第30話
時は少し遡り………
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」
「ナターリリアさんッ⁉」
ソレは突然起きた。
エルフの女王によってライカの魔穴不全は完治し、一足先にこの天空雲城に戻ってきたナターリリアは突如として苦しみ始めたのだ
近くにいたルーチェとエルトロンたちはその様子に混乱する。その時だった
「ここにアイツがいるのかあッ⁉」
「あ、あなたはッ」
ナタ―リラの空間転移と同じ空間を繋げる穴がルーチェ達の前に突如として出現する
(彼は確かナターリリアさんと同じ国王陛下を守護する四人のうちの一人。魔剣使いのギルバート……ナターリリアさんのあの様子から察するに何か精神操作系の天啓、もしくは魔具による強制発動……このままじゃまずいッ)
ルーチェはとっさに天啓を発動させレオンの居場所を確認し、混乱する。
(何故⁉どこにも見当たらないッ)
そう、この時レオンはエルフの女王が自ら施した結界魔法の内側。異空間とかしたそこにいた。そこはルーチェの天啓である天眼の効果が及ばない場所であったのである
(だとすれば今最善の行動は一つ)
「エルトロン君ッ!今すぐレオン君の下へ行って!」
「で、でも姉ちゃんたちはッ!」
「いいからっ!」
「―ッ⁉」
そんな鬼気迫るルーチェの言葉にエルトロンは駆け出す
「逃がすと思ってんのかあ?あぁ⁉」
そう言って、何もない空間から取り出した一振りの剣を握りしめる。剣からは空間が歪むほどの雷が放出される。そして、それら全てをギルバートは取り込む。瞬間、ギルバートの屈強な肉体は雷の装甲によって覆われる。
「かけっこは得意だぞぉ!」
そう宣言するとギルバートは天眼を行使するルーチェの眼ですら追えない速度でエルトロンに接近する。しかし……
「絶対にッ」
「行かせないッ!」
洪水ッ!
そう錯覚してしまう水量とそれらを一瞬で凍てつかせる猛吹雪が同時にギルバートを襲う
「クッ!」
ここにきて一瞬ギルバートの顔が曇る。しかし、それは次の瞬間にはもとの悪辣極まりない笑みへと戻っていた。
「その角ぉ~……お前たち二人、いや、恐らくあのガキもドラゴンだなぁ?それも知能を持っているとなれば古竜種。伝説には聞いていたが……これは良い手土産が出来た。」
「言ったでしょッ!」
猛吹雪と洪水。そして、紫紺の稲妻が相まみえる。しかし………
「はぁ……テメェら雌二匹じゃあ俺様の相手にはならねえよ。なぁ、そうだよなッ!ガキ‼」
「なん、で……逃げてって、言ったのに」
数秒。それがハイドランジーとローズマリンが稼ぐことが出来た時間だった。古竜の表皮のおかげで外見はほとんど無傷ではあるが、中身はギルバートの天啓によってズタボロにされ、もはや指一本動かすことはできず、意識すら薄弱になりつつあった
「ガキィ~。てめぇは妹たちがせっかく身を挺して稼いだ時間を無駄にしたなぁ。そこでただ突っ立っていることしかできないてめぇは本当に古竜なのかぁ?」
グギャッ
ソレは鈍い音を立て、本来曲がってはいけない方向へと向きを変える
「―ッ⁉アァァ~~ッ‼………」
その痛みは遅れてエルトロンに襲い掛かり、声にならない悲鳴が響く。
「う、腕ガァァ」
それが自身を守る為の防衛本能からなのか、エルトロンの人間としての姿が徐々に曖昧になっていく。最初にそれに気づいたのはこの場で唯一意識を保っていたルーチェだった。
「え、エル……トロン君?」
その姿は最早ルーチェが知るエルトロンなどではなく。おとぎ話に出てくる伝説の竜そのものだった
「ようやく化けの皮を剝がしたなぁ‼てめぇを討伐して俺様はドラゴンスレイヤーになるッ!」
そういうとギルバートは先ほどまでとは比べられないほどの雷が放出される。
そういうとギルバートは先ほどまでとは比べられないほどの雷が放出される。
「我始祖の真意にたどり着きし者成り『鬼雷神』ッ!」
その詠唱と同時に一帯に放出されているだけだった雷が形を成し始め、額に雷のエネルギーによって形成された二本の角がギルバートから生える。そして、携えていた剣は紫紺のエネルギー体となり、雷の形へと変形していった。
「さぁ、殺し合いの始まりだぁぁ!」
竜と化したエルトロンが放つ死のプレッシャーがギルバートの肌を刺す。それを感じ取って尚怯むどころかまさしく鬼のような顔で頬を吊り上げる
ソレはまさに悪魔と呼ぶほかなかった
「グガァァァッ!」
初手はエルトロン。口に魔力をため込み放出する。それは竜の吐息であって、そうではない。
本来超極太の光線となって放出される。しかし、エルトロンが放つソレは直径数メートルの光線であった。ルーチェには生まれたばかりとは言えそれが伝説の存在が放つ攻撃には到底見えなかった。しかし……
「―ッ⁉」
しかし、それを目視したギルバートの野生の獣に近いその直感が『逃げ』の一択を即決する。そして、それに従順に従ったギルバートの横数センチを掠め、天空雲城を浮かべる雲の一部を消し去る。
「想像以上だぁ。楽しくなってきたぁッ!」
エルトロンの一撃を回避したギルバートは高密度の魔力で出来た雲が容易くえぐり取られるのを見て、死が差し迫っているのを感じ、さらにボルテージが上がる。
ギルバートは魔力の出力を上げ、竜へと化したエルトロンの懐に肉薄し帯電し、切れ味の増した剣を振り抜こうとする。
「―ッ!」
……が、それは頑強な鱗によって阻まれる。
(―クソッ!攻撃が通らねぇ。相性が悪いなぁ)
「クソがァァァァッ!」
二、三、四……一秒のうちに幾度となく切りつけるがその鱗は傷つくことはなく、雷も本来人間であれば超高圧の帯電する剣など当たれば即死であるが、雷の属性をもつ古竜であるエルトロンにとってはそよ風にすら満たない
「チッ!収束しろ!其は雷の鉄槌なり『サンダーハンマー』ッ‼」
剣での攻撃は無意味。そう判断したギルバートは間合いを取り、詠唱と共に天へ手を掲げる。そして、形成される雷の大槌
「砕けろ!」
「グガァッ!」
そんな攻撃も竜と化し、その力を覚醒させたエルトロンにはもはや防御すら意味をなさない。
「クソッたれがァ……―ッ⁉」
その光景に思わず悪態が口をつく。しかし、その瞬間体全体にすさまじい痛みと衝撃が襲い掛かる。
「カハッ!」
そのままギルバートは雲の壁に激突し、衝撃で大量の血液が口から吐き出される
かろうじて意識は保っているが今のギルバートには痛みどころか体の感覚が全て感じられなくなっていた。
分かるのは、今自分は地に伏せ死の際に立っているという事。もはやソレが一行の余地がないほどに。
しかし、ギルバートの頭は死の際に瀕しているとは思えない程クリアになっていた。その所為なのだろう。先ほどまで気にも留めなかったことに気付く。
壊れていない?
そう。ギルバートが本気で戦えばその一挙手一投足が周辺一帯に及ぼす影響は甚大であり、竜との戦闘ともなればその比ではないはず。しかし、かろうじて目に入るその景色はまるで何事もない平和そのものであるかのような不気味な光景だった。
そんなことをさながら走馬灯のように考えている時だった
ゾワッ……
竜へと覚醒したエルトロンと対峙しても。今なお死の際に立って尚感じることのできなかった明確な『恐怖』。それが今一気にギルバートへと襲い掛かる
(なんだなんだなんだなんだッ!)
本能が。直感が今すぐ逃げろ。これには歯向かうなと全霊で告げてくる。得体のしれない恐怖は個々ではないどこかから迫ってくる。それだけが唯一ギルバートに理解できたことだった。かろうじて視界に入った女が顔を真っ青にして何かに怯えていることが分かった。そして、自分が恐怖している物と一緒なのだという事も




