第十五話:ギルドの再会、そして亀裂
『影の魔豹』の討伐。
そのSランク級の功績により、『白銀の勇者ミナト』の名声は、王都アルカディアにおいて絶対的なものとなっていた。
ミナト自身も、人々からの感謝と称賛を浴びることに慣れ、この世界と、自分を守り導いてくれる王家の人々に対し、深い信頼と感謝の念を抱いていた。
その日、ミナトは数日ぶりに非番を得ていた。
「ミナト様!」
そこへ、任務明けのタイミングを見計らったかのように、リリアーナ王女がドレスを翻してやってきた。
「本日は、またわたくしと街へお出かけくださいませんか?」
「街へ? この前もお供したばかりですが」
「前回は表通りだけでしたもの! 今日は、その……『冒険者ギルド』という場所へ行ってみたいのです!」
リリアーナは頬を染め、瞳を輝かせた。
「ミナト様のような英雄の方々が、最初に集う場所だと聞きました。わたくし、この目で見てみたくて!」
王女にとっては、城の外のすべてが冒険だった。ミナトは彼女の無邪気な好奇心に苦笑し、「護衛として、ですが」と了承した。
前回と同じように、セバスが用意した目立たない平民の服に着替え、二人はお忍びで冒険者ギルドを訪れた。
カラン、と扉のベルが鳴った瞬間、ミナトとリリアーナは、王城とはまったく異質の熱気に包まれた。
酒と汗の匂い。野太い怒号のような笑い声。壁一面に貼られた物騒な依頼書。
「うわぁ……」
リリアーナは、その荒々しい雰囲気に気圧され、思わずミナトの服の袖を掴んだ。
ギルドの中は、ミナトの噂で持ちきりだった。
「聞いたか! カイルネス峡谷の『影の魔豹』、ミナト様が単独で仕留めたってよ!」
「マジかよ! 騎士団が半壊したってのに……化け物だな!」
「いや、救世主だろ! これで南の穀物も入ってくるぜ!」
ミナトは、自分のことながら気恥ずかしく、リリアーナも自分のことのように誇らしげだった。
「ミナト様、あちらが受付のようですわ」
リリアーナに促され、ミナトはカウンターに向かった。何か一つ、簡単な依頼でも受けて、王女に見せてやろうかと思った時だ。
「はい、お疲れ様です! 依頼書の提出ですね? ……わっ、血が! すぐ手当てしますね、『スモールヒール』!」
聞き覚えのある声がした。
まさか、と思った。
その声の主は、キツネ耳の先輩職員に指示され、カウンターを忙しなく動き回っていた。ギルドの簡素な制服をまとい、髪を後ろで一つに結んでいる。
ミナトの視線に気づき、彼女もまた、客の顔を見た。
時間が、止まった。
「…………え」
彼女は、目をこれ以上ないほどに見開いた。
ミナトも、言葉を失っていた。
「た、田中さん……?」
「か、神崎……くん……?」
そこにいたのは、間違いなく、あの教室で唯一ミナトを庇おうとしてくれた、田中美咲だった。
美咲は、ミナトの顔と、その隣で驚いた顔をしている絶世の美女を交互に見て、真っ青になった。
「あ、あ、あ……し、し、『白銀の勇者』ミナト様……!? う、嘘……」
美咲は、今や伝説の英雄となっている男が、あの日まで教室の隅にいた「神崎くん」と同一人物であることを、噂では知っていた。だが、こうして目の前に現れ、その現実を突きつけられ、パニックに陥っていた。
「ああ、よかった……! 田中さん、無事だったんだ!」
ミナトは、感動と安堵で、思わず彼女の手に駆け寄った。
「よかった……! 本当によかった!」
「あ、あの、ミナト様……」
「国王陛下から、田中さんや皆も元気にやってると聞いてたんだ。でも、やっぱり自分の目で確かめられると安心するよ」
ミナトは、心の底からの笑顔で言った。
国王の「皆も使命感に燃えて張り切っている」という言葉が、美咲のこの元気な姿を見て、完全に真実だと補強された。
だが、美咲の表情は、ミナトの言葉を聞いて、笑顔から「困惑」へと変わった。
「…………え?」
美咲は、おずおずと口を開いた。
「み、皆も……元気に……?」
「うん。開拓地で、みんな張り切ってるって」
「…………」
美咲の顔から、さっと血の気が引いていくのがわかった。
「ミナト様……」
彼女の声は、震えていた。
「ミナト様は、王城にいらっしゃるから、ご存知ないかもしれませんけれど……」
「……?」
「私は……私は、こうして『平民』として、ギルドの方々に拾っていただいて、なんとかやっています。……でも」
美咲は、カウンターの下で、強く拳を握りしめた。
「でも、他の皆さんは……高橋くんたち、クラスの皆は……」
「開拓地で、『農奴』として……衛兵さんに鞭で打たれながら、働かされているって……ギルドの冒険者さんが、噂していました」
「…………え」
ミナトの笑顔が、凍りついた。
『農奴』?
『鞭で打たれながら』?
それは、国王が言っていた「使命感に燃えて張り切っている」という姿とは、あまりにもかけ離れていた。
「そ、そんな……だって、陛下は……」
「ミナト様……?」
隣にいたリリアーナが、ミナトの尋常でない様子に、不安げな声を上げる。
ミナトの頭の中で、国王の穏やかな笑顔が明滅する。
『心配には及びませんぞ。皆、元気にやっておる』
(嘘だ)
(国王は、俺に……嘘をついたのか?)
なぜ? 俺を心労させないため?
だとしても、あの傍観者たちは、『罪人』ではない。それなのに、『農奴』とはどういうことだ。
ミナトの全身から、すっと血の気が引いていく。
王城で受けていた完璧な厚遇。王女の無邪気な笑顔。国王の絶対的な信頼。
その全てが、今、薄っぺらな欺瞞の上に成り立っていたのではないかという、冷たい疑念。
ミナトと、彼を支えていたこの世界の王家との間に、初めて決定的な「亀裂」が入った瞬間だった。




