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■第8話『瞬、夜の帰り道に見上げた空の色』



――社会人として、夫として、父として。

けれど“彼女の隣にいる男”としての自分は――今、どこに立っているのだろう?



春の風がまだ冷たいある夜。

瞬は、残業を終えて会社の門を出た。

ネクタイを緩め、イヤホンを耳に差し込む。


同期からのLINEには、

「今夜飲みに行かないか?」という誘い。

(断る理由もないけど、行く気にならなかった)


瞬は返信をせずにスマホをポケットに戻し、

代々木公園の静かな道をゆっくり歩き始めた。



自分が就職してから、まだ半年足らず。

社会のルール、職場の距離感、上司の期待――

すべてが初めてで、どこか居場所の“輪郭”がつかめない。


(仕事をして、帰って、子どもたちを風呂に入れて、ご飯を食べて寝る。

でも――それだけで“十分だ”って、本当に思えてる?)


「……俺、本当は“何になりたかったんだっけ”」


ふと足を止めて見上げた空は、

都会の光に照らされて霞んでいた。



そのころ、自宅のリビング。

ほのかは子どもたちを寝かしつけたあと、スマホで瞬の居場所を確認していた。


(今日は珍しく、遅いな……)


テレビからは、自分の昔の出演映画が流れている。

その中で、主演女優のほのかが言っていたセリフ――


「私、誰かの“特別な人”になれるのかな」


彼女は画面越しの“昔の自分”を見ながら、小さく微笑んだ。


「なれるよ。だって今のあなたは――“瞬の奥さん”なんだから」



夜10時。

ようやく帰宅した瞬を、ほのかはリビングで出迎えた。


「おかえり。遅かったね」


「うん……ちょっと、遠回りして帰ってきた」


「疲れた?」


「……少しだけ。何か飲み物ある?」


ほのかは静かに紅茶を差し出し、隣に腰を下ろした。


「瞬くん、今の仕事――楽しい?」


「うーん……まだ“楽しい”って言えるほど慣れてないかな」

「でも、家に帰って君がいて、子どもたちがいて……

それだけで“意味”はあるって思いたい」


「思いたい、か」


「……思えるようになりたい、ってことかも」


その言葉に、ほのかはそっと彼の手を握った。


「私、女優って職業をずっと好きでいられたのは、

“誰か”のために演じることができるからだった」


「瞬くんも、誰かのために頑張ってる。

それだけで、きっと意味があるよ」


瞬は深く頷いた。


「……ありがとう。やっぱり、君がいるから頑張れるよ」



■その夜、寝室で――

夫婦は言葉なく肩を寄せ合い、

“今日の自分”をお互いの温度で包み込んでいた。


「おやすみ、瞬くん」

「……おやすみ、俺の妻」



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