第31話
そして時はエルトロンが竜の吐息を放った直後に巻き戻る
「―ッ⁉」
ブレスによってえぐり取られた雲を修復するため天空雲城の核である精霊石がパスを通じてレオンから魔力を徴収し始めたのだ。他にもギルバートとの戦闘で破損したものを修復しようと莫大な量の魔力が精霊石へと流れていくのが分かった。
(何かあったのか?)
レオンは無言で移動する雲のスピードを上げる。それを感じ取った女王が何かを言おうとするが、同じくレオンの異変を察知したアレスがソレを制止する
「申し訳ないがユグドラシルの苗木への魔力供給は少し先延ばしにさせてもらうかもしれない」
「なッ⁉何を言っているのです!やはり人間はッ」
「構いません」
「ッ⁉お、お母様……しかしッ!」
何かを言おうとするフィオナ王女だが、女王は視線一つでソレを制する。
「構わん。何かは聞きかぬが緊急事態という事はわかる。余も力を貸してやろう。」
「………感謝します。」
レオンは天空雲城が浮かぶ方向から視線を逸らすことなく静かに女王に感謝の言葉を伝える。女王はエルフ後で何かを囁くと突風がレオンたちの背後から背中を押すように噴き出す。それによって速度は2割増しとなる。しかし、内心で焦るレオンにとっては誤差としか感じられず遅く、焦りは増していく。
「この先ですッ!」
天空雲城の入り口に到着するや否や駆け出すレオンとそれに続くように女王を抱えたアレスがレオンに続く。後ろにはフィオナとハインケルが追いかけるがその速度には付いて行くことが出来ず、次第に距離は離れていく。しかし、レオンはそんなことなど構わずただひたすらに前へ駆け出す。
「着いたッ!……―皆ッ⁉」
「随分と遅いご到着で」
「ッ……誰だ、お前は⁉俺はお前なんて奴ここに招待した覚えはないぞ。それと……その汚い手を放せッ」
「フッ」
ソレは刹那の時だった。
体内で練り上げられた魔力を一気に体外に放出。それらで魔纏を展開。強化された肉体で気を失っているローズマリンとハイドランジーを抱えている男に肉迫する。しかし……
「なッ⁉」
見えない壁のようなものに激突し、十メートル後方に弾き飛ばされる。その姿を視た男は満足げな笑みを浮かべる。
「あなたが強いことは知っています。だからこそ油断はしません。この不可侵結界の前では何人も私に危害を加えることはできません。この地に降り立った瞬間から張らせていただいていました。」
そう言って優雅にお辞儀をするとそんな男とは正反対の屈強な男が満身創痍といった様子で立ち上がる
「グッ……クソッ!メガネテメェ~質の悪いポーションなんか持ってくんじゃねぇ。そのメガネは伊達なのかアァァン⁉」
「黙りなさい。この脳筋ダルマ。この程度のノルマも果たせないようなゴミなど私が直々に処分してあげてもいいんですよ?それにあなたに使ったポーションは最高品質のものです。あのポーションですらここまでが精一杯という事です。己の不甲斐なさを恥じなさい」
何故かお互いメンチを切り合い始めるが、ソレを遮るかのように男の不可侵結界が大きな音をならす
「何楽しそうにお話してんだぁ?」
「「ッ⁉」」
魔力とは通常目に見えない無色である。人は己の魔力に色を付け己にのみ見えるように訓練する。そうすることで魔力制御の方法を身に着ける。しかし、高密度に膨れ上がった魔力は稀にその色を他者が認識することが出来るようになってしまう現象がある。
それは禁足地帯でのみ見られる現象で土地の特有の魔力がもうそれ以上空気中に溶けることが出来なくなり飽和状態となった時。この現象が発生する。しかもその現象が観測されるのは禁足地帯とは言え数十年に一度のみなのである。それが今この二人の………いや、この場にいる者たちの目の前で起ころうとしていた。それも一人の人間によって
「テメェらは殺す。テメェらを差し向けた連中も皆殺しにする。確殺だッ‼」
(魔力魂解放。オーバードライブ:魔纏)
「燐ッ!」
その瞬間空気中に飽和し始めていた魔力が一気にレオンへ吸い込まれていく。そして、それと同時にレオンの四肢がその付け根からホロホロと崩れ始める
「「…………」」
「この魔力……もはや彼を人間と表してよいのだろうか?」
「ど、どうされたのですか?お母さま……」
「遥か昔、余がまだ若かりし娘だった頃………奴と全く同じ魔力の質と底が見えない魔力量が起こす高密度の魔力放出をする男を見たことがあるのだ」
「なんですってッ⁉では、彼は先祖がえりを起こしたその者の子孫?……いや、転生体という可能性もある。あれだけの魔力だ。不可能じゃないはず。」
「いや、それら全てが違う。何故ならそのお方は……ッ」
女王が何かを言いかけた瞬間ソレはエルトロンが放つブレスによって遮られてしまう。
かろうじて女王の張った五属性精霊結界によって女王、アレス。そして、遅れて到着したフィオナとハインケル。さらにはたまたま近くにいたルーチェが助かる。……が、しかし突如目の前にエルフすら恐れる竜のブレスが迫ったという衝撃はエルフ族としては若輩者のフィオナとハインケルには強かったようだ。ハインケルは失神し後方へぶっ倒れ、フィオナは失神こそしなかったその地面に大きな水たまりを生成していた
「女王よ、すまない……エルトロン。お座り」
レオンは静かに告げる。そして、次の瞬間
「キュゥゥゥ~~……」
あれだけ怒り狂っていたドラゴンがレオンの一言で見る影もなく従属する姿に女王を含む皆が目を見開き口を開ける
「暴走状態なだけで普段は分別が付くしっかりした子なんだ。」
「そ、それは構わない。少し肝が冷えたがあの程度であればまだ防げる」
「それはありがたい」
そう言ってニッコリと目だけ笑ってない異様な笑みを浮かべるレオンの四肢の肉、骨に至る全てが完全に崩壊し、その代わりにと言わんばかりに可視化した魔力によって形成された四肢がレオンの神経に接続される
「ほ、ほぅ……楽しみにしておる。」
「レオン君。君一体どこまでオイラ達を魅せてくれるんだい」
四肢が完全に魔力によって形成された魔力体となる。
「俺の娘たちを、返せッ!」
魔力体によって殴られた不可侵結界は徐々に悲鳴を上げ、所々にひびが出来始める
「これは想定以上ですね。しかし、よいのですか?」
「あぁッ⁉なんの話だ?」
結界に亀裂が入りミシミシと音を立て、今にも壊れようとしているのに対して男は余裕のある表情を崩そうとしない。
「今私の腕の中にはあなたの大事な娘がいるのですよ?」
「チッ、脅しかよ」
男の言葉にレオンは距離を取り、オーバードライブを解く。依然変化しない状況にレオンは更なる苛立ちを覚える。今レオンの頭の中にあるのは目下の敵をどう処分するか。ハイドランジーとローズマリンをどうやって助けるか。思考を巡らせる。しかし……
「とはいえ私はあなたと戦う気はありません。準備もできていません。なのでここは一度退かせていただきます。」
何を言い出すかと身構えていたレオンは一瞬の不意を突かれてしまう。男の背後に空間転移のゲートが出現し、その中に飲み込まれていく。
(あの男の天啓は結界じゃないのかッ⁉)
「……オイッ!待てッ‼」
行動の意図を理解したレオンはワンテンポ遅れて魔纏を再び発動。一気に肉迫し、壁を壊そうと燐状態の拳を連撃で放つ。しかし……
「その結界はそう簡単に壊せる代物ではありません。せいぜい頑張ってください」
「ハイドランジーッ!ローズマリンッ!待てッ‼待てぇぇぇぇぇッ!」
「では、再び会うその時までごきげんよう」
男の言葉を最後に空間は完全に閉じ、残ったのは術者がいなくなって尚残り続ける半壊の結界とその前に崩れ落ち、放心状態と化すレオンのみ
「うわァァァァァァァァッ………」
激しい戦闘があったにもかかわらず何事もなかったかのような天空雲城はその場にいるすべての者に不気味さを与え、レオンの悲痛な叫び声が空虚に木霊するのだった




