ヘリオスキングダム②
【無題】
ヘリオスキングダム②
「峠越えをしてぇだぁ?悪いことは言わねぇ、それはやめておいた方がいいぜ」
商店の店主にそう言われ、安曇の思惑は早くも崩れ去る。大きな耳と小さな体が特徴的な、ホビット族の店主に詳しく話を聞いてみれば、雪が溶けるこの時期は、山脈の峠付近を住処とする飛竜、ワイバーンたちが子育てのため殺気立っているのだそうだ。
「この時期に山に入ろうなんて自殺行為だ。もちろん、それ以外の季節でも雪に閉ざされてまともに峠越えなんて出来ねぇからな。魔王陛下がトンネルを作ってくれなきゃ、人族との国交なんて出来てなかっただろうな」
「・・・・・・てことは、素直に国境超えるしかねぇってことか?」
「そういうこったな。3ヶ月も待てば繁殖期も終わって多少落ち着くが、その頃にゃ山には雪が降る。雪深くなるまでの僅かな間しか、立ち入ることもままならねーってことよ」
むぅ。と安曇が口をへの字に曲げ、眉をひそめる。
かつて、子供ワイバーンを見たいと言った安曇は、シャルに連れられて山の峠まで赴いたことがある。その時、安全が担保されていたのはシャルがそばに居たからだ。魔王シャルはワイバーンを含め竜族たちの祖、『神龍』の血筋を汲む存在だ。繁殖期で気が立っているとはいえ、上位種に逆らう事は本能的に忌避する。また、たとえ襲いかかられたとして、シャルにとってワイバーンをいなす事は難しいことではない。
安曇が峠越えを安易に選択したにはその記憶があるからではあるが、なにも用意もせずすぐに向かおうとしなかっただけ良かったと言えるだろう。
「兄ちゃん訳ありかい?」
「うーー・・・・・・まぁ、そんなとこ」
「あー、まぁ、通行証とるための身分を証明出来ねぇってのは、まだまだこの国でもよくある話だしな。深くは聞かねーよ。最近は人族の冒険者も増えてきたからな。この間冒険者ギルドってのも街ん中に作られたが、魔族ってなるとなかなかに面倒らしいぜ。素直に領主様んとこ行くのも手だけどな。その『わけ』次第だけどよ、口利きしてくれる可能性はあるぞ」
「冒険者ギルドに、領主様、ねぇ」
「おうよ。街ん中で一番デケェ屋敷だ。国境を有するここ、スワロー領の領主様。吸血鬼族のケルティック・スワロー様だ。最近待望のご子息が産まれたってんで、えらく景気が良くてよ。お陰で街も活気づいてんのよ」
「へー。お願い事するにはちょうどいいってことか?」
「そういうこった」
なるほどね。と首肯した安曇は、その後すぐ「あれ?」と首を傾げる。
「あそこにはもう跡取りがいたんじゃなかったか?」
「ああ、カナタ様な。確かに跡取りとして扱われてはいるが、たしか・・・・・・先代当主のご落胤のお子様だとかなんとかで、現当主からしたら甥っ子にあたるんだったかな?跡取りとして養子には迎えちゃいるが、立場としては微妙なとこだな」
「うへ、なんかややこしいな」
「まぁ、今後どうなるかはわかんねえけど、そもそも吸血鬼族は魔族の中でも、魔王様や不死鳥族に連なるほどの長命種だ。代替わりがあるとしても数百年は先の話さな」
「ふーん。そっか。ありがとな、おっちゃん!参考になった」
「いいってことよ。気ぃつけてな」
一通り話を聞けた安曇は満足し、人好きのする笑顔を店主に向けてお礼をし、店を出ていく。店主はそれを見送り、また仕事へと戻って行った。
「スワロー家ね・・・・・・」
実を言うと安曇は、話題に上がった『カナタ・スワロー』に心当たりがある。50年ほど前、まだ少年と呼べる成長時期に、会ったことがあるのだ。向こうも吸血鬼族で成長は遅く寿命も長い。こちらも鬼族の血が混じっているため成長は不安定で寿命も未知数。いい遊び相手になるのでは?と会って、数年を共に過ごしたことがあるのだ。
随分と頭の回転が早く、それでいて無愛想で少し嫌味なやつで。でもなんだかんだと付き合いのいい、安曇がかなり気に入った人物の一人でもある。ほぼ真南の国境付近の領地と、ほぼ真北の魔王城では、あまり頻繁に会うことは出来ないが、今でも節目の折には顔を合わせることもある。
「ちょっと会ってくるか」
様々な思惑とは別にして、安曇はただやだ、そんな友人に会いに行こうと足を向けた。
ちっともサブタイトルの国にたどり着けない