第五十七話:世界を敵に回して
王都を離れて三日。
ミナトは、南へと飛び続けていた。
眼下に広がる街や村に立ち寄ることはない。いや、できない。
どの街にも、ミナトの手配書――『魔神ミナト』と記された、禍々しい似顔絵が貼り出されているからだ。
「……徹底してるな」
ミナトは、空中で苦笑した。
時折、地上から矢や魔法が飛んでくる。冒険者や、功名心に駆られた若者たちだ。
ミナトはそれらを無視し、ただ加速した。
反撃すれば「やはり魔神だ」と言われ、説得しようとすれば問答無用で攻撃される。
ならば、沈黙を守るしかない。
(高橋、田中さん……)
王都に残してきた仲間たちのことが脳裏をよぎる。
彼らもまた、「魔神の仲間」として迫害されていないだろうか。
(いや、大丈夫だ)
ミナトは首を振った。
国王アルトリウスがいる。彼は賢い王だ。表向きはミナトを絶縁し、国民の怒りを逸らしているはずだ。
(俺一人が悪役になれば、国はまとまる)
(皮肉だが……女神の策に乗ってやるのも悪くない)
やがて、雲の切れ間から、目的の場所が見えてきた。
大陸の中央に位置する、巨大な湖。
その中心に浮かぶ、白亜の城塞都市――聖都セレスティア。
そして、その都市の中央から天へと伸びる、雲をも突き抜ける巨大な白塔。
『天の塔』。
伝説によれば、あの塔の最上階が、神域(女神の間)へと繋がっているという。
「……あそこか」
ミナトが降下しようとした、その時。
カッ!!
聖都の上空に見えない壁が出現し、ミナトを弾き返した。
「……結界か」
王都のものより数段強力な、神聖結界。
さらに、聖都から無数の光が飛び出してくる。
背中に白い翼を生やした騎士たち――『天翼騎士団』。セレスティーナ教団が誇る、最強の精鋭部隊だ。
「見つけたぞ、魔神ミナト!!」
騎士団長らしき男が、聖剣を突きつける。
「ここは女神様の聖地! 貴様のような汚らわしい存在が足を踏み入れていい場所ではない!」
千を超える天翼騎士が、空を埋め尽くす。
彼らの瞳には、狂信的な光が宿っていた。正義を疑わず、悪を滅ぼすことに陶酔している目だ。
「女神様のために死ね!」
「浄化せよ!」
一斉に放たれる神聖魔法。
ミナトは、ため息をついた。
(……話が通じる相手じゃないな)
(殺したくはない。だが、通してもらわないと困る)
ミナトは、懐から『魔王の核』を取り出した。
漆黒に脈動するその石を、ギュッと握りしめる。
「……ギルガメス。ちょっと力を借りるぞ」
ミナトは、魔王の核から溢れ出る「恐怖のオーラ」を、自身の魔力で増幅させた。
「――消えろ」
ドォォォォォォン……!!
魔法でも、物理攻撃でもない。
純粋な「殺気」と「魔王の威圧」が、衝撃波となって空を駆け抜けた。
「ひっ……!?」
「な、なんだこの気配は……!」
突撃してこようとした騎士たちの動きが、ピタリと止まる。
生物としての本能が、警鐘を鳴らしているのだ。
『近づけば、死ぬ』と。
「が……あ……」
空を飛ぶ維持すらできなくなり、騎士たちが次々と湖へと墜落していく。
気絶はしていない。ただ、恐怖で体が動かないのだ。
「……魔神……本物の、魔神だ……!」
騎士団長が、ガタガタと震えながら後退る。
ミナトは、ゆっくりと彼らに近づいた。
「俺は、お前らに用はない」
冷徹な声。
今の彼は、人々が望む通りの「魔神」を演じていた。
「俺の邪魔をするなら、女神ごと消し飛ばす。……命が惜しければ、道を開けろ」
「ヒッ……!!」
騎士団長が悲鳴を上げ、我先にと逃げ出した。
釣られて、千の軍勢が蜘蛛の子を散らすように敗走していく。
血を一滴も流さず、ミナトは聖都の防空網を突破した。
眼下には、聖都の美しい街並み。
そして、目の前には、天へと続く『天の塔』の入り口。
そこには、最後の門番として、教皇――あの王都でミナトを糾弾した男が、震えながら立っていた。
「く、来るな……!」
教皇は、杖を構えているが、腰が引けている。
「ここは神の領域だぞ……! バチが当たるぞ!」
ミナトは地上に降り立ち、教皇の目の前まで歩み寄った。
「……バチなら、もう当たってるよ」
ミナトは静かに言った。
「散々振り回されて、冤罪かけられて、石を投げられて」
「だから、文句を言いに行くんだ。……お前の『飼い主』にな」
ミナトは、教皇を無視して、塔の巨大な扉に手をかけた。
『魔王の核』が反応し、扉の紋章が輝き出す。
ギギギギ……と、何百年も開かれたことのない扉が、ゆっくりと開いていく。
「……ひ、ひぃぃ……!」
教皇は腰を抜かし、失禁して気絶した。
ミナトは、開かれた暗闇の中へと足を踏み入れた。
背後の扉が、重い音を立てて閉まる。
世界からの断絶。
ここから先は、神のテリトリー。
「……待ってろよ、セレスティーナ」
ミナトは、螺旋階段を見上げた。
第三章、天界への殴り込み(カチコミ)が始まった。




