第46話
ローランによって脱退させられたレオンは最後の居場所さえ無くし、それからしばらくの間は食事をとる気力すらなく、朝が来て、夜が終わるのを窓から見つめる日々が続く。動き出したかと思えばただひたすらに当てもなく徘徊する。その姿はS級の冒険者であり、エルフの女王に啖呵を切り、一国を一人で滅ぼした男とは思えなかった。
そんなレオンに転機が訪れたのはパーティー脱退からひと月が経とうとしていたころだった。何も考えずフラフラと立ち寄った裏通りでとある姿を目にする。本来であれば純白の毛も悪辣な環境故に碌な手入れをされず、くすんだ灰色の毛の双尾は力なく垂れ下がる。目には希望などないと思わせる光の無い瞳をしていた。牢に近づくと強烈な糞尿のにおいを漂わせ、誰一人として近づこうとはしなかった。はじめは本人のレオンですら何故こうしたのかなどわからなかった。しかし、戦いから離れ平和と言える生活をコハクと共に始めてからコハクを買った意味をレオンは見出し始めた。無くした居場所を作る為。生きる理由を得るため………
―似ていたから―
などと言ってはいるが薄々レオン自身も理解していた。居場所のない俺には生きる意味も意義もない。だから意味と意義を手っ取り早く作ったのだ。コハクという幼い獣人の奴隷を手に入れることで……
案の定。コハクは時間をかけることでレオンに懐き、レオンは再び自分を肯定してくれる居場所を得たのだ。
―『つくづく反吐が出るッ』―
レオンの記憶にこびり付いたレオンの激烈でとても人一人が抱えられないような強大な感情がソレを見ている四人に伝播する。
「あッ………あぁぁッ」
「カヒュッ………ぁ」
「………ッ」
「…………ここまでの様じゃな。次へ行こう」
ルニエルが三人の様子を見てこれ以上は耐えられないと判断する。ルニエルはパンッ!と手を叩く。その瞬間、場面が転換する。薄暗さと地面に生い茂る草々についた水滴が昇り始めた日の光に当たり反射する。そこは剣も魔術も交わることがない地。
畑を耕し野菜を育て、小鳥が囀る平和な街のはずれ。あまり綺麗とは言えないまでも平民が住むには十分すぎるその平屋から先ほどの場面より少し老けた顔つきのレオンが現れる
「ここは、先ほどの時間から凡そ5年後だ。この頃にはコハクという獣人の娘も彼奴に慣れ、父と娘の様になった。」
畑を耕し、ご飯を食べ、一緒に遊び、一緒に寝る。
そんな二人の生活はまさに平和そのものだ。違うとするのならばそれは毎晩のようにコハクを寝かしつけたレオンは行き場のない力をぶつけるかのように汗だくになるまで剣を持ち、素振りをする。何を見据えた鍛錬なのかは、当の本人すら知り得ない。
しかし、そんな平穏で幸せな生活は突如として終わりを告げる。勇者ローラン率いる勇者パーティーの訃報だ。何も知らずコハクと平和な日々に突如として訪れた訃報はレオンの心をひどくかき乱した。それでもコハクの存在がレオンを平静に戻す。コハクとの日々を大切にするために………
レオンは自身に残された居場所を理解しているつもりだった。つもりだったのだ。
「じゃあ、コハク。畑は任せたよ。俺は周辺の見回り行ってくるから」
「わかった。パパ様の代わりにわたしがここを守る」
あの時、魔物の見回りなどしなければ………一緒に畑を耕していれば。もっと強ければッ!
―あんなことにはならなかったのにッ!―
再び三人を襲う強烈な激高。それと一緒に三人の脳裏には確かにあの時の光景が送り込まれる。
「「「ッ⁉」」」
「「「ッ⁉」」」
しかし、それは先ほどとは比にならない程の感情。その根幹にあるのは魔族への復讐心ではなく、己を呪い殺さんとするどす黒い何もかもを燃やし尽くさんとする憎悪の炎だった
「これこそ彼奴が歩んできた道じゃ。彼奴が抱えておる者じゃ。失敗して、失敗して。失い………失った。だから妾は見てみたい。あれほどまでに往生際の悪い男がこの二度目の世界で一体何をしてくれるのかを……それが人間界の滅亡を指していたとしても。その先が、あ奴の破滅だったとしても。その先の未知を知りたいと思ってしまう。ナターリリア。ルーチェ。別に無理強いはせぬぞ?今ならまだ引き返せる場所に貴様らはいる」
「こんなの見せられて『はいそうですか』なんていう訳ないでしょ。例え私を助けたのが自分の居場所を作る為だったとしてもなんでもいい。あのおバカを一人になんて絶対しない」
「私もッ!母を助け、弟たちに笑顔を取り戻してくれた。連れ去られた私を助けてくれた。それがあの人にとってどんな理由だったとしてもこの私の一生をかけて恩を返すんです」
「そうか……あ奴は良き仲間を得たのだな。では、その縁、絶対に離すでないぞ」
「「はいッ‼」」
二人の想いはルニエルによってさらなる強さを見せる。
しかし、その一方で未だ敵対的行動も友好的行動も見せないユーティアにルニエルは真正面に立つ
「別に彼奴の仲間に成れとは言わん。理由はともあれ目の前で幼馴染の四肢を切り落され、大量虐殺をしたのはあ奴だ。しかし、最終的な目的は一緒のはずじゃ。しかし、今の彼奴が求めるのは己の幸せではない。記憶に出てきたコハクという娘。お主、お主の幼馴染。そしてあの古竜の子等の安寧の為に戦って居る。目標は違えど、そこに至る為の道は同じはずじゃ。エルフの国アルヴヘイムの女王として、一人の女として、妾はお主に協力を頼む。この一件では絶対にお主の力が必要になるのじゃ」
その瞬間。ルーチェとナターリリアは目を見開く。
「えッ⁉」
「ちょ、ちょっ!」
一国の主が、人を見下し、『我らこそが至高の存在なのだ』とそう考えるエルフの長が人間に頭を下げたのだから。
実のところ今見た記憶からレオンがローランを殺すことがないことは確定している。殺してしまえばレオンの目的は頓挫するから。したがってユーティアにはレオンに協力する意味も意義もなくなってしまう。
だが、一国のトップがこうして一介の平民如きに頭を下げ、助力を願ってきている。この状況で首を横に振ることなどできようはずがないだろう。そして、同時にこうも思う。『一国の女王がそこまで気に掛ける男の……私達を助けようと不器用にも動く男の行く末を見てみたい』と……そこまで考えてユーティアは内心で少し笑ってしまう。これではこの目の前で頭を下げる人と同じではないかと
「いいでしょう。しかし、私が協力するにあたって条件を一つだけ提示します。出来るだけ人を殺さないでください。一国の滅亡など言語道断です。」
「よし、決まりじゃな」




