3『ヌルい殲滅任務』
ゴロゴロゴロッ!
「あーっ! いってえ〜……」
草むらの上に放り出された俺は、転がり回って木に激突した。
「ちょっとロッキー、また? いつになったらうまく着地できんのよ」
逆さになった視界の真ん中で、腕を組んだ女が俺を見下ろしている。
同期のナイリスだ。
「俺が聞きてえよ! ったく、俺の美しい金髪が汚れちまうぜ」
「もともと薄汚れてるわよ」
鼻で笑うナイリスを睨みつけ、何か言い返そうとしたときだった。
「ロッキー班長!」
バタバタという足音と共に、若い兵がふたり走ってきた。
木と木の間を器用に切り抜けて駆け寄ってくる彼らは、少年と呼んでもいいほどの顔つきだ。
「夜明けまで残り3時間です!」
「指揮をお願いします!」
星の散らばる黒い空を背に、目をきらつかせた新兵ふたりは俺に詰め寄る。
「よーし! ロッキー班の諸君、今日の出撃を始めるぞ!」
ひっくり返っていた俺はすくっと立ち上がり、しゃきりと並ぶ三人に言い放った。
「今日の任務は、この村に住む地球人全員の抹殺だ。村人は推定200名。ほとんどが老人だから手こずるな」
「レッカレ!」
三人は鎖骨の間に右手を当て、声をそろえて返事した。これがダロックの了解の掛け声だ。
いつもは俺に憎たらしいナイリスも、このときばかりは班長の俺に忠実に従う。
「レオとサムル、新兵のお前らはこの村を封鎖しろ。これくらいの規模の村は、だいたい外部への連絡路が限られてる。できるだけ早くそれを見つけて結界を張るんだ」
「レッカレ!」
「封鎖できたら光線を放って合図しろ。それと同時に、俺とナイリスが一気に地球人を殺しにいく」
「ロッキー班長、僕たちは合図をした後どうすれば?」
新兵のレオがすかさず手を上げて言った。
「そのまま連絡路を守れ。そこから逃げようとする地球人を一人残さず殺すんだ」
「まあ、私とロッキーは地球人に逃げる隙なんて与えないけどねえ〜」
ナイリスがいたずらっぽく笑った。
「当然だ。任務完了まで1時間を目標としよう。──よし。レオ、サムル、連絡路の封鎖へ向かえ!俺とナイリスはここで待機だ!」
「レッカレ!!」
新兵二人が弾けるように左右に分かれる。
制服の白いコートをはためかせ、各々の方向へ走っていった。
俺は標的の村がより広く見下ろせるよう、山腹にある岩に腰掛けた。
山に挟まれた小さな村は、灯りが一切なかった。まるで闇だ。
今からここに住む地球人を皆殺しにする──以前であれば首元の奥が重くなった。
だが今は、何も感じない。
夜風が冷たく頬を刺し、視界の中で金色の前髪がチラチラと揺れている。
「──なんかさ、今回の任務……うちらロッキー班に与えるにはちょっとしょぼすぎる任務じゃない?」
隣に腰掛けてきたナイリスが愚痴っぽくこぼした。
「どうだろうな……」
「だって200人規模のほぼ老人しかいない村だよ? 私たち、最近は5000人規模の街や小都市の全滅作戦だって任されてたじゃない」
ナイリスは口を尖らせる。彼女の言いたいことは理解できた。
「それに、この田舎じゃ地球の軍だって絶対に来やしないでしょ。こんなヌルい任務を与えられるなんて、舐められてるとしか思えないよ」
「まあ……最近の任務に比べりゃ小さいかもしれねえけど、上層部の連中にも何か意図があるんだろうよ」
尻すぼみに小さくなっていく俺の声に違和感を覚えたのか、ナイリスは俺の顔を覗き込みじっと見つめた。
「……な、なんだよ」
「そういばロッキー、副団長の噂聞いた?」
「ふ、副団長? さあ知らねえな……」
「副団長、自分の部屋に幼い女の子をかくまってるって噂よ」
ドキリ。
首元がじわりと熱くなった。
「お、女の子? 誰から聞いたんだよそんなこと」
ナイリスはため息をつき、足をぐんと伸ばした。
「みんな言ってるよ。上層部の誰かが見たんじゃない? しかもその女の子、奴隷出身なんだって」
「ルルナ」にやられた首の傷が、思い出したようにじくじくと痛み始めた。
──何でそんな噂がこんなやつのところまで回ってるんだ?
俺は焦りを隠すために立ち上がり、ナイリスに背を向けて伸びをしてみせた。
さっさとこの話を終わらせないと。
「そうか──まっ、俺はどんな計画であろうとルヴィ副団長に着いていくけどな!」
「で、その女の子を連れてきたのがロッキーだって噂」
──終わった。
こういうときにパッと言い訳が浮かばないのが俺の弱いところだ。
俺は伸びの姿勢のまま固まってしまった。
「ロッキー、あんた何なの? 前から副団長のこと妙に慕ってるとは思ってたけど、コソコソと何を企んでるの?」
小さな石ころが背中に飛んできた。
ナイリスとはもう5年来の付き合いだ。
こういうときのナイリスはそう簡単には解放してくれないことを、俺は身に沁みて知っていた。
「な、何にも企んでねえよ! だいたい俺は副団長の命令に従っただけで──」
何とか取り繕おうとしたそのときだった。
パーーン!!!!
パーーン!!!!
強烈な破裂音と共に、村の両端のほうから青い光線が天に放たれた。
「光線の合図だ!」
「連絡路は東西二ヶ所ね。」
爆音に驚いたのだろう、真っ暗だった村に民家の光がポツポツと灯り始めた。
「地球時間午前3時。ナイリス、出撃するぞ!」
「レッカレ!」
俺とナイリスは高台から一気に村の方へ駆け降り始めた。
それにしても助かった……。
副団長と奴隷のガキのことは今は忘れて、任務に集中しなければ。
ナイリスは女の割に脚が早く、俺に遅れをとらずに並走している。
「じゃあロッキー、いつもの作戦でね!」
「おうっ!」
ナイリスはそのまま宙へ跳んだ。
「ユオスタス、レンダス!!!」
そう叫ぶと、彼女はすごい勢いで宙を飛んで行った。
まるで魔改造された鳥のようだった。
「高速移動魔技と飛行魔技の融合か……くっそ、さすがナイリスだな」
飛行魔技みたいに「飛ぶ」技が使えない俺は、地面をひたすらに走るしかなかった。
じきに村の民家が立ち並ぶ場所まで辿り着いた。
既に数十人の地球人が外へ出てきており、ざわざわと話しながら空を見上げていた。
俺は木の陰に隠れ、息を潜めて様子を窺っていた。
基本的に老人。ちらほらと若者や子供が見える。赤ん坊を抱いている地球人もいる。
何か事件が起こると群れて身を寄せ合い、身を守ろうとするのは俺たちルミリュマ人も地球人も変わらない。
しかし、多くの地球人は身を寄せ合うだけで戦おうとしない。
誰かが救ってくれるのを待っているだけの弱い弱い生物だ。
「くそっ……だから嫌いなんだよ」
拳をギュッと握ったそのときだった。
「ロッキーっ!!」
ナイリスの声が天から降ってきた。
作戦開始だ。
──地球人全員、ぶっ殺してやる!!




