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「顔が好み」で勇者にしてあげたのに、裏切られたのでラスボスになります  作者: さらん
第一章『寵愛(ちょうあい)の勇者、憎悪(ぞうお)の反転』

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第二十六話:『何者でもない者』の自由


田中美咲の小さな部屋。


ミナトは、窓枠に手をかけたまま、彼女に深く頭を下げた。


「田中さん。本当に、ありがとう」

「……神崎くん」


美咲は、不安げに唇を噛んでいた。目の前の青年は、数時間前まで絶望に打ちひしがれていたのに、今は不思議なほど落ち着き、力強い意志を取り戻している。


「これから、どうするの……?」

「わからない」


ミナトは、正直に答えた。


「王城にも、開拓地にも、俺の居場所はなかった。……だから、探しに行く。俺が、本当に何をすべきなのか」

「でも、街は……」

「大丈夫だ」


ミナトは、自分のステータス(今はもう空白だが)を意識した。


「『勇者ミナト』は、もういない。ここにいるのは、ただの……名前すらない、通りすがりの誰かだ」

「……」

「君も、絶対に俺のことを話すな。いいね?」


美咲がこくりと頷くのを確認し、ミナトは、昨日王城から脱出した時と同じように、音もなく窓から闇へと消えた。


深夜の王都。

空気は、昨日よりもさらに張り詰めていた。

ミナトが王城を脱出しただけでなく、「開拓地」にまで現れたことで、国王側が事態の深刻さを最大級に受け止めた結果だろう。


あちこちの辻に、衛兵が立ち、松明が焚かれ、検問所まで設けられている。

壁には、真新しい「指名手配書」が貼り出されていた。


ミナトは、路地の暗がりから、その手配書を眺めた。


『反逆者ミナト』

そこに描かれていたのは、ミナトとは似ても似つかない、凶悪な人相の男の似顔絵だった。


(……ひどい顔だ)

ミナトは思わず苦笑した。どうやら、国王側も、ミナトの正確な顔(メガネを外した素顔)を描ける絵師を手配する余裕はなかったらしい。

これなら、顔を隠す必要すらないかもしれない。


(問題は、『鑑定』だ)

ミナトは、深くフードを被り、あえて大通りへと出た。

すぐそこでは、衛兵たちが二人組で巡回している。

ミナトは、ただの市民のように、ゆっくりと彼らとすれ違おうとした。


「おい、待て」


衛兵の一人が、ミナトを呼び止めた。


「……何か?」

「こんな夜更けに、フードなんぞ被って怪しい奴だ。顔を見せろ」


ミナトは、ゆっくりとフードを上げた。

衛兵は、ミナトの顔(もちろん似顔絵とは似ていない)をじろりと見たが、特にピンときた様子はない。


「……チッ。ステータスを確認するぞ。『鑑定』」


もう一人の衛兵が、面倒くさそうに、ミナトに向かってスキルを行使した。

ミナトは、静かにその瞬間を待った。


数秒後。

衛兵は、怪訝けげんな顔で、自分の目をこすった。


「……あれ?」

「どうした?」

「いや……何も見えん」

「は?」

「だから、ステータスが、何も表示されねえんだよ。名前も、レベルも、地位も。真っ白だ」

「なんだそりゃ。魔力酔いの病人か? それとも、生まれたての赤ん坊か?」


衛兵たちは、顔を見合わせた。

ステータスが「表示されない」など、前代未聞だった。

だが、『勇者ミナト』という、国中を揺るがす大犯罪者のステータスが「空白」であるはずがない。

彼らの頭の中では、「反逆者=強力なステータス」という先入観が出来上がっていた。


「……おい、お前。病気ならさっさと家に帰れ」

「魔道具ギルドで、ステータス異常バグを診てもらいな」


衛兵たちは、ミナトを「病人」あるいは「魔力を持たない浮浪者」と判断し、興味を失ったように手を振った。


「……失礼します」


ミナトは一礼し、再び闇の中へと歩き出した。


(……成功だ)

ミナトは、フードの下で、確かな手応えを感じていた。


『女神の祝福』は、女神が作ったこの世界の「理(鑑定)」すらも、上回ったのだ。


俺は、自由だ。

この世界で、国王にも、女神にも、誰にも縛られない、本当の「透明人間」になった。

ミナトは、もはや衛兵たちを避けることすらしなかった。


堂々と大通りを歩き、厳重に警備された城門へと向かう。

そして、衛兵たちの視界の「死角」に入った瞬間、昨日王都に侵入した時と同じように、音もなく城壁を駆け上がった。


王都の外壁の上。

ミナトは、眼下に広がる王都の夜景と、その向こうに広がる広大な闇を見下ろした。

数週間前、自分を英雄として熱狂的に迎えた街。

今、自分を反逆者として血眼になって探している街。


(……さよならだ)

ミナトは、王都に背を向けた。


『勇者』でもなく、『神崎湊』でもない。

名前すらない「何者でもない者」として。

彼は、自分が何をすべきか、どこへ行くべきかもわからないまま、ただ、当てどなく、暗い森の中へと歩き出した。


彼が手に入れた「自由」が、女神の掌の上での、束の間の自由に過ぎないことなど、まだ知る由もなかった。


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