第五十九話:星の管理者、システム・セレスティーナ
光の扉を抜けた先に広がっていたのは、無機質な塔の内部とはかけ離れた光景だった。
色とりどりの花が咲き乱れ、清らかな小川が流れる、美しい「天空の庭園」。
その中心に、優雅なティーテーブルが置かれている。
そこに、彼女はいた。
黄金の髪、透き通るような白磁の肌、背中には虹色に輝く六枚の翼。
この世界を創造し、支配し、そして玩具にしてきた神。
女神セレスティーナ。
彼女は、血と泥にまみれたミナトを見ても、眉一つ動かさず、ティーカップを傾けていた。
『ようこそ、わたくしの箱庭へ』
鈴を転がすような、美しい声。
『思ったより早かったですね。……ゴミ掃除(教皇殺し)、ご苦労様でした』
「……ゴミ、か」
ミナトは、ギリッと歯を噛み締めた。
「あいつはお前の信者だった。お前のために怪物になって、死んだんだぞ」
『ええ。ですから「役に立った」と褒めているのです』
女神は、きょとんとした顔で言った。
『道具は使ってこそでしょう? 壊れたら捨てる。……何かおかしくて?』
話が通じない。
魔王ギルガメスが言っていた「諦め」の意味が分かった気がした。
この女にとって、生命はデータや部品と同じなのだ。
「……もういい」
ミナトの全身から、凄まじい魔力が噴き上がる。
「お前の理屈なんて聞きたくない。……ここで終わらせる!」
ドンッ!!
ミナトは初手から全開だった。
スキル『身体能力超強化』×『神速』。
音速を置き去りにする速度で、ティーテーブルごしに女神へと肉薄する。
必殺の距離。
「『一閃』!!」
白銀の刃が、女神の細い首を刎ねる軌道を描く。
当たれば終わる。
だが。
キンッ。
硬質な音が響き、ミナトの剣が「空中で」止まった。
女神の肌に触れる数センチ手前。
見えない壁があるわけではない。まるで、そこだけ「空間が固まっている」かのような感触。
『……野蛮ですね』
女神は、ため息をつきながら指先を振った。
『「物理攻撃」――削除』
「なッ!?」
ミナトの剣から、衝撃と運動エネルギーが「消失」した。
勢いを失った剣は、ただの鉄の棒のように力なく垂れ下がる。
直後、見えない力でミナトの体が弾き飛ばされた。
「ぐっ……!?」
花畑を転がり、受け身をとる。
(なんだ、今のは? 防御魔法じゃない……理そのものをイジられた!?)
『勘違いしないでくださいね、ミナト』
女神が椅子から立ち上がる。
『貴方が今まで使っていた「スキル」も、「魔法」も、「ステータス」も。……すべて、わたくしが作ったシステムの上で動いている「プログラム」に過ぎません』
女神が手をかざすと、空間に無数の「ウインドウ」が出現した。
そこには、羅列された文字列――この世界の法則を記述したコードが表示されている。
『管理権限。……わたくしが「当たらない」と設定すれば、貴方の剣は永遠に届きません』
『わたくしが「燃えろ」と記述すれば、火種がなくても世界は燃えます』
「……そんなの、無敵じゃないか」
「チート」どころの話ではない。
ゲームのキャラクターが、ゲームマスターに勝てるわけがない。
『ええ、無敵ですわ』
女神は微笑んだ。
『だからこそ、退屈だったのです。……何度世界をリセットしても、同じ結末。魔王が勝ち、人間が滅び、また作り直す』
彼女の瞳が、冷酷な光を帯びてミナトを射抜く。
『ですが、貴方は違いました』
『わたくしの想定を超えて成長し、本来ありえない「バグ(不具合)」を起こした』
『だから、ここまで導いたのです。……鍵を渡し、殺させ、絶望を与えて。貴方がどこまで「システム」に抗えるかを見るために』
女神は、右手を高く掲げた。
その掌に、極大の、太陽のごとき光球が出現する。
魔法ではない。純粋なエネルギーの塊。
これ一発で、大陸の一つや二つは消し飛ぶだろう。
『さあ、見せてごらんなさい?』
『管理者(神)の権限か、バグ(貴方)の意地か』
『テストプレイは終わりです。……ここからは、「削除」のお時間ですわ』
ゴオオオオオオッ!!
光球が膨れ上がり、天界の庭園が震える。
圧倒的な「次元」の差。
ミナトは、剣を握り直した。
勝機は見えない。理屈も通じない。
だが、彼には一つだけ、女神が計算できていない「武器」があった。
(……プログラムだって言うなら)
(そのバグで、システムごと食い破ってやるよ)
ミナトの瞳が、黄金に輝く。
『ステータス改竄』のさらに先。
自身という存在を賭けた、最後のチートが発動しようとしていた。




