■第2話『心音、初仕事の朝』
撮影初日、早朝6時。
まだ少し眠たげな顔で、佐伯心音は集合場所のスタジオへ向かっていた。
マネージャーから手渡された台本は、
彼女が“エキストラではない初の登場人物”として出演する、話題の学園ドラマ。
役どころは――
ちょっと抜けてるけど、正義感のある転校生。
台詞はそれほど多くないが、カメラはしっかりと彼女を抜く予定とのこと。
「……緊張する」
口にした瞬間、唇が震えた。
(お義姉様のあの背中に憧れて……
ようやくここまで来たけど、私、本当にやれるのかな)
そんな彼女を、助監督が呼ぶ。
「佐伯さん、控室はこちらです」
小さな一室に案内され、衣装に着替えて台本を再確認。
周囲のスタッフが忙しそうに行き来する中、
心音の心臓はどんどん高鳴っていく。
⸻
そのとき。
「失礼しまーす」
聞き覚えのある声が響いた。
扉が開いて、姿を見せたのは――
サングラスに帽子、顔をやや隠した兄・佐伯光。
「兄ちゃん⁉︎」
「……しーっ。撮影に関係ない奴って思われたくないから」
そしてその後ろから、ひときわ華やかな空気をまとって現れたのは――
綾瀬ほのか。
心音の息が止まる。
「お義姉……!」
「こら、“その呼び方”は今はNGね。ここでは私は“共演者”だから」
「え……まさか二人とも、出るの?」
光がニヤリと笑う。
「俺たち、サプライズゲストとして今日の撮影に登場するんだよ。
台本の最終ページ、見てみ?」
心音が慌ててページをめくると――
そこには、“最終場面、心音の演じるキャラと対峙する謎の大人二人”と記載されていた。
「え……この“謎の二人”って……」
「うん、俺たち。もちろん“兄妹”ってことは伏せてあるけどね」
⸻
撮影直前。
別室で最後のリハーサルを終えた3人。
心音は、緊張と感動が入り混じったまま、小さく問う。
「なんで……言ってくれなかったの?」
「だって、“心音の初仕事”だもん」
ほのかが微笑む。
「私たちが先に“ここに立ってる”からこそ、
あなたの背中をそっと押せる存在でいたかったの」
光も肩をすくめながら言う。
「サプライズってのは、派手な方がいいだろ」
心音は泣きそうな顔をこらえながら、ふっと笑った。
「……なんかもう、変な家族すぎるでしょ」
「うん。でも、最強の味方よ」
⸻
クランクイン直前。
現場に立つ心音の視界の端に、
カメラの外から微笑む“家族”の姿が映る。
誰にも気づかれないように、ほんの一瞬だけ頷いた二人。
その小さな仕草が、心音の緊張をふっとほどいてくれた。
「佐伯心音さん、スタートいきます!」
「――はいっ!」
今、少女は“自分の名前”で、一歩を踏み出す。
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