第五十二話:悪夢の終わり、そして
「――『状態異常・無効化』!!」
ミナトの声と共に、彼を中心に爆発的な光の奔流が巻き起こった。
それは物理的な衝撃を伴わない、純粋な「概念」の光。
「女神の雫」によって強制的に書き換えられた「隷属」という理を、ミナトの持つ「女神の祝福(上位権限)」が、さらに上書き(オーバーライト)していく。
「きゃああああああああ!?」
カーミラが悲鳴を上げる。
彼女が街全体に張り巡らせていたピンク色の魔力霧が、ミナトの光に触れた端から、ジューッという音を立てて蒸発していく。
「ば、馬鹿な……! 私の『絶対隷属』は、女神様直々の神聖力によるものよ!? 人間ごときに解除できるはずが……!」
「……悪いな」
ミナトは、腕の中の美咲を優しく支えながら、カーミラを睨みつけた。
「俺の『依怙贔屓』の方が、ランクが上だったみたいだ」
光が収まると、美咲の瞳から不気味なピンク色の光が消え、正気が戻った。
「……あ……れ……?」
美咲は、ぼんやりと視線を上げ、目の前にいるミナトと、自分の手が握っている血まみれの短剣を見て、戦慄した。
「うそ……私……ミナト様を……!?」
「大丈夫だ」
ミナトは、刺さったままの短剣を引き抜いた。
ドクドクと血が溢れるが、彼は顔色一つ変えずに傷口に手をかざす。『オール・クリア』の効果で、傷口に残っていた呪いも消え、『自動回復』が正常に機能し始める。
「浅手だ。……君が、心のどこかで抵抗してくれたおかげだ」
「う……うわあああん!!」
美咲が泣き崩れる。
同時に、広場で武器を構えていた市民や騎士たちも、糸が切れたようにその場に倒れ込み、正気を取り戻し始めていた。
「あれ……俺たちは……」
「体が……動く……?」
支配は、解かれた。
「……おのれぇぇぇぇ!!」
カーミラが、美しい顔を夜叉のように歪めて叫ぶ。
「よくも私の人形たちを! 許さない……許さないわよ元勇者ァ!!」
カーミラの背中の翼が巨大化し、魔力が膨れ上がる。
「全員纏めて、精神ごと焼き尽くしてやるわ!」
彼女が極大の幻惑魔法を放とうとした、その刹那。
ザンッ。
カーミラの視界が、上下にズレた。
「……え?」
彼女の背後には、いつの間にか移動していたミナトが、静かに剣を振り抜いた体勢で立っていた。
「……遅い」
ミナトは、剣についた血も払わずに納刀する。
「他人の心を弄んで、自分が傷つく覚悟もない奴に、俺は止められない」
「あ……ガ……」
カーミラの体が、斜めに滑り落ちる。
「嘘よ……私は……四天王……女神様の……」
彼女は最後まで自分の敗北を信じられないまま、地面に崩れ落ち、黒い灰となって消滅した。
最後の四天王、討伐完了。
静寂が戻った広場で、ミナトは大きく息を吐き、膝をついた。
「……ミナト様!」
美咲が駆け寄る。
「平気だ……。ちょっと、使いすぎただけだ」
ミナトは苦笑した。
東で結界を破り、南で巨人を斬り、西で理を書き換えた。
いくらチート能力とはいえ、精神的な疲労はピークに達していた。
だが、終わった。
東、西、南。
女神が仕掛けた悪意の包囲網は、全て食い破られた。
「……帰ろう、田中さん」
ミナトは、立ち上がり、空を見上げた。
空を覆っていた赤紫色の雲が、少しずつ晴れていくような気がした。
「みんなが待ってる」
数時間後。王都アルカディア。
三方向全ての戦場で勝利したとの報告に、王都は沸き返っていた。
だが、玉座の間には、重苦しい沈黙が漂っていた。
戻ってきたミナト、国王、そして高橋たち義勇軍のリーダーが集まっている。
「……そうか。四天王は全滅したか」
国王が、安堵と、それ以上の不安を含んだ声で言った。
「はい。ですが……」
ミナトは、北の方角――魔王城がある方向を睨みつけた。
「まだ、終わっていません」
「四天王は、あくまで『前座』です」
「女神と手を組んだ『魔王ギルガメス』。……そして、天上の『女神』本人」
四天王が全滅した今、次に出てくるのは、間違いなく敵の「本丸」だ。
そして、女神がこのまま黙って引き下がるはずがない。
盤面をひっくり返され、駒(四天王)を全て失った彼女が、次にどんな「反則(ルール違反)」を使ってくるか。
「……準備をしましょう」
ミナトは言った。
「次は、防衛戦じゃない」
「こっちから、魔王城へ攻め込みます」




