表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界王妃ノ浪漫譚  作者: 竜ヶ崎
第一章
27/34

第二十七話 試される王妃たち


 バルメギア帝国王宮の奥、燦然さんぜんと光を放つ庭園に、カトレアは案内された。

 足を踏み入れた瞬間、目を奪うほどの豪奢さに思わず息を呑む。


「……なんて豪華な」



 広大な庭園には大理石で形作られた噴水がいくつも並び、花壇に咲き誇る花は赤、紫、金――自然の調和を超え、むしろ人の欲望を誇示するかのようである。

 

 金糸を織り込んだ天蓋の下には長大な卓が据えられ、黄金のカトラリーがずらりと並ぶ。あまりにけばけばしい光景に、言葉を失う。


「まぁ!ようこそカトレア妃!」


 そこに現れたのは、帝国王妃エヴァローズ。紅玉を散りばめたようなドレスを纏い、指にはこれ見よがしに宝石を嵌めている。彼女の一挙一動に庭園の煌びやかさすら霞むほどだった。


「今日はとびきり良い日和ですわね。わたくし自慢の庭園を心ゆくまで楽しんでくださいませ」


 朗らかな笑顔と共に告げられるが、その声音には一片の温かさもない。ただ己が威光を見せつけることにのみ陶酔しているのが分かる。


「はい、お招き大変光栄に存じます。王宮や庭園はさることながら…エヴァローズ妃殿下のお美しさといったら…言葉では言い尽くせません」


カトレアは膝を折り跪くと、エヴァローズは大層満足するように高らかに笑った。


「ホホホホホ!相変わらずお上手ですわ私の友!」


 席に着くと、エヴァローズは途切れることなく饒舌だった。

 先日手に入れたという宝飾品を誇らしげに語り、帝都で評判の劇団や舞踏会の逸話を笑い交じりに披露する。話題は一切、政治に触れる余地すら与えない。


「この間の仮面舞踏会で既婚者の大貴族が」


 エヴァローズの一方的な会話にカトレアは静かに頷き、時折相手を称えながら杯を口に運ぶ。しかし心は窮屈なままで重苦しい。


 (こんな茶会……異常だわ)


 カトレアは横目で見ると周囲には武装した兵士がずらりと立ち並んでいた。護衛というより、監視というにふさわしい威圧感が漂っていた。


 エヴァローズ妃は優雅に真っ赤な紅が塗られた唇に弧を描き、尽きることのない自慢話を続けている。


「……それでね、わたくしが所有している別荘のひとつが、この王宮からほど近くにあるのですわ」


 杯を掲げながら、エヴァローズは何気ない口ぶりで告げる。


 「湖畔に佇む静養地の館でしてね。空気も澄んでいて、まるで絵画のように美しい場所なの。祝宴でお疲れになった心身を癒やすには、これ以上ない環境ですわ。

 ぜひ今宵はそこでお泊りくださいませ?」



 その声音は終始優雅で、あくまで好意を装っていた。しかしカトレアの胸に浮かんだのは感謝よりも戸惑いだった。



――本来なら、来客用の離宮があるはず。


 なのに、わざわざ王宮から離れた場所へ。

 カトレアは笑顔を崩さぬまま、背筋に冷や汗が伝うのを自覚する。


「オホホホ!!」


 相変わらずエヴァローズのその取り繕った明るさが、むしろ底知れぬ不気味さを漂わせていた。


――これは、試されている。あるいは……。




 その頃、ルミナフローラから随行してきた騎士や女官たちは、来客の間に押し込められたまま、ただただ待たされていた。

 時折、外を通り過ぎる甲冑の音が響くたびに、張り詰めた空気がさらに重くのしかかる。


「…長すぎる。茶会にしては、異常だ」


 騎士隊長が低く呟く。

 女官の一人は不安に駆られ、青ざめた顔で両手を胸に当てていた。


 王妃が危険な状況に晒されているのでは――その恐怖が全員の胸に広がっていた。


 そこへ、扉が開き、帝国の使者が悠然と入ってきた。

 騎士隊長はすぐさま一歩前に出て問いただす。


「カトレア王妃はいつこちらへお戻りになられるのか!」


 しかし返ってきた答えは、耳を疑うものだった。


「王妃殿下は、エヴァローズ妃殿下と非常に楽しいひとときを過ごされております。

 ……伝言を賜っておりますよ。

 『あなた方は先に帰国するように』と」




 その言葉を聞いた瞬間、女官のひとりが膝から崩れ落ち、ソファにへたり込んだ。

 騎士たちは怒りに駆られ、一斉に抗議の声を上げる。


「そんなはずはない! 王妃様がそのような命を下すはずがない!」


「ふざけるな、我らを退けようなど――!」


 だが、使者は涼しい顔で両手を広げ、後方を示す。そこには重装備の兵と魔法士たちが控えていた。


「どうかご安心を。カトレア王妃の周囲には、すでに我がバルメギアの精鋭が囲み……守っておりますゆえ。あなた方の代わりは、こちらに揃っております」


 それは守護ではなく、露骨な武力の誇示であった。刃を抜きかけた騎士の腕を、隊長が必死に押さえ込む。


「……ぐっ……」


 怒りと悔しさに震えながらも、彼らは理性で堪えた。ここで刃を抜けば、それこそ外交問題どころか、王妃の身が危険に晒される。

 葛藤の末、彼らは苦渋の決断を下す。

 ――至急、帰国し、王に報告すること。


 騎士たちの胸には、深い屈辱と焦燥が渦巻いていた。女官は涙を拭いながら、震える声で祈るように呟いた。


「どうか、ご無事で…カトレア様……」





※※※




――魔界大陸


 西ファングレイヴ王国の玉座の間は、威厳そのもので、漆黒の黒曜石で組まれた高天井には金色の模様が巡り、両脇に騎士が立ち並ぶ。


 玉座には王――オルクが堂々と腰かけていた。筋骨たくましいその姿は、まさに国の盾そのもの。

 その隣には、王妃であるマリィが座していた。白銀のドレスに深紅の外套を羽織り、髪はきちんと結い上げられている。

 数か月前まで少女のように見えた彼女が、今は立派な「王妃」として人々の前に姿を現していた。


「次――ヴェリタス工房代表、進み出よ」


 侍従の声に、一人の職人が進み出る。

 マリィは真剣な面持ちで彼を見つめ、耳を傾ける。


「陛下、王妃殿下。前線への供給にあたり、木材不足が深刻にございます。新たな伐採区域を認めていただければ……」


 職人の声は震えていた。玉座の間で願いを述べるのは、命を削る思いであったからだ。だが、マリィはその緊張を柔がせるため優しく微笑む。


「あなた方の献身に、この国は守られています。……けれど、森を乱伐すれば村人たちの生活もまた脅かされますね」


 静かに言葉を紡ぐと、願いを無下にされると思った職人は目を見開いた。オルクは腕を組み、黙ってマリィの言葉を聞いている。


「森の奥には、既に使用を禁じている伐採地があります。そこを再調査し、環境に影響が出ない範囲であれば解放してはいかがでしょうか。」


 決死の思いで訴える民に耳を傾ける。それはマリィが父や母から学んだことだ。民の身を常に案じる姿勢は脈々とこうして受継がれていく。


「植樹計画の進行度も併せて確認してくれ。ヨハネス大臣、すぐに調査を命じる」



 オルクに呼ばれた内務大臣ヨハネスが一歩進み出て、胸に拳を当てながら礼をする。


「はっ。御意のままに」


 職人は安心した表情でありがたき幸せ……、と深く頭を垂れ、退いた。

 玉座の間にいた廷臣や民たちの間にざわめきが広がる。


 若き王妃が王と共に判断を下し、国を導こうとしている――その姿に、多くが息を呑む。そんなマリィの姿にオルクは誇らしい気持ちで口元を緩める。

 隣に座るマリィの横顔は、もう「ただ守られる存在」ではない。

 彼女は、共にこの国を背負う「王妃」。




「本日の謁見はこれにて終了でございます。民の皆さまは退場ください」



 石床に響く足音と共に民たちは静かに退出していく。外の空気が流れ込み、玉座の間は広く静寂に包まれた。マリィはふぅと息をついて肩の力を抜く。


(相変わらず謁見って緊張しちゃう)


 でも民の声を聞ける限られた場だと思えば、その重要性をひしひしと思い出し、また背筋を伸ばす。



 玉座の静寂を破ったのは、急ぎ足で駆け込む外務大臣レオナスの足音だった。甲冑を着た騎士たちも一瞬立ち止まり、異変を察する。


「陛下、王妃殿下!」



 レオナスは息を切らしながら玉座の間に駆け込むと、深く頭を下げた。オルクとマリィは同時に顔を上げ、レオナスの表情に凍り付く。


「レオナス、どうした?」



 オルクの声は低く、緊張を帯びていた。



「は…はい、陛下…王妃殿下…

 …マリィ王妃の母上が…流行り病にて床に伏せたとの知らせが…バルメギア帝国より届いております…」


「な…何ですって…!」



 玉座の間の空気が一瞬にして凍り付いた。マリィの頬は血の気を失い、胸の奥がひりつくような痛みに襲われる。


 「マリィ……!」


 足元がもつれるマリィにオルクは瞬時に彼女の隣に寄り、片腕を肩に回し、庇うように前に立つ。


「落ち着け、俺がここにいる…大丈夫だ」


 マリィは大きく息を吸い、オルクの支えに少しだけ身を預けた。足が震える。


「流行り病……それは…本当なのですか?なぜルミナフローラからではなく、その知らせをバルメギア帝国から…?」


「陛下…現時点での情報はただそれだけです。迅速に対応策を講じる必要がございます」


 オルクはマリィの肩に手を添え、そっと彼女の手を握った。冷静さを装いながらも、その目は鋭く光り、王としての判断を固めていた。


「わかった。すぐに対策を立てよう。だがまずは落ち着こう、マリィ」



 マリィは滲む涙を拭う。王妃としての役割を思い出し、毅然とした顔を取り戻す。



「私……母のために、何としても事態を把握いたします。オルク、どうか力を貸して!」


「もちろんだ。俺たちで家族を守る。そしてこの情報が正確であるか、しっかり調べる。」



 レオナスは深く頭を下げ、全速力で事態の確認に動き出す。その足取りには緊迫感が滲み、玉座の間の静けさを一層引き締める。



 マリィはオルクの手を握り返す。

 王妃として、そして娘として――今、心を引き締めなければならない瞬間だった。


 (私は一国の王妃、これ以上の動揺は……ああ、でも……)


 再び静寂が戻る。

 だが、その静寂は安堵ではなく、緊張を孕んだ重さを帯びる。

 

 (お母様……!)


風が通り、紋章旗がわずかに揺れ、その音が祈りのように響いた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ