第43話
ノックの音がする。
誰かはすぐにわかった。扉の向こうから感じられるその魔力が誰なのかを物語っていた。乱雑に掻いた髪と乱れた服を整え、俺は扉の向こうの奴に声を掛ける
「なんの用だ?ルニエル」
「少し気になることがあってなぁ、それについて聞こうと思ったのじゃ」
雪原を彷彿とさせる白銀の髪。足もとまで伸びたその一部を手で遊ばせつつこちらへ歩み寄ってくる。その歩みはレオンとルニエルとの距離が数センチに満たない距離になるまで止まらなかった。身長差の所為でレオンは本来足もとを眺める位置まで視線を落とす。その先には威厳が消え、何も知らない奴ならエルフの子どもかと思う程の身長をしたエルフの王女が視線をあげることなく胸元を見つめたまま黙る
その沈黙にレオンは居心地の悪さを感じる。今しがたこの場で一人後悔の念に精神を抉られていた身としてはすぐにでもこの場を去りたいと心の底から感じている。しかし……
「要件を早く言え。無いなら俺は行くぞ」
早くこの場を去りたい一心で言う。
「マナーがなっておらぬのぉ。女がこのようにしていたのなら待つのが男のマナーというものであろう」
「ハッ、おばあちゃんに使うマナーなんて俺は知らないな。ってか、何万歳差だよ……フガッ‼」
嘲笑した次の瞬間。顎に鋭い衝撃が走る。天啓も魔力も使っていないのに体が一瞬空中に舞ったのが分かった。
「女の歳を聞かないのも男のマナーであったはずだが?」
薄れゆく意識の中最後に目に映ったのはこの一年一緒にいて見たことがないほど鋭いその眼は本気だった。
・・・・・・・・
『パ、パ……様?』
「ん?どうした?コハク。怖い夢でも見ちゃったか?」
それは懐かしい記憶。まだコハクを購入して一年が経過した頃、度々見る悪夢にうなされたコハクはよくこうしてレオンに手を握られて夜を過ごしたものだ。
ローランとユーティアの歩む速度に振り落とされ、それまで当たり前だった隣り合わせの死と絶え間ない痛みからの解放。空虚な日々の中で出会った存在。自分と似ていると感じたその奴隷を持ちうる有り金全て叩いて購入した。はじめはぎこちなかったその呼び方も三年の月日が経過すれば心を開き、笑顔を見せてくれるようになった。初めてパパと呼んでくれたその時は一生らくしてくらせりだけの金と交換しても安い程の宝物を得たと感じた。この笑顔を大切に守り育てようとも。でも……
視界は暗転し、再び映ったその光景は大間抜けのレオンの所為で死した後、慰みの為に使われるコハクの遺体。
(止めろ。それは貴様らが気安く触れていい存在じゃないッ。放せッ!触るなッ!)
魔纏を発動させる。あの子に近づこうとするがその歩みは魔纏を纏っていない時よりも遅い。
(クソッ‼……なんでこんなにッ)
鉛でも体に巻き付いているのかと思う程に重い体を引きずりなんとか。魔物を殺し、コハクの亡骸を優しく抱き寄せる。しかし、いつものようにその手は俺を抱き返してくれない。
慰み者としてだけではない。嚙み千切られた腕。抵抗した後がくっきりと残ったボロボロの手。
「なん、で……なんで助けてくれなかったの?」
「ッ⁉」
力なく垂れ下がっていた手に急に力が入ったと思ったらその手はコハクではありえない程の力でレオンンの胸倉をつかむ。そして、ないはずの口から『なんで、なんで……』と何度も何度も繰り返すようにレオンへ問いかける
(違う。コハクはこんなこと言うはずがない。いや、言わなかったんだ。これはただの悪夢だッ!)
内臓がひっくり返るような気持ちの悪さがレオンを襲う。
―本当にそうか?―
「誰だッ!あの時コハクはそんなこと言わなかった。言えなかったッ!これはただの悪夢なんだッ!」
―そうだろうな。でも、内心そう思ってたんじゃないか?何が守るべき大切な存在だ。貴様に守れるものなどないのではないか?―
「でも今はあるッ。もう一度やり直す機会をもらった。あの子に俺と過ごした日々がなかったとしてもあの子が傷つかず笑顔に満ちた世界を作る為の時間を貰ったッ」
―どれだけ力を与えられても。どれだけ時間を与えられてもお前の本質は何も変わらないのではないか?いざという時その手からは大切なものが全て零れ落ちる。あの時の―
「黙れッ!」
誰ともわからないその言葉をレオンは怒鳴るように遮る。
「魔王は殺す。アルファも殺す。魔族も、アルファの軍勢も皆殺しだ。未来であの子の……あの子たちの危険に成り得る存在は皆殺しだッ!これは絶対だ。例え俺が志半ばで死んだとしても俺の怨念が化けて惨殺してやるッ」
コハク。ローズマリン。ライトロン。ハイドランジー。ローラン。ユーティア。みんなが平和に暮らせる世界をッ
吠えるように声の主に啖呵を切る。
―フッ……せいぜい頑張ることだ。その借り物の力でな―
レオンの言葉を半笑いしながらそいつは消えていった。そして、視界が揺らぎ、視界が暗転したのだった




