■第3話 『女優のキスは芝居ですか?』
「ねえ、これからの撮影、けっこう激しめのラブストーリーなんだって」
とある夜。
リビングで台本を読みながら、綾瀬ほのかはそう口にした。
佐伯瞬はソファの反対側で、ぎこちなくうなずく。
ほのかの手元には、主演が決定した恋愛ドラマの初稿台本。
ヒロインが恋に落ちる青年役には、今話題の若手俳優・成宮颯人の名前が並んでいた。
「けっこう、キスシーンもあるし……ベッドシーンの暗示的な演出もね」
そう言って、彼女はさらりとページをめくる。
瞬は反応できなかった。
けれど、指先が微かに震えていた。
“仕事”だということは、わかっている。
何百万人もの視聴者がいる前で、彼女は“女優”として恋をする。
そこに、本物の感情なんてあるはずがない。
――けれど。
「……嫌なんですか?」
ほのかが視線を上げて、真剣に問うた。
瞬は口を開いたが、すぐに閉じた。
しばらくして、しぼり出すように言葉を紡ぐ。
「……わかってるんです。
それが“演技”で、“お芝居”で、仕事だって。
でも……自分以外の男と、キスするところ、テレビで観るの……正直、しんどいです」
吐き出した瞬、心がちくりと痛んだ。
ファンの立場でも、夫の立場でも。
彼女を応援したい。でも、愛してしまったから、痛い。
ほのかは、しばらく黙って瞬を見つめていた。
やがて静かに台本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「……じゃあ、証明しようか」
「え……?」
次の瞬間、彼女は歩み寄り、瞬の頬にそっと手を添えた。
指先は柔らかく、だけど意思を帯びて熱かった。
「私にとって、本物のキスがどんなものか――あなたにだけ、知っててほしいから」
瞬が何かを言う間もなく、
ほのかはそのまま、彼の唇に重なる。
⸻
熱く、深く、真っ直ぐに――
彼女の唇は、ためらいも作為もなく、感情だけで彼を包んだ。
思考が止まった。
夢でも幻でもない、
“国民的女優”が、“自分の妻”として、目の前にいて。
そして、今――
「ん……っ……」
唇が触れ合い、深まっていく。
彼女の手が首筋に回され、身体が自然と寄り添っていく。
呼吸の音。
鼓動の重なり。
そして、互いにしか見せない顔。
やがて、ほのかが唇をそっと離した。
「ね、これが……“仕事のキス”じゃないって、わかった?」
頬を赤く染めながら、少しだけ潤んだ瞳で、ほのかは囁くように言った。
「私、瞬くんにだけは、演技なんてしないから」
その言葉は、胸の奥の嫉妬や不安を、静かに溶かしていった。
瞬は小さくうなずき、彼女の手を握り返した。
「俺も……ちゃんと、信じます。
あなたのことも、この結婚も。
誰にも言えないけど――本当に、大切にします」
夜の静けさが、ふたりを包んだ。
テレビの中で演じる恋と、
誰にも知られてはいけない、本物の愛。
その境界を越えて、
綾瀬ほのかと佐伯瞬の“秘密の夫婦生活”は、またひとつ深くなっていく。
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