第三十九話:『第一章』の終わり(冤罪と和解)
洞窟は、静まり返っていた。
ミナトは、気を失った佐藤健也と、戦闘不能になった元・取り巻きたちを、冷たく見下ろしていた。
『自己嫌悪』という名の猛毒を克服した今、彼らに対する憎悪も、恐怖も、もはやミナトの心にはなかった。
あるのは、ただ、ひたすらな「虚しさ」だけだった。
(……こいつらを、どうする)
殺すか?
(……いや)
ミナトは首を振った。
(こいつらも、俺と同じ、『女神』に振り回された『駒』だ)
(こいつらに力を与え、俺にけしかけたのは、女神だ)
健也たちの「罪」は許されない。だが、その罪を裁くのは、もはや「被害者」であるミナトの役目ではない。
ミナトは、洞窟の入り口に目を向けた。
夜が明け始めている。
(……帰ろう)
逃げるのは、もう終わりだ。
(王都へ)
(国王アルトリウス。あの人のところへ)
王城を飛び出した時、ミナトは国王を「嘘つき」と断罪した。
だが、今、健也との戦いを終え、精神的に「成長」したミナトは、別の可能性に気づいていた。
(……あの人は、本当に、俺を『騙そう』としたのか?)
(それとも、俺が未熟だったから、『真実』を言えなかっただけじゃないのか?)
(クラスメイトを『農奴』や『罪人』にしたのは、本当に、国王の意志だったのか?)
全ての「真実」を、自分の目で確かめなければならない。
そして、ケリをつける。
この、理不尽な「鬼ごっこ」に。
ミナトは、健也たちを洞窟に縛り上げたり、殺したりすることはしなかった。
ただ、彼らを放置して(いずれ騎士団や近隣の村人が発見するだろう)、洞窟を出た。
そして、王都アルカディアに向かって、堂々と、歩き始めた。
数日後。王都、玉座の間。
「――何!?」
国王アルトリウスは、玉座から立ち上がった。
「『勇者ミナト』が……いや、『反逆者ミナト』が、正面から城門に現れただと!?」
「はっ! 『国王陛下に、話がある』と。武器は携帯していますが、敵意は見せず、ただ一点、『対話を望む』と……」
「……」
国王は、顎に手をやった。
騎士団長から、「血を流して逃走した」という報告を受けて以来、行方が知れなかった男。
(……罠か?)
(いや、あの男が、今更、正面から罠を仕掛けるとは思えん)
国王は、騎士団長と王国賢者に目配せをし、覚悟を決めた。
「……通せ」
玉座の間に、ミナトは一人で入ってきた。
鎧はまとわず、あの黒い戦闘服のまま。背中の傷は、もう塞がっている。
だが、その雰囲気は、王城を逃げ出した時の「壊れた爆弾」のような危うさとは、まったく異なっていた。
静かで、揺るぎなく、そして、冷徹なほどに落ち着いている。
(……何かが、変わった)
国王は、ミナトの「成長」を、一目で見抜いた。
「……何の用かな、『反逆者』ミナト殿」
国王は、あえて、冷たく言った。
「単刀直入に聞きます、陛下」
ミナトは、玉座の前に立ち、国王をまっすぐに見据えた。
「なぜ、嘘をついた」
「……」
「『開拓地』のことも、『鉱山』のことも、なぜ隠した。なぜ俺を、あんな『影』まで使って、王城に閉じ込めようとした」
それは、感情的な詰問ではなかった。
ただ、純粋な「真実」を求める、対等な立場からの「問い」だった。
国王は、ミナトのその「成長した」瞳を見て、深く、深く、息を吐いた。
そして、重い口を開いた。
「……君を、壊したくなかったからだ」
「!」
「ミナト殿。わしは、君を『騙した』つもりはない。ただ、『守ろう』としただけだ」
国王は、全てを話し始めた。
あの日、神殿で、クラスメイトたちに『農奴』や『罪人』という地位が与えられたのは、国王の意志ではなく、全て「女神セレスティーナの神託」であったこと。
国王には、神の決定を覆す力などなかったこと。
「……では、陛下は、何も……」
「そうだ」
国王は、苦渋に満ちた顔で頷いた。
「わしが君についた『嘘』は、一つだけだ。『彼らが元気にやっている』と言ったこと。……わしは、君がその真実を知り、心を痛め、『魔王討伐』という大義に集中できなくなることを恐れた」
「……」
「それは、君を『爆弾』だと誤解し、君の心の強さを信じきれなかった、わしの『配慮』であり、『弱さ』だった」
ミナトは、言葉を失った。
(……冤罪、だった)
(俺は、この人を、ずっと……)
自分がどれほど、浅はかで、一方的な「決めつけ」で行動していたかを、ミナトは痛感した。
国王は、玉座から降り、ミナトの前に立った。
「君が城を逃げ出し、騎士団に傷つけられたと聞いた時、わしは後悔した」
「わしの『嘘』が、君をここまで追い詰めてしまったのだ、と」
国王アルトリウスは、一国の王としてではなく、一人の人間として、ミナトに深く、頭を下げた。
「……すまなかった、ミナト殿。君を、信じることができなくて」
「……やめてください」
ミナトは、国王の肩を支え、頭を上げさせた。
「俺も……あなたを信じようとしなかった」
「俺は、ただ逃げただけだ。真実と向き合うことから。……国王からも」
二人の視線が、初めて、まっすぐに交わった。
国王の「誤解」も、ミナトの「誤解」も、今、この瞬間、完全に氷解した。
彼らは、もはや「王と道具」でも、「嘘つきと反逆者」でもない。
「……ミナト殿」
「……陛下」
二人は、同時に、同じ「結論」に行き着いていた。
「俺たちを、ここまで振り回したのは、誰だ」
ミナトが、静かに、だが、燃えるような怒りを込めて、言った。
国王が、頷く。
「……天上の、ただ一柱」
この世界を「盤面」と呼び、ミナトを「お気に入り」として依怙贔屓し、健也を「復讐者」として解き放ち、国王を「駒」として操った、全ての元凶。
『女神セレスティーナ』
二人の真の「敵」が、定まった。
ミナトの「自分探しの旅」という名の第一章は、今、終わりを告げた。
そして、神を狩るための「本当の戦い」を見据えている、その足元で静かに魔王軍は侵攻の機会を伺うのだった。




