第九話:『白銀の勇者』の凱旋
初陣で命を奪うことへの一線を越えた神崎湊は、堰を切ったようにその才能を開花させていった。
ゴブリン討伐から三日後。
「王都近郊街道に出没する、オーガの群れの討伐」
ミナトは騎士団と共に現場へ急行した。
「ミナト様、オーガはゴブリンとは比較にならぬ怪力を持ちます! 魔法での撹乱を……!」
騎士団長の言葉が終わる前に、ミナトは馬から飛び降り、オーガの群れへ単身突っ込んでいた。
『身体能力超強化』。
常人の何十倍もの速度で疾走するミナトの姿は、オーガたちの鈍重な目には捉えられない。
「『雷槍』」
詠唱破棄で放たれる中級魔法が、一体のオーガを貫く。
「GUOOOOH!?」
仲間が倒れたことに気づいたオーガが巨大な棍棒を振り回すが、ミナトはそれを嘲笑うかのように身をかがめて回避し、すれ違いざまに剣を一閃。オーガの太い脚を腱ごと断ち切った。
『超速成長』スキルは、戦いの中でさえミナトの動きを最適化していく。初陣での戸惑いは完全に消え失せ、そこにはただ、効率的に敵を無力化する「戦士」の姿があった。
騎士団が到着した時には、十体近くいたオーガの群れは、ミナト一人によって無力化され、積み上がっていた。
その一週間後。
「北の山道に立てこもる、盗賊団の壊滅任務」
「ミナト様、今回は敵も人間です。殺さず、捕縛を……」
国王の温情ある指示だったが、ミナトは冷静に首を振った。
「いえ、陛下。彼らはすでに商人や旅人を何人も殺めています。抵抗する者は、斬ります」
その瞳には、もはや高校生だった頃の面影はなく、命を背負う者としての覚悟が宿っていた。
アジトへの突入。
「なんだテメェ!」
「ヒャッハー! 女かと思ったらガキじゃねえか!」
下品な笑みを浮かべた盗賊たちが襲いかかるが、彼らの錆びた剣がミナトに届くことはない。
ミナトは、もはや魔法すら使わなかった。ただ、圧倒的な剣技のみで、盗賊たちを次々と打ち倒していく。
峰打ちで気絶させる者もいたが、殺意を持って向かってくる者には、容赦なく白銀の剣が閃いた。
騎士団が突入した時には、アジトは静まり返り、ミナトが血振り(ちぶり)をしているところだった。
「ワイバーンの撃退」「リザードマンの巣の掃討」「アンデッドの浄化」……。
ミナトは、国王から出される任務を、まるでゲームのクエストをクリアするかのように、完璧に、そして驚異的な速度でこなしていった。
『超速成長』スキルは、戦闘経験値(EXP1000倍)を吸収し、ミナトのレベルを爆発的に上昇させ、それに伴い、彼の身体能力と魔力は底なしに増強されていった。
彼の活躍は、もはや王城の中だけで収まるものではなくなった。
ミナトが救った村人たち、彼に同行した騎士たち、そして任務の報告を受ける冒険者ギルド。それらの場所から、噂は燎原の火のごとく王都中に広まっていった。
「おい、聞いたか? 最近現れた『白銀の勇者様』の話を」
王都の酒場。冒険者や商人たちが、興奮気味にグラスを傾ける。
「ああ、知ってるぜ! あのオーガの群れを、騎士団が着く前に一人で全滅させたって話だろ?」
「いやいや、俺が聞いたのはもっとすげえ。北の盗賊団『赤蛇』を、たった一人で壊滅させたらしい。あの騎士団長殿が『我々は後片付けに行っただけだ』と苦笑いしてたそうだ」
「なんでも、女神セレスティーナ様が直々に遣わされた、本物の『勇者』様らしいぞ」
「しかも、とんでもない美男子だとか!」
噂は噂を呼び、ミナトの活躍は尾ひれがついて英雄譚へと変わっていった。
『白銀の勇者ミナト』
(彼が振るう白銀の剣と、上質な白い戦闘服に由来する)
その名は、当初の「王城に来た客人」という扱いから、急速に「王国最強の守護者」「魔王を討伐する希望の光」へと変わっていった。
「ミナト様、素晴らしいご活躍ですわ!」
王城に戻るたび、リリアーナ王女は瞳を輝かせてミナトを出迎えた。
「あなた様の噂で、王都は持ちきりです! まるで、建国神話の英雄のようですわ!」
「……大げさですよ、リリアーナ様」
ミナトは、自分の名声が広まっていくことに戸惑いを覚えつつも、悪い気はしなかった。
むしろ、心地よかった。
(俺が……英雄?)
教室の隅で、存在を消すことだけを考えていた自分が?
人々から称賛され、感謝され、希望の象徴として語られている。
「……もっと強くならなきゃな」
ミナトは、腰の剣を強く握りしめた。
自分を虐げた者たちへの復讐心ではない。自分を依怙贔屓する女神のためでも、熱烈な視線を送る王女のためでもない。
ただ、自分に向けられるこの「期待」と「称賛」が、彼を突き動かす新たな原動力となり始めていた。
神崎湊は、もはや完全に『勇者ミナト』として、この世界に覚醒していた。




