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魔界王妃ノ浪漫譚  作者: 竜ヶ崎
第一章
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第一話 胸に潜む予感

 

 海霧を割くように、裂けた咆哮が響く。焼けた鉄と血の匂い。波打ち際には甲冑が浮かび煙と熱風が立ち込める。岩場には折れた槍や剣が無数に落ち、鎧を脱ぎ捨て逃げる人間達の悲鳴と無数の背中…。

岩場の崖上に立つひとりの男。


返り血に濡れたマントが風に翻り、足元には砕けた兜が転がる。


鉄のように太い腕。

口から覗く獣のような白い牙。

燃え立つ黄金の双眸が、戦場の果てまで睨み据えていた。


「引けェ!貴様らごときがこの地を踏む資格はねぇッ!!」


――西ファングレイヴ王国の王、

オルク・ファングレイヴ。


その低く地の底から唸るような叫びが、火薬の匂いが纏わりついた空気を振動させた。


「オルク陛下!我ら獣人軍の勝利にございます!!」


戦場を見下ろすオルク王の元に獣人の騎士が馳せ参じて跪き、その崖下に統率が取れた西ファングレイヴ王国の獣人兵士達がずらりと集まって、この戦場の地を鼓舞太鼓の様に踏み鳴らした。


この到底人間とは言えない獣達の集団が、人間界と魔界の大陸を隔てる大海に存在する中間諸島の一つ…ベルゼ・ル群島の侵攻を企図していたバルメギア帝国軍を、わずか数時間で撤退へ追い込んだのである。


白銀の鎧に身を包んだバルメギア帝国の兵士は揺れる地響きと赤く染まった浜辺に脚を取られながら自国の軍艦に向かって必死に走った。


「ば、化け物…!あの強さ…あいつらは悪魔だ…!!!」


黒い大海を掻き分けて軍艦がバルメギア帝国の剣がモチーフとなった紋章を焦がしながら遠ざかる光景にオルク王は満足げに目を細めた。 

崖下から王を見上げる戦いと勝利に興奮冷めぬ兵士達に向かって腹の底から響く様な力強い声を轟かせた。


「この勝利の証として――ルミナフローラの第三王女…マリィ・ド・ルミナフローラを、この俺、オルク・ファングレイヴが貰い受ける!!」


『グオオオオオオオオオ!!!』


獣王の力強い勝利の宣言に兵士達は雷鳴の如く天高く咆哮を捧げた。



※※※



人間界の大陸…

――春の陽が穏やかに大地を照らす。

ルミナフローラ王国は、名の通り花と緑に満ちた国だ。

城下には色とりどりの果実が実る果樹園、黄金色に波打つ麦畑、花で編んだ髪飾りを売る市場の笑い声。豊穣と平和を象徴するような風景が、花の甘く爽やかな香りを含んだ空気の中に広がっていた。 

国を囲う堀の水は澄み、石造りの大橋は人々と馬車の往来で賑わっている。

その先にそびえるのは、白亜の壁と淡いミントグリーンの尖塔を持つ城――まるで童話の挿絵から抜け出したかのような優美な建築。 

風に揺れる旗には、花の紋章が刺繍されており、それが穏やかに降り注ぐ陽光に照らされてひときわ輝いていた。


「今年の麦も豊作ね。」


城のバルコニーから見える広大な麦畑を眩しそうに眺め、安堵した声色で呟いた。優しいそよ風が吹く度に肩までの亜麻色の髪と淡い桜色のドレスがふわふわ揺れる。


「マリィお姉様!やっぱりバルコニーにいたのね!」


鈴の転がる様な愛らしい声に呼ばれて、マリィ・ド・ルミナフローラ第3王女は振り返った。すると今年10歳になるマリィの妹姫リリーはマリィと同じ亜麻色の髪を揺らしながら抱き着いた。勢いがあったため少しだけマリィはよろめいたがリリーを抱き止め、リリーの艷やかなロングヘアーを慈しむように撫でる。


「どうしたのリリー、お勉強の時間だったはずじゃなくて?」


マリィは首を傾げながらリリーの顔を覗き込むとリリーは夏に咲き誇る向日葵のように快活に笑った。


「ふふん、終わったのよお姉様、だって一緒にお茶の時間をご一緒したいんだもの!」


よほどマリィとお茶をしたいのか、睫毛を携えた目はパッチリと大きく期待をするように見つめていて天使の様に無邪気で愛らしい。

8歳年齢が離れているが慕ってくれるそんなリリーが可愛くてしょうがないマリィは、翡翠色の瞳を持つアーモンドアイを細めた。


「マリィ様、リリー様、さあさあ陽に焼けてしまいますよ。ただ今お茶のご用意をいたしますわ。」


マリィが生まれる前からずっとこの城で働く側仕えのエルダーは白髪を引っ詰めた丸眼鏡の年配の女性だ。

ふっくらとした体型で優しげな目元は深く皺が刻まれている。見た目には似つかわしくないほどに動きは無駄が無い。

テキパキとバルコニーにあるテーブルクロスを掛けたテーブルに、ボタニカル柄のカップアンドソーサーを始めとしたティーセットを手際良く並べていく。


「エルダー!陽光花の蜜はある?私あの蜜をたっぷり入れたミルクティーが大好きなのっ」


「ええ、もちろん。リリー様がお好きなドライフルーツの焼き菓子もご用意しておりますわ。マリィ様には秋の新茶を…楽しみにしておりましたでしょう?」


マリィはエルダーの仕事振りに尊敬の念すら感じていた。マリィ達王女はもちろん王や王妃のあらゆる好みを熟知し、気配りが行き届いた仕事は文句のつけようもない。


「私が前に言った事を憶えてくれてたのね。エルダーありがとう。貴女を見習わないとバチが当たりそうだわ。」


マリィはリリーと手を繋ぎながら礼を言った。ティーポットから微かに漂う紅茶の香りと焼き菓子のバターの香りに心が癒されるのを感じる。


「まあまあ!なんて勿体ないお言葉なんでしょ!年甲斐も無く照れてしまいますわ!うふふふふふふ…」


エルダーの丸い頬が染まり、照れ隠しで丸い手をパタパタと振る仕草にマリィもリリーも朗らかに笑った。


「…あれ?ねぇマリィ姉様、見慣れない馬車が来るわ!」


再度バルコニーから身を乗り出すと、石橋の向こう、王城に向かって進む黒漆の馬車が見えた。

白銀の甲冑を纏う兵士が四頭の大きな軍馬を操縦し、舗道を踏みしめている。

車体は鋲打ちされた装甲で覆われ、窓には鉄格子がはめられている。まるで人の目を遮り、心までも閉ざすかのような重苦しさだ。

その扉に刻まれていたのは、双剣の――バルメギア帝国の紋章。 


ルミナフローラの穏やかな陽光の中に、あまりに無骨で冷たい異物が音もなく入り込む様に、リリーが身を寄せた。


「……バルメギアの使者……?」


マリィも思わず息を飲んだ。見慣れた街に差す一筋の黒い影に胸の奥がざわついた。










読んで頂いてありがとうございます。

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