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魔界王妃ノ浪漫譚  作者: 竜ヶ崎
第一章
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第三十八話 新たなる時代


 ガイヤ大神殿の鐘が、高らかに鳴り響いた。天井に届くほどそびえ立つステンドグラスからは柔らかな陽光が差し込み、床一面に色とりどりの光を散らしている。

 その神秘的な光景は、まるで神話の一頁を現実にしたかのようだった。


 列席しているのは、人界と魔界、両大陸の王侯たちである。

 東エルグランド王族が座る一角では、メリル妃がハンカチで目元を押さえながら涙をはらはらと零していた。


「ああ……良かったわねぇ、本当に良かったわぁ」


 隣でレグノス王が気恥ずかしそうに新しいハンカチを差し出し、妻の頬に流れる涙を拭ってあげていた。


「おいおい、お前、化粧が取れとるぞ…」


 その様子に、ジャスティン王子は小声でたしなめながらも、誇らしげに微笑んでいた。


「父上、母上……どうかお静かに」


 北グリムヴァルド王国の席では、セリオン王が静かに瞳を細めながら、温もりを漂わせていた。隣のセイリーン王女は楽しげに微笑み、アーロン参謀は相変わらず澄ました表情で、上品に腰掛けている。


 人間大陸の代表として、ルミナフローラ王国の王ロアンとカトレア妃も臨席していた。二人は慈しみを込めてマリィを見つめ、幼いリリー姫は小さなピコを膝に乗せ、無邪気に撫でている。

 さらにフーヴァルヘイツ王国からはマリィの姉セラフィア妃とリーフィオ王、ネーベル王国からはもう一人の姉ヴィオラ妃とアラン王、そしてヴィンタルヤ王国の王族までもが列席し、壮観を極めていた。


 それは、かつて想像すらできなかった光景だった。幾世代にもわたり対立してきた人と魔が、いま同じ大聖堂に集い、肩を並べ、一つの未来を見届けようとしている。


 その祭壇の前に立つマリィは、青と白を基調としたドレスを纏っていた。

 純白は無垢を、澄んだ青は和平と調和を象徴している。光を受けて輝くその姿はまるで女神の化身のようであり、参列者たちは息を呑んで見惚れた。


 やがて、枢機卿がサークレットを高々と掲げた。冷たい金属に光が宿り、まるで未来そのものを象徴するかのようにきらめく。


 大聖堂を包む静寂の中、その冠はゆっくりとマリィの頭上に降ろされた。

 隣に立つのは彼女の夫であり、共に歩む者――西ファングレイヴ王国の王、オルク。


「……」


 冠の重みを受け止めた瞬間、マリィの胸に溢れたのは恐れではなかった。

 涙ぐむミラとサフィー、誇らしげに見守るヘレナや女官たち、目を細めるオルフェールら大臣、恩師のエルゴ教授の姿。そして、何よりも隣に寄り添い支えてくれるオルクの存在。


 人と魔が一つの空間にありながら、不思議なほど自然に調和している。

それは、誰も見たことのない新しい時代の象徴だった。


 サークレットを戴いたマリィは、静かに大聖堂とその場にいる人々を見渡す。その瞳は涙で潤み、けれど力強く輝いていた。



(私は…この国の王妃…そしてオルクと共に…!) 



 そして隣に立つオルクと視線を交わし、互いに感慨深く微笑み合った。

その瞬間、堂内に柔らかな空気が満ち――新たな時代の幕開けを誰もが感じ取ったのだった。



※※※


 戴冠式から1カ月後……

 サンルームには、春のやわらかな光が降り注いでいた。磨き込まれたガラス越しに庭の緑が揺れ、風に運ばれた花と土の香りが部屋を満たす。

 その陽だまりの中で、マリィは小さな鉢に伸びすぎた枝を指先で摘み取っていた。ミントやローズマリー、ラベンダー――彼女の好きなハーブたち。瑞々しい香りが立ちのぼり、まるでこの空間全体を包み込むようだった。

 傍らの椅子にはピコが丸くなり、ぴすぴすと鼻から小さな寝息を立てており、安らぎそのものの光景だ。

 オルクは、その様子を少し離れて眺めていた。分厚い胸をそっと反らし、満足そうに息を吐く。その顔は、戦場でも玉座でも見せない、ひとりの男の顔だった。


「ここに来て、手入れしたのは久々だわ」


 マリィがハーブの葉先を撫でながら、ふっと笑う。


「最近忙しかったから…」


「ああ」


 オルクは頷き、力強い腕を組む。ため息混じりだったが、どこか爽やかな顔付きだ。


「なんかもう怒涛だったよな。王になって、こんなに忙しいのは初めてだったぜ」


 マリィは手を止め、オルクを見つめた。その目は慈愛に満ちて、微笑んでいる。


「ええ、忙しくても、オルクのいるファングレイヴで過ごせる……こんな有難いことってないわ」


 数ヶ月前の激動を思い出せば、多忙ではあったが、ファングレイヴで過ごす日常は変え難く、平和なものだと思い知らされる。

 お互いに怪我も無く、事態が丸く収まったのが奇跡なのである。


「それに、まさかこの魔界大陸の地で、お父様やお母様をお招きできる時が来るなんて…」


 そう言うと、マリィはゆっくり歩み寄り、オルクの胸に頬を寄せた。その小さな体を受け止めるように、オルクの大きな手が背を包む。


「ぜんぶ…オルクの言う通りになったわ」


 マリィはかすかに震える声で囁いた。その声には感極まるような色が含まれている。


「前に、オルクは私に、必ず家族に会わせてあげると言ってくれて……そして今はもう、世界中の人が、自由に行き来できる世がすぐそこまで来ているのね」


オルクは瞳を細め、マリィの柔らかな髪を指先で撫でた。


「お前がいたからだ」


 低く、深い、優しい声だった。


「マリィが、人間と魔族の架け橋になってくれたから叶ったんだぜ。ありがとう、マリィ……俺の大切な人」


「……うん……!」


 マリィの目尻から涙がこぼれる。その光に釣られるように、オルクの瞳にも涙がにじんだ。

 次の瞬間、オルクは大きな両手でマリィの頬を包んだ。二人の視線が正面からぶつかり合い、互いの存在しか見えなくなる。


「マリィ……ほら、こういう時は……な?」


 マリィは潤んだ瞳のまま、かすかに笑った。その唇がふるえながら形を作る。



「嬉しかったら……」


「「『笑う』……!」」



 二人の言葉がぴたりと重なり合った。

 次の瞬間、ふたりは声をあげて笑い合った。涙をにじませながら、心の底から。そして笑みのまま、オルクはその大きな身体を屈めて、マリィをそっと引き寄せ、唇を重ねた。


 柔らかな陽光が、サンルームの二人を照らし出す。まるで祝福するかのように。

 それは王と王妃ではなく、ひとりの男と女として――夫と妻としての、あたたかで揺るぎない愛の証だった。







〜第一章『完』〜






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