッドにたどり着いた。
「お~いかおたん、起きて!起きてってば!」
薫の肩を揺すりながら声をかける。
「・・・・ん~。むにゃむにゃ。・・・・あとごふんだけ~・・・ほんとに~・・・・」
「・・・どっかで聞いたことあるようなセリフだな・・・まぁいいや。かおたん起きて!掃除するから!何なら居間で寝ててもいいから」
「・・・・・ん~・・・・・わかった」
薫はそう言うと、目をこすりながら部屋を器用なステップで出ていった。そこであっ、と気がついた。そういえば部屋掃除する許可取ってないやまぁ掃除するよって言って、わかったって言っていたからいいんだろう。まぁそういうことにしておく。まずは掃除だ。
薫を追い出した薫のゴミ部屋は異様な静けさを保っていた。しかし僕はその静寂を乱す者だ、さぁ、ゴミどもよ、お前らは僕に掃除されるんだ。恐怖に慄くがいい、はっっはっはは。僕は妙なテンションになりながら掃除を始めた。これを俗に掃除ハイと呼ぶんだろう。
まず最初は、今にも雪崩を起こしそうな空き缶からだ。こいつをどうにかしないことには何も始まらない。しかしどうしたものか・・・。ていうかどんだけ飲んでんだ。
さぁてと・・・まずは缶を地道に集めていくしかないか・・・・でも量が量だけに、これは大変だ、ていうかゴミの日に出せる量じゃないぞこれは・・・。
そんなことばかり考えていても仕方が無いので、僕は手近な空き缶から回収していく。一個、また一個・・・・・。そんな作業を小一時間。ゴミ袋はどんどん増えていくのに対して、目の前にある缶達は大して減ったようには見えない。正直嫌になってきた。チラッと居間を覗いてみたら、薫がソファーで寝ていた。なんだか底知れぬ怒りが湧いてきたりもするが、僕はそれを表にせず鎮火させるのが得意なのだ。よって薫は放おっておく。
薫のゴミ部屋を掃除・・・というか缶拾いを続けること二時間、缶の量も半分は片付いた。ついでに缶に占領されていた箇所を掃除しながらなので、この部屋も半分は掃除し終わった事になる。二時間で半分とは、なかなかいいペースではないかな、なんて思いながらも手は缶を拾うことをやめない。もう惰性になってしまった。
時刻は十一時半、そろそろランチタイムだ。だがそんなことより目の前のゴミ共を何とかしなければ・・・。今年が終わるまで十一時間半、やることはまだまだあるのだ、少しスピードアップせねば。
そして僕は缶拾いの鬼になった、もう片っ端から拾いまくっているのだ、傍から見れば変人に見えるかもしれない。しかしそんなことは気にしない。掃除が早く終わればそれでいいのだ。
十二時五十二分、薫のゴミ部屋は晴れて薫の部屋にまで昇華した。
僕は疲労困憊だった、正直もう何もやる気にならない。薫用のおせち?そんなもん適当でいいだろ、ていうか僕はもう眠りたい。赤白歌合戦が始まったら起こしてくれればそれでいい。あぁ怠い。右手を負傷しながらも朝早くから頑張っているんだ少しは休んでもいいだろ?なぁ。
僕は掃除装備を取っ払って、自分の部屋に行きベッドに倒れこんだ。オヤスミ・・・・。
僕はハッと目を覚ました。どうやら本当に眠ってしまったようだ。時間は?薫は?どうしよう!僕は目覚めた途端にテンパった。非常にテンパった。ベッドから飛び降りると、僕は居間にダッシュした。すると居間は真っ暗で、カーテンも開けっ放しだった。薫は?そう思いソファーを確認すると、薫はまだ眠っていた。
僕はホッとすると同時に薫用のおせちを用意していないことを思い出し、またテンパった。これは急がないと!そう思った僕はキッチンへ行き、とりあえず準備を始めた。
時刻は七時二十分ようやく全ての準備が整った。薫は揚げ物の匂いに反応したのか、三十分前に起きてきてつまみ食いをしに来たので追っ払った。今は居間で赤白歌合戦を見入っている。「かおた~ん出来たよ~」
「わ~い、はやくはやくぅ」
「かおたん運ぶの手伝ってくれないかな」
「は~い」
こうして僕と薫のささやかな大晦日が始まった。
とりあえずTVは赤白歌合戦だったり他のチャンネルをザッピングしながらおせちを食べた。赤白歌合戦が終わって、毎年恒例のお寺やらを写す番組が始まったので、僕は食べ終えた食器を片付けたりした。そして新年まで数分となったので年越しそばを食卓へ運ぶ。
「は~い年越しそばだよ~」
「わ~い」
そしてそばを啜りながら年越しを迎える。今年が終わる余韻に浸る僕、ただそばを啜り続ける薫。対照的な僕達だが、二人共しんみりしていた。新年を迎えるのは人それぞれだ。
その後、薫はそばを食べ終えるとさっさと自室に戻って眠ってしまった。僕はというと、そばの器を片付けて、自室に戻って寝ようかとも思ったが、午後寝てしまったせいか全然眠くない。なのでまたTVでやっている特番をザッピングし始める。
気がつくと時刻は午前五時。思わずこんな時間までTVを見続けてしまった、心なしか睡魔も襲ってきた。今から寝るのもあれだな~とも思ったが、元旦だからいいかってなことで寝ることにする。
こうして僕の慌ただしかった年末年始は幕を下ろした。正直疲れた日々だったが、薫と沢山遊べてそれなりに楽しかったなーなんて思う。来年もこうして薫と一緒に過ごせたらいいなと願いを込めて床に入る。
あぁ楽しかった。・・・・あっでも右指痛てぇ。
四、彼女はニート・・・・からの・・・・
時が経つのは早いもので暦はすでに三月だ。僕の指もすっかり治り、薫たち三年生は卒業を迎える。卒業後は、各地の大学や企業に入学や就職するか、ここに残るかの三択だ。まぁ大体の生徒は地元の企業に就職するのがほとんどだ。なんせ農業高校なので、必然的に北海道が一大就職地になるのだ。地方に行って就職する生徒もいるが極稀だ。更に稀なのが進学する生徒だ、まぁ年に十数人は進学する。だが、もっと稀な生徒がいる。薫だ。
薫は進学も就職もしない、いわゆるところのニートだ。しかもただのニートではない。生徒会長で超優等生だったのにニートになったのだ。
薫の家庭事情から考えるに進学するのが筋といったものだったのだが、あろうことか薫は二年前から自らニートになることを決めていたそうだ。まったく金持ちの考える事はわからないことばかりだ。
そして今日は卒業式だ。天気は快晴、まだまだ雪は残ってはいるものの、春の息吹を感じる。
いつもは生徒ばかりの校舎だが、今日は保護者や来賓がぞろぞろと集まっている。それだけで学校という雰囲気がガラっと変わる。卒業式の会場となる体育館には、華やかな装飾がなされている。それだけで別世界のようだ。
今日は薫とは一緒に登校していない。在校生は早めに登校して、卒業式の準備をしなければいけないからだ。かくいう僕も早めに登校して椅子を並べたりしている。
「なぁ左藤。お前んとこの姫様は卒業だろ?なんだかんだ言って寂しいんだろ?」
と杉崎が話しかけてくる。杉崎と僕のクラスは体育館の椅子並べの担当なのだ。
「寂しいっちゃあ寂しいかな~」
「だろうな~学校のアイドルの卒業だもんな~泣いてる生徒も多いと思うぞ」
「かなぁ~」
僕もわかっている。薫の卒業となれば、同級生から下級生までファンたちがこぞって悲しむだろう。その悲しみと怒りの矛先は僕に来るだろう・・・・・嫌だねぇ。
椅子も大体並べ終えた僕たちは、一度教室に戻りHRとなる。体育館から教室までの廊下の窓から外を見ると、卒業生たちがぽつぽつと最後の登校を果たしているのが見えた。その中で異彩を放つ生徒の集まりが一つ、その中心にいる生徒は薫その人だった。
薫を中心とした集まりは、薫に握手を求める者や、一緒に写真を撮ろうとする者。様々だった。それに対して薫は、営業スマイル全開で応対していた。
「おっ、姫さまのご登場だ。さすがだな~」
「そうみたいだね」
「気にならないのか?」
「ん~特には」
「あ~あぁあつまんねぇやつだなぁ~こういう時には嫉妬に燃えるとかするもんだよ!」
「嫉妬ねぇ~・・・ん~嫉妬かぁ。考えたこともないなぁ」
「なんでだよ!恋人たるもの嫉妬ぐらいはするだろうよ!それとも何か?恋人じゃあないってことか?婚約者なのか!?」
杉崎がつばをまき散らしながらまくし立てる。それに対して僕は鬱陶しそうに答える。
「婚約者?バカ言え、僕は保護者みたいなもんだ」
杉崎は少し驚いたように口を開いた。
「保護者?あの生徒会長の保護者?それこそ”バカ言え”だ、あの完璧超人に保護者なんて必要ないだろうが」
「杉崎お前がバカでよかったよ」
そう言うと僕は杉崎の肩をぽんっと叩く。
「バカだと?この俺様をバカ扱いするとは何事だ~」
そういうとこがバカっぽいんだよ。と内心思ったがそれはあえて言わなかった。
そうこうしている間に薫のサイン&握手会は終了し、薫たちは教室棟に入っていった。
「僕達も行こうか」
「そうだな」
僕と杉崎も教室棟に向かうことにした。
卒業式はなんの問題なく(一部を除き)行われ閉式を迎えた。生徒の大半は泣いたり喚いたりしていたが、僕自身はそんなに感情を発露することはなかった。杉崎は何故か号泣していたけれど・・・。
卒業生を送るため下足棚から校門へと人のアーチが出来ていた。当然僕と杉崎もその列に加わって卒業生を見送る準備をした。
それから五分もしないうちに卒業生たちが下足棚から出てきた。在校生の女子生徒は部活の先輩や憧れの先輩に群がってボタンやらなにやらをもらっていた。僕と杉崎は遅れたせいもあって校門ぎりぎりのところに陣取っていた。すると一際大きな黄色い歓声が聞こえた、まぁ予測はつくとは思うが・・・・薫だ。薫が両サイドに手を振りながら人間アーチをくぐってくる。
「おっ、やっぱり姫さまはちがうなぁ、男は勿論、女子からも記念品を求められてるぜ」
「あぁそうだね」
「またそれかよ!お前って本当にお姫様と付き合ってるのか?」
「まぁね」
「”まぁね”じゃねぇよもっとこう・・・・あるだろ?・・・なんていうか・・・ん~」
「そんなこと言われてもなぁ・・・」
杉崎はがくっと肩を落とし、やれやれと呟いていた。
そうこうしていると群集がこちらに迫ってくるのが見えた、勿論その中心には薫が居る。
以外なことに薫は制服のボタン一つも在校生にあげることなくこちらに向かってきている。愛想は振りまいているのに。
ついに群衆がすぐそこまで迫ってきた。僕と杉崎は群衆にもみくちゃにされながら、人の波に流されていく。
「ちょっおま!」
「お~い杉崎死ぬなよ~」
杉崎は流れに対抗していくのに対し僕は流れに身を委ねている。すると群衆が二つに別れ一本の道が出来た。まるでモーゼの十戒だ。
その道は僕の元へ真っ直ぐな一本道を形成していた。その奥には薫がいた。
薫は一本道をカツカツと僕の元へと進んできた。僕の眼前まで来ると少し腰を低くし、僕にキスをした。
『きゃー』『ぎゃー』色々な悲鳴が聞こえた。僕は目の前が真っ白になった。
目を開けると目の前に薫がいた。周囲には目を丸くする生徒たち。
「ナニシテルノカナ?」
「浮気防止と見せしめ的な意味合い」
「アハハオモシロイコトイウネ」
僕はゆでダコのようになり、棒のようになった。これはもはや羞恥プレイだ。
杉崎は遠~くから僕に怨嗟の言葉を放っていたが、波にさらわれてすぐに見えなくなった。
周囲の生徒は意識を取り戻したらしく、からかったり、恨みの言葉を僕に向かって放っていた。
「これでしーくんに近寄る女は居なくなるわね」
「ダイモンダイダトオモウナ」
「何が?」
「ボクノタチイチガアヤウクナルンダヨ?ソレワカッテル?」
「関係ないわ、しーくんが私のものだって周りに思い知らせればそれでいいの」
「アハハハナニイッテルカワカラナイヨ」
「アハハハトウゼンノコトデショ」
「・・・・って真似すんな!」
完全に遊ばれている・・・・。弄ばれてる・・・・。
どうしよう・・・周りからの視線が痛い、痛すぎる。もういっそ死んでしまいたい。
薫は完璧なスマイルで僕を見つめている。僕にどうして欲しいのだ。いじめか?それとも薫はドSなのか?もしそうなのだとしたらこの先どうしよう・・・。いや!天然って線もあるぞ!
しばらくの間、校門一帯が凍りついていた、時間が止まったかのようだった。
その後、薫はさもしてやったような顔をして去っていった、家に帰ったら散々説教してやる。
このことが我が校の伝説になったのは言うまでもない。
今僕は、杉崎たちと体育館の後片付けを行なっている。
「立つ鳥後を濁さずとは嘘だな、そう思わないか?左藤」
「まぁ人であって鳥にあらずだからな。文句言ってないで片付けろ」
「おまえはいつも先生みたいなことを言うな」
「なら先生と思ってあつかってくれ」
「やだね」
「なら黙って片付けろ」
「おう」
卒業生が居なくなった体育館はとても寂しいものに思えた。来年になれば僕も卒業していくんだなって思うとなにか込み上げてくるものがあった。
体育館の片付けが終わると全員その場で解散となった。
「左藤、今日帰りゲーセン寄って行こうぜ」
「ん~僕はパスするよ」
「なんだよ~つまんね~なぁ」
時刻は午後四時を回ったあたり、いつもの帰宅時間よりも早いが、僕は真っ直ぐ家に帰ることにする。薫が腹を空かして待っていることだろう。早く帰ろう。
僕は、宣言通り真っ直ぐ家路についていた。手にはコンビニの袋が一つ、中身はあんまんと肉まんが一つづつだ。
「ただいま~」
「おかえり」
家に入ると玄関に薫が鎮座していた。
「何時からそうしてたの?」
「うちにかえってからず~っと」
「大変じゃない?」
「あしがびりびりするよ!」
「そりゃあそうだろうよ」
「なによ!」
「なんなんだよ!?」
「むきぃ~」
薫が突然暴れだした。その暴れっぷりといえばなかった。下駄箱は破壊するわ、カーペットは破くわ(野生児か)で大変だった。それを止めるのは更に大変だったのだ。
その結果、今に至る。現在の状況を説明しよう。僕と薫は居間の真ん中で、対面で正座している。周りは薫が破壊しまくった残骸で溢れている。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
お互い無言の時間が過ぎていく・・・。その均整を破ったのは僕だった。
「ねぇ、かおたん。一体全体どうしたっていうんだい」
「・・・・・・」
「黙ってちゃわからないよ。何があったの?ねぇかおたん」
「・・・・・・・・しーくんがわるいんだ」
「僕が何したっていうんだい?」
「しーくんのうわきもの、かいしょうなし」
「僕が浮気?いつ?どこで?それに甲斐性なしって・・・」
「しーくんはわたしのぼたんとりにこなかった」
そう、僕の通っている高校にはこんな逸話がある。
ある年の卒業式、例年通り進行しているかのように見えていたが実はそうではなかった。きっかけは些細なことである。
ある、卒業式を間近にした寒い日のこと。とある男子生徒が一人、下駄箱の前に一通の手紙を手に立っていた。
その男子生徒は、とある一人の女子生徒に恋をしていた。彼女は学年はおろか学校全体のアイドル的存在だった。それに対して男子生徒はごく一般の平々凡々な生徒だった。
この日も男子生徒は手紙を手に持ち愛しの彼女の下駄箱にやってきていた。卒業が迫ってきているせいか、彼女の下駄箱は、満員御礼、手紙が収まるスペースもなかった。
「また・・・明日にしよう」
そう言うと男子生徒は下駄箱を後にした。
男子生徒は卒業式までの二週間、絶えず女子生徒の下駄箱を訪れていた。それを見ていた女子生徒がいたのだ。彼女は男子生徒が憧れの女子生徒に手紙を出す日を心待ちにしながらも複雑な気持ちで過ごしていた。そうその女子生徒は男子生徒に好意を抱いていたのだった。しかし男子生徒の気持ちが本物だということがわかると自ら身を引き、陰ながら応援しようと毎日男子生徒が下駄箱に行くのを見守っていたのだ。
しかし、ある日を境いに男子生徒は下駄箱に来なくなった。女子生徒は最初は心配もせず悠々としていたのだが、二日、三日と下駄箱に来ないのを怪訝に思い、おせっかいとも思ったが男子生徒のクラスへ様子を見に行った。
そのクラスの友人に男子生徒の事を聞くと、友人はこういった。
「彼なら転校していったわよ、知らないの?」
そう、男子生徒は結局手紙を出せないまま転校してしまう事になったのだ。
その日から女子生徒は例の女子生徒に男子生徒の代わりに手紙を出し続けた。
そんな日々が何日か過ぎた後例の女子生徒から返事が来た、女子生徒は大いに慌てた。男子生徒の代わりに出していたのがバレたらどうなるか、想像するのも恐ろしい。
例の女子生徒からの返事は、こうだった。
「今までこうも真剣に私の事を思ってくださった方はおりませんでした。出来ることならばぜひ一度お会いしてお話がしたいと思っております。お返事お待ちしております」
女子生徒は文面を見て、例の女子生徒も本気であることがわかった。
女子生徒は自らが行った事を悔いた、これは私のエゴで行ったこと、彼の思いではない。どうしよう・・・・。
そうこうしているうちに卒業式の日がやってきた。女子生徒は、その後も手紙を出し続け例の女子生徒との仲を強くしていった。
卒業式その日に来た手紙の内容はこうだった。
「今まではお互いの顔も知らず過ごしてきましたが、今日こそはお互いの顔を見ながらお話しましょう」
女子生徒はこれが限界だと感じ。直に会ってお詫びをしようと思い、決心をしていた。
するとあの時の友人が女子生徒に話しかけてきた。
「ねぇねぇ彼、帰ってくるらしいよ。卒業式寸前での転校だったから式はこっちでやるんだって」
女子生徒は運命の女神に感謝した。これほどのタイミングがあるであろうか。
彼女は急いで男子生徒を探した。彼は教室でクラスのみんなに囲まれて楽しそうに笑っていた。
女子生徒は男子生徒を体育館裏に呼び出した。そこで彼女は男子生徒に事の次第を全て打ち明けた。
すると、男子生徒は笑って彼女を許し、そして感謝した。”僕の気持ちを代弁してくれてありがとう”と。彼女はその場で号泣し男子生徒に何度も何度も詫びた。泣きからした後、男子生徒に例の彼女との約束の場所を伝えた。
すると、男子生徒は、女子生徒のボタンを譲って欲しいと言った。理由を問うと、彼はそれをお守り代わりに持っていくのだという。僕をここまで導いてくれたのは君だからと。
彼女はブレザーのボタンを一つ外し男子生徒へ渡した、男子生徒はにこやかに笑みを浮かべ”ありがとう”と告げた。
その後の事は諸説あるが、行く末は大体がハッピーエンドに終わっている。
この逸話から、うちの学校では男子が女子からボタンをもらうことが縁結びのお守りになると代々受け継がれている。
それを薫は何を勘違いしたのか。ボタンをもらう=交際(薫の場合はもっと重い想い)だと思っているようだった。
僕が一つ一つ説明していくと、薫は縮こまりながら赤くなっていった。
「かおたん・・・学校の、しかも一番目立つところでキスしたのはだれだっけね?ねぇかおたん」
「・・・・・・・かおたん」
「ね!かおたんだよね?ね?」
「・・・・・・うん」
「僕の今後も考えないで・・・・もうっ知らない!」
そういうと僕は周辺の掃除を始めた。薫は微動だにしない。微妙な空気が辺りを漂う。
すると薫がすっと立ち上がって僕の背中にのしかかってきた。背中が徐々に湿っていくのがわかる。薫の小刻みな震えも感じた。
「・・・・・ごめん・・・ひぐぅ・・ね・・・いや・・だった・・・?」
「ううん・・・僕が言い過ぎたよ・・・・薫は悪くない、だから泣かないで。ね?」
「ううう・・・・だってだって、かおたん、しーくんとおなじがっこうじゃなくなるのいやだったから・・・・・ううぇん」
「もう・・・かおたんてば・・・・同じ学校じゃなくても家で会えるでしょ?違う?」
「・・・・・・・・ちがわない」
「だったら泣かないの!もうこんなに散らかして~・・・掃除手伝ってよ?」
「・・・・・・・うんっ!」
それから二人で掃除を始めた、二人の仲を感じながら。そうだ僕と薫にはボタンなんて必要ないんだ。僕と薫がいればそれでいいんだ。
そんな事を思いながら我が家を綺麗にしていく、いままで荒削りだった薫への想いを磨くように。薫もそうだったらいいな。なんてね。
「んじゃ行ってくるからねぇ~」
「ん~」
季節は春、出会いと別れの季節だ。この前の卒業式では三年生が卒業していき、学校も寂しい感じだ。最上級生としての自覚も全然ない。
薫はというと、言うまでもない。完全にニートになってしまった。家事も一切せず適当な時間に起きて、適当な時間に寝る、といった具合だ。
僕としては考えものなのだが、薫自身が選んだ道だ、僕がどうこういうまでもない。強いて言えば僕が家に居ない時の我が家が心配なくらいだ。
キーンコーンカーン
今日は新学期、終業式から始業式までの、短くて、あったのかどうかを疑うような春休みを経て、今日からは僕も三年生だ。実感は全くない。いやマジで。
迫る入学式の準備をするのが今時期やることなのだが、どうもヤル気が起きない。新しくなった担任は、いかにも~な老教諭だ。三年生は専門学科になるのでHR以外はこの爺さんとも関わり合いにはならないだろう。
改めて教室を見回す。あ。いた、杉崎だ。こういうのを腐れ縁というのだろうか。まぁ専門学科が違うので、今までみたいに関わり合いになることもなくなるだろう。少し寂しい限りだ。
他に変わった所がないか見回したがそうそう変わっていることは無いものだ。
ちなみに僕は造園科、杉崎は畜産科だ。どうやら本気で実家を継ぐらしい。
それからの日々はまるでF1のように過ぎ去っていった。各科のオリエンテーション、準備するものが山ほどあった。
そんなこんなで本日は入学式。天気は晴れ、雲ひとつ無い晴天だ。
入学生が校門をくぐって行くのを虚ろげに見ながら今夜のメニューを考えていた。
その中に一人やけに目立つ入学生が一人。ぴょんぴょん跳ねながら校舎に向かってやってくる。
僕は最初はその子を見ないふりをしていたが、やけに気になる・・・。なんなんだろう。
それは校舎に向かってくると同時に興味から疑問へ、疑問から確信へと変わっていった・・。
そうその娘は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
入学式は滞り無く行われ、各学年は散り散りに各教室へ戻っていく。
「なぁ左藤っ!A組の仁井田夏菜ちゃん可愛くなかったか?」
「ふ~ん、そうなんだ~、へぇ~、すごいね~」
「何っその適当な返事っ!酷いっ!酷過ぎるっ!これだから左藤は左藤なんだっ!」
「はいはいはい、どうどうどう」
「俺は馬かっ!鹿もつけて馬鹿かっ!」
しょうが無いから杉崎の話を聞いてやることにする。
「んで、その仁井田なにがしちゃんのどこがいいんだ?」
杉崎はここぞとばかりに目を光らせ食いついてきた。
「そりゃもうあのロリっ子でツンデレだぞこれに食いつかない男はクズだ。もう一度言うクズだ」
「って杉崎よぉ、その娘に直に会ったのか?喋ったのか?確かめたのか?」
「おうっ!会って、喋って、確かめたぜぇ。あれは生粋のロリツンデレだぜぇ。なぁなぁ左藤よぉ左藤志郎様よぉ~一緒に見に行こうぜぇ、お前も知りたいだろ~」
「行くなら一人で行けよ、僕を巻き込むな」
「本当は興味あるくせにぃ~くっくっく」
「ななな・・なんだよっ!俺だって男の端くれかわいい娘がいるなら見に行きたくもなるさ」
「ですよねぇ~そうですよねぇ。まぁまぁ姫には黙っておくからさっ、行こうぜ!」
「あぁ」
こうして僕と杉崎は一年の教室に向かうのだった・・・・・まぁ僕は嫌々なんだけれどね。ロリ属性も妹萌えでもないし・・・・・。
一年B組の前は大勢の観客で大賑わいだった。
「スタイル抜群な生徒会長も良かったけどこっちも・・・」
「いやいや俺は断然こっちの娘だな。ロリっ子萌え~」
群衆の目的はただひとつ、仁井田夏菜ちゃんだ。仁井田夏菜ちゃんを見るべく全校男子の半分以上が押しかけていた。
「おい、杉崎こりゃひでぇなぁ」
「まぁまぁ左藤氏、待たれよ待たれよ私が道を切り開きますゆえ・・・・」
『おらぁ!てめえら雁首揃えやがって何様のつもりだ。あっ?とっとと道開けねぇとてめぇらヤっちまうぞコラァ』
杉崎がで~っかい声で啖呵を切った。正直ヤンキーモードの杉崎にはついていけない。杉崎が肩で風を切りながら道の真中を歩いて行くとそこに道が出来た。お~、モーゼの十戒で見たことあるぞこれ。
「ささぁさぁ左藤氏どうぞご尊顔を堪能あれ・・・・ぺこり」
杉崎に促されるまま杉崎の十戒の真ん中を歩く僕、周囲からの視線が痛い。
杉崎の元へ行くとご丁寧にも杉崎が、教室の扉を開けてくれた。くるしゅうないぞ杉崎。
さてと仁井田だから席は奥の方だな~ぁっと・・・・・詮索するまでもなかった。どう見ても一人だけ小学生みたいなのが居る。脚が短すぎて足が床についていない。それに顔も・・・・・・・!!!!
僕が仁井田夏菜ちゃんの顔を拝もうとした瞬間、当人と目が合った。
あれは過ぎ去った夏の日のこと。夕暮れの中二人約束したこと。『大人になったら結婚しようね』・・・・・・・・。
「おにいちゃん!!」
「やっぱり夏菜ちゃんか・・・」
「おにいちゃん・・・・・会いたかった」
夏菜ちゃんは泣き崩れた。周囲のクラスメイトたちも今までのツンデレキャラとのギャップに目を白黒させていた。
「なぁにぃ!ツンデレだと思ったら左藤デレかよっ!なんだよ!おまえばっかり!」
杉崎が怨嗟の呻きを上げながらこっちに近寄ってくる。
「なぁ、杉崎これには深い事情があるんだ。な?」
「お~の~れ~左藤志郎~末代まで祟ってくれようぞ~」
ジリジリと詰め寄ってくる杉崎。
「お兄ちゃんに何してんだよ腐れヤンキー崩れが」
『はい?』
杉崎と僕がコラボした。
「だから何回も言わせんじゃねぇぞ。お兄ちゃんから離れろ○○○○が」
空気が凍った気がした。周囲の大気が二、三度下がった気がした。
「おにいちゃん(はぁと)会いたかったよぉ~(はぁと)夏菜のこと忘れてなぁい?(うるうる)」
「あはは・・・夏菜ちゃん大きくなったね」
「ほんとぉ~?(はぁと)お兄ちゃんのために磨いてきたんだから(はぁと)お兄ちゃんこそかっこよくなったね・・キャッ恥ずかしい(はぁと)」
杉崎が小声で話しかけてきた。
「・・・・・・・なぁ・・・・知り合い?」
「・・・・・・・あぁ・・・・幼馴染ってやつだ」
「おいっ!お兄ちゃんと私が話してんのに間に入ってくるんじゃねぇよ・・・・でもお兄ちゃんは悪くないからね(はぁと)」
「ひぃいこりゃツンデレどころじゃねぇよ、ヤンデレだよ、ヤンキーデレデレだよ。こえ~よ」
「杉崎っ今は逃げろ」
「お、おう、後で事情説明しろよ」
そう言い残して杉崎は脱兎の如く駆けていった。周囲にいたギャラリーや、はてはクラスメイト達もいなくなっていた。
「お兄ちゃん・・・・二人っきりになれたね(はぁと)」
「うん、まぁそうみたいだね」
「お兄ちゃん。約束・・・・・覚えてる?」
あの日の夕焼け雲が僕の記憶を呼び覚ます・・・・。
「約束かぁ、あぁ約束ね覚えてる覚えてる」
「夏菜はね、約束を守るためにここに来たんだよ?(はぁと)」
「あの片田舎からかぁ!?」
「そうよ、村長もみんなも祝福してくれたの~(はぁと)だから約束通り結婚しよ?」
「いや・・・・そもそも僕ら大人じゃないし」
「男は十八歳、女は十六歳で結婚出来るのよ?知らなかった?うふふ。お茶目なんだからぁ(はぁと)」
「いや、僕まだ十七だし夏菜ちゃんも十五だろ?」
「それじゃあ結納だけはしましよう。籍は後で入れるとして・・・」
「ちょっとストップ!」
そこで僕が夏菜ちゃんの怒涛の進撃を止めた。
「なぁに?(はぁと)お兄ちゃん」
「約束って言ったってまだ子供の頃の話だろ?・・・それに僕には今・・」
「僕には今?・・・・・なぁに?お兄ちゃん」
そこで僕の脳内コンピュータが火を吹いた。・・・・・・・・・・・・・バタリ。
遠くなっていく意識と、眼前にある夏菜ちゃんの顔。そして天井の模様を数え始めたところで僕の意識は飛んだ。
気がつくとそこは保健室だった。額に当てられた濡れタオルをどかすと、僕は起き上がった。
ここは見慣れた保健室だ。怪しげな研究所などではないようだ。
「気がついた?・・左・・・藤・・」
「左藤志郎です」
この教員はどうやら人の名前を覚えない主義らしい。といっても、僕自身保健室にお世話になることがなかなかないんだけれど。
「んで、左藤・・・なんだっけ」
「左藤志郎です」
「その左藤某君はどうして・・・」
「左藤志郎です」
「わかってるよ志郎君。冗談冗談はっはっは」
この目の前の教員は本格的に名前を覚える気がないらしい。こういうタチの人間は何度言っても言うことを聞かないんだ。僕はよ~く知っている。
「それで僕はどうしてここに居るんですか?」
「あぁ・・・そういえば自己紹介してなかったね。私の名前は矢島紅葉。この学校で養護教諭をやっている」
「はぁ・・・紅葉先生ね・・・・って話を聞けよ!」
「話?・・・・えっ~と・・・・・・・・・・なんだっけ?」
「っておいっ!」
「はいはいわかってるって~倒れた原因でしょ。まぁ過労ってとこでしょうね、何か強いストレスを感じたんでしょうね~」
「強いストレスか~・・・・・あぁ」
ふと倒れる前の記憶が呼び戻される。あぁ夏菜ちゃんか・・・・・。
「あなたが運ばれてきた時はもうびっくりしたんだから。もう目を回してね、きゅ~って感じ」
「はぁ~そうなんですか」
「そういえば小学生みたいな娘がついてきたわねぇ。名前は確か・・・・・・に・・・・にい」
「仁井田夏菜」
「そうそう!そんな感じ!確か今さっき出ていったわね・・・もう少しで帰ってくるんじゃないかしら?」
「げっ!」
僕が奇声を発して物陰に隠れようとしたと同時に保健室の扉が開いた。
「お兄ちゃんっ!(はぁと)大丈夫っ!?」
「あらまぁ」
僕と夏菜ちゃんは見事にはち合わせてしまったのだった。
「・・・・か・・夏菜ちゃん」
「お兄ちゃん!(はぁと)」
夏菜ちゃんは問答無用で抱きついてきたが、小学生程度の体格しかない夏菜ちゃんの体当たりは、僕の体躯を幾分も揺るがさない。
「か・・夏菜ちゃん・・・一旦離れようか」
「嫌よ!夏菜はお兄ちゃんの婚約者なんだから(はぁと)」
「あらまぁ・・・・お熱いこと・・・」
紅葉養護教諭は僕らをニヤニヤとしながら見つめている。
「あらまぁじゃないですよ。僕は仮にも今しがた倒れたばっかりなんですよ!?助けてくださいよっ!」
「はいはい」
紅葉先生は、仕方なさ百%で腰を上げ、僕と夏菜ちゃんの間に割って入る。
「何すんだよてめぇ!お兄ちゃんと夏菜の間に入ってくんじゃねぇよ!」
「はいはい、キャンキャン喚くんじゃないの・・・まったく・・・・この娘あなたにしか懐かないみたいだから、これ以上はあなたが何とかなさい」
「そんな、投げやりな・・・・もう・・・夏菜ちゃんっ。一旦タイム!タイムね!」
「タイムぅ?タイムってなんのタイムぅ~?(はぁと)」
「え~っと・・・・・全部一旦タイム!」
「えぇ~・・・・・わかった・・・・・(しゅん)」
そういうと、夏菜ちゃんは僕から一定の距離をとった。
一定の距離をとった夏菜ちゃんは、小動物のようなくりくりとした眼で僕を見上げてくる。これはさすがに汚いぞ夏菜ちゃん!そういう属性をもたない僕でさえぐらっときそうだ。
僕は目潰し級の攻撃を避けながら、なんとか言葉をひねり出そうとするが、言語がバラけてなかなか言葉にならない。
「ねぇ~お兄ちゃ~ん(はぁと)ねぇってばぁ(はぁと五割増し)」
僕が脳味噌をフル活用している間にも、夏菜ちゃんは僕に仕掛けてくる。早く何とかせねば。
「はい!そこまでそこまで、離れた離れた。まったく・・・もう・・・・彼は一応病人なんだから、そんなに刺激しないの!」
見るに見かねたのか紅葉先生が間に入る。こう見えて実は生徒想いの良い先生なのではないかと僕は思ってしまった。この状況だからだろうか。
「うっせぇよ、○○○!とっとと失せろ!」
「あらまぁなんて口の悪い娘だこと。見た目とは大違いねぇ」
「なんだよ、やんのか○○○!」
「あらまぁ」
なにやらヤバそうな気配がしてきたので、そろそろ間に入った方が良いのかな~なんて思ったが、僕はこの機に逃げることにした。
僕は、まだやりあっている二人に気付かれないように、そろ~っと移動し。保健室の扉に手をかけ、静か~にスライドさせ脱出した。
後にわかった事なのだが。なんと紅葉養護教諭は元ヤンなんだそうだ。それもそうだ、あの夏菜ちゃんとまともにやりあっていたのだから。
そして例の夏菜ちゃんはめでたく我が校の新しいお姫様(恐怖の)に君臨したのだった・・・やれやれ・・・・。
五、ニートVSヤンデレ 同時上映 僕の憂鬱
季節はすっかり夏。春の華やかさ、梅雨のジメっと感・・・・全てが懐かしく思える。
今、目の前にある光景をご覧あれ。僕の家は今、戦場と化している。
きっかけは、桜の花びらが散り、葉が目立つようになってきた頃だ。
ある晴れた日の事だった。
僕はいつもどおり、買い物を済ませ帰宅途中だった。ある一点を除いて・・・。
それは、隣に仁井田夏菜嬢が居るからである。経緯はこうだ。
ーーー僕は杉崎に別れを告げ一階の下駄箱に向かっていた。しかし何やら背後に気配を感じるのである。
さっ、と後ろを振り向いても誰も居ない。あはは杉崎の悪い冗談だよな、あはは。な~んて思いながらも、僕はある一つの事を懸念していた。そう、僕は所謂『お化け』がとても苦手なのだ。
学校の中である以上、人の気配なんてどこにでもある。気のせいに決まってる・・・そう言い聞かせて早々に下駄箱へ急ぐ。
下駄箱に着くとそこはほぼ無人といえる状態だった。その空間が僕の恐怖心を更に煽る。
また背後の気配を感じ、後ろを振り向くが・・・やはりそこには誰も居ない。そのことがあまり考えたくはないが『お化け』の存在をより一層感じてしまう。
下駄箱を出て校門を出た後も背後の気配は消えることはなかった。終いには足音さえも聞こえてくるのだ。
僕は『お化け』の存在を認めるしか無かった。周囲には誰もいない・・・しかし足音と気配だけが僕の後を付いて来るのだ。もう認めるしかないだろう。後ろに居るのは、そう・・・・お化けだ!
僕はいつも登下校に使っている道よりも、人通りの多い道へと急いだ。これ以上一人いたくなかったからだ。
僕は走った、こんなに走るのは数年ぶりだ、体が訛っているのがわかる。しかし、今はとにかく全速力で大通りへ向かなければ。
大通りに出ても背後の気配は消えなかった。むしろその気配が強くなるのを感じる。足音も心なしか近づいてきているような気がする。
大通りは夕暮れ時なせいか買い物客が多く感じるが、人通りが多い事で安心してはいけない。なにせお化けは僕の背後にずーっと付いて来ているのだから。
僕の恐怖心を知ってか知らざるか、大通りもだんだん人通りが少なくなってきていた。いつ襲われるかわからないまま外を歩く恐怖を僕は身を持って感じていた。
もう限界だと思った僕は、人目も気にせずに走りだした。周囲の買い物客は、何事かと僕のことを見るが、そんなことはどうでもいい。早く人の目が多くある目的地のスーパーへ急いだ。
目的地まではおよそ二、三キロ。走れば十分はかかるだろう。足に自身がないのはわかっているが今は急がなければいけない。何故なら背後の存在も走って追いかけてくるのだから。
息を切らせながら僕は走った。もうすぐ目的地のスーパーだ。この時間、あそこなら人が居ないことは絶対にない。何故ならタイムセールがあるからだ。特にこの時間はお肉が安い。近隣の客以外にも遠出してでも買いに来る客がいるほどだ。あそこなら大丈夫。そう僕は思い込んでいた・・・。
しかし、目的地のスーパーに着いたところで背後の気配が消えるはずもなく、背後の存在は着実に僕を捉えていたのだった。
スーパー内で人ごみを隠れ蓑にし様子を伺う・・・。人の雑踏のせいか足音が聞こえなくなった。気のせいか背後の気配も感じない・・・・。今がチャンスだと思った僕は、買い物もろくにせず、スーパーからこっそりと出た。すると気配は付いて来ず、僕はやっと開放されたのだと思い、胸を撫で下ろしたのだが・・・。奇妙なことに、学校からずっと付いて来ていた足音だけが聞こえるのだ。
僕は恐怖よりも不思議さを感じた。背後にぴったり付いて来ていた足音が、少し先で聞こえるのだ。僕を探している?それとも他の何かか?僕はすっかり恐怖心から脱却し探偵気取りになっていた。
僕が思うに『お化け』だと思っていたのは人間だ。振り返った時、居なかったのはしゃがんでいたからだ。しゃがんで視界から消えるほど小柄・・・・。一人しか思いつかない・・・。
あぁ・・・・夏菜ちゃんだ。
しかし何故夏菜ちゃんが?学校ではストーカー的に付いて来るけど、今までは学校が終われば付いて来たりはしなかった。家に遊びに行きたいとは言っていたが、さほど積極的ではなかった気がする。なのに何故・・・・。
僕の中で一つの可能性を得た。そう、薫だ。
夏菜ちゃんは学校のどこかで僕と薫の事を小耳に挟んだのだろう。それを確かめるために僕を尾行していたのであろう。そう確信した僕は、とりあえず逃げることにした。
まだ確定してもいない、単なる予想を信じ込んだ僕は、また走りだした。
足音は・・・・・っ!追いかけてきた!しかもかなり早いっ!そういえば夏菜ちゃんは小さい時から運動神経の塊みたいな娘だった。そんな娘に僕が勝てるはずがない。すぐに追いつかれる。
だから僕はもう諦めるしかなかった。
「・・・・夏菜ちゃん・・・もう出てきなよ・・・」
「あれ?バレてた?」
「途中からね。それでどうして付いて来るのかな」
「そんなの決まってんじゃ~ん。お兄ちゃんのお家に行くためだよ(はぁと)久しぶりだからわくわくしちゃう(はぁと)」
「だったら隠れなくてもよくないかな」
「だってぇ~恥ずかしいんだもんキャっ(はぁと)」
どうやら薫のことは聞き及んでいないみたいだが安心は出来ない。
「へぇ~でも昔と変わらないから来ても面白く無いと思うよ?」
「え~。お兄ちゃんと一緒ならどこでも楽しいよ?(はぁと)」
「そうかなぁ~アハハハ」
まずい・・・・このまま夏菜ちゃんと家に行ったらまず間違いなく薫とはち合わせる。そうなったらどうなるか・・・・。全面戦争が勃発すること必至だ。なんとか家に向かわない方向で話を進めないと・・・。
「ねぇ~ぇいいでしょ~ぅ(はぁと)」
「今日は生憎両親がいないもので」
「またまたぁ~おじさんもおばさんもいっつも居なかったじゃ~ん」
嘘がバレるのも納得だ。何故なら夏菜ちゃんは小さい頃から家に出入りしていたし、両親とも何回か会っているから職種や、両親が家にいることが少ないのも知っているはずなのだから。
「そ・・・そうだねアハハ・・・」
「さぁ行きましょ(はぁと)二人の愛の巣へ(はぁと)」
「いや今日は客が来るんだった。アハハ~ごめんね~」
「う~・そ~・だっ(はぁと)まったくお兄ちゃんは変わらないなぁ~。嘘が下手くそ、すぐ顔に出るんだ・か・ら(はぁと)」
「う・・・嘘じゃないよ。本当だよ」
「それも嘘、お兄ちゃん・・・なんか隠してる・・・の?」
背筋が凍った。そう思えるほど夏菜ちゃんの言葉は恐ろしかった。目は鷹の目のように鋭く。発せられた声は静かながら猛獣の咆哮のように心を凍らせた。
「な・・・なんのことかなぁ」
「嘘」
「えっ?」
「嘘つき!お兄ちゃんはそんな人じゃない!何か隠してるんだ!そうに決まってるっ!」
僕は夏菜ちゃんの一言にただ圧倒されるだけだった。返す言葉も無く、春も半ばだというのに汗をだらだらとかいて、心なしか足が震えているのが情けなかった。
「・・・・・・・」
「ねぇ何か言ってよお兄ちゃん・・・ねぇお兄ちゃんもしかして彼女・・・・・いるの?」
「・・・あ・・あの・・ね・・」
「何?家に連れて行けないのは同棲してるから?」
もうごまかしようがない。正直に言ってしまおうか・・・。そう思ってしまいそうなほどの眼力が夏菜ちゃんにはあった。僕と夏菜ちゃんはまさに蛙と蛇の関係性にあった。
「そ・・・その・・・」
僕が答えあぐねていると、夏菜ちゃんは頭を下げ震えだした。これはまずい。そう心が訴えかけてきた。僕が次の体勢を整えようと息を飲んだ次の瞬間・・・・。
夏菜ちゃんは笑い出したのだった。
「・・・・っくくくっく・・・・・お兄ちゃんって昔から変わらないよね。っくっくっくく」
「な・・・・なんだよっ」
「昔からお兄ちゃんはカマかけるとすぐに引っかかるんだからぁ(はぁと)」
「・・・・え?・・あれ?・・・」
「だ・か・ら(はぁと)冗談だよっ(はぁと)からかっただけっ(はぁと)だってお兄ちゃんが他の女の子にモテるはずないじゃ~ん、だって夏菜っていう婚約者がいるんだ・か・ら(はぁと)」
「・・・・・・」
僕はただただ呆然とするしかなかった。そういえば夏菜ちゃんって昔からこんな娘だったような気もしてきた・・・・・あ~よかった~・・・・・って!根本が解決してないじゃないかっ!このままだと夏菜ちゃん家に来ちゃうぞ。どうしよう・・・・。でも今ここで話しても薫とはち合わせてから話しても同じなような気がしてきた。あぁ・・・・・・憂鬱だ。
「さぁさぁ(はぁと)行きましょ、二人の愛の巣へ(はぁと)」
・・・・・てなわけで回想終了今に至る。
当然ながら僕の隣には夏菜ちゃんがぴったりくっついてきている。腕まで組んでご機嫌だ。それに対して僕はというと・・・・・・案外普通だったりする。何故かって?・・・僕に聞かないで欲しい。僕にだってわかんないんだから。
家に帰る途中、コンビニに寄って少し買い物をした。三人分の買い物をするので夏菜ちゃんは、?マークが頭上を行ったり来たりしていたが、特になにかを言ってくるわけではなかった。
かえって気を使うよ・・・・・・まったく・・・。
てくてく歩くこと数分。もう一つ角を曲がればもう家だ。もう覚悟は出来た。どうぞ戦争なりなんなりしちゃってくれ。どうせ被害を被るのは僕だ。不甲斐無い僕が悪い。
・・・・そしてその時はやってきた。
玄関の扉を開ける僕の手はわずかに震えていた。覚悟はしていたのに、いざその時にになると挙動が不審になってしまう・・・・・あぁなんて不甲斐無いんだ・・・・。
そして覚悟を決めて扉を開ける・・・・こんなに扉って重かったんだ・・・。
「おっかえりぃ~!・・・・?」
「わぁ~・・・・・・?」
「・・・・ただいま」
三者三様それぞれ違った反応だった。薫はいつもどおりに僕を迎え入れるために玄関に飛び出してきてそのまま固まった。夏菜ちゃんは懐かしそうにしげしげと玄関周りを見渡して薫を発見し、固まった。僕は・・・特に何もない。
「だれ?」
「そっちこそ誰だよ」
そりゃそうなる。お互い初対面だもの。
「・・・え~・・・っと」
「しーくんこのちっちゃいのだれ?」
「お兄ちゃんこのデカいの何?」
「・・・・・・ん・・ん・・・とね」
「しーくん。おともだち?」
「お兄ちゃん。しーくんってどういうこと?」
「あ・・・え~っと・・・・・その~・・・・」
『ねぇ!』
二人が見事にハモった。
僕は上からと、下からとで挟まれてどうにもしようがなかった。・・・・こうなりゃどうにでもなれ!
「え~っと。夏菜ちゃん、この身長が僕より少し大きい人が薫。薫、この僕より少し小さい人が夏菜ちゃん」
「かなちゃんって・・・」
「薫って・・・」
『だれ!』
また見事にハモった。ハモる度に僕は追い詰められていく。どちらから紹介しても修羅場だ。
薫もだんだんと外向けの顔になってきているし。夏菜ちゃんもヤル気まんまんだ。
「ねぇ、その”お友達”紹介してくれる?」
「お兄ちゃん、その”居候”紹介して?」
早くも二人の間に稲妻が飛び散っている。この状態を解決してくれるなら、一週間はタダ働きしてもいい。いや、もっとでもいいかも。
「・・え~っと・・・この娘が幼馴染の・・」
「婚約者の仁井田夏菜です」
「・・・・・か・・夏菜ちゃん?・・・」
「婚約者?・・・・へぇ~・・・」
「薫、違うんだ!これにはわけが・・」
「違う?お兄ちゃん酷いっ!」
「・・えっ?・・・え~・・」
「しーくん婚約者なんていたんだ、知らなかった」
もう両ばさみもいいところだ、もう逃げ出してしまいたい。そんな衝動にかられながらも僕は更に追い込まれていく。もうしどろもどろだが、僕は説明しなければいけないんだろう。
「婚約者ではない。幼馴染だ」
しまった・・・・思いもよらず断言してしまった。これは方向転換不可能だ・・・・。ていうか僕は何を迷っているんだ。事実を話してしまえばいいんだ。雲海に光が差し込むような発想だった。雲が晴れたような気分だった。
「夏菜ちゃん、この人が僕の彼女。久遠薫」
「・・か・・・・彼女・・・・・お兄ちゃんに・・彼女・・・・・ありえない・・・・信じられない・・」
夏菜ちゃんは頭を抱えて、ありえないと繰り返し呟いている。薫は鼻高々といった様子だ。
「夏菜ちゃん、どうか落ち着いてほしい。でもこれは事実なんだ」
「・・・ありえないありえないありえないありえないありえないありえない・・・・」
「・・・・・・夏菜ちゃん・・・?」
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない・・・ありえ・・・・・・・ない!お兄ちゃんの婚約者は夏菜だぁ~!」
そういうと夏菜ちゃんは薫に飛びかかった。
小さい物が大きい物にぶつかるとどうなるかご存知だろうか。まぁ世間の常識では小さい物が大きい物にぶつかっていっても大きい物はびくともしない。しかし、今目の前に繰り広げられているのはそういった常識とかそういうものを無視したものになっている。そう、薫は夏菜ちゃんに一発でノックアウトされてしまったのだ。
「か・・薫!?」
「くっくっっく・・・・夏菜にかなうなんて思うなよこのマッチ棒女!お兄ちゃんに寄生してんじゃねぇよ!」
薫は完全に目を回しているようだ。反応がない。
「か・・夏菜ちゃん・・・離れたほうがいいと・・・・」
「今取り込んでるんだよっ!話しかけんじゃねぇよ!・・・・・あっ!ごめんねお兄ちゃん(はぁと)今手が離せないのぉ(はぁと)」
「・・・・・は・・はい」
夏菜ちゃんは薫の襟口を掴みながら凄んでいる、とても話しかけれる状態ではない。しかし他でもない薫のピンチだ、何とかせねば・・・。
「か・・・夏菜ちゃん・・薫から手を離すんだ」
「あぁ?・・・・ゴホン。なぁに?お兄ちゃんなんか言った?(はぁと)」
「だ・・だから・・・・・薫から手を離せって言ってるんだ!」
「いくらお兄ちゃんでも夏菜の邪魔したら容赦しないんだからぁ(はぁと)」
「うっ・・・・」
その言葉は、夏菜ちゃんのいつもの舌っ足らずで甘い声では無くドスの効いた低めの声で、僕は情けなくも黙ってしまった。これでは先程の繰り返しではないか、彼女のピンチに何もできないなんて男じゃない。ここはガッツを見せるんだ!頑張れ僕!。
「夏菜ちゃん!いい加減にしろっ!薫から手を離せっ!」
「お・・・お兄ちゃん・・・?」
「もういい加減にしろっ!僕と薫は付き合ってるし、これから先ずっと一緒に居るって決めたんだっ!その邪魔をするならいくら夏菜ちゃんでも僕は容赦しないぞっ!」
「お兄ちゃん・・・・・・」
僕の怒声を聞いた夏菜ちゃんは薫の襟口を一度ぎゅっと握った後その手を離した。手を離した夏菜ちゃんは力無く立ち上がり玄関を出ていった。
「・・・・・・ふぅ」
「・・・・・ありがとし~くん」
「えっ!?薫聞いてたの!?」
「うん、ちゃんときいてた・・・うれしかったよ」
そう言うと薫はまた目を閉じた、よほど夏菜ちゃんの一撃が効いたのだろう。もうぐったりしている。
僕は薫を抱きかかえようとしたが無理だった。男と女とはいえ所詮僕だ、まったく男らしくない。
そんな自分を情けなく思いつつも、薫をどうするか考えなくてはいけない。まさかこのままではいけないだろうし、引きずっていくのもよくないだろうし・・・ん~・・・まいった。
結果、気を失っているのをいいことに、僕は薫を引きずって薫の部屋まで引っ張っていくことにした。薫には後で抱きかかえて連れていったと話しておこう。
薫を部屋に置いてきた後、僕は玄関を掃除するこにした。夏菜ちゃんが暴れていった跡なので玄関の置物とかが割れて床に破片が散らばっている。これは掃除しなければならないだろう。
それから一時間ぐらい経った後、薫は目を覚ました。開口一発放った一言が、おなかすいた、だったのでコンビニの弁当を差し出したのだが薫は首を縦にふらないので、買い物に行くしかなかった。そんなこんなで、僕は近所の二十四時間営業のスーパーに向かって歩いている。薫は一応大事をとってお留守番だ。近所といっても数キロはあるので帰りは夜も深まった時間だろう。それまで薫が黙って待っていてくれればいいのだが。
買い物を済ませた僕はバス停でバスを待っていた。待っているバスは今日の最終でこれを逃すと買い物の荷物を持ったまま家に歩いて帰らなければならない。
バスが来るまでの十数分の間、僕はベンチでバスを待っていた。しかし、気になる事が一つあった。それは、ここらへんに昔夏菜ちゃんが住んでいた家があったことだった。夏菜ちゃんが戻ってきたとすればもしかしたら夏菜ちゃんはここらへんに住んでいるのかもしれない。そうすると、夏菜ちゃんに会う、という可能性もないわけでもない。まぁこんな時間だし夏菜ちゃんに会うわけも無いな~なんて事を考えていると、家での事が思い出される。ちょっと言いすぎたのかもしれないという自責の念がふつふつと湧き出し始める。そう考え出したら最後、気になってしょうが無い。どうしようか・・・・。
僕は買い物の荷物を両手に持ちながら懐かしい道を歩いている。目指しているのは昔夏菜ちゃんとよく遊んだ公園だ。
なぜだかわからないけれど僕の足はバス停から離れ、公園へと向かっていた。
公園に着いた僕は懐かしく、変わらない公園を見て感極まりそうになった。変わることもいいけれど変わらないこともまた素晴らしいと思った。
公園を見回すと、公園の隅にあるブランコが揺れていた。暗闇でよくはわからないがひとりでに動いているわけではないようだ。僕はなんの衝動に駆られたのか、ブランコの方へ歩みを進めていた。ブランコの近くに近づくとそこには小学生くらいの女の子が座っていた。一目で夏菜ちゃんであると脳が反応した。家でのこともあるし、今はそっとしておいたほうがいいかとも思ったが、僕は夏菜ちゃんに話しかけていた。
「夏菜ちゃん」
「・・・・・お兄ちゃ・・・ん?」
「夏菜ちゃん、隣いいかな?」
「・・・う・・・・うん」
僕はそっと夏菜ちゃんの隣のブランコに座った。
何をする訳でもなく数十分が経った。お互い何も口にせずただ時が過ぎ去っていくだけだった。
すると夏菜ちゃんが、すっと立って僕を見た。
「・・・・夏菜はあきらめないから・・・」
そういうと夏菜ちゃんは公園を後にしたのだった。
僕はというと、ただぼけ~っとブランコに座っているだけでなんにもしなかった。でも一つわかった事がある。それは夏菜ちゃんは僕が思っているよりも強く育っていたことだった。
夏菜ちゃんは昔、いじめられっ子だった。僕はその当時、正義感に満ち溢れていた子供だった。僕は毎日のようにいじめられて泣いている夏菜ちゃんを見ては、いじめっ子達に一人で立ち向かっていったのである。
当然、所詮は子供だ。喧嘩の強さなんてみんな同じなのだから、数で勝るいじめっ子達が勝つに決まっていた。毎日のように負けて傷だらけで帰ってくる僕に夏菜ちゃんは、泣きながら抱きついてくるのだった。
そんな日々を送っていたこの公園を今一度凝視する。
「はぁ・・・帰ろっと」
僕は荷物を持って公園を後にした。
家に着いたのは午後十一時過ぎぐらいだった。当然のごとく薫は寝ていたし、僕はそれをわかっていたのでなんとも思わなかった。
スーパーで買ってきた物を冷蔵庫にしまうと、急に眠気が襲ってきた。
今日はあんな事があったので疲れているんだろうな~なんて考えながら、僕が食べる用の簡単な夜食を用意した。
簡単な夜食を簡単に食べたあと僕はソファーに横になった。ものの数十秒で僕は眠りに落ちていったのだった。
六、そして、夏・・・・
チリリリン・・・・チリリリン・・・・
「ん、もうこんな時間か・・・・・起きなきゃ」
時刻は午前五時二十五分。僕の体内時計は正確だ、毎日午前五時二十四分五十八秒には目が覚める。これは両親が不在になりがちになった小学二年生頃からの習慣だ。
僕は、未だに鳴り続いている目覚まし時計を叩き止めると、大きく伸びた。
「ん~~・・・・ぷはぁ」
朝の気だるさから抜けだした僕は、布団を畳むと朝食の準備をするためにキッチンへと向かった。
するとそこには摩訶不思議な光景が広がっていた。
なんと、朝食がちゃんとセッティングされていたのである。テーブルにはニコニコ顔の薫がちょこんと座っている。
「どしたのかおたん、珍しいを通り越して奇跡だよ!」
「テヘヘへ・・・・がんばってみました」
てっきり僕は薫は料理が出来ないものだと思っていた・・・ていうか前にやらせてみたら大変な惨事になった・・・これ如何に?
「どうやって料理したのさ、前やった時には大失敗だったじゃないか」
「えへへドジっこをよそおってみたの」
「そうなの!?なんかズルイぞっ」
「ドジっこのほうがカワイイかとおもったのだ」
「おもったのだ・・・じゃないよっ!もうっこれからは交代制にするからねっ!」
なんと薫はドジっ子を演じていたらしい・・・・・恐ろしい子っ!
そんなこんなで僕と薫はいつもより早めの朝食を摂ることにした、それも薫のお手製だ。なんか嬉しい。
朝食と談笑は軽やかに進んで思ったよりも時間がかかり、食事が終わったのは午前八時になろうところだった。
「今日は学校も休みだしなにしようか?かおたん」
「ん~・・・・まいにちがきゅうじつなかおたんはとくにやることがないのです」
「そりゃそうだけど何か休日だから出来る事って考えつかないかな?」
ニートな薫にはニートな考え方でいかないといけないみたいだ・・・・・はぁ。
「なにかない?例えば、どうせ夏なんだからプールとか、海とか」
「ん~プールとうみかぁ・・・ん~・・・・う~・・・・・」
「どうしたの?かおたん?」
「いやぁね、かおたんきゅうのびしょうじょがそういうとこにいくとし~くんがやきもちをやいてしまうぅ」
「そうかぁ~・・・確かにねぇ・・・・妬いちゃうかも」
「でしょぉ?だからきゃっか」
「え?でもヤキモチって妬いてほしいもんじゃないの?」
「かおたんはヤキモチをやかれるよりもやくほうがすきなのです。つくすおんななのです」
「・・・・はぁ・・・・」
薫の新たな一面を発見したのだった・・・・・・・・・・おわり。・・・・・・そうはいかない、今日という日は帰っては来ないのだ!計画は念密に・だ。
「んで、プールと海以外で何か夏らしい事をしようじゃないか」
「なつ・・・・・・ん~・・・・なつかぁ・・・・・・・・・・ん!」
「なに?!かおたん何か思いついたの?」
「なぁ~んにも」
「ですよね~・・・・・・って真面目に考えんかいっ!」
「はぁ~い」
「はぁ~いじゃないよっ!・・・まったく・・・・」
薫がまったく考える気配がないので僕が考えるしかないようだ・・・。
そうだっ!この前杉崎にもらった映画のチケットがあったじゃないか。あれって期限大丈夫だっけ?
僕はチケットを確認するために自室へ向かう。確か机の引き出しにしまってあったはずだ。
机の引き出しを開くと、チケットが二枚あった。杉崎曰く、付き合い始めた彼女と行く予定だったのだが、付き合って一週間で振られてしまったらしい。なのでこのチケットが僕のところに舞い込んだのだ。
チケットには最近TVでCMをやっていた恋愛映画だ、CMだと大ヒット御礼中らしい。薫は気に入ってくれるだろうか・・・。
チケットを握りしめた僕は、居間に戻った。
「かおたん、映画なんていかが?」
「えいが?」
「そうそう、最近CMでやってるアレだよ。それでどう?」
「あ~!あれね。あれみてみたかったんだったよ」
「よかった、んじゃ今日は映画に行こう」
そういうことにした僕と薫はさっそく自室に戻り着替えを始める。
まぁいつもの事だからなんとも思わないが薫は着替え諸々が長い。なので僕は携帯で上映時間を調べる。するとお昼過ぎのがあったのでそれにすることにした。お昼を食べてから見ればいいだろう。
待つこと一時間。わりと早めに薫は出てきた。
「映画お昼過ぎだって、それまで映画館の周りぶらぶらしようか」
「わかったぁ~」
「んじゃ行くよ~」
「お~!」
ウキウキ気分で腕にしがみついてくる薫。僕的には嬉しいやら恥ずかしいやら微妙な気分だ。
玄関を出ると薫は真面目モードになるのだが、やってることは家と変わらない、そこら辺がニートになった薫の変わった点だ。前は家を一歩出たら超真面目モードで行動も真面目だった。それが今はどうかというと、顔はシャキッとしているのだが口元がニヤついている。それに腕にまとわりつくかのように絡ませてくる腕。もう甘えたくてしょうが無いのだろう。
僕達は隣町にある映画館に行くためにバスの停留所へ向かっていた。すると、向こうからちっこいのが歩いてくる。あれは・・・・・・夏菜ちゃんだ。
最近、夏菜ちゃんはうちの近くに引っ越してきた。話を聞くと夏菜ちゃんは一人暮らしという名目で僕んちの近くに無理やり引っ越してきたのだ。
引っ越してきた夏菜ちゃんは、事あるごとにうちにやってきて、薫といざこざをおこしている。
そんな夏菜ちゃんだ、今会ったらろくなことにならない。やるべきことは一つ・・・。善は急げだ、逃げよう。
「お~っとかおたんあっちの道の方が近道だよ、さっ行こう」
「う・・うん」
そんなその場しのぎの言い訳を言って僕と薫は横道に逸れた。
ん・・・行ったかな・・・・。そう確認すると僕と薫は軌道修正した。
「どうしたの?」
「ん、何でも無いよ、気にしない気にしない」
「そう・・・?」
なにやら不満気な薫だが、まぁ大丈夫だろう。問題なのは夏菜ちゃんだ。
あの方向に向かったということは、うちに向かったのだろう。そうだとすると、留守なのを知った夏菜ちゃんは、死ぬ物狂いで僕達を探しまわるだろう。
まぁさすがに隣町までは探さないだろうから大丈夫だろうと思うが・・・・。
そんなこんなで今、僕達はバスに乗っている。バス停で待っている間、夏菜ちゃんが戻ってくるのではないかとヒヤヒヤしたが、そういうことも無く何とかバスに乗ることが出来た。
十数分バスに揺られた僕達は、隣町に到着した。僕んちの方は閑静な住宅街って感じだが、ここは人がたくさんいて、まさに都会って感じだ。
そんな都会に圧倒されながら、僕と薫はボケーッとしていた。
「いや~来るたびに思うけどやっぱ都会だねぇ」
「だねぇ」
「んじゃあどこを回ろうか」
「ん~・・・・どこでもいいや」
「適当だなぁ、ん~とりあえず近くの喫茶店でも行こうか、喉乾いたよ僕」
「ん」
てなことで僕と薫は喫茶店に向かった。
喫茶店はどこかムーディな雰囲気でジャズなんかがかかっている昔ながらの喫茶店だった。
「いらっしゃい・・・二人だね。奥どうぞ」
店の雰囲気とマッチしているいかにもなマスターが不機嫌なのかダンディなのか無作法に僕達を奥へと誘った。
「なんかいい感じな店だね」
「そうだね、でもなんか逆に緊張しちゃう」
薫は年上だが、社会に免疫がなさすぎるところがある。まぁお嬢様なんだから仕方ないといえばそうなのだが。薫がうちに来た当時は金銭感覚の違いでよくもめたものだ。
「かおたんはホットミルクでいいよね?僕はコーヒーだけど」
「馬鹿にしないでよね、私もコーヒーでいい」
「そ、そう?・・んじゃ・・・。すいませーんホットコーヒー二つ」
「はーい」
「本当に大丈夫なの?かおたんコーヒー飲めないじゃん」
「の~め~ま~す~」
「まぁいいけどね、夜眠れなくなっても知らないよ」
「大丈夫ですよ~だ、子供じゃないんだからっ!し~くんはいっっつも子供扱いするんだから」
「あはは、ごめんごめん」
そうこうしているうちにホットコーヒーが二つ運ばれてきた。
薫はホットにもかかわらずコーヒーをがぶ飲みし始めた。
「えっ!かおたん!?」
「ん・・・んん・・・んんん・・・・・・・・・・・・にがぁ~あい!」
「やっぱりな・・・・・はぁ」
やっぱり薫は薫だ、舌もおこちゃまなのだ。
「苦いよ・・・し~くん」
「そりゃそうだよコーヒーだもの」
「早く言ってよ」
「だから確認したじゃないか、コーヒーで大丈夫か、って」
「むぅ・・・」
「まぁいいや、ホットミルク追加で注文する?」
「・・・・・・・ぅん・・・・・」
「え?」
「砂糖たっぷりのホットミルク飲む!」
「はいはい、すいませ~んホットミルク一つ追加でお願いします」
「はーい」
「最初からこうすればよかったんだよ・・・・まったく」
「むぅ・・・」
ほどなくしてホットミルクが運ばれてきた。ホットミルクの隣には大量の角砂糖。マスターが僕にむかってウインクをしてきた。どうやら先ほどの会話は聞こえていたらしい。
薫は角砂糖を大量に入れてホットミルクを舐めるように飲み始めた。薫は猫舌なのだ。
僕と薫はその後おしゃべりなんかをしながら三十分程過ごした。
時間もお昼時になっていたのでこの店でお昼ご飯を食べようかという話になったが、薫が映画館の近くのイタリアンでピザが食べたいと駄々をこね始めたので喫茶店を出ることにした。
映画館の近くのイタリアンでピザを食べた。薫がピザを食べたいと言ったのにトマトが食べたくないと言い出して、その店のおすすめのピザが食べられなかった。・・・・・こんちきしょう。
映画の時間が間近になってきたのでイタリアンの店を出て、映画館へ向かう。
映画館は、CMのおかげか人でごったがえしていた。
僕はイタリアンに行く前にチケットを受付で引き換えてもらえばよかったと思った。この映画館は、チケットを買う時に席を指定できるのだ。
当然開場ギリギリに映画館に行った僕達は隅っこのほうの席しか空いていなかったので、そこにするしかなかった。
入場する前に薫がキャラメルポップコーンを食べたいとまた駄々をこね始めたので、仕方なくポップコーンのSサイズを買ってあげた。正直ご飯食べた直後なのによく入るよなぁと思った。女の子は、甘いものは別腹だというが本当らしい。
例の映画はスクリーン三と四で上映されているらしく、人気なのがわかった。
僕達はスクリーン三だったので、スクリーン三に入っていった。
席はJの十九と二十だった。
席につくなり薫はムシャムシャとキャラメルポップコーンを食べていく。この様子だと映画が始まる前に食べ終わってしまうだろう。
そして、映画鑑賞上の注意や最新映画情報なんかが始まって映画が始まった。
僕の彼女は高校三年生。僕より一つ年上だ。でも彼女は全然年上じみていないし、はっきり言ってしまえば子供だ。この物語はそんな彼女と僕との青春ラブコメ?であってるのかどうかはわからないがそんなお話だ。
まず彼女の素性を明らかにしておこう。名前は久遠薫。歳はこの間誕生会をしたから十八歳だ。身長百七十二センチ、体重は乙女の秘密とかなんとかで教えてはくれないが、かなりほっそりしている。血液型は典型的なB型で、熱しやすく冷めやすい。いつか僕のことも飽きてしまうのではないかと内心不安である。誕生日は九月二十二日のおとめ座だ。容姿は前述のとおり長身のモデル体型である。街を歩けば男女問わず彼女のことを振り向いてでも見る。要はめちゃくちゃかわいいのであるもちろん彼氏補正無しである。
ここまで話すと彼女の幼稚さがあまり表現できていないが実際のところそうなのである。彼女は見かけだけみるとクールビューティ。素敵なお姉さま。学校でもそう思われている。
しかし僕こと左藤志郎の前ではまるで子供のようになってしまうのである。このギャップがまたいいのだが・・・・まぁそのあたりは置いといて。続いて一応僕の紹介でもしておこう。
左藤志郎十七歳。身長百六十八センチ、体重五十一キロ。血液型はO型だが周りからはもっぱらA型だと思われている。理由は僕は知らないが血液型当てゲームをすると何故か型と言われてしまう。自分では典型的なO型だと思うのだが・・・。
顔も体型も大したことがないいたって普通の高校二年生である。なので彼女と街を歩いているとなんだか姉弟のように見られているような気さえする。
そんな僕と彼女だが同棲している。といきなりな展開だが実際にそうなのだから仕方ない。
事の次第は、僕の家庭は複雑で。父はフリーのカメラマンとして各国を飛び回っているので何年かに一回しか返っては来ない。母はその助手として父と行動を共にしている・・・・というか母は父にベタ惚れで父から離れたくないんだそうだ。そのため必然的に僕は一人になってしまうわけで・・・そうなると一人暮らしを強いらせられているわけだ。そこで彼女が登場だ。
彼女は僕が一人暮らしだということを知るとその夜トランク二個を持ってうちにやって来た。で、そのまま居ついているのだ。彼女の両親についてはあまりわからないのだが彼女の父親は久遠財閥の会長であるらしいというか久遠なんて珍しい苗字なので何となくその縁者なのだろうと思っていた。
そんなこんなで彼女が居ついてからもう一年になる。つまり僕と彼女はもう付き合って一年以上になる。と、いうことだ。
しかし彼女は年上だが年下みたいなものなので家事一般はすべて僕がやっている。負担かといえば、負担・・・・ん~実際僕は家事好きなのか負担には思ってはいない。それに高校生で同棲だなんてこんな小説みたいな話はない。まぁ僕は今の生活を楽しんでいるのだ。
・・・・・・・・・あれ?なんかおかしい。これってどこかで聞いたことがある気がする・・・・。
ていうか言った気がする。あれ?なんなんだろうこの違和感。まぁいいや、続き続き。
ピピピピピ・・・・・・耳障りな電子音がする。眠気眼をうっすら開いて時計を見ると現在の時刻は午前六時。なんの部活にも所属していない高校生が起きるにはまだ早い時間帯だ。だが、僕には家事、という仕事がある。ふらふらとソファーから起き上がり、カーディガンを羽織る。ここ北海道の十一月は結構冷える。大きな音を出さないように僕の部屋を出る。ベッドには彼女が眠っているからだ。この時間に彼女に起きられると少々面倒なのだ。
そのまま部屋を出てキッチンへと向かう。その途中居間のストーブを点け彼女が起きてくる準備をする。彼女は低血圧かつ冷え症なので、部屋が暖まっていないと僕の部屋から出てこようともしないのだ。
そして僕はキッチンで朝の準備を淡々とこなす。もう何年にも亘ってやっていることなのでもう慣れっこだ。居間の時計を見るともうそろそろ七時だった。この時間になると彼女は起きてくる。意外と早寝早起きなのだ。ん?意外か?まぁそんなことはどうでもいいさっさと朝食を居間に運ぼう。
「もきゅ~~~~~~」
彼女だ。この雄たけび・・・・というには情けない声は彼女のお目覚めの第一声なのである。
もそもそと布団を体に巻きつけながら部屋から出てくる彼女。
「おはよう薫」
「ん~・・・おはよ~しーくん」
ちなみに”しーくん”とは僕のことしろうのしの字からとってしーくんだ。
「あっ! またわたしのこと薫って呼んだ~!わたしのことはかおたんって呼ぶ約束だよ~」
そう言ってほっぺを膨らます薫。かおたん?・・・そんな恥ずかしいこと言えるか!
「はいはいかおたんおはよう。ホットミルクでも飲むかい?」
「飲む~~~お砂糖たっぷりでよろしく~~」
「あんまり甘いものばっかり摂っていると糖尿病っていうおじさんが罹る病気になっちゃうよ~薫・・・・かおたんはまだ十代でしょ~」
「しーくんふる~いぷっぷっぷ今はせいかつしゅーかんびょーって言うんだよーだ」
「あ~・・・そういやそうだったね。でも甘いものの過剰摂取はだめだよ」
「い~~だ。かおたんはだいじょうぶいなのだ!」
「はいはいそうだったね。でも僕は知らないよ。かおたんが糖尿病になって、甘いもの食べられなくなっても」
「あ~~しーくんがいじめる~~うわ~~ん」
「はいはい泣かない泣かない。甘いもの好きなかおたんの為に昨日こんなものを買ってきたのだ」
「え~~なになに~~」
「ぱぱぱぱっぱぱ~ん甘味料~」
「なにそれ?」
「なんか体に良いやつらしいのだけれどよくはわからないんだなこれが」
「なんだかわからないものをかおたんに食べさせるのか~~~!」
「まぁ体に良いってホームページに書いてあってさ」
「むぅ~かおたんそういうのわっかんないもん」
「ほら、甘味料入りホットミルク」
「しーくんが毒味係なのだ」
「毒味って・・・はいはい飲む飲む飲みますよ・・・・・ほら!なんともない」
「ほんとに~?」
「ほんとにほんと。ほら、かおたんも」
「う・・・・うん・・・ごっくん・・・・・あま~~い!」
「でしょ?砂糖と大して変わらないんだよこれ」
「うんうん甘い甘い」
「それじゃごはんたべよ」
「ん~~あまいっ!もういっぱい!」
「そのネタ古いよかおたん」
「が~ん・・・・ジェネレーションギャップ・・・・・」
「僕とかおたん一つしか歳変わらないでしょうが」
「その一年に膨大な情報の誤差があるんだ~~!」
「こういう時だけ難しい単語使うのね。まずごはん食べるよ」
「が~ん・・・しーくんが冷たい」
こうして毎朝無駄に時間だけが浪費されていくのが僕と薫の朝だ。そしてそうこうしているうちに登校時間が迫ってくるのだ・・・・やれやれ・・・。
しかしこんな幼児みたいな思考の持ち主である薫であるが、実はもう一つの顔があるのだ。・・・・・・・・
これ絶対おかしい!これって僕と薫のことじゃないか!
なんで!?なんで映画になってんの!?てか薫?!かおたん?!
「ん?なぁに?」
「この映画おかしいよ!絶対おかしいよ!」
「どうしたの?し~くん少しおかしいよ?」
「だっておかしいじゃないか!この映画僕とかおたんの事をやっているじゃないか!」
「そうだよ?これはかおたんとし~くんの映画なんだよ?」
「え!?なんで?どうして!?」
「いいから続き見よ?」
「え!?・・・・・・うん」
こうして何故か僕と薫の映画を見ることになった。絶対おかしい!これって絶対おかしい!
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。目覚まし時計の電子音が僕の部屋で反響する。朝を知らせる電子音だが、僕は正直あまり好きではない。朝になれば僕は勝手に起きる、それを無理やり知らせるこの忌々しい電子音がなかなか好きになれないのだ。ではなぜ使っているかって?それは保険のためだ。僕が起きないと薫も起きない、そうすると朝の準備もままならないし、学校にも遅刻する。しかし現在僕らは冬休み真っ只中、保険をかける必要もないのだが、いつもの癖で夜寝る前にセットしてしまう。惰性というのは恐ろしいものだ。
僕は目覚まし時計を止め、時刻を確認する。時刻は午前四時、いつも起床する時間よりも一時間ほど早いのは、今日が大晦日だからだ。やることが山のようにある。右手のハンデを懸念して前々からちょくちょくやっていたものの、掃除とその他諸々がまだ残っている。それを半日でやってしまおうと思うのだから、僕って人間は夏休みの宿題を最後の日に残しておいてしまうタイプなんだ・・・なんて自暴自棄になりたくもなる。結果、最後に後悔するのがオチだ。
薫はというと真面目に宿題を毎日計画的にやるタイプでも、僕みたいなタイプでもない。薫は渡されたその日に宿題をやり終え、その日のうちに提出するタイプなのだ。それは薫が並外れた頭脳を持っているためであるが、それよりも夏休みという休日をできるだけ長く楽しみたい、そういう考えが優先されるためである・・といった調子なので薫は家ではまず勉強ということをしない。薫曰く板書を見てれば予習復習なんてやる必要がないんだそうだ・・・まったく・・・これだから天才は・・・・。
むくりと起きた僕はパジャマがわりにしてあるスウェットを脱ぎ、部屋着に着替える。それも汚れてもいいような物を選ぶ。しかし本当にここ、北国の冬は寒い。冗談では済まないほど寒い。寒くて長いここの冬は、人間の生活環境としては最低だ。ストーブと暖房を併用しないと寒くて仕方がない。なので、僕は居間のストーブと暖房を稼働させる。待つこと数分、少しずつだが温かい空気が部屋を漂い始めた。
「はぁ~・・・・・寒ぅ」
と、思わず手と手を擦り合わせ、猫背になり、あたかもゲスい商人のような格好になってしまう僕。我ながら笑える、こんな格好は薫には見せられない・・・・・・・。
やっぱり変だよ。こんな映画あるはずないっ!
これはなんだ!?夢か?!幻か?!なんなんだ。
「し~くん落ち着いて!どうしたの?」
「もういいよ、どうせこれは夢かなんかなんだろ?そうに決まってる!かおたんほっぺ摘んで」
「はぁ~い」
むに~っとほっぺを摘まれた。
ピヨピヨピヨ・・・・・・・。
ん・・・・朝か・・・・。
ってあれ?僕、映画に行ったんじゃなかったっけ・・・・。
あっそうか!夢か、夢なんだ!
な~んだ~びっくりした。
でもほんと変な夢だったな~。
そういやかおたんは・・・・。ってあれ?体が動かないっ!
周りを見渡すとここは病室だった。
隣には薫によく似たお婆さんが座って居眠りをしている。
「っ!?」
僕は自分の姿を見て唖然とした。
そう、僕の体は衰え痩せ細っていた。それはまさに老人といえるものだった。
「ねぇ、ねぇってば!」
僕がそう叫ぶように言うと、居眠りをしていた薫によく似たお婆さんがびっくりしたように起きた。
「し・・・・志郎さ・・・ん」
志郎さん?確かに僕の名前だ。でもこの薫によく似たお婆さんはどうして僕の名前を知っているのだろう?
「ねぇ、いったいあなたは誰?」
「私は薫。久遠薫」
「か・・・・かおたん?」
「そうです・・・。でもそう呼ばれるのも久しぶりですね・・・・やだっ涙が・・・」
そういうと薫によく似たお婆さん・・・・もとい薫は、しくしくと泣き始めた。
「どうしたの?ていうか僕どうしたの?体が動かないんだけど・・・」
「覚えていないんですね・・・・」
「覚えてないって一体何を?」
「志郎さんは事故にあって六十年間眠っていたんです」
「事故?」
「志郎さんは覚えていないかもしれませんが、あの時私と志郎さんは映画を見に行きました・・」
「覚えてる・・・・・というよりも夢で見ていた・・・」
「夢で?」
「うん・・・夢で」
「そうですか・・・・ではわかると思いますが、ピザを食べた後、志郎さんは突然道路に飛び出して行って・・・」
「えっ!?夢で見ていたのと違う・・・」
「違うのも無理はありません・・・・あの時の志郎さんは何かにとりつかれたように道路に飛び出して行ったのですから・・」
「・・・・それで、その後は?」
「志郎さんは道路に飛び出して車に轢かれました、私はパニックになってただ叫ぶしかできませんでした・・・当時は若かったんですね・・・すぐに救急車を呼べばこうはならなかったかもしれないのに・・・・」
「・・・・そっか、僕轢かれたんだ・・・」
「ただ叫ぶ私に気がついた通りがかりの人が救急車を呼んでくれました・・・・私も救急車に同乗して病院へと向かいました・・・そこでお医者さんに言われたのは、志郎さんは打ち所hが悪く、植物人間同然の状態だと」
「・・・・・」
「その後、低い確立でしたが志郎さんの意識が戻るようにする手術が行われました・・・しかし手術は失敗し、志郎さんは眠ったままでした・・・・。そして何年もの月日が過ぎ、私も志郎さんも歳をとりました・・・・まぁご覧のとおりです」
そう言うと薫は涙を流しながらも、にっこり笑った。
「・・・・そうか・・・そうだったんだ・・・・じゃあ父さんと母さんは・・・・もう死んじゃってるか・・・」
「ええ・・。残念ですけど三十五年前にお父さんが、四十二年前にお母さまがお亡くなりになりました・・・」
「・・・・そっか・・・・でもかおたん・・・・こんな呼び方でいいのかなお互い歳だし」
「そう呼ばれるのも久しぶりですけどうれしいです・・・」
そう言うと薫はまた泣き始めてしまった。
泣き始めた薫を見ながら僕は、昔・・・・といっても僕からすれば数分前の事を考えていた。
そして現実を理解し始めた。
そう、今があの頃から六十年後の世界で、僕だけが一人取り残されていたことを。
そして指先ひとつ動かせない自分の体を嘆いた。
「でも志郎さんが目をさましてくれて本当によかった・・・・私は六十年間独り寂しく待っていました・・・・志郎さんが目覚めるのを」
「僕にはなんのことだかわからないけど薫には心配させてしまっていたんだね・・・・ゴメンね」
「いいえ、謝るのは私の方です。あの時冷静に対処していたらこんなことにはならなかったのですから」
「そうか・・・・・・・六十年間辛い思いをさせてしまったね・・・・・ところで薫は六十年間、結婚もしないで僕の意識が戻るのを待っててくれたの?」
「・・・いいえ・・・確かに毎日のようにここへ志郎さんに会いにきていました。ですが私も久遠財閥の子・・・・意識が戻るかわからない志郎さんにすがって生きていく生活を私の両親は良しとしませんでした。そして私は久遠財閥のために大企業の御曹司と結婚させられました。最初は辛いとしか思いませんでしたが、私の夫・・・・俊明さんはとても良くしてくださりました。そして徐々に私は俊明さんに惹かれていきました・・・・こんなこと言うと志郎さんは怒るかもしれませんが、私は幸せな人生を歩むことが出来ました。ただ一点・・・志郎さんの事を除いて・・・」
「・・・・そうだったんだ・・・・でも僕は怒らないよ・・・・・・薫がいい人生だったと言うのならそれを喜んであげたい・・・・それに僕みたいな意識がいつ戻るかわからない人をずっと待っている人生なんてかわいそすぎるからね・・・・・僕にはちょっと辛い現実だけどね・・・・でも仕方ないさ・・・・薫が幸せならそれが僕の幸せだから」
「・・・志郎さん・・・・・ごめんなさい・・・・私・・・・」
「泣かないで?かおたん。僕は幸せ者さ、若い時の薫、そして歳をとった薫の両方を見ることができたんだから・・・それに僕にとっての六十年はほんの僅かだったからね。体は歳をとっても心はあの時のまま・・・・・それって素敵なことじゃないかな?」
「・・・・志郎さん」
「そっかぁ・・・・・・・・・楽しかったな・・・あの頃に戻れたらどんなにいいか・・・」
薫は僕の独り言を聞いても頭を下げたままだった。それは本当に僕に対しての謝罪の念なんだろう・・・。
その後、薫はナースコールをしてどこかに行ってしまった。もうこの場に居づらくなったのだろう、それに薫には薫の家庭がある。それに僕が関与するのはよくないことだろう。
だから僕はこれから独りで生きていかなければならないんだろう・・・少し寂しいが残り何年かわからない生命だ。気楽にやっていこうじゃないか。
そんな事を考えていたら、医者や看護師が病室に入ってきた。
医者は僕の体をぺたぺたと触ったり、僕に簡単な質問をしてきた。それを受けているうちにあぁ僕って病人なんだと改めて思った。
医者は一通りチェックを済ました後、薫の事を聞いてきた。医者によるとこの病院は久遠財閥の傘下の病院なのだそうだ。なので僕の医療費は薫が全て負担していたのだという。
そんな話をされながら僕は改めて薫・・・・というより久遠財閥の凄さを感じていた。
医者にもう疲れたので休んでいいかと聞いたら、ぎょっとした顔をしていた、休む=死ぬ・・とでも思ったのだろうか。医者なんだからそこら辺はちゃんとして欲しいものだ、僕はただ休みたいだけなのだ。
そう、少し眠ったらまたあの頃に戻れるような気がしたから・・・・。
そして僕は目を閉じた・・・・・あの頃の薫やその当時の友達の顔を思い出しながら・・・。
FIN