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1『奴隷市場の少女』

「──ったく、何で俺がこんなヨゴレ仕事しなきゃなんねえんだ」


 雪が降りしきる中、俺はブツブツと文句を垂れながら歩いていた。

 革靴の中にまで冷気が入り込んできて、足先がジンジンと凍てつく。


「くそっ」


──本日中に奴隷の少女を連れて帰ってこい。


 ついさっきの副団長の言葉が頭に響く。


──名前はルルナ。7歳だ。


 俺は耳を疑った。

 奴隷?女?しかも子供?


 この誇り高き軍事組織「ダロック」に、そんなガキ1匹持って帰ってきて一体どうするんだ?


 だいたい俺はダロックの中じゃあいちばん優秀な兵士だ。そんな俺に「奴隷拾い」をしろなんて……そりゃあないだろ。


 本当はその場で副団長の机を蹴っ飛ばして拒否してやりたかった。

 でも……。


──ロッキー。お前でないと頼めないんだ。


 副団長の透き通るような目でまっすぐ見られると、承諾せざるを得なかった……。


「あーっ! くそっ」


 俺はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。


「誰だよルルナって! 女は闘うための生き物じゃねえだろ!」


 俺は地面の雪を鷲掴みにし、できるだけ遠くへぶん投げた。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 かなりの距離を歩き、街に出てきた。

 歩いてきた田舎道とは打って変わり、小さいながらも、住居らしき石造りの建物がちらほらと見える。

 先ほどよりも雪が浅くなり、寒さも和らいできた。


 浮遊してる魔力が若干弱いか……? 息がしづらい気がする。


 さらに歩いていると市場に出た。昼間なのに薄暗く、人通りがまるでない。

 それぞれの店に並べられた食べ物も、なんというか……腐っているように見えた。


「不気味だな……」


 そう呟いた矢先、突如鼻の奥をつんざくような悪臭が漂ってきた。


「何だこの臭い?」


 振り返って目に入ったのは、重々しい鉄格子だった。その奥に蠢くいくつかの影。


「──奴隷市場か」


「兄ちゃん見慣れねえ顔だなあ」


 牢屋の傍から、いらやしい笑みを浮かべた商人が出てきた。スキンヘッドにギラギラと華やかな着物を纏っている。

 奴隷市場の売人のようだった。


 背後の牢屋の奥には、汚い布をまとった奴隷たちが力のない目で俺の方を見ていた。

 ……そりゃ臭うわけだ。


「……用はねえよ」


「それに見慣れねえ服装だ。もしかしてダロックの兵士かい?」


「あーそうだ。誇り高きダロックの兵士の噂はこーんな田舎まで回ってんのか」


「誇り高きダロックねえ」


 売人はニヤニヤしながら舐めるように俺を見る。

 何だこいつ、気持ちの悪い。さっさと退散だ。


 一歩足を踏み出したときだった。


「殺してくれえ──」


 かすれた声が牢屋の奥から聞こえた。


「兄ちゃん兵士なら俺をひと思いに殺してくれ──」


 悲痛な声に、俺も思わず足を止めた。

 スキンヘッドが牢屋へ入り、声を出した奴隷を思い切り蹴り飛ばしている。


「おいおい……どんな奴隷を売ってんだよ。めんどくせえな」


 牢に近づき中を覗くと、外から見えるよりももっと多くの奴隷が収容されていた。

 倒れたままピクリとも動かない奴も何人かいる。地面と一体になって見えていなかったのだ。

 それにしてもきつい臭いだ。


 ドカッ ドスッ


「おいやめろよ傷がついちゃ商品にならねえだろうが」


「うるせえ!」


 暴行を加えられている奴隷と目が合い、思わず顔を背けた。


「──ん?」


 牢のいちばん奥に、幼い少女が膝を抱えて座っているのが目に入った。身体をぷるぷると震わせて、両手を胸の前で固く握っている。


 奴隷のほとんどは肉体労働のために買われる。だから、こんなところに少女がいるのは珍しかった。


「なあ奴隷商人さん、あの女の子名前なんていうの?」


 まさかとは思ったが、聞かずにはいられなかった。

 スキンヘッドは奴隷を蹴り上げる足を止め、少女を一瞥してからこちらをジロリと見た。


「お前小児性愛者かい? ルルナっつう名前だよ」


 俺は目を見開いた。

 探しているルルナは、もう少し先の村にいるはずだ。なぜ奴隷市場に?


「そいつは色々あってな、いろんなとこに買われてはすぐに売られてきた。そもそもこの店にいる奴隷はみんな売れ残りの役立たず奴隷だ。廃棄処分を待ってるだけのゴミを安く売ってるだけなんだよ」


 スキンヘッドは掴んでいた奴隷を突き飛ばすように解放して言った。


「ルルナは最近までどこにいた?」

「妙な質問だな──黒鳥(ムスダリン)村だよ」


 やはり、副団長の言っていたルルナはこの少女で間違いないようだ。

 少女は力のない目をこちらに向けていた。泣き腫らした跡が頬を黒く染めている。


 こいつがルルナか。そうと決まれば──


「よし、その子を買うぜ」


 俺がそう言うと、牢屋内の空気が変わった。

 奴隷たちがザワつき始め、ルルナ自身の身体の震えが大きくなった。

 それよりも驚いた様子を見せたのは、スキンヘッドだった。


「兄ちゃん正気か? ほ、本当に買うのか?」

「買うよ。いくらでも出すぜ。俺はそもそもその子を探してたんだ。思ったより楽に手に入ってラッキー」


 俺はコートの裏ポケットから硬貨を取り出し、スキンヘッドに放り投げた。


「さあルルナ、かっこいいロッキーお兄さんとお家に帰ろうねえ」


 スキンヘッドに倣って裏から牢屋に入り、座り込む少女の腕を引いた瞬間だった。


「いやぁ──ッ!!!!」


 耳をつんざくような金切り声と共に、首元に激しい痛みが走った。

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