■第8話『再び見えたスクリーン』
六本木。
春の映画祭。
大きなスクリーンを背に、映画関係者や俳優たちが集う夜。
その場に、産後復帰後の主演映画で“助演女優賞”にノミネートされた綾瀬ほのかの姿があった。
きらびやかなドレス。
レッドカーペットを歩く姿は、かつてと変わらぬ輝きを放っていた――
……いや、それ以上に“母となった強さ”が静かににじんでいた。
カメラのフラッシュが絶え間なく光る。
報道陣が名前を呼び、マイクが向けられる。
「綾瀬さん、復帰後初のノミネート、お気持ちは?」
「ありがとうございます。本当に、ここに立てていることが奇跡のようです」
だがその言葉の裏に、彼女だけが知る“舞台袖の温もり”があった。
⸻
授賞式の観覧席、最前列の影。
そこに小さな影が二つあった。
一人は――義妹の心音。
そしてもう一人は――ほのかの娘、紬。
心音は紬の手を握り、そっと耳元で囁く。
「ねぇ紬。今、あそこにいる人が誰か、わかる?」
「……ママ」
「うん、そう。ママ、いちばん頑張ってるね」
紬は静かに頷いて、
小さな両手を前に合わせるようにして、
満面の笑みでステージを見つめていた。
⸻
授賞者の名が呼ばれ、拍手が沸き起こる。
結果は惜しくも受賞ならず――
だが、ほのかはどこか満ち足りたような笑みを浮かべて立ち上がった。
壇上で一礼し、マイクに向かって口を開く。
「今日は、この場所に立てたこと自体が、私にとっての“勲章”です。
今、私を見つめてくれている“ある人たち”に、ありがとうを伝えたい」
その瞬間、彼女の視線は、会場の隅――
観覧席の列の奥、ほんの少しだけ開いたカーテンの隙間へと向けられた。
スクリーンには、その視線の先が映るわけではない。
声も、映像も、そこにはない。
だが――
確かにそこに“ふたつの笑顔”があった。
紬の、はにかんだような無垢な笑顔。
心音の、泣きそうなのに誇らしい微笑み。
誰にも気づかれず、ファンも観客も知らない。
けれど、彼女の目にだけ届いた“家族の光”。
それを見た瞬間、ほのかの目元に静かに涙がにじんだ。
言葉を失い、ただ笑みを浮かべる。
拍手が広がる。
その場にいる誰もが、感動した理由を正確には分からなかった。
けれど、
“何か大切な人と交わした目線”が、女優・綾瀬ほのかをさらに美しく照らしていた。
⸻
式の帰り道。
心音と紬はタクシーの中で、手を繋いだまま話していた。
「ねぇ、紬。ママ、すっごく綺麗だったね」
「うん。ママ……泣いてた」
「うん。でも、あれはね――嬉しい涙なんだよ」
(“誰かを愛してる人の涙”って、こんなにも綺麗なんだ)
心音の中に、小さな決意が芽生えていた。
(私も、いつか……“誰かに届く笑顔”で、あの人の背中に並びたい)
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