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「顔が好み」で勇者にしてあげたのに、裏切られたのでラスボスになります  作者: さらん
第一章『寵愛(ちょうあい)の勇者、憎悪(ぞうお)の反転』

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第五話:平民 田中さんの新しい日常


田中美咲は、衛兵に指示された「冒険者ギルド」の巨大な木製の扉を、恐る恐る押し開けた。


カラン、とカウベルの乾いた音が鳴る。

途端に、むっとするほどの熱気、酒と汗の匂い、そして騒々しい怒号のような話し声が彼女を包んだ。


(こ、こわい……)

ギルドの中は、美咲が想像していた以上に荒々しい場所だった。

あちこちのテーブルで、傷だらけの顔をした屈強な男たちがジョッキを打ち鳴らし、壁には「ゴブリン討伐」「鉱石採集」といった物騒な依頼書クエストが所狭しと貼られている。


場違いな少女の登場に、何人かの視線が突き刺さる。美咲はびくりと肩を震わせ、逃げ出したい気持ちを必死にこらえながら、奥にある受付カウンターへと足早に向かった。


「あ、あの……!」


カウンターの向こうでは、キツネの耳を生やした活発そうな女性職員が、うんざりした顔で書類をさばいていた。


「はいはい、何? 依頼ならあっちの掲示板。登録? また『転生者』?」


女性職員――エルマは、昨日から続々と連行されてくる『農奴』たちの対応に追われ、少々苛立っていた。


「い、いえ、あの、衛兵さんに『平民』として登録を、と……」

「『平民』?」


エルマは、面倒くさそうに顔を上げた。だが、美咲のステータス(それはギルド職員には見えるようになっている)を確認すると、わずかに目を見開いた。

=====

名前:タナカ・ミサキ

地位:平民

ギフト:生活魔法

スキル:『ウォーター』『クリーン』『ドライ』『スモールヒール』

====S

=====


「……あら、本当だわ。『平民』で、しかも『生活魔法』持ち?」

エルマの態度が、苛立ちから興味へと変わる。


「ちょっとこっち来て。登録用紙に名前を書いて」


促されるままに、美咲は震える手で、見慣れない羊皮紙にサインをした。幸い、文字は『自動翻訳』スキルのおかげか、自然とこの世界の文字で書くことができた。


「タナカ・ミサキ、ね。ミサキ、あなた、そのスキル、使える?」

「は、はい。たぶん……」

「ちょっとやってみて。そこの、泥だらけのカップに『クリーン』を」


エルマが指差したのは、先ほどまで冒険者が使っていたであろう、泥と謎の液体で汚れた金属製のカップだった。

美咲は、教えられたばかりの力に祈るように意識を集中する。


「『クリーン』!」


ふわり、とカップが淡い光に包まれる。光が消えた時、あれほど汚れていたカップは、まるで新品のようにピカピカに輝いていた。


「……すごい」


エルマが、素直な感嘆の声を漏らした。


「『ウォーター』と『ドライ』も使えるってことは、洗濯も一瞬ね。……それと、『スモールヒール』は?」

「あ、それは……」

「ちょうどいいわ」


エルマは、わざとらしく依頼書の束の角で、自分の指先に小さな切り傷を作った。


「はい、これ。治せる?」

「や、やってみます! 『スモールヒール』!」


美咲が恐る恐るその指に手をかざすと、柔らかな光が傷を包み、痛々しかった切り傷が、すぅっと塞がっていく。


「……決まりね」


エルマは満足げに頷くと、カウンターの奥に向かって叫んだ。


「ギルド長ー! 今年の新人で、大当たり引きましたよー!」


数分後。美咲は、ギルドの奥にある小さな事務所で、ギルド長と呼ばれる恰幅かっぷくのいいドワーフの男と向かい合っていた。


「うむ。ミサキ嬢、といったな」


ギルド長は、エルマから報告を受け、ご機嫌な様子で髭をしごいている。


「君のような『生活魔法』の使い手は、貴重なのだ。特に『クリーン』と『スモールヒール』を両立できる者はな」


ギルド長は、美咲にいくつかの選択肢を示した。

一つは、町の洗濯屋や宿屋で働くこと。間違いなく引く手あまただろう。


もう一つは、冒険者パーティに「ヒーラー見習い」として所属すること。ただし、『スモールヒール』では本格的な戦闘の怪我は治せず、危険が伴う。


「そして、三つ目の選択肢だ」


ギルド長は、ニヤリと笑った。


「このギルドで、職員として働かんか?」


ギルドは、常に怪我と汚れがつきものだった。

冒険者たちが持ち帰る装備は血と泥にまみれ、討伐の証拠品は異臭を放つ。そして、彼ら自身も、依頼から戻れば生傷が絶えない。


「君の魔法があれば、装備の洗浄も、軽傷の手当ても、ギルド内で完結できる。職員用の宿舎も、食事も、給金も出そう。どうだね?」


それは、美咲にとって望外の申し出だった。

他のクラスメイトたちが『農奴』として過酷な労働に従事させられているであろう中、自分は安全なギルドの中で、自分の力を必要とされる仕事に就ける。


「や、やります! 私でよければ、よろしくお願いします!」


美咲は、深く、深く頭を下げた。

こうして、田中美咲の新しい生活が始まった。

ギルドの裏手にある、清潔だが簡素な職員寮の一室。それが彼女の新しい住処だ。


彼女の仕事は、ギルドの医務室での手伝いと、冒険者が持ち込んだ装備の洗浄だった。


「お嬢ちゃん、助かるぜ! こいつ(剣)の血糊、いつも取るの大変だったんだ!」

「ありがとうよ、おかげで傷が痛まねえ!」


最初は物騒な見た目に怯えていた冒険者たちも、美咲の魔法の恩恵を受けると、皆、彼女に感謝の言葉を口にした。


(よかった……私にも、できることがあったんだ)

華やかな生活ではないけれど、自分の力で日々の糧を稼ぎ、人から「ありがとう」と言われる。

それは、教室の隅で息を潜め、無力感に苛まれていた昨日までの彼女にはなかった、確かな手応えだった。

夜、小さな宿舎の窓から、遠くに見える王城を見上げる。


(神崎くん……勇者様は、あそこにいるんだよね)

女神様は、彼を厚遇すると言っていた。あの優しい彼のことだから、きっと今頃、勇者として大変な責務を負っているのかもしれない。


(私も、頑張らなくちゃ)

彼が救おうとしているこの世界で、自分も自分の居場所を見つけたのだ。

美咲は、ささやかだが確かな希望を胸に、異世界での第一歩を、力強く踏み出した。


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