第四十九話:『ゴミ』たちの防波堤
王国の南部、穀倉地帯アルテア。
そこは、豊かな実りの地ではなく、血と炎の地獄と化していた。
「ギャアアアア!」
「逃げろ! 喰われるぞ!」
村々が燃え上がり、逃げ惑う人々を、転移門から現れた魔王軍が狩り立てていく。
正規の騎士団は、すでに半壊していた。
彼らの前に立ちはだかったのは、全身が鋭利な刃物で構成された異形の四天王――『斬撃のベルセルク』だったからだ。
「脆い、脆いなぁ!」
ベルセルクが腕を振るうたび、見えない斬撃が飛び、騎士たちの鎧ごと肉体を切断していく。
「女神の加護を受けた我が刃、防げるものなど存在しない!」
騎士団長代理が、血まみれで叫ぶ。
「て、撤退だ! 市民を連れて、少しでも後ろへ!」
だが、魔物の足は速い。逃げ遅れた老人や子供たちが、オークの群れに包囲される。
「ヒヒッ、旨そうな肉だ……」
オークが棍棒を振り上げる。
「――やめろォォッ!!」
ドスッ!
オークの顔面に、泥だらけの「スコップ」が突き刺さった。
「ブゴッ!?」
オークがよろめく隙に、数人の男たちが割って入り、子供たちを庇うように立った。
彼らは、ボロボロの貫頭衣をまとい、手にはツルハシやクワ、スコップといった農具しか持っていない。
高橋たち、元・農奴のクラスメイトたちだった。
「な、なんだテメェらは……?」
オークが激怒して鼻を鳴らす。
高橋の手足は、ガクガクと震えていた。怖い。死ぬほど怖い。
相手は魔物だ。自分たちは、ただの高校生(しかも農奴生活で衰弱している)だ。勝てるわけがない。
(逃げたい……)
(ミナトみたいに、強くない……)
だが、高橋は歯を食いしばった。
ここで逃げたら、自分たちは本当に、あの日ミナトを見捨てた「ゴミ」のままだ。
「……俺たちは、アルカディアの『義勇軍』だ」
高橋は、震える声で啖呵を切った。
「この人たちには、指一本触れさせねえ!」
「そうだ! やれるもんならやってみろ!」
他のクラスメイトたちも、涙目で農具を構える。
「ギャハハ! 雑魚が! 死ね!」
オークの群れが襲いかかる。
「うわあああっ!」
「ぐっ……!」
当然、戦闘になどならない。高橋たちは一方的に殴られ、蹴られ、吹き飛ばされる。
骨が折れ、血が出る。
だが、彼らは倒れても、倒れても、這いつくばって魔物の足にしがみついた。
「行かせるかよ……!」
「俺たちが……時間を稼ぐんだ……!」
「ミナトが……あいつが来るまで……!」
その執念が、わずかな時間を作り、市民たちを逃がしていく。
だが、その健気な抵抗も、圧倒的な暴力の前には無力だった。
「……鬱陶しい虫ケラどもめ」
四天王ベルセルクが、高橋たちの前に降り立った。
「勇者ミナトはどうした? 貴様らのようなゴミを盾にして、自分だけ逃げたか?」
「……違う」
高橋は、血反吐を吐きながら、ベルセルクを睨みつけた。
「あいつは逃げねえ。……一番ヤバい場所で、戦ってるんだ」
「あいつは、必ず来る。……お前なんか、あいつの一撃で終わりだ!」
「……不愉快だ」
ベルセルクの全身の刃が、キィン、と鳴った。
「ならば、その希望ごと切り刻んでくれる」
「死ね」
ベルセルクが、死の刃を振り上げた。
高橋は、目を閉じなかった。
(……カンザキ)
(俺たち、少しは……マシになれたか?)
刃が振り下ろされる。
死の冷気が、肌を撫でた。
その瞬間。
キィィィィィィィィィンッ!!!!
東の空から飛来した「閃光」が、ベルセルクの刃を、真横から弾き飛ばした。
「なっ……!?」
ベルセルクが体勢を崩す。
砂煙が舞う中、高橋の目の前に、一人の男が着地した。
背中のマントをなびかせ、白銀の剣を一閃させるその姿。
「……悪かったな、高橋」
ミナトは、背中越しに言った。
「待たせた」
「……おせーよ、馬鹿野郎……!」
高橋の目から、涙が溢れ出した。
ミナトは、ベルセルクに向き直った。
その瞳には、東のロキを葬った時以上の、静かで熱い怒りが宿っていた。
「よくも、俺の……『友人』たちを傷つけたな」
「貴様……東のロキはどうした!?」
ベルセルクが叫ぶ。
「地獄に送った」
ミナトは剣を構えた。
「次はお前の番だ。……覚悟しろよ、なまくら野郎」
東を制圧した勇者が、神速で南へ到着。
ゴミと呼ばれた者たちの意地が繋いだバトンを、最強の英雄が受け取った。




