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魔界王妃ノ浪漫譚  作者: 竜ヶ崎
第一章
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第九話 ふたりでディナー


 西ファングレイヴ王国・王城――


 マリィは上品なアイボリーホワイトのドレスに身を包んでいた。

 胸元と裾には、金糸で繊細に刺繍された唐草模様の花々があしらわれ、彼女の柔らかな印象を際立たせている。

 


 オルクは漆黒の礼装を纏っていた。

王としての威厳を感じさせる軍礼式の上衣は戦場の王とは違う、静かな装いに仕上げている。


「……わぁ」


 扉が開かれた瞬間、マリィは感嘆の声をあげて自然と足を止た。その心にこの城の威厳と誇りを刻みつける。


 ――《紅玉の間》。


 光沢を持つ漆黒の床、絨毯が真紅の血流のようにまっすぐ走り、玉座にも似た晩餐席へと導く。豪奢なシャンデリアが部屋全体を温かい光で包んでいる。



「なんて素晴らしいの…」


 マリィは心のままに賞賛をする。

部屋の調度品のひとつひとつに妥協はなく、椅子の座面は魔獣の毛皮、すべてが一級の素材で統一されていた。


 ――それは彼女の生まれ育ったルミナフローラ王国の“雅”ではない。

 ここにあるのは、魔界の獣人族が築き上げてきた“誇り”と“力”の象徴。その重みをマリィに静かに教えていた。その文化の違いに好奇心が刺激されて胸が踊る。



 部屋を見渡すマリィがオルクとともに椅子へ腰かけると、静かに合図を受けた給仕たちが一斉に動き出す。


「オルク様、今日はお招き頂きありがとうございます。」


「ん、俺達だけなんだし気ぃ抜けよ。

 ……本当はもっと緩い服着ようと思ったんだけどよ、家来たちがこれを着てくれって言うから。」


 少し気恥ずかしそうに頬をかくオルクにマリィは微笑む。


「それはオルク様がとてもお似合いになるからですわ。」


 まるで挨拶のように自然に言ったマリィの言葉に、オルクは目を逸らし――顔を赤く染めた。その照れを誤魔化すように詰襟を少し緩めながらぼそりと呟く。


「…おま…も…きれ…だ」


 マリィからは全く聞き取れないくらいに小声だったが翻訳すると『お前もとても似合ってる…綺麗だ』である。もちろん照れと緊張に支配されてるオルクには言えない言葉だ。



 そして次々と運ばれてくる料理――

彩り豊かなサラダ、薬膳の香り高いスープ、焼き立てのパンに芳醇なワイン、そして何より、この夜の主役――


「わぁ……」


目を見張るマリィの前に、香ばしく焼き上げられた魔獣キラーベアのローストが姿を現す。


「乾杯の前に…」


オルクと目が合うとマリィは小さく頷く。


「糧に敬礼ーー我が身を満たせ。」


魔界式の食前の祈りを済ませ、オルクが豪快にワイングラスを掲げる。


「満点だぜマリィ、乾杯だ。」


「良かった…ありがとうございます。」


 間違えなかったことに安堵するマリィもグラスを手に取り、軽く触れ合わせた。ひとくち、ワインを口に含んだマリィは――


「……っ」


 ふわ、と頬に紅が差した。

オルクがそれを見て、少し目を丸くしてから口元を緩める。もしかしたら酒が苦手なのかと思った。


「…大丈夫か?」


「はい……すこし、あたたかくなっただけです。」


 小さく笑うその顔は、ほんのり赤らんで、まるで花が咲いたように愛らしい。

オルクは胸がきゅうと甘い締め付けを感じ、喉が『グルル…』と鳴りかけた。


 キラーベアのローストにナイフを入れると、薄桃色の断面から肉汁がじゅわりと溢れ出す。口に運べば豊かな旨味が広がる。


「…!本当に美味しいです。あの見た目から、こんな繊細な味だなんて…」


 マリィは昼間に見た、魔獣の毛むくじゃらの体を思い出す。けれど、今口にしているのはその荒々しい印象を裏切る、驚くほどの上品さだった。


「狩ってすぐ血抜きしねぇと、すぐ味が落ちるからな。あとはウチの料理長の腕がいいってだけだ」


 オルクは豪快な外見に似合わぬ滑らかな所作で肉を切り、口に運ぶ。


「皆さん、仕事が丁寧な方ばかりですね」


「そうか?」


「はい。料理ひとつでも分かります。香りも盛り付けも……下ごしらえの丁寧さが伝わってきます」


 オルクはワインをごくりと飲む。


「細かいところまで見てるな」


「ええ、外から来た私にも気を遣ってくださってます。部屋に季節の花を飾ってくれたり、体調に合わせてお茶を淹れてくれたり…。

心尽くしがちゃんと伝わるんです」


 オルクは短く息を吐き、グラスのワインを飲み干す。すぐに給仕が現れ、音もなくワインを注いで下がった。


「…本当に、心尽くしだな」


「はい。ありがたいことです」


「俺も礼を言わねぇとな。『下の者に感謝しろ』って、よく言われたよ。でも…俺、そういうの上手く言えねぇんだよな」


 オルクはワインが入ってるグラスをくるくると回すと芳醇な薫りが立ち込めた。


「上手く言う必要はありません。オルク様の『ありがとう』の一言で、きっと伝わります。確かに、言わなくても分かることはありますけど…言葉にしてもらえると、安心したり嬉しくなるものですわ」


 気づけば、オルクがじっと自分を見ていた。

 王に対して説教じみたことを言ってしまった事に気付いてマリィは血の気が引く。


「わ、私なんて偉そうなことを……申し訳ありません」


「いや、謝らなくていい。その通りだ。

 …俺だって、マリィに『ありがとう』って言われると嬉しい」


 優しい微笑みに、安堵と温もりを感じた。それに照れを感じてマリィは視線を逸らす。


「は、はい、え…と、あの、そういえばオルク様は狩りがお好きだと聞きました。

今日のキラーベアだって…あんな大きな魔獣をどうやって狩ったのですか?攻撃魔法とか…弓矢ですか?」


「俺は魔法苦手だからよ、剣も使うが…トドメは素手だなっ!」


「え!素手…ですか?」


 あんな3m超えの、毛皮も厚い魔獣を素手でどうやって倒すのかマリィは皆目検討がつかなかった。


「ああ!獲物の間合いに一気に飛び込んで脳天に拳を振り降ろせばいいんだぜ!意外と簡単だぞ。弓矢…は弾き返されるからな、俺なら槍投げて当てるが……」


「なんだか……想像もつきませんわ…」


 人間界の狩猟は弓矢や簡単な攻撃魔法を使い、鹿や猪を狙うもの。しかし、それとは全く違うようでマリィは苦笑いをする。


「じゃあさ、次は俺の番だぜ?マリィは何が好きなんだ?」


「私は植物が好きです。祖国が薬草などの生産が盛んで、幼い頃より囲まれてました。

…それらを原料に自家製ポーションを作ったりもします」



「そうか……植物か!」



 オルクはそれは良いことを聞いたぞ!と頷き、僅かに尻尾は揺れる。

そのオルクの様子にマリィは、オルクも植物が好きなのかも…と踏んだがそれは見当違いなのであった。



 楽しい時間が過ぎ、食事を終える。

給仕たちが静かに皿を下げ、長い食堂にはほのかな明かりと夜の涼しさが漂っていた。


「部屋まで送るぜ」


 廊下を歩く間、しんとした空気に、二人の足音だけが響く。

 マリィが「今日はありがとうございました」と笑みを向けると、オルクは短く「ああ」とだけ返す。簡単なやりとりのみだが、緊張はない。

 やがてマリィの部屋の前に着き、オルクは扉の前でふと立ち止まった。


「……毎日は難しいけど、たまに…こうして一緒に食えたら、俺は嬉しい」


 言った瞬間、オルクは少し照れくさそうに視線を下に逸らす。

 マリィが柔らかく微笑んで「はい」と答えると、オルクは口元をわずかに緩めた。


「…じゃあまたな、おやすみ」


 オルクの背中がだんだんと小さくなる。

残されたマリィは扉に手をかけながら、胸の奥にほんのりと温かいものを感じる。


(…オルク様って見た目はあんなに大きくて豪快な方だけど、とても紳士的で照れ屋なのね。)


 扉が閉まると同時に、側仕えのサフィーとミラが、にこ〜っと笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「マリィ様、お帰りなさいませ……にゃふふ、なんだか今日はとてもご機嫌に見えますにゃ」


「お顔も少し赤いです〜」


「それは、お酒を飲んだせいよ。そんなに強くないのよ私」


 マリィはその手で熱を持った頬に手を当てる。


「うふふ〜、陛下も――いつもより、柔らかなお顔をされておりましたねぇ」


「……そう?」


「はいにゃ。“毎日は難しいが、たまにこうして食えたら嬉しい”と、陛下から仰るにゃんて……」


 ミラは口元を手で押さえ、くすくす笑う。


「あ、聞いてたのね?」


 マリィは少し口を尖らせる。


「わ、私たちご入浴の準備でお部屋で待っておりましたから…全部は聞いてませんよぉ」


 サフィーはミルク色のフワリとした髪を揺らして首を振る。

 からかわれるようなやり取りに、マリィは耳まで赤く染めながらも、オルクと会話し充実した時間を過ごした温もりをそのままに「もうっ」と呟いた。



※※※


 その夜、遠い人間大陸で会談が開かれていた――


 人間大陸の国の一つ、フーヴァルヘイツ王国の玉座の間に漂う空気は重苦しい。


 その国の若き王であるリーフィオは、静かに手にしていた杯を卓へ置き、深く息を吐く。

 その正面に座するのはヴィンタルヤ王国のビスマルク王。頑健な体躯を誇る老王であるが、その表情には沈痛な色が濃い。


「まったく…近年のバルメギア帝国の傲慢な態度といったら…ますます酷くなるばかり、高額な武器を買わされましたわい」


「……ああ、ビスマルク王。私のところも酷いものです」


 リーフィオの声は苦渋に満ちていた。


「私の妻――セラフィア妃は、ルミナフローラ王国の第一王女でして……」


 その名を聞いた瞬間、ビスマルクの瞳に一瞬の影が走る。


「あ……ああ」


 短く発した言葉には、すでにすべてを知っているという響きがあった。

 リーフィオは唇を結び、やがて押し殺したように続ける。


「帝国は同盟国である我らに断りなく、侵攻し……魔族に敗れました。

それだけでも暴挙だというのに、彼らはさらマリィ王女を……生贄として魔族に渡してしまったのです。」


 彼の声音には怒りと無力感が交じり合い、低く震える。


「私達がそれを知ったのは……すでにマリィ王女が出国した後のことでした。」


 重苦しい沈黙。やがて、ビスマルクは眉間に深い皺を刻み、呻くように応じる。


「そ、それは……なんとも……酷い話だ」


 リーフィオは額に手をあて、苦々しく続けた。


「その報せを聞いたセラフィアの怒りは烈火の如く。普段温和な王妃が、あそこまで激しく怒るとは……見たことがありません」


 王のため息は重く、胸の奥をえぐるようだった。ビスマルクもまた瞼を閉じ、低くつぶやく。


「……ごもっとも。いやはや、ごもっとも……マリィ王女の実の姉でありますからな。怒らぬはずがございません」


 彼はゆっくりと視線を上げ、リーフィオの瞳を真っ直ぐに見据える。その目が既に物語っていた。


「…正直、帝国との付き合い方を考えないといけませぬな。魔族大陸の国々はもはや我ら人間の文明を凌駕しつつあるしの」


「…はい、ここ百年で目を見張るほどの進歩だと言われています。

 そんな勝てる見込みの無い戦に費用を費やすのも得策ではありません。

しかしあのバルメギアが魔族と和解するなど到底…。」


『……想像ができない』その言葉を飲み込む。玉座の間に、重く冷たい沈黙が落ち、2人のため息が同時に漏れたのだった。









魔族に対抗する『対魔族同盟』の国は

バルメギア帝国を筆頭にルミナフローラ王国、

そしてフーヴァルヘイツ王国、ヴィンタルヤ王国です。ややこくてスミマセン……

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