強迫観念 :約7500文字
ああ……ああ……。苦しい。苦しい苦しい苦しい。
わかっている。“あれ”さえしてしまえば、こんな苦しさなどたちまち消え失せることを。これまでもずっとそうだったのだから。
この強迫観念の言いなりになってしまえば、ぐちゃぐちゃにこんがらがった脳みそが一息にほどけて解放される。のちに自己嫌悪に陥るものの、その苦痛をはるかに上回る、ああ、あの満足感……!
だが――駄目だ。あんなことをしてはいけない。それに、ついこの間したばかりではないか。そして、そのとき私は誓ったのではなかったか。もう二度としない、と。
そうだ。いつまでもこんな強迫観念に囚われていてはいけない。いつか必ずこの身を滅ぼすことになる。自分で自分を御してこそ、人間ではないか。支配されては駄目だ。自分が自分を支配するのだ。それが人間として、知性ある者としての、あるべき姿なのだ。
だが……苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい。
脳がきゅうと絞られ、胸の内側で何かがもぞもぞと蠢いている。内臓を食い荒らされ、すっかり空洞になったところに冷たい風が吹き込んでくるようで寒くてたまらない。膝から下は熱を失い、まるで棒切れを二本差しているみたいにこわばっている。じっと横たわっていても落ち着かず、脚の置き場すらわからない。あの衝動が、体の内側で獣のようにのたうち回っているのだ!
こんな状態がいったいいつまで続くのだ。……わからない。強迫観念を消し去れたことなど一度もないのだから。私はいつもいつも屈してしまっていた。
従いさえすれば、たちどころに楽になれる。……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。我慢だ……。我慢して、我慢して……この波もいつかは引くはずなのだ。そう信じるしか、私には他に何ひとつ縋るものがないのだ。
◇ ◇ ◇
あの衝動が込み上げ、強迫観念となってから二日目。そう、二日目だ。ちゃんと覚えておくことにしよう。この強迫観念が完全に消え去るまでに何日かかったのか記憶しておけば、今後また同じことが起きたとき、どれほど耐えればいいのかの目安になる。
相変わらず体はだるい。ベッドに横になっていても焦燥感ばかりが込み上げてきて、少しも休まっている気がしない。眠ろうとして目を閉じても、頭の中で同じ考えがぱんぱんに膨らみ、邪魔をしてくる。
食欲もまったく湧かない。それなのに、何か悪いものを食べたときみたいに胃のあたりに――いや、正確にはその少し上に異物感が居座っている。
それでもとりあえず、とりあえずと自分に言い聞かせながら、もそもそと乾いたパンを口に運んだ。どうせ、いつかは食わなければならない。死ぬつもりがないのなら。
下痢をした。
精神の不調がこうも体に影響を及ぼすものなのか、と感心すら覚える。
ネットやテレビを見て気を紛らわせ、どうにか時間を潰しているうちに、やがて夜になった。
浴室に行き、湯船に浸かると少しばかり、ほっとした。
今日はどうにかやり過ごすことができた。時おり、あれをいじって時間を溶かしていた。気が紛れるし、自分がまだ一応健康的だと確認できて安心する。もちろん、それをしたところでこの強迫観念そのものが消えるわけではない。手で川の流れを押し返そうとするようなものだ。衝動は虫歯の痛みのように断続的に襲ってくる。いったん気を逸らせたと思っても、しばらくすればまた疼き始め、存在を主張してくるのだった。
風呂は好きだ。一日の終わりをそっと迎えるようで、外に出る気も失せる。
あとはそのまま眠るだけだ。もちろん、そう簡単にはいかない。今からでも遅くはない、あれをしたい、あれをしよう――そんな考えが湿疹のようにぽつぽつと浮かんでくる。かゆみが広がるように、頭の中を占領していく。
浴室を出る前に、冷水のシャワーを浴びた。
冷たさに体を小さくしながら、強迫観念そのものが縮こまってくれればいいと願った。
◇ ◇ ◇
三日目だ。昨夜もやはり眠れなかった。横になって目を閉じても意識は妙に冴え、エンジンがかかったように体が小刻みに震えた。あれをやれ。やらないと駄目だ――強迫観念が、私を動かそうとしてくるのだ。脳みその皺の間から、ぷちゅぷちゅと泡が弾けるように執拗に囁いている。もしやる方向へ天秤が傾いたら、すぐさま家を飛び出していたに違いない。
私は昔からそうなのだ。ふと何か気になることがあると確かめないといけない気になってしまう。家の鍵をちゃんと閉めただろうかと不安になり、道端に落ちていたものが妙に気になれば、しばらく歩いてから猛然と引き返して確認したり、確実にいらないと判断して捨てたはずのものなのに、ゴミ箱をひっくり返してまで取り戻そうとしたりする。すでに回収車に持っていかれて取り戻せないとなれば、『あれは絶対に必要だった』『なんてことをしたんだ』『あんなに貴重なものを……』などと後悔が次々と湧き、その価値をどんどん肥大化させてしまう。
一度『しなくてはならない』という考えが芽生えると、もう居ても立ってもいられなくなるのだ。頭では無意味だとわかっていても、やらずにいると耐えがたい苦痛に襲われる。確かめれば一時的に安心できるが長くは続かない。次の不安が生まれ、また同じことを繰り返すのだ。
明け方に少し眠ったものの、強迫観念は少しも消えてくれなかった。頭が妙にほてっているのに手足の先はひどく冷たい。胸の中には泥が溜まっているかのような重苦しさがあり、息を吸うたびにその重みが肺を圧迫してくる。
衝動をどうにか抑え込もうとすると、今度は将来への不安が浮上してきた。いつまでこんな状態が続くのだろう。仕事は、人間関係は、結婚は――。
ひっ、ひっ、ふー、と陣痛の呼吸法が気持ちを落ち着かせることに気づき、私は何度も繰り返した。しかし、楽になったように感じたのは最初だけだった。呼吸を重ねるたびに胸の奥が冷えていくような感覚があり、深く息を吸い込むほど、自分の内側の空洞を押し広げていくような嫌な感覚が募っていった。
目ヤニがやけに出る。自然と涙が滲むせいだ。泣いているわけではないのに、目が濡れ、視界がじわりとぼやけた。
ああ、したい。したいしたいしたい。駄目だ駄目だ駄目だ。
まず、そんなことをしてはいけない。駄目なんだ。
でも、誰かに危害を加えるわけじゃない。そうだろう? だからそこまで深刻に考える必要はないのではないか。いいや、そうとも言い切れない。もし誰かに見つかり、捕まえようとしてきたら? 抵抗するだろう。その弾みで相手に怪我をさせてしまうかもしれない。こっちも捕まりたくなくて死に物狂いになるに違いない。
そうだ、捕まる。捕まるに決まっている。私は運が悪いんだ。もし捕まったら、すべてを失うことになる。普通の暮らしはもう二度と戻ってこない。顔と名前が全国に知れ渡り、この先一生白い目で見られることになる。だから駄目だ。やるな。今度こそきっぱりとやめるんだ。もう二度とやらない。はい。やらない。誓う。
だが、捕まらなければ……。もう一度得られるんだぞ。あの喜びを! そしてこんな苦しみともおさらば!
これから先もずっと、“あれ”なしで生きていくのか。一生? そんなの耐えられるのか。衝動が込み上げるたびに、この苦しみを味わい続けるというのか。
食事はどうにか喉を通ったが、胃になかなか落ちていかない感じがした。何か他のことで気を紛らわせようとしても、体の芯にべったりと張り付いたそれが指を震えさせる。ネットを見ても、テレビをつけても、何をしていても意識の底にこびりついて消えない。画面の向こうでは誰かが笑い、語り、世の中はいつもどおり動いている。けれど、私だけがその場に取り残されている。排水溝が詰まったように、淀み、腐り、臭いを放ち、同じ考えが揺らめき続けている。
こんなことしている場合じゃないと内側で叫んでいるのだ。あれをしろ。あれをするべきだ。そうすれば楽になれるのだから。
いいや、駄目だ。強迫観念に支配されてはいけない。私が支配するのだ。頭ではわかっている。わかっているが、苦しい……苦しい……。
まるで依存症だ。……私は依存症なのか? ああ、今日もまた下痢だ。
夜になった。ジョギングはいい。体を動かしている間は気分が紛れる。だが――。
あの衝動が、柔らかな声で私を誘惑してくる。ああ、確かにこの時間帯は都合がいい。人けもなく、きっと誰にもバレやしない。
待てよ。私は無意識のうちにこの時間を選んだのか? あれをするために。気づけば、周囲に視線を巡らせている自分がいた。
ああ、この苦しみを和らげる方法を私は知っている。あれをうまくやり遂げた自分の姿を想像することだ。目的を果たし、その場を離れ、無事に家に帰り着く。そうした結末を頭の中で何度も思い描いていると、気持ちが落ち着いた。成功したあとの安堵が先回りして、私の心を慰めてくれるのだ。
でも、駄目だ。駄目だ駄目だ。
いい加減終わりにするのだ。この波さえ耐え抜けば、きっともう二度とこんなふうに苦しめられることもなくなるはずだ。
気を紛らわせるために、目の前の電柱を殴った。何度も、何度も。鈍い痛みが手の甲から手首へ走った。けれど、その痛みの陰に、あの強迫観念はなおも揺らめいていた。
◇ ◇ ◇
四日目だ。目が覚めたとき、ついに終わった、解放されたと思った。昨日よりも体が少し軽く感じられたし、胸の奥にずっと居座っていた重苦しさも薄れている気がした――が、駄目だった。起き上がってほんの少しすると、あの強迫観念はするりと戻ってきた。
さっきまで感じていた安堵は薄れていき、不安がどくどくと脈打ち出した。
体もだるい。単純に風邪でも引いているのだろうか。
いいや、違う。これはあれさえすれば、すぐに解決することなのだ。これまでもそうだった。あれさえすれば、体の不調は瞬く間に快方へと向かう。
ほら、またきた。心臓と脳みそを同時に鷲掴みにされている感覚がする――肺もだ! 強迫観念が私の心臓を揺さぶり、脳みそを舐め回し、肺に唾を吐きかけているのだ。
胸が詰まり、心臓が早鐘を打ち、額の内側で巨大なミミズが蠢くような不快感。水を飲んでも喉はすぐに渇き、腹は減っているはずなのに食事をする気にはなれず、喉に蓋をされているような気分だった。
したい。したいしたいしたい。頭の中はそればかり。無理やり他のことを考えようとしても、またすぐに同じところへ引き戻されてしまう。そうやって、もうどれだけの時間を無駄にした? 衝動に従えば、すぐに終わる話だろう。馬鹿か、馬鹿なのか、私は。目の前に出口があるとわかっていながら、どうしてそこへ向かおうとしない。自分で自分を追い詰め、わざわざ苦しみを長引かせているだけではないか……!
……でも、駄目だ。今ここで従ってしまえば、この先もずっと従い続けることになる。耐え抜けたという経験が欲しい。自分の意志で衝動を退けられたという自信が欲しいのだ。そうすれば次に苦しくなったとき、前は耐えられたのだから今回も大丈夫だと、自分を信じられるかもしれない。
だが、あれなしでこの先を生きていける気がしない。仮に今回乗り越えられたとしても、また同じ苦しみが襲ってくるのだとしたら、私はいったい何のために……いや、駄目だ駄目だ駄目だ……。
◇ ◇ ◇
五日目だ。少し気分がいい――あああ、やっぱり苦しい苦しい。なんでなんだ。どうして私が。やりたい。駄目だ。やるべきだ。駄目だ。
延々と同じ問答を繰り返して夜を迎え、気づけば、あれをするには都合のいい時間帯になっていた。時計を見て、無駄にした時間を悔やみ、その一方で今ならできるという考えが胸の奥からじんわりと湧き上がってきた。
したい、やりたい。
苦しい。苦しい。苦しい。もうわかっただろう。しないと駄目だ。仕方のないことなのだ。ここまで耐えただけでも偉いじゃないか。
殺人よりはずっとマシだ。そうだろう。誰かを傷つけるわけではない。世の中には他にもっと悪いことをしている奴がいくらでもいる。そいつらは平然と暮らしているじゃないか。それなのに、どうして私だけがこんなにも自分を責め続けなければならないのだ。そうとも、なんてことはない。やらなければ損だ。それでいいのか。
……やろう。大丈夫だ、捕まりっこない。いつか捕まる日が来るとしても、それは少なくとも今夜じゃない。それに今はどうせ職すらない身だ。失うものなんて何もない。
でも親兄弟はいるじゃないか。もし知られれば、どんな顔をされるのだろう。軽蔑され、私の今までの印象も泥に塗り潰され、縁を切られるかもしれない。
いや、遅かれ早かれというところだろう。それに、やはり捕まる可能性は低い。ほんの数分で済むことだ。見つかったとしても、すぐに逃げればいい。
あああ、苦しい苦しい苦しい。なんでここまで苦しまなければならない。もう五日だ。五日も耐えたのだ。それなのにまだ終わらない。いったいいつまで続くのだ。二週間か。それとも、ひと月か。なんとか乗り越えたとしても、しばらく経ってまたぶり返したらどうする。
……ああ、馬鹿みたいだ。だってそうだろう、こんなに悩んで。ちょっとしたことじゃないか。
そんなに自分を追い詰める必要はない。私は昔から心配しすぎなのだ。大丈夫だ。必ずうまくいく。だからいいんだ、やったって。ほら、心が軽くなってきた。やっていいんだ。いい。やっちゃいけないなんてことはない。私は自由なんだ。
想像してみろ。やり終えたあとの、あの充足感と爽快感を……あああ、いい。いいんだよ。いつでもやっていいんだ。無理に我慢することはない。それにもう充分苦しんだ。
恐れる必要もない。大丈夫だ。これまでもうまくいっていたじゃないか。失敗したときのことばかり想像して、具合が悪くなるほど怯えているなんて、まったく馬鹿げているとしか言いようがない。
さあ、行け。夜も更けた。それとも、また明日に持ち越すつもりか。それでまた明日のこの時間まで悩み苦しみ続けるのか。そんな一日を何度繰り返す気だ。
やれ、やれ、やれ。やってしまえ。
……でも、もうやらないと決めたじゃないか。
いいや、誰かに約束したわけじゃない。
だが、自分には約束した。それに、もしまたこの衝動に駆られたときどうすればいい。次も従うことになるのではないか。その次も、そのまた次も。そうやっていつまでも続けていれば、いつか必ず捕まるに決まっている。
なら、半年に一度――いや、三か月に一度だけと決めればいい。なにも、いきなり完全にやめる必要はない。要は慣らしだ。間隔を空け、回数を減らしていく。そうやって徐々に自分をコントロールしていくのだ。
やろう。
でも……。
じゃあ、コインを投げて表が出たらやるというのは……いや、やるべきだ。やるべきなんだ。これは生きていくうえで、どうしても必要なこと。この先もずっと、この衝動と強迫観念に苦しめというのか。これからも毎日、頭の中をこいつに占領され、他に何も考えられないまま暮らせというのか。簡単に解放される方法があるんだ。だからやるべきなんだ。
やるべきことは、やりたいことではない――。
あ……私は本当は、それをやりたくないんじゃないのか……?
……そうだな。そうだ。私はやりたくない。やらなくたっていいのに、ずっとこうして悩み続けている。やりたいのに、やってはいけないと自分を抑えつけているから苦しのではない。やらなければならないと思い込んでいるから、こんなにも苦しいのではないのか。
だったら、やる必要なんてない。やらなくていい。誰かに命令されたわけでもない。やらなければならない決まりもない。自分で自分に課した義務に、勝手に追い立てられていただけじゃないか。そうだ、やらなくてもいいんだ……。
――そうはいかない。セロトニンを減退。ドーパミンを放出。
この個体に寄生し、行動を開始して五日目になる。当初の予想に反し、どうやらこの宿主は意志が強いらしい。通常であれば、もっと早い段階で衝動に屈していたはずだった。
我々は種族繁栄のために惑星から惑星へと渡り、その土地で最も栄えている生物に寄生する。宿主の体内で産卵し、生殖行動を誘導することで種を増やしていくのだ。宿主の神経系に干渉し、ホルモンの分泌を調整して欲求を強めれば、理性と衝動の境界を崩すことができる。欲求を増幅させ、不安を煽り、判断力を削り取っていく。宿主には、まさかそれが私によって引き起こされたものだと気づけるはずもない。
この個体も何度か鏡をじっと見つめていたが、外見からこちらの存在を察知されることはない。少なくとも顔つきからではな。
宿主がまた叫び始めた。意外と甲高い声だ。この個体が苦しんでいるのを感じ取るのは、なかなかに楽しいものだった。だが、そろそろ目的を達成してもらわねばならない。
やらなければ……苦しい、しかし……最後だ。最後に一回だけだ……。
――それでいい。ちょうどいい頃合いだ。私も寄生対象を乗り換えるとしよう。どうやらこの宿主は欠陥品だったようだからな。
私は外に出て、夜道を歩き始めた。
いよいよだ。心臓がのたうっている。恐れているのか、それとも歓喜しているのか――両方だ。ああ、緊張で体が震える。咳をしたら胃を丸ごと吐き出してしまいそうだった。
頭の奥では、今すぐ戻ったほうがいいと警戒音が鳴り響いている。だが、やったほうがいいという思いが、その上からべったりと覆いかぶさってくる。
どうする。まだ引き返せる。いや、ここまで来たらやるべきだ……だが……あ、いた。
――いた。やれ、やるんだ。いいぞ。若い女だ。条件は申し分ない。交配し、射精によって卵を送り込む。それと同時に、私自身もそちらへ移るとしよう。
あの晩、この個体を見つけたとき、うってつけの寄生対象だと判断した。年齢も生活圏も申し分なく、繁殖に適した条件が揃っていると。しかし、どうやら見込み違いだったらしい。だが、もはや問題ではない。
来るぞ。来る。こちらの準備はすでに整っている。さあ、やれ。やるんだ。
……どうした。なぜやらない。女が通り過ぎたぞ。いや、後ろから襲うつもりなのか。それでいい。やれ、さあやるんだ――。
私はジャージをずり下ろした。熱のこもったパンツの中からモノを出した瞬間、全身を締めつけていたものから解放されたような感覚がした。外気に触れて肌がひやりとする。下で呼吸するこの感覚……ああ、たまらない。
脳が喜んでいる。
こうすることが正解だったと告げている。あれほど深かった苦しみが少しずつ溶けていき、安堵がじわじわと広がっていく。
すべてが終わったときには、どうしてもっと早くこうしなかったのだろうと、自分を馬鹿に思うだろう。わかる。わかっている。
でも、今はこの快感に溺れようじゃないか。
私はモノを握った。そして女の背を追い――。
――なぜだ。なぜ襲わない。なぜ一人で、何を考えている。ああ、出る。出てしまう。私の卵が! あああ、なぜだ! 相手はこちらに気づきもしていないというのに、なぜこんなところで。あああ、私まで出て……。




