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「顔が好み」で勇者にしてあげたのに、裏切られたのでラスボスになります  作者: さらん
第一章『寵愛(ちょうあい)の勇者、憎悪(ぞうお)の反転』

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第二話:それぞれのスタートライン


眩い光が収まった時、神崎湊たちを包んでいたのは、荘厳な神殿ではなく、埃っぽい広場の喧騒だった。


石畳の広場。レンガ造りの建物。行き交う人々は、獣の耳を生やしていたり、明らかに人間とは違う体躯をしていたりと、ここが自分たちの知る世界ではないことを雄弁に物語っていた。


「……どこ、ここ」

「街? っていうか、人多くない?」


転生させられたクラスメイトたちは、突然の変化に戸惑い、不安げに身を寄せ合っていた。彼らの服装は、一様にみすぼらしい麻の貫頭衣のようなものに変わっている。つい先ほどまで着ていた学生服の面影はどこにもない。


田中美咲は、その集団から少しだけ離れた場所に立っていた。

彼女は、自分の服装が他の大多数の生徒とは違うことに気づいていた。貫頭衣ではなく、簡素だが清潔な木綿のワンピースと、丈夫そうな革のサンダル。


「私……」


おそるおそる、自分のステータスプレートを意識する。光の板が目の前に現れた。


=====

名前:タナカ・ミサキ

地位:平民

ギフト:生活魔法

スキル:『ウォーター(水生成)』『クリーン(洗浄)』『ドライ(乾燥)』『スモールヒール(小治癒)』

=====


「生活魔法……」


美咲は、祈るように手を組み、『ウォーター』と呟いてみた。すると、手のひらの上にぽこんと小さな水の塊が出現する。


「わっ……!」


驚いて手を振ると、水はぱしゃりと石畳に落ちて小さな染みを作った。本物の魔法だ。戦闘にはまったく向かないだろうが、生きていく上では確かに役立ちそうだった。


その時、甲冑をまとった衛兵らしき男たちが、広場の隅に固まっていたクラスメイトたちに近づいてきた。


「お前たちか、女神様の神託にあった『転生者』というのは」


低い、事務的な声。衛兵たちは、生徒たちのステータスプレートを一瞥し、面倒くさそうに吐き捨てた。


「チッ、揃いも揃って『農奴』か『雑用係』か。まあいい、人手はいくらあっても足りん」

「え、あの、俺たち……」

「口答えするな。お前たちには労働の義務が課せられている。まずはギルドで登録だ。こっちへ来い」


衛兵たちは、抵抗しようとする元クラスメイトたちを威圧し、まるで家畜を追いやるかのように、ぞろぞろと広場の一角へ連行していく。その中には、昨日まで教室で楽しそうに笑っていた女子生徒たちの姿もあった。彼女たちは、みすぼらしい服と、これからの運命に絶望し、泣きじゃくっていた。


美咲は、息を飲んでその光景を見ていた。自分もあの中に入らなければならないのだろうか。


「……ん? そこな嬢ちゃんは」


衛兵の一人が、美咲に気づいた。男は美咲のステータスプレートを確認すると、わずかに目を見開く。


「ほう、『平民』か。珍しいな、この中に『平民』持ちがいるとは」


男の態度は、先ほどまでの威圧的なものとは違い、いくらか穏やかなものに変わっていた。


「君は彼らとは違う。街のギルドで『平民』として登録しなさい。そうすれば、市民権と当面の仕事、宿舎が手配されるだろう。場所はわかるか?」

「あ、いえ……」

「あそこの、剣と盾の看板が下がっている建物だ。行きなさい」

「は、はい! ありがとうございます!」


美咲は深々と頭を下げ、足早にその場を離れた。連行されていくクラスメイトたちの、羨望と、あるいは嫉妬が混じった視線が背中に突き刺さる。


(私……助かったんだ)

湊を助けようとした、あのささやかな行動。神様(女神)は、本当によく見ていてくれたのだ。

美咲は、自分に与えられた『平民』という地位を噛み締め、ギルドへと続く道を急いだ。



一方で。

神崎湊が目を覚ましたのは、広場の喧騒とは無縁の場所だった。

ふか、と沈み込む感触。鼻腔をくすぐる、微かに甘い香。目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪奢な天蓋てんがいだった。


「……どこだ、ここ」


慌てて跳ね起きると、そこはベッドの上だった。キングサイズと呼んでもまだ足りないほど巨大で、シーツは滑らかなシルクの肌触りがする。


部屋は信じられないほど広かった。磨き上げられた床、ビロードのカーテン、美しい彫刻が施された調度品。まるで映画で見る王族の寝室だ。


広場で、クラスメイトたちと一緒にいたはずが、自分だけが光に包まれ、次の瞬間にはこの部屋にいた。


「……!」


湊は、自分の服装が変わっていることにも気づいた。学生服ではない。体に吸い付くような、上質だが動きやすさを重視した白いチュニック。その上には、軽量な金属で編まれた、芸術品のように美しい胸当て(チェストプレート)。腰には、白銀の鞘に収まった片手剣が吊るされている。


何より、視界が驚くほどクリアだった。

昨日まで、分厚いメガネを通さなければ世界はぼやけていたのに、今は部屋の隅の埃までくっきりと見える。


「メガネ……」


顔に手をやるが、そこにあるはずのものがない。神殿で、女神に外すよう言われて落としたままだった。だというのに、この視力は。


呆然としていると、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「勇者様。お目覚めでいらっしゃいますか」

「え、勇者……?」

「失礼いたします」


静かに扉が開き、一糸乱れぬ動きで入ってきたのは、数人のメイドと、燕尾服を隙なく着こなした壮年の執事だった。


「おはようございます、勇者・ミナト様。私は勇者様付きの侍従長を拝命いたしました、セバスと申します」


執事セバスは、恭しく胸に手を当てて一礼した。メイドたちも一斉にスカートの裾をつまんで挨拶する。


「あ、あの、神崎です……」

「承知しております。ですが、女神セレスティーナ様より『ミナト様とお呼びしなさい』と直々にご下命がございました」

「女神様が……」

「はい。女神様は『あの方の、あの美しいお顔に傷一つつけぬよう、また、一切の不自由をさせぬよう、万全の体制でサポートなさい。これは神託です』と、強く仰せつかっておりました」


セバスは真顔で言う。その瞳には、女神の「お気に入り」に対する絶対的な敬意が宿っていた。

これが、依怙贔屓えこひいき


「まずは朝食の準備を。その後、国王陛下への謁見が予定されております」


メイドたちが手際よくテーブルに料理を並べていく。湯気を立てるスープ、黄金色に焼かれたパン、艶やかな果物。昨日、健也にパシリをさせられていた時には想像もつかない光景だ。

湊は、改めて自分のステータスプレートを呼び出す。


=====

名前:ミナト・カンザキ

地位:勇者

ギフト:女神の祝福スペシャル・フェイバー

スキル:

・全属性魔法適性(最上級)

・身体能力超強化(Lv.MAX)

・超速成長(EXP1000倍)

・アイテムボックス(容量無限)

・鑑定(真)

・自動翻訳

・自動回復(超)

・女神の加護(常時発動)

……他多数

=====


「…………」


あまりのチートっぷりに、湊は言葉を失った。視力が回復しているのも、おそらくはこのギフトの影響だろう。


「勇者様、いかがなさいましたか?」

「あ、いえ……」


セバスに促され、湊はテーブルの前に座った。部屋の隅に置かれた姿見に、自分の姿が映っている。

そこにいたのは、卑屈に背を丸めていた昨日までの自分ではなかった。


姿勢よく椅子に座り、上質な服に身を包んだ、自分でも見惚れるほど端正な顔立ちの青年。涼やかな目元は、不安と戸惑いを浮かべながらも、どこか力強い光を宿し始めていた。


(他の皆は、どうなったんだろう……)

特に、健也たち、そして、田中さんのことも気にかかる。


だが、セバスの丁寧だが有無を言わせぬ態度に、それを尋ねる隙はなかった。


「さあ、勇者様。お召し上がりください。本日はお忙しくなりますゆえ」


差し出された銀のスプーンを、湊はゆっくりと手に取った。

地獄から天国へ。あまりにも急すぎる転落、あるいは飛翔。


こうして、神崎湊の、女神の絶大な依怙贔屓に守られた異世界生活が、王城という最高すぎるスタートラインから始まろうとしていた。


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