第五十三話:極北への進軍
王都アルカディアの空は、まだ赤紫色の雲に覆われていたが、そこには確かな希望の光が差し込んでいた。
三方面全ての戦線で、魔王軍の侵攻を食い止めたのだ。
街のあちこちで、負傷兵の手当てや、瓦礫の撤去作業が行われている。その中心には、泥だらけになって働く高橋たち義勇軍の姿があった。
王城、バルコニー。
ミナトは、北の空を睨みつけていた。
「……行きます」
背後に立つ国王と、高橋たちに向かって、ミナトは短く告げた。
「魔王軍の主力(四天王)は叩きました。ですが、根源を断たなければ、いずれ第二、第三の波が来ます」
「北の魔王城へ、ですね」
国王が、厳しい表情で頷く。
「だが、北の極点は死の世界だ。極寒の吹雪と、濃密な瘴気。普通の人間なら近づくだけで死ぬ」
「俺なら大丈夫です」
ミナトは、自分の手のひらを握りしめた。
「女神の加護がなくても、俺自身の力で、どこへだって行けます」
高橋が一歩前に出た。
「神崎。……俺たちも、一緒に行きてえとこだけどよ」
高橋は、作業で豆だらけになった手を見つめ、苦笑した。
「俺たちじゃ、足手まといになるだけだ。……悔しいけどな」
「いや、お前らにはここにいてほしい」
ミナトは言った。
「俺がいない間、またどこから敵が出るかわからない。……王都と、みんなを守ってくれ」
「……おう。任せとけ」
高橋は力強く請け負った。
「お前が安心して背中を預けられる場所は、俺たちが死守する。……だから、お前は前だけ見てろ」
最後に、田中美咲が進み出た。
彼女は、南での一件(操られてミナトを刺したこと)をまだ気に病んでいるのか、少し伏し目がちだった。
「ミナト様……」
「田中さん」
ミナトは、彼女の手を取った。
「君のおかげで、俺は踏みとどまれた。……行ってくる」
「はい……! ご武運を!」
美咲は、涙をこらえて笑顔を見せた。
ミナトは、バルコニーの手すりに足をかけた。
振り返らない。
ここには、帰るべき場所がある。守るべき人たちがいる。
かつての「逃亡」のための旅立ちとは違う。これは、「帰還」するための進軍だ。
「――行ってきます!!」
ドンッ!!
大気を震わせ、ミナトの体が弾丸のように北の空へと射出された。
スキル『身体能力超強化』に、風魔法による加速を上乗せする。
音速を超え、景色が後方へと流れていく。
数時間後。
眼下の景色は、緑豊かな平原から、荒涼とした岩場へ、そして一面の銀世界へと変わっていた。
極北の地。
気温はマイナス数十度。猛吹雪が視界を遮る。
だが、ミナトの周囲には熱魔力による不可視の膜が展開されており、寒さは感じない。
(……見えてきた)
吹雪の向こう側。
天を衝くようにそびえ立つ、禍々(まがまが)しい漆黒の巨塔。
魔王城だ。
周囲には、おびただしい数の飛行型魔獣が旋回し、空からの侵入者を警戒している。
「……邪魔だ」
ミナトは、速度を緩めなかった。
剣を抜く。
「『雷槍』――散弾」
ミナトの周囲に無数の雷の槍が出現し、機関銃のように射出される。
ギャギャギャッ!!
迎撃に向かってきた魔獣たちが、近づくことさえできずに次々と撃ち落とされていく。
ミナトは、魔獣の防衛ラインを真正面から突破し、魔王城の正門前にある広大な広場へと着地した。
ズウンッ!
着地の衝撃で氷の大地が割れる。
「ようこそ、元・勇者殿」
広場の奥から、低い声が響いた。
巨大な黒い城門が、ギギギ……と重苦しい音を立てて開く。
そこから溢れ出してきたのは、下級魔族の軍勢ではない。
たった一人。
全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆い、身の丈ほどもある大剣を背負った、巨漢。
魔王ギルガメス。
四天王を従えていた「王」が、自ら出迎えに現れたのだ。
「四天王を全滅させたその力……敬意を表して、余が直々に相手をしてやろう」
ギルガメスが、兜の奥で不敵に笑う気配がした。
「女神の『操り人形』同士、最後のダンスといこうではないか」
「……人形は、お前だけだ」
ミナトは、剣を構えた。
「俺は、俺の意志でここに来た。……お前を倒して、女神のところへ行くためにな」
第二章、最終局面。
勇者vs魔王。
因縁の決戦が、極北の地で幕を開ける。




