第四十六話:英雄の帰還と、悪意の『転移門(ゲート)』
北の空から、一筋の流星が王城のバルコニーに降り立った。
「ミナト殿!」
国王アルトリウスが駆け寄る。
「ただいま戻りました、陛下。バッカス討伐、完了です。……開拓地のクラスメイトたちも無事です」
「おお……!」
ミナトの帰還に、王城内は一瞬、歓喜に包まれた。
だが、その安堵は、あまりにも残酷な形で破られた。
「――伝令!!」
通信兵が、転がり込むようにして作戦会議室に入ってきた。その顔は、恐怖で引きつっていた。
「へ、陛下! 異常事態です! 王国の東、西、そして南の空に……突如として、巨大な『光の門』が出現しました!!」
「光の門……だと?」
国王が眉をひそめた直後、通信兵が続けた言葉に、室内の空気が凍りついた。
「門から、魔王軍が出現! その数、各方面に数千! 現在、東部要塞、西部港湾都市、南部穀倉地帯へ向けて、同時に侵攻を開始しました!!」
「な……っ!?」
騎士団長が絶句する。
「馬鹿な! 魔王軍は北にいるはずだ! なぜ、正反対の南や、東西から現れる!?」
「『転移』か……!」
ミナトが、ギリッと歯を噛み締めた。
「女神だ。魔族には扱えないはずの『大規模転移魔法』……。女神が、魔王軍を俺たちの背後や側面に送り込んだんだ!」
物理法則を無視した、神による各方面への直接介入。
北から攻めてくるとばかり思っていた王国軍にとって、これは完全な奇襲だった。
さらに、通信兵の報告は続く。
「そ、それだけではありません! 各方面軍を率いている指揮官(四天王)の魔力反応が……異常です!」
「以前のデータとは比較になりません! まるで、神ごとき神聖なオーラを纏っていると……!」
「……強化されているのか」
ミナトは、バッカスとの戦いを思い出した。奴はただの力押しだった。だが、残りの三人は違うということか。
女神の力で強化され、女神の力で転移してきた、最悪の侵略軍。
そして、通信兵は震える声で、最後の報告を付け加えた。
「敵軍は、こう宣言しています。『国を救いたくば、勇者ミナトを差し出せ』と……!」
「……ッ!」
その場にいた全員の視線が、ミナトに集まる。
ミナトは、唇を噛み締め、拳を握りしめた。
(女神……!)
(俺を殺すために、国ごと人質に取りやがった!)
「……行きます」
ミナトが立ち上がる。
「東、西、南。……俺が全部、叩き潰します」
「待て、ミナト殿!」
騎士団長が悲痛な声で止めた。
「無理だ! これは罠だ! 敵は、貴殿が一人しかいないことを知って、わざと戦力を分散させたのだ!」
「東を救っている間に、西と南は確実に壊滅する。……選ばせる気なのだ、貴殿に!」
ミナトは拳を握りしめた。
わかっている。
だが、見捨てられるわけがない。
(……どうすれば)
圧倒的な「個」の力を持っていても、「距離」と「数」の暴力には勝てないのか。
その時だった。
「――諦めるなよ、神崎」
会議室の扉が開き、薄汚れた貫頭衣をまとった高橋たちが、入ってきた。
「高橋……?」
「話は聞いた。……お前、また一人で全部背負い込んで、どれかを見捨てようとしてたな?」
高橋は、ミナトの前に立った。その目は、もう腐ってはいなかった。
「俺たちを使え」
「……は?」
「俺たちは戦えねえ。四天王なんて無理だ。……だけどよ、避難誘導や、バリケード作り、物資の運搬くらいならできる」
高橋は、後ろに続く数百人の元・農奴たちを振り返った。
「俺たちは、死ぬほど土木作業をやらされてきたんだ。体力と根性だけはある」
「お前が一番ヤバい場所(東)に行ってる間、西と南は、俺たちと騎士団で時間を稼ぐ」
「民衆を逃がす手伝いくらい、俺たちにもさせろよ!」
それは、かつて「自分さえ良ければいい」と思っていた彼らからの、魂の叫びだった。
ミナトに助けられ、その背中を見たことで、彼らの中に「意地」が芽生えていた。
ミナトは、高橋を見つめ、そしてフッと笑った。
「……死ぬかもしれないぞ」
「ああ。でも、卑怯者のままで生き残るよりはマシだ」
高橋がニッと笑い返す。
ミナトは頷き、国王に向き直った。
「陛下。作戦を変更します」
「俺は、敵の戦力が最も高い『東』へ向かいます。その間、西と南へは、騎士団と彼ら(義勇軍)を派遣してください。住民避難までの時間稼ぎを!」
「東を片付け次第、神速で救援に向かいます!」
「承知した! アルカディアの総力戦だ!」
国王の号令が飛ぶ。
ミナトは、高橋と拳を合わせた。
「頼んだぞ」
「おう。行ってこい、英雄」
女神の悪意に満ちた「三方向同時・転移侵攻」。
それに対抗するのは、勇者と、かつてのいじめっ子たちによる、奇跡の共同戦線だった。
ミナトは窓から飛び出し、罠が待ち受ける東の空へと加速した。
第二章の激戦が、今、幕を開ける。




