第五十五話:魔王の最期、そして託される『鍵』
極北の大地が、悲鳴を上げていた。
氷河は砕け、空間そのものが歪むほどの衝撃波が、二人の激突によって撒き散らされている。
「ハァアアアアアッ!!」
ミナトの剣速は、もはや光を超えていた。
『限界値』を書き換えた肉体は、筋肉が千切れる音を立て続けているが、『自動回復』が無理やりそれを縫い合わせ、さらに加速させる。
自壊と再生の無限ループ。常人なら発狂するほどの激痛を、ミナトは気力だけでねじ伏せていた。
「素晴らしい……! 素晴らしいぞ、ミナトォォ!!」
魔王ギルガメスが、歓喜の咆哮を上げる。
彼の大剣がミナトを襲うが、ミナトはその全てを正面から弾き返し、逆に漆黒の鎧を切り裂いていく。
「ガハッ……!」
魔王の巨体から、どす黒い血が噴き出す。
だが、ギルガメスは笑っていた。
「これだ……! 余が待ち望んでいたのは、この『予想外』だ!」
「女神の脚本になかった、魂の煌めきだ!」
「脚本なんて、もう無い!」
ミナトが踏み込む。
「俺たちが生きている、この瞬間だけが『本物』だ!」
ミナトの剣に、ありったけの魔力と、書き換えられた限界を超えた力が収束する。
白銀の輝きが、極北の闇を切り裂く恒星のように膨れ上がる。
「『一閃』――神殺し」
「見事……!」
ギルガメスもまた、残る全魔力を大剣に注ぎ込む。
「我が全霊をもって応えよう! 『深淵断絶』!」
光と闇。
二つの極大のエネルギーが、一点で交錯した。
カッ!!!!
音が消えた。
視界が白に染まり、極北の空を覆っていた厚い雲が、円形に消し飛んだ。
数秒後。
遅れてやってきた衝撃波が、魔王城の一部を崩壊させる。
「…………」
静寂が戻った氷の大地に、二つの影があった。
ミナトは、剣を振り抜いた姿勢のまま、激しく肩で息をしていた。
その全身からは血が噴き出し、限界突破の代償でボロボロだった。だが、立っていた。
対するギルガメスは。
その巨体は直立していたが、手にしていた大剣は粉々に砕け散り、漆黒の鎧は胸元から斜めに、深々と切り裂かれていた。
「……見事だ」
ギルガメスが、口から大量の血を吐きながら、満足げに笑った。
「余の……負けだ」
ズウン……。
魔王の巨体が、ゆっくりと膝をつく。
ミナトは、ふらつく足取りで近づき、剣を納めた。
「……あんたも、被害者だったんだな」
「フン……情けはいらん」
ギルガメスは、震える手で、自らの胸鎧を引き剥がした。
そこには、肉体に埋め込まれた、不気味に脈動する『黒い核』があった。
「ミナトよ。……これを持っていけ」
「これは?」
「『魔王の核』……女神が余を縛り付けていた鎖であり、同時に、天界への扉を開くための『鍵』の一つだ」
ミナトが目を見開く。
「鍵……?」
「女神は神域に引きこもっている。そこへ至るには、この世界の理を支える『杭』を抜かねばならん」
ギルガメスは、自らの命そのものである核をえぐり出し、ミナトへと放った。
ミナトがそれを受け取った瞬間、ギルガメスの体が灰のように崩れ始める。
「余の死で、一つの鍵は開いた」
「行け、反逆の勇者よ。……あのふざけた女神を玉座から引きずり下ろし、この退屈な輪廻を終わらせてくれ」
「……ああ。任された」
ミナトは、魔王の核を強く握りしめた。
「あんたの分も、一発殴ってくる」
「クク……それは痛快だ……」
ギルガメスは、最後にそう言い残し、風となって消滅した。
最強の敵であり、理解者でもあった魔王の最期。
ミナトは、誰もいなくなった極北の空を見上げた。
雲の切れ間から、太陽の光が差し込んでいる。
だが、その遥か高みにあるはずの「神域」では、今頃、女神が激怒していることだろう。
(待ってろ、セレスティーナ)
(お前の脚本は、ここで終わりだ)
ミナトは、傷ついた体を引きずりながらも、確かな足取りで南へ――王都への帰路についた。
そして物語は、ついに神域への扉を開く、最終章へと突入する。
第二章『神に見捨てられた国』、完結。




