■第9話『“父として”の選択、“男として”の告白』
――守りたいものは、キャリアじゃなかった。
俺は、“名前のない家族”を、誇りに思っている。
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秋。
会社の人事から、突然の打診が入った。
「佐伯くん、来年春から、関西支社に異動してもらえないか」
「もちろん昇進ありきだ。期待してる」
一瞬、言葉が止まった。
キャリアアップ。待遇改善。新しいチャンス。
だけど、その代償は――
「家族」との時間だった。
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■Scene:報告の夜
自宅に戻った夜。
瞬はリビングで、ソファに座るほのかと向き合った。
「……転勤の話、来た」
「関西?」
「うん。昇進つき。でも……距離がある。
ほのかも忙しいし、双子のこともある。
俺が行けば、すれ違いはもっと増える」
ほのかはしばらく黙っていたが、
やがてそっと微笑んだ。
「瞬くん。あなたが“父親”として選ぶなら、私は何も言わない。
でも、“男”としてどうしたいか……それだけは、聞かせて」
瞬は一度、目を閉じ、深く息を吸った。
「俺は……行かない」
「……え?」
「キャリアも大事だけど、
俺は“父親”としての自分を捨てたくない。
そして、“君の隣にいる夫”でありたい」
ほのかは一瞬、目を潤ませたあと――
静かに、彼にキスをした。
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■Scene:記者との再会
その頃、綾瀬ほのかにも試練が訪れていた。
舞台挨拶後、控室の出入口に、ひとりの記者が待っていた。
記者:「綾瀬さん、お時間よろしいですか。
実は、また“あの男性”との件で質問が……」
ほのか:「“あの男性”とは、誰のことをおっしゃっていますか?」
記者:「……ずっとイベントなどで見かけている男性。
ファンの方だと聞いていますが、本当に“ただのファン”なのでしょうか?」
ほのかは、ふっと笑った。
そして、こう言った。
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「“誰か”じゃなくて、“あの人だから”私は隣にいる。
その理由だけで、私は充分なんです」
「えっ……?」
「これ以上の詮索は、ご遠慮いただきたい。
でも――“あの人”に出会ってから、私はずっと幸せです」
その発言は、数日後にニュース記事の片隅に載った。
「綾瀬ほのか、イベントで“意味深コメント”。
結婚・交際報道の真相は語らずも、“想いの強さ”にネットがざわつく」
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■Scene:名前ではなく、心でつながる
夜――
双子を寝かしつけたあと、
ほのかは窓辺で紅茶を飲んでいた。
そこへ瞬がそっと寄ってきて、
彼女の肩に手を置く。
「……見たよ。記事」
「ふふ。やっぱり見たんだ」
「ありがとう。あのコメント、俺の宝物にするよ」
ほのかは照れくさそうに笑ったあと――
もう一度だけ、はっきりと言った。
「瞬くん。“結婚してる”って言わなくても、
私は“あなたの妻”だって、世界に伝えたつもり」
「うん。伝わってたよ」
ふたりは、そっと唇を重ねた。
名もなき夫婦の、世界でいちばん静かな愛の証として。
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