第37話
(息が、できない。力も、入らない。体が、思うように……動かせない。クソッ……まだ志半ばだぞ………力が、足りない。もっと力をッ、寄越せよ。アイツをぶっ殺せるくらいのッ!力をッ‼)
精神の湖の奥深く。底深くまで潜り、そこにあるのは頑強に閉じられた一つの扉と絶え間なく水が噴き出し続ける水色の宝玉が鎮座した台座のみ。
レオンはこれまで幾度となく叩き続けたその扉を殴る
「クソッ!開けろよッ」
(一体俺に何が足りないっていうんだよ……)
レオンはそのまま扉の前に座り込む。
ここはレオンの精神世界。ここにあるものはレオンのイメージによって具現化されたもの。水色の宝玉はリープ前からレオンの心臓としてレオンを支え続けた魔神の心臓。そして、今レオンの前に立ちはだかるこの扉こそ今のレオンの力の根幹。
天啓『天変万来』
あのクソ野郎と対峙した時。俺の中でコイツは明確な殺意を孕み、荒れ狂っていた。
怒り、悲しみ、殺意………色んな負の感情が一斉に噴気していた。
でも違和感があった。あの時の膨れ上がったいくつもの感情は本当にコイツだけが発したものだったのか?発信源は天変万雷と魔神の心臓の二点から。でも、魔神の心臓のさらに奥の奥
そもそも魔神ってなんだ?リープ後様々な文献を漁ってみたが一つとして一致する単語は出てこなかった。
(もっと深く潜れ……)
魔神の心臓。その宝玉に触れる。すると先ほどまでいたはずの湖の底ではなく未だ途中。底は消え失せさらに下へと沈み始める
(これは……)
今さっきまでいた空間はあくまでレオンがイメージしたレオンの精神世界。そして今沈み続けているここは………
(魔神の心臓………お前の根幹はもっと深いのか)
暗く何も見えないその深部を見据えて思う。自分は何も理解できていないのだと
その瞬間。かすかに何かが動くのをレオンの眼が捉える
(な、なんだッ⁉)
もう一度言おう。先ほどまでいた空間はレオンがイメージして構成されたレオンの精神世界。しかし、今いるこの空間はレオンが先天的にその身に宿した魔神の心臓。それが宿した精神世界。それはレオンが思っているよりも暗く、禍々しく、悍ましいものである
(―ッ)
それが目に入った瞬間全身の毛が逆立ったと感じた。恐怖で呼吸すらできんかった
レオンの瞳に映ったもの。それすなわちおびただしい量の手ともはや区別がつかなくなるほどに腐敗した肉がこびり付いた骸骨。それもよくよく感知してみれば一つ一つに天変万雷を俺に託したアイツと似た力を感じる
(これはかつて神だったもの達の骸か)
つまり、魔神とはかつて神だった者たちの怨念が一つとなり生まれた堕ちた神の成れの果て。しかもそれらが全て怒りだったという事は………
(あの男の天啓はコピーかそれに類する何かだと思っていたが、この惨状から察するにコピーなんて生易しいものではないことは流石にわかる)
確証はない。天啓を簒奪する天啓かもしれない。しかし、今言えること。ソレは悪魔の王は何かしらの方法であの何十とある神だった者たちからその力を奪い去った奴だということ。そして、それに類する何かであることは明白
(やばい、もう意識が…………)
精神世界でのレオンの意識が揺らぐ。それはすなわち現実世界において虚無の空間に吸い込まれたレオンの限界が近いという事
(クソッこのままじゃ死ぬ………何かないのか?この状況を打開し、あの野郎の息の根を止める手立ては)
―心を制しろ
薄れゆく意識の中。今は亡きレオンの父の友人
―心が乱れればどんなに熟練の冒険者でも呆気ない死に方をする。怒りに身を任せれば周りの人間を、自分自身を傷つける。悲しみに囚われれば生きる活力を失う。愛に溺れれば心に隙が生じる。心を制し常に一定の力を維持しなさい
かつてはレオンの父と共に冒険者として生きたグレッド。彼は魔物行進の3年後に流行り病で死んだ。死の際にレオンに託した言葉が今尚死の際に瀕しているレオンの脳裏に反芻する
(力が欲しい……一定の力じゃ駄目だ。それじゃあこの異空間は壊せない。もっと強大で荒々しい力じゃないと)
最早あって無いような意識の中レオンは気づく。
(あぁ、そうだ。あるじゃないか………感情の起伏で力の強弱が変わるっていうなら。身を滅ぼしかねない力が手に入るっていうなら)
それは昔の自分と同じじゃないか
天啓を与えられず、忌子として罵られる日々。親友の隣に立てない悔しさ、もどかしさから作り上げたオーバードライブ。俺が居ながら娘の一人すら救えなかったあの時……怒りで己の限界を超え掴んだ新たな境地
怒りだけじゃない。今までの俺は感情の起伏によって力を手に入れてきた。心を制し、力を一定に出すのは正しいことだ。でも、今の俺に必要なのはどんな逆境をも打ち砕く莫大な荒れ狂う感情だ。そして、それは奇しくもこんなにも近くにあったんだ。
(俺に、全てを寄越せ。お前たちの無念を俺が背負って晴らしてやる)
両手に収められた水色の宝玉。それを口に押し込み、強引に飲み込む。さらにその横に鎮座する開かぬ扉を叩く
叩いて叩いて叩く。それでも開かぬ扉を前にレオンは思い出す。俺はコイツと約束した。あの悪魔の王を殺してやると。だから俺に力を寄越せと
確かに力は得た。ループ前以上に強く成ったという自覚もある。でも、まだだ……
コイツはまだ底を見せていない
(何が足りない……何がッ………ッ!)
(命を捧げた命の契約……俺の全てをコイツに捧げるならこの扉を開けるのに対価としてはつりあうか?)
心の中で問いかけてもその答えは返ってこない。ならばどうするべきなのか………その答えをレオンは既に知っている
(ノックしなけりゃ、扉の向こうのアイツは気づかないよなッ)
魔神の心臓ではない。レオン本人の心臓を捧げる。それがトリガーになるのかはわからないでもそうする他に道はない。
「ゴフッ………ゲボッ、ゲフ…………」
自らの胸に腕を突き立て心臓を掴んだその手を迷いなく引き抜く。体内からブチブチと嫌な音がする。しかし、レオンにとってソレは些細なことでしかなかった。今のレオンの中には命に代えても守る想いと果たすべき使命の二つが渦巻いているのだから
(俺の心臓。人生をお前に捧げてやる……だからッ)
その瞬間。扉は光輝く
叩いていたはずの扉はいつの間にか消え、その先に在ったのは幽玄に輝く紫紺の宝玉が鎮座していた
(俺に力を貸しやがれぇぇぇぇ!)
掴んだそれを飲み込んだ瞬間。空間は崩壊し、レオンは上へ上へと急浮上するのだった
―絶対。勝ってお前たちの無念を晴らしてやるッ




