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「顔が好み」で勇者にしてあげたのに、裏切られたのでラスボスになります  作者: さらん
第一章『寵愛(ちょうあい)の勇者、憎悪(ぞうお)の反転』

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第十七話:王の憂慮、勇者の決裂


ミナトが王城に帰還した時、玉座の間はすでに重い空気に包まれていた。


国王アルトリウス、騎士団長、そして王国賢者が、ミナトに同行した護衛騎士隊長からの報告を、厳しい表情で受け止めているところだった。


テーブルの上には、ミナトが脱ぎ捨てた白銀の軽鎧ライトメイルが置かれている。その肩には、Bランクモンスターのものとは思えない、生々しい「へこみ」が刻まれていた。


「……信じられん」


騎士団長が、低い声で唸った。


「Sランクの『影の魔豹』を無傷でほふったあの方が、Bランクのロック・ワイバーンごときに、直撃を許しただと?」

「隊長の報告によれば、勇者様の動きは、一瞬、明らかに『停止』した、と。まるで何かに気を取られたかのように」


賢者が、深刻な顔で髭をひねる。

国王アルトリウスの心中は、穏やかではなかった。


(……まさか)

Sランクとの激戦による、隠れた疲労の蓄積か?

それとも、連戦連勝による、一瞬の「油断」か?


(いや、違う……)

国王の脳裏に、数日前、リリアーナが報告してきた、ギルドでの一件がよぎった。


『ミナト様、あの日から少し、お考え事をなさっているご様子ですの……』


(あの『平民』の娘か……!)

国王は、ミナトが田中美咲と接触したことを把握していた。

そして、ミナトがあのギルド訪問以降、急速に精神のバランスを欠いていることにも気づいていた。


(まずい)

国王にとって、ミナトは「完璧な英雄」でなければならなかった。

女神の依怙贔屓えこひいきによって与えられた絶対的な力。それを、迷いなく魔王軍に向かって振るう、純粋な「つるぎ」。


その剣が、「情」や「疑念」によって曇ることは、王国の破滅に直結する。


(あの『嘘』は、ミナト殿の心を護るための、必要な『配慮』だったはずだ。だが、それが裏目に出たというのか……?)

国王は、ミナトの精神的な「脆さ」を、この上ない脅威として受け止めていた。


そこへ、ミナト本人が、執務室の扉を開けて入ってきた。

その顔は、いつもより青白く、感情が読み取れないほどに静かだった。


「ミナト殿!」


国王は、玉座から立ち上がり、努めて穏やかな声を作った。


「よく戻られた。……その、鎧のことは聞いた。連戦の疲れが出たのであろう。今日はゆっくりと……」

「陛下」


ミナトは、国王の温情ある言葉を、冷たく遮った。

その瞳は、もはや国王を絶対の信頼を置く庇護者として見てはいなかった。


「任務は完了しました。それよりも、陛下に、一つ、お願いがございます」

「……何かな」


国王は、ゴクリと唾を飲んだ。


「開拓地へ、行く許可をいただきたい」


その場が、凍りついた。

騎士団長も賢者も、何のことかわからず、勇者

(ミナト)と国王を交互に見る。


「……開拓地、と申すと?」


国王は、あくまで冷静に問い返した。


「私と、共に転生してきた者たちがいる場所です。陛下が仰っていた、『使命感に燃え、張り切って』働いているという、あの場所を。この目で見たいのです」


国王の瞳が、わずかに細められる。


(……知られたか。あの『平民』の娘から)

ミナトの口調は「お願い」だったが、その瞳は「答えによっては、どうなるかわからない」という、暗黙の圧力を放っていた。


国王は、瞬時に天秤にかけた。

ここで許可を出し、ありのままを見せるか。

あるいは、嘘を突き通すか。


(……駄目だ)

国王は、後者を選んだ。

ミナトの精神状態は、あの『ミス』を見てもわかる通り、すでに不安定だ。


ここで、『農奴』として鞭打たれる元クラスメイトの姿を見せれば、彼の心は完全に折れるか、あるいは、我々王家に対して決定的な「反逆」を選ぶかのどちらかだ。


どちらに転んでも、「魔王討伐の剣」としては、使い物にならなくなる。

国王は、重々しく、そして「勇者の身を案じる」という仮面を被って、首を横に振った。


「……ミナト殿。その儀は、許可できぬ」

「……なぜですか」

「君は、今、疲れている」


国王は、へこんだ鎧を指差した。


「その『ミス』が何よりの証拠。Sランク級の魔獣を倒した君が、Bランク程度で傷を負うなど、尋常ではない。君の心は、今、迷っている」

「……」

「そのような不安定な状態で、開拓地の現実を見ることは、君の精神をさらに蝕むだけだ。彼らは彼らの義務を果たしている。君は君の大義を果たすべきだ。勇者として、魔王を討伐することにのみ、集中していただきたい」


それは、ミナトを案じるように聞こえる、完璧な「拒絶」だった。

ミナトは、何も言わなかった。

ただ、静かに、目の前の国王を見つめていた。


(……そうか)

(やっぱり、嘘だったんだな)

国王の「拒絶」は、ミナトにとって、美咲の言葉が「真実」であったことの、何よりの証明となった。


「……御身を案じていただき、感謝いたします、陛下」


ミナトは、ゆっくりと、深く一礼した。


「少し、頭を冷やします。本日は、これで失礼いたします」


国王も、騎士団長も、そのあまりにも素直な引き際を、訝しげに見つめた。

ミナトは、感情のない表情のまま部屋を出て、自室へと戻っていく。


「……陛下、よろしかったので?」


賢者が不安げに尋ねる。


「……ああ。これでよい。少し休めば、彼はまた『完璧な勇者』に戻る」


国王は、自分に言い聞かせるように言った。

だが、その背中には、冷たい汗が流れていた。


自室に戻ったミナトは、王城の窓から、夕日に染まる王都を、そしてその向こうにあるであろう「開拓地」を、冷え切った瞳で見つめていた。


国王あなたが許可しないというのなら)

(俺は、俺のやり方で、真実を確かめるまでだ)

王家と勇者の間に生まれた亀裂は、この瞬間、修復不可能な「決裂」へと変わった。


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