■第2話 『交際0日、結婚届と秘密のルール』
「じゃあ……提出、するよ」
区役所の夜間ポストに、佐伯瞬はそっと婚姻届を差し入れた。
日付は彼の誕生日――つまり、今日。
法律的には大人になったばかりの18歳。
彼の隣で、深くフードをかぶった女性が、そっと肩に手を置いた。
「ありがとう。……瞬くんが、覚悟を決めてくれたこと、本当にうれしい」
その声は、映画の中と変わらない。
だけど今、誰よりも近いところで――“夫”の自分だけに向けられている。
「じゃあ、帰ろっか。新しいおうちに」
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綾瀬ほのかが用意していた新居は、都内の中心から少し外れた、高台の一角。
表札もなければ、部屋番号も非公開。
芸能人や実業家が極秘で契約する“完全非公開型高級マンション”だった。
エントランスには警備員が二人常駐しており、部外者は中に入れない。
まさに芸能界の最前線で戦う女優の“要塞”のような場所。
部屋に入ると、そこには生活感のない美しい空間が広がっていた。
白とグレーを基調にした無機質なリビング。大型テレビの横には、受賞歴のあるトロフィーや映画ポスターが飾られている。
だが、瞬が驚いたのは、その先の寝室だった。
ベッドの横には、――“二人分のパジャマ”と“同じデザインの歯ブラシ”。
「……俺の分、最初から用意してたんですか?」
「うん。提出するって信じてたから。……あと、“交際0日婚”だからこそ、最初くらいはちゃんと“夫婦の暮らし”って形から始めたかったの」
彼女の声はどこまでも柔らかい。
だがその奥には、芸能界という激しい戦場で生きてきた強さがにじんでいた。
⸻
シャワーを浴びて、並んで座った初夜。
とはいえ、瞬は完全に“固まって”いた。
テレビで何度も見た“女優”が、今、自分の横で髪を拭いている。
しかもパジャマ姿で、結婚指輪までつけて――。
「緊張してる?」
「……はい」
「そりゃそうだよね。私も、ほんとはちょっと、緊張してる」
そう言って、ほのかはふっと笑った。
「ねえ、約束、しよう?」
「……約束?」
「今日からこの結婚は、誰にも知られちゃいけない。
記者にも、ファンにも、事務所にも。
SNSも、口も、ぜーんぶロック。絶対に、言わない。いい?」
「……はい、約束します」
瞬はまっすぐに答えた。
「それからね、私が外でどんな演技してても――たとえばドラマでキスしたりしても、それは“仕事”だから。
瞬くんだけは、ちゃんとわかっててほしいの。
私は、あなたの“妻”だから」
その言葉を聞いて、瞬は小さくうなずいた。
「……俺、本当にずっと、あなたのファンだったんです。
けど、いま隣にいる綾瀬ほのかさんは、ファンとしてじゃなくて――
ちゃんと、ひとりの女性として、大事にしたいって思ってます」
言葉にするのは勇気がいった。
でも、ほのかはその一言に、少しだけ涙ぐんで――そして微笑んだ。
「うん。じゃあ、今日から“夫婦”だね。……よろしくね、瞬くん」
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その夜、二人は同じベッドに入った。
ただし、背中合わせで、触れることすらできずに。
でも、胸の中にあったのは、確かに“はじまり”の音だった。
これは、嘘じゃない。演技でも、脚本でもない。
現実の結婚。
――誰にも言えないけど、いちばん本当の、ふたりの秘密。
⸻
そして翌朝、目覚めた瞬。
目の前には、寝起きのままのすっぴんのほのかがいた。
「……おはよう、夫くん」
その言葉に、瞬の心臓が跳ねた。
まるで、夢の続きのような現実が、ここから始まる――
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