第六十二話:神なき世界へ
「ガ……ッ、ア……」
女神セレスティーナの口から、空気が漏れるような音がした。
胸を貫かれた彼女の体から、神々しい光が失われ、ただの冷たい物質へと変わっていく。
『馬鹿……な……』
彼女は、自分の胸にあるミナトの腕を掴もうとして、力なく手を落とした。
『神がいなければ……世界は……秩序を……』
「秩序なら、俺たちが作る」
ミナトは、静かに告げた。
「お前の作った『脚本』なんてなくても、世界は回るんだよ」
ミナトは腕を引き抜き、彼女の体内から「黄金の正八面体」を掴み出した。
この世界の管理システムの中枢、神のコアだ。
『あ……あぁ……』
コアを失った女神の肉体が、光の粒子となって崩れ始めた。
『わたくしの……世界……わたくしの……』
最後まで悔恨と執着を口にしながら、創造主セレスティーナは、自らが作った天界の風に乗って消滅した。
その瞬間。
『警告。管理者の消滅を確認』
『システム、緊急モードへ移行します』
空間に、無機質な機械音声が響き渡った。
セレスティーナという人格が消え、根幹にある「世界管理システム」が剥き出しになったのだ。
『世界維持のための魔力供給が停止しました。このままでは、300秒後に世界は崩壊します』
『回避するには、新たな管理者の登録が必要です』
目の前に、光り輝くウインドウが出現する。
【新規管理者として登録しますか?】
【 YES / NO 】
「……ハッ」
ミナトは、乾いた笑いを漏らした。
「次は俺に、その椅子に座れってか?」
もし「YES」を選べば、ミナトは新たな神となり、世界を意のままに操れるだろう。
崩壊を止め、楽園を作ることもできるかもしれない。
だが、それでは結局、セレスティーナと同じだ。
人間を見下ろす場所からは、人の痛みは分からない。
「……いらねえよ、神様なんて」
ミナトは、迷わず【 NO 】を叩き……いや、そのウインドウごと、手に持っていた「神のコア」を握りつぶした。
バキィィィィンッ!!!!
硬質な破壊音が響く。
管理システムの中枢が砕け散る。
『警告。警告。システム、完全停止』
『全スキル、ステータス補助、加護、および自動修復機能を削除します』
『これより、世界は「自律駆動」モードへ移行します』
ズズズズズ……ッ。
天界が崩れ落ちていく。
同時に、地上の崩壊もピタリと止まった。
もはや、世界を消す力も、守る力も、神の意志はここにはない。
ミナトの体から、黄金の光(チート能力)が急速に失われていく。
『身体能力超強化』も、『自動回復』も、『改竄』も。
女神のシステムから借りていた「力」が、すべて返還されていく。
「……ぐ、っ」
激痛が戻ってきた。
神を殴るために酷使した右腕はボロボロに砕け、全身の傷口が開く。
魔力による飛行能力も失われ、重力が、ただの人間となったミナトの体を捕らえた。
「……これで、いい」
ミナトは、崩壊する天の塔から、真っ逆さまに墜落しながら、青空を見上げた。
スキルはない。
レベルもない。
ステータスもない。
明日、天候がどうなるかも分からない。魔物がどうなるかも分からない。
誰も守ってくれない、過酷で、不安定な世界。
だけど、そこには「自由」がある。
(帰ろう……)
(みんながいる、あの場所へ)
意識が遠のく。
地面が迫る。
今のミナトには、落下の衝撃に耐える術はない。
(……最後くらい、誰か受け止めてくれよな……)
ミナトが目を閉じた、その時。
「――ミナトォォォッ!!」
風切り音と共に、誰かの叫び声が聞こえた気がした。
温かい腕が、ボロボロの体を抱きとめる感触。
神代は終わった。
そして、人間の時代が始まる。




