■第6話 『私、あなたのいちばんのファンでいたい』
春が終わり、初夏の風が吹き始めたある日。
綾瀬ほのかのスケジュール帳は、すべてのページが“撮影”で埋め尽くされていた。
主演ドラマの人気は右肩上がり。
SNSでも“再ブレイク”と騒がれ、雑誌やバラエティの出演オファーがひっきりなしに届く。
一方、佐伯瞬は高校を卒業し、大学生活が始まったばかり。
理工学部の課題、実験、オンライン授業――慣れない環境に疲れながらも、誰にも言えない「既婚」の肩書きを隠して過ごしていた。
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「……最近、帰りが遅いね」
夜10時過ぎ、マンションのリビング。
ようやく帰宅したほのかに、瞬はぽつりとそう言った。
「ごめん。今日も撮影、巻けなかったの」
「ううん、わかってる。君が忙しいのは、すごく誇らしいし……嬉しいよ」
瞬は笑ってみせたが、コップを持つ手は少しだけ震えていた。
「ただ、ちょっとだけ……寂しいなって思っただけ」
ほのかはハッとした表情を浮かべた。
すぐにソファの横に座り、彼の手を取る。
「ごめん……ほんとは、瞬くんのこと、ちゃんと見てたいのに」
「でも、“今しかできない仕事”があるって言われると、どうしても……」
沈黙。
互いにわかっているのだ。
“今のこの結婚”が、どれだけ奇跡の上に成り立っているかを。
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翌日、ほのかは事務所に呼び出された。
マネージャー・藤堂が、深刻な面持ちで口を開く。
「綾瀬。次のドラマが決まった。なんと、地上波ゴールデンタイム・3クール主演だ」
「……!」
「でも、ひとつ条件がある。“プライベートの一切を制限する”こと」
「つまり……結婚してることも、全部?」
「そうだ。カメラマンが最近、お前の私生活を嗅ぎまわってる。
これ以上噂が出れば、スポンサーが黙っていない。
綾瀬、もう一度聞く。
……“一般人の旦那”との関係、本当に続けるつもりか?」
ほのかは、拳を握りしめた。
一緒にいたい。でも、瞬を巻き込むわけにはいかない。
――このまま一緒にいれば、彼の未来をも壊してしまうかもしれない。
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その夜。
彼女は静かに切り出した。
「瞬くん……少し、距離を置かない?」
「……え?」
「仕事が、本格的に忙しくなるの。家に帰れない日も多くなる。
私がいることで、あなたの大学生活にも影響出るかもしれない。だから――」
「それって、“別れたい”ってこと?」
「違う。……違うの。
一緒にいるために、離れることを選びたいの。
いまの私には、君を守れる力が足りない。
でも、諦めるわけじゃない。
いつか堂々と、みんなの前で“妻です”って言える日まで、待っててほしいの」
瞬は、その言葉に何も言い返せなかった。
涙がこぼれそうだったけど、彼女の瞳にはそれ以上の決意が宿っていた。
「わかった。……待つよ」
「ありがとう」
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数日後。
ほのかは撮影のため、地方のスタジオへと向かい、
瞬は、大学近くのアパートへと“別居”のかたちで一時移住した。
新婚生活は、わずか数ヶ月で、いったんの終わりを迎えた。
けれど、心の中には確かに残っている。
あの夜、交わした“約束のキス”と、
「いちばんのファンでいたい」という彼女の言葉。
たとえ、離れていても。
“心だけは、そばにいる”と信じているから。
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