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魔界王妃ノ浪漫譚  作者: 竜ヶ崎
第一章
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第二十四話 ファングレイヴの婚礼式


 婚礼式の朝――ファングレイヴ城下は夜明けとともに活気づいていた。


 色鮮やかな布と旗が通りに揺れ、狼の紋章が至るところに掲げられている。

 大通りには屋台がずらりと並び、子どもたちのはしゃぐ声があちこちで響いた。



「めでたいねぇ!これで戦がなくなってくれりゃありがたい」


「めでたい日には肉食わにゃ!どうだい旦那、この串焼き!」


 豪快な声に笑い声が重なり、楽師たちは太鼓や角笛で賑やかな調べを奏でる。


「王様の結婚式だ!」


「可愛い王妃様はやく見たいな!」


 人々の表情は希望に満ち、まるで祭りそのものだ。しかし一方で、陰に隠れるように交わされる声もある。


「人間の王妃など、信用ならぬ」


「……スパイではないのか?」


 囁き交わすのは一部の民たち。祝福の笑顔が大多数を占めながらも、人間に対する不安と疑念が完全に消え去ったわけではない。


 そんな中、城門へと向かう石畳の道には、各国の馬車が次々と入国していた。

陽光を反射して煌めく豪奢な移動車たち――それが、この婚礼式が魔界大陸全体にとっていかに重要なものであるかを雄弁に物語っている。



 城の近く、古より父神ガイヤを祀る『ガイヤ大神殿』がある。

厚い石造りの壁に、ステンドグラスは色とりどりの光を床に落としていた。


 各国から招かれた王族や貴族たちが列席し、城外の広場では民衆が集まって賑やかに祝いの声を上げる。

 最前列には、東エルグランド王国の王族が並ぶ。威厳あるレグノス王は胸を張り、隣には涙ぐむメリル王妃が控えている。


「もう……私、泣いちゃいそうよぉ……」


「おいおい、泣くには早すぎるぞ」


「父上、母上、静かに……!」


 ジャスティン王子は小声でたしなめながらも、どこか誇らしげに祭壇を見つめている。


 反対側には、北グリムヴァルド王国の王、

セリオンがおり、その隣に一人娘のセイリーン王女が座る。


 鐘の音が高らかに響き、婚礼式の始まりを告げ、大神殿の重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。


 最初に歩み出したのは、オルクだった。

黒と銀の紋章衣に深紅のマントを纏い、肩の毛皮が威厳を添える。

 その堂々たる姿に民の代表や武人たちからどよめきが起きた。


「なんと精悍な…」


戦の王としての力強さと、国を導く婚礼の王としての威厳が、静かに祭壇を満たす。


(俺は…ずっとずっとこの時を待っていた。マリィが俺の隣に居てくれるこの瞬間を…。

この国もマリィも…俺の手で守り抜いてみせる…!)


 前を見据えながらオルクは拳を握り、一歩一歩力強く進む。


 

 そして夜空色のドレスを纏ったマリィが姿を現す。一歩ごとにドレスが揺らめき、散りばめられた宝石が星のように瞬く。

背に流れる長いヴェールはステンドグラスの光を受け、まるで光の翼のように広がった。


 参列者たちの間から、思わず感嘆のため息がこぼれる。幼いセイリーン王女も目を輝かせ「すごいね!きれーい!」と声を上げるが、父のセリオンに人差し指で静かに注意される。



(…私は本当にオルク様と………オルク様のまことの魂の伴侶となるのね…)



 マリィは歩みながら目を少し長く閉じ、荘厳な空気を感じる。緊張より感慨深さが勝っていた。


(番というものを初めて聞いた時は少し怖かったけれど…今はもう怖くない。オルク様と生きる悠久の時を、私は楽しみにしているわ)



 二人は並んで赤い絨毯を進む。

祭壇の手前、ちょうど中央でオルクとマリィは歩み寄り、互いに一礼する。

 

 オルクとマリィは目を合わせると少しだけ、互いだけが分かるように小さく微笑みあった。今はその通じ合いだけでも心が満たされる感覚。

 頭上のステンドグラスが太陽の光を受け、祝福の光が二人を包む。



「私は…あなたと共に、国と民を護ることを誓います」


 マリィの声はわずかに震えたが、その瞳は決意に満ちて光る。


「我もまた、マリィ王妃と共に歩み、国を守ることを誓う」


 オルクの声は低く、力強く、会場に静かに響く。


 二人はゆっくりとその手を取り合う。オルクは左手、マリィは右手。手のひらが触れ合う瞬間、会場は緊張の空気に包まれた。

枢機卿が『つがいの儀』を行うため、両手を高く掲げ、低く重厚な声で詠唱を始める。



「偉大なるガイヤ神よ、この者たちの魂と血脈を、永遠に結びたまえ。光よ、二つの力をひとつに!」


 その声とともに、オルクの掌から青白く柔らかい魔力の光がマリィへと流れ込む。

 マリィの手のひらに同じ光が広がり、二つの手の甲に紋様がゆらりと浮かび上がった。



(俺の魔力がマリィの魔力と混ざる感覚…!)


(とても暖かくて心地のいい…手の甲が熱いわ)


 銀色の線が絡み合い、星のような輝きを帯びながら紋様を映し出す。

 詠唱の最後の言葉が空に溶けた瞬間、大神殿の鐘が静かに鳴り響く。


「ここに、オルク・ファングレイヴ国王陛下とマリィ王妃殿下の絆は、神と民の前に正式に結ばれた。

我らは祝福し、二人の未来が喜びに満ちることを願うものなり」



 手の甲の紋様が淡く光を放ち続ける中、会場から祝福の拍手が湧き上がる。

 王と王妃の誓いを神も民も共に見守ったのだった。




 番の儀を終え、オルクとマリィは大神殿のバルコニーで民衆へのお披露目に移る。

 オルクとマリィは互いの手の甲を見つめた。そこには、誓いの証として紋様が浮かび、微かに光を放つ。



「マリィ、俺の王妃……」


オルクの声には、誇りと優しさがやわらかく混ざり、優しい瞳で見つめる。


「ずっとお傍に……オルク様」


マリィは笑みを浮かべ、心の底から安堵を感じる。



(マリィ様、オルク陛下…お幸せに…!)


 その様子を見守る女官長ヘレナは、そっと目を潤ませた。ミラとサフィーも、こらえきれずに目元を押さえる。

 宰相オルフェールは咽び泣き、それを隠すかの様に首を反対方向に回していた。


「陛下…!ご立派になられて…!」


 幸せな空気が満ちるのを、誰もが肌で感じていた。嬉しそうなピコがマリィとオルクの足元を駆け回る。その小さな足音に、二人は思わず笑みをこぼす。


「さ……陛下、王妃殿下、民が今か今かと待っておりますわ」

 

「ああ、行こうマリィ」


「はい!」


 ヘレナは翼で目元の涙をぬぐいながら、優しく促す。

二人はゆっくりとバルコニーへ歩み出た。外の広場には、民衆がぎっしりと集まり、胸を高鳴らせて待っている。


 「皆が、祝福してくれてるな」

 

 オルクとマリィが姿を見せると、群衆からは一斉に歓声と祝福の花びらが空に舞い、拍手が巻き起こった。


 (民がみんな笑顔だわ…私はこの笑顔を守りたい)


 一部の不安げな表情を見せていた民も、少しずつ笑顔が広がる。オルクは堂々と手を振り、マリィもその隣で優雅に微笑む。

  

「オルク陛下ー!」「マリィ様ー!」 


 民衆は王と王妃の未来を祝福した。

オルクとマリィの絆は誰の目にも、誰の心にも刻まれたのだった。



※※※



 婚礼式の華やかさから少し落ち着き、夜が城を包む頃、オルクとマリィは本日から共通の寝室へと案内された。

 王と王妃は共に眠る――それがこの国のしきたり。分かっていても、胸が高鳴ってしまう。



(知ってはいたけど少し緊張しちゃう……)




 マリィは緊張をほぐすように胸を撫でる。

扉を開けると、そこには豪華な天蓋付きベッドが中央に据えられ、月明かりが柔らかく差し込んでいた。


 オルクはマリィを見つめ、微笑む。



「今日から、ここが俺たちの寝室だな」



 マリィも微笑みを返す。胸が高鳴る。


「はい……これからは、ずっと一緒ですね」


 二人は手を取り合い、ベッドの縁に並んで座る。しばらく言葉はなく、2人の紋様が浮かぶ手の甲同士が重なり合う。



「今日は疲れただろ?たくさんの王族と貴族に会ったもんな。何人に挨拶したか俺もうわかんねーや」



「うふふ、でも、皆とお話出来て嬉しかったです。あと、セイリーン王女……とても利発で可愛らしかったですわ」


少しだけ緊張を含ませた2人の笑い声が重なる。


「セイリーン姫な、セリオン王の娘とは思えねぇくらいじゃじゃ馬だったな!最初は大人しかったのに、慣れてきたらピコを追いかけ回すわ…」



「そしてお姉様たちにも会えました。私の家族に……オルク様のお陰です。本当にありがとうございました」


 今日一日の出来事を胸に思い浮かべる。

祭壇で誓った言葉、民衆の歓声、祝福の笑顔――すべてが二人の心を満たす。



「なぁ……マリィ、2人きりの時は俺みたいに……いや俺ほど砕けなくてもいいんだけどよ、俺のこと『オルク』って呼んでくれたら嬉しい」


 オルクの申し出にマリィは目を丸くした後に微笑む。オルクもマリィから目を逸らすことはない。



「……オルク」


「うん」


 マリィはオルクの名前を小さくまた呟く。呟いただけで甘い幸せに唇を震わせた。

オルクがそっとマリィの顎に手を添え、優しく視線を合わせる。



「マリィ…愛している」


「オルク…私も…ずっと…」



 声が少しか細くなる。心の中の感情が、抑えきれずに笑みとなってあふれる。


 そして、互いにそっと唇を重ねる。

 それは婚礼の誓いを再び確認する、静かで柔らかなキス。


 オルクが額をそっとマリィの額に寄せ、囁く。マリィは小さく頷き、心からの笑顔を返す。


 永遠という言葉が、今ほど近くに感じられた夜はなかった。




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