第四十五話:魔王城の『共犯者』たち
北の極点にそびえる、常闇の魔王城。
その玉座の間には、重苦しい殺気が充満していた。
玉座に座すのは、漆黒の鎧と底知れぬ魔力を纏う巨影――魔王ギルガメス。
その御前には、三つの異形の影が跪いている。
「……ほう」
魔王の声が、重低音となって響く。
「バッカスが死んだか。……あの一撃で」
報告を聞いた幹部たちに動揺が走る。
四天王の一角『剛力のバッカス』が、接敵からわずか数分で消滅したという事実は、彼らの想定を遥かに超えていた。
「プッ……アハハハ!」
静寂を破ったのは、妖艶な美女の姿をした四天王、『幻惑のカーミラ』だった。
「傑作ねぇ。あの筋肉ダルマ、人間風情に一撃ですって? 女神の結界が消えて、浮かれて突っ込むからよ」
「笑い事ではない」
全身が刃物で構成された四天王、『斬撃のベルセルク』が冷たく言い放つ。
「奴の戦力は異常だ。Sランク相当のバッカスを、子供扱いした。……個の武力において、我々を凌駕している可能性がある」
「フォッフォッ……」
老人姿の大魔導師、四天王『深淵のロキ』が杖を突く。
「『元・勇者』……侮れませぬな」
魔王軍幹部たちの間に、初めて明確な「警戒」の色が走る。
その時。
玉座の間の空間が歪み、光のホログラムが出現した。
女神セレスティーナだ。
『……何を悠長に会議などしているのです』
女神の声は、苛立ちに満ちていた。
『バッカスごとき無能を先兵にしたのは失敗でした。……魔王ギルガメス。約束が違いますわよ?』
「フン」
魔王は、不敵に鼻を鳴らした。
「焦るな、堕女神。バッカスは捨て駒だ。奴の死で、敵の戦力分析は終わった」
魔王は、空中に浮かぶ映像(バッカスの最期の記憶)を握りつぶした。
「奴は強い。だが、所詮は『個』だ。……奴の体は一つしかない。東、西、南と同時に揺さぶれば、必ずボロが出る」
「だが、北からでは移動に時間がかかりすぎる。……貴様の力が必要だ」
『……ええ。わかっています』
女神は、冷酷な笑みを浮かべた。
『奴を絶望させるためなら、道理など幾らでも捻じ曲げて差し上げますわ』
女神が指を鳴らすと、玉座の間の空間に、三つの巨大な『光の門』が出現した。
空間がねじれ、その向こう側に、それぞれ全く異なる景色――東の要塞、西の海、南の平原――が映し出される。
『わたくしの権能で繋いだ、特異点への転移門です。これを使えば、距離など無意味。……いきなり王国の喉元へ、軍勢を送り込めます』
「ククク……便利使いできる神だな」
魔王は満足げに頷き、そして三人の四天王を見下ろした。
「だが、奴は強いぞ。今の貴様らでは、バッカスの二の舞になりかねん」
『ええ。ですから、貴方たちには「武器」を与えましょう』
女神が手をかざすと、三人の四天王の前に、四つのアイテムが降臨した。
三つは、血のように赤い輝きを放つ、宝玉。
そして残る一つは、禍々しい紫色の光を放つ、巨大な水晶だった。
『赤い宝玉は「神の雫」。全員飲み込みなさい』
『貴方たちの魔力に「神聖力」を上乗せし、限界を超えて強化させます』
四天王たちが、女神から与えられた「神の雫」を手に取り、一気に飲み込む。
ドクンッ!
彼らの全身から、魔力と神聖力が混ざり合った、異様なオーラが噴き出した。
バッカスとは比較にならない、最凶の怪物たちが覚醒する。
そして、女神は残った「一つの水晶」を、空中に浮かせた。
『そして水晶は、「対・勇者結界」の【完成品】です』
『試作品とは違い、物理的な「隙間」などという欠陥もありません。……これを展開すれば、その空間内ではミナトは無力な人間に戻ります』
「ほう、素晴らしい」
魔王が頷くが、すぐに眉をひそめた。
「だが、一つか。奴を確実に殺すなら、全軍に持たせたいところだが」
『神の権能を封じる檻です。そう易々と量産できるものではありません』
女神は冷たく告げた。
『この水晶は、ミナト本人が現れる戦場で使いなさい。奴がいない場所で使っても、ただの宝の持ち腐れです』
魔王はニヤリと笑い、その水晶を手に取ると、三人の四天王の中で、最も理知的で、冷酷な瞳をした男――『深淵のロキ』へと放り投げた。
「ロキ。貴様が持て」
「フォッフォッ……承知いたしました」
老魔導師ロキが、恭しく受け取る。
「奴は、おそらく戦力が最も高い場所へ誘引されるでしょう。……私が向かう『東』で、極上の処刑台を用意しておきましょう」
『それと……もう一つ。「不安」という武器も使いなさい』
『「ミナトを差し出せば国を救う」と吹き込み、人間どもを内側から崩壊させるのです』
魔王は立ち上がり、号令を下した。
「聞け、我が精鋭たちよ!」
「女神の門を通り、東・西・南。三方向から同時に侵攻せよ!」
「人間どもを分断し、内乱を誘発させ、そして勇者が現れたその時――『結界』で捕らえ、なぶり殺せ!」
「「「御意!!!」」」
最凶の怪物たちが、光の門へと足を踏み入れる。
『さあ、始めましょう』
女神と魔王、最悪の共犯者たちが笑う。
『第二ラウンドは、総力戦ですわ』




