第三十四話:『復讐者』の軍勢
第三十四話:『復讐者』の軍勢
アルテア平原を抜けた、森の入り口。
佐藤健也は、忌々(いまいま)しげに舌打ちをしていた。
彼が引き連れてきた、鉱山からの元・取り巻きたちが、その場に折り重なるように倒れていたからだ。
「ハァ……ッ、ハァ……! け、健也……もう、一歩も、歩けねえ……」
「水……水、くれ……」
「脚が……棒みたいだ……」
彼らは、鉱山での過酷な労働と飢餓によって、肉体の限界をとっくに超えていた。
女神から「解放」されたとはいえ、その「疲弊」が治ったわけではない。
ここまでミナトの「血の匂い」を追って強行軍を続けられたこと自体が、奇跡に近い。
「チッ……! 使えねえクズどもが!」
健也は、倒れた仲間の一人を、容赦なくブーツで蹴り上げた。
「ここで止まったら、アイツ(ミナト)の匂いが消えちまうだろうが! 立て! 立てよ!」
「む、無理だ……! 殺してくれ……!」
健也の脳裏に、あの女神の声が響く。
『裏切り者は、手傷を負いました』
(絶好のチャンス(・・・・)なんだぞ……!)
(今、アイツは弱ってる! この『足手まとい』どものせいで、それを逃すってのかよ!)
健也の苛立ちは、最高潮に達していた。
その時。
彼の頭に、再び、あの冷たい声が響いた。
『……本当に、見ていられませんわね』
「! 女神か! てめえが解放したクズどもだろうが! どうにかしろ!」
『どうにかするのは、貴方ですよ、復讐者』
「あ?」
『お前に「腐食の瘴気」を与えた時、わたくしは、お前の憎悪の「器」そのものを広げたはず。……お前は、まだその力の半分も使いこなせていませんわね』
「……どういう意味だ」
『お前の「憎悪」は、瘴気として「外」に出すだけではありませぬ』
女神は、まるで教師が愚鈍な生徒に教えるかのように、嘲るように言った。
『その憎悪を、「内」に……他者に、注ぎ込むこともできるはずですわ』
「……他者に、注ぎ込む……?」
健也は、目の前で瀕死になっている元・取り巻きを見た。
(こいつに、俺の憎悪を……?)
言われるがまま、健也は、その男の頭を鷲掴みにした。
「……立てよ、クズ」
そして、自らのギフト『腐食の瘴気』の力を、瘴気としてではなく、「力」そのものとして、男の体内に無理やり流し込んだ。
「ぎゃあああああああああっ!!!」
男が、この世のものとは思えない絶叫を上げた。
痩せこけていたはずの筋肉が、まるで風船のように、不自然に膨れ上がる。
疲労で土気色だった顔が、憎悪で赤黒く染まり、その瞳孔が、健也と同じ、狂気に満ちた光を宿した。
「……あ……ああ……」
男は、よろよろと立ち上がった。
疲労は、消えていた。
そして、その口から、健也が思ってもみなかった言葉が飛び出した。
「……カンザキ……」
「!」
「あの野郎……! あの教室で、俺たちのこと、見下しやがって……!」
それは、健也自身の憎悪が、男の口を借りて喋っているかのようだった。
彼らは、健也の力によって強化され、同時に、健也の「記憶」と「憎悪」を共有させられたのだ。
「ハ……」
健也は、その光景を見て、理解した。
そして、最高に醜悪な笑みを浮かべた。
「……ハハハ! なるほどな! そういうことかよ、女神!」
(こいつらは、「兵隊」じゃねえ)
(アイツの心を折るための、『弾丸』だ)
健也は、倒れている他の取り巻きたちにも、次々とその「力」を注ぎ込んでいく。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
数分後。
そこには、疲弊した奴隷ではなく、ミナトへの憎悪だけで目を爛々(らんらん)と輝かせ、疲れを知らない肉体を手に入れた、十数名の「復讐者」の軍勢が誕生していた。
「……行くぞ、テメェら」
健也が、ミナトが消えた方角(川のある方角)を指差す。
「カンザキが、血の匂いを消しやがった。……だが、関係ねえ」
健也の鼻が、かすかな匂いを捉えていた。
それは、ミナトが川で洗い流した「血」ではなく、彼がキマイラを倒した時に放った、「聖なる力の残り香」だった。
(女神の言った通りだ……この匂いだけは、隠せねえようだな、カンザキ!)
「あいつを見つけたら、好きにしろ」
健也は、非道な命令を下した。
「だが、殺す前に、存分に叫んでやれ」
「あいつが、俺たちから何を奪ったのか。あいつが、どれだけ俺たちを馬鹿にしてきたのか」
「あいつの『心』を、ズタズタにしてから、殺るんだよ!」
「「「オオオオオオ!!!」」」
憎悪に染まった元・取り巻きたちが、雄叫びを上げる。
もはや「足手まとい」ではない、疲れを知らぬ軍勢が、ミナトを追って、森の中を駆け出した。




