2『檻の獣』
「いってえ!!」
裂けた首元から血が噴き出し、床へと滴り落ちた。
周囲の奴隷たちが悲鳴を上げ、一斉に距離を取る。
「てめえ、このガキ! 一体なにしやがる!」
俺はルルナの胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げた。
驚くほど軽い。拍子抜けするほどだ。
だが、俺を睨みつけるその瞳からは青い火花がパチパチと弾けている。
「はなせ!!」
叫ぶと同時に、右腕が振り抜かれた。
咄嗟に身を引くと、空を裂いた風圧が頬をかすめる。
──こいつ、首ばかり狙いやがる……!
舌打ちし、暴れる小さな身体の首根っこを掴んで地面に押しつけた。
「いい加減にしろ! 俺はお前を買うって言ってんだ。すでにお前のご主人様なんだよ」
頬を床に押しつけられてなお、ルルナは獣のように唸り続ける。
目だけが、殺意を帯びてこちらを睨み上げていた。
「──兄ちゃん、見ての通りそいつは獰猛な獣だ。それでも買うのか?」
背後からスキンヘッド商人が呆れた声を出す。
「いらねえよ、こんな可愛げのねえガキ。でもこれは命令なんでな──」
商人のほうへ顔を向けた、その瞬間だった。
腹をぐいっと突き上げられ、体勢が崩れる。
──しまった!
そして次の瞬間、首に鋭い爪が食い込んだ。
ジャッ!!
「ッ!……ぐあぁ!」
先ほどとは比べものにならない痛みが走り、視界が白く弾ける。
俺は膝から崩れ落ちた。
制服の白い襟が、みるみる赤く染まっていく。
「さわらないで!!」
距離を取りながら、ルルナが叫ぶ。
女特有の鋭い金切り声に、耳がブルリと震える。
その瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「……許さねえ」
立ち上がり、右手の指を立てて照準を合わせる。狙いは顔面だ。
「ヌクアス!!」
破裂音とともに閃光が走り、光線が直撃する。
一瞬光に包まれたルルナは、糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
「おい兄ちゃん! 俺の商品に何してくれる!」
「うるせえハゲ! 金は払った。もう俺のもんだ! あと殺してはいねえ!」
意識を失った小さな身体を担ぎ上げる。
やはり軽い。動かない分、さっきよりも余計に軽く感じる。
奴隷たちをかき分け、牢屋を出る。
「兄ちゃん……兵士とはいえ、気をつけろよ。殺されるな」
商人の声が背後から飛ぶ。
俺は振り返らず、手だけを軽く上げた。
⭐︎⭐︎⭐︎
ドサッ。
「手に入れてきましたよ、副団長」
ダロック本部の副団長室。
布に包んだままの少女を床に放った。
「確認してください。間違いなくあなたが連れてこいと言ったガキです」
副団長が静かに立ち上がる。
細身の身体がすっと伸び、影が床に落ちた。
見た目だけなら、俺よりも年下に見える。
「……そうか。よくやった、ロッキー」
副団長は低い声でそう言い、床に膝をついて布を丁寧に解いていく。
まるで壊れ物でも触るかのような手つきだ。
少女の顔が現れた瞬間、彼の目がわずかに細められた。
抱き上げ、テーブルへ横たえる。その手つきは妙に優しい。
「……眠らせているのか」
「ええ。獣みたいに暴れるんで、昏睡魔技で。見てくださいよ、この首」
傷口を指し示す。
「帰り道も散々でした。露天商には隠し子扱いされるわ、踊り子には浮気を疑われるわ……。布でぐるぐる巻きにして、なんとか隠してきたんすから」
「……そうか」
反応が薄い。
視線はルルナから一瞬も離れない。
その様子に、言いようのない怒りが込み上げそうになった。
「副団長。説明してもらえますか」
自然と声が低くなる。
「なぜ田舎の奴隷をわざわざダロックへ? しかも俺に直接命令を出してまで」
本来、こんなのは俺の仕事ではない。
いくら奴隷拾いとはいえ、人の関わることは一般兵がすることじゃないはずだ。
「それもこんなガキ。しかも女だ。こんなやつ使い捨ての兵器にもならねえ」
副団長の白い頬がわずかに動いた。
「政府命令だ。俺の一存ではない」
「でしょうね。……でも、なぜ俺なんです」
一拍の沈黙。
「理由はいずれ話す」
そう言ってから、真っ直ぐにこちらを見る。
何かを頼むときの目だった。
「……今度は何すか」
副団長は静かに告げる。
「この子の記憶を消せ。すべてを忘れさせろ」




